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第212掘:桜




side:セラリア



「あぅー。あー」


小さな命が私の中で息づいてる。

私はベッドに横になりながら、その命を抱いている。

そう、この子は私と夫、ユキの子。

この子が産まれたとき、私は今までの苦痛を嘘のように感じなくなった。

ただ、私から生まれた子の産声で嬉しさで一杯になった。

きっと、お母様もこんな気持ちだったのだろう。

具合が悪くても、私の相手をしてくれた二人の母。

私も、この子のためなら命なんて惜しくないと思う。


「生まれてきてくれてありがとう」

「あー、あー」


まだ目も開いていない新生児。

夫は外気に触れさせるのを非常に心配していたが、この世界では地球の日本みたいに丁寧に保護したりしない。

ま、大事な子供だから回復魔術などで絶対守るけどね。

細菌やウィルスなどの知識も得たから、その方向の病気でも治せる。

というか、そんな事態になれば夫が全力をもってこの子の命を救うだろう。


「ふぁー、かわいいのです」

「アスリンお姉ちゃんですよー」

「まだ目も開いてないからわからないわよ」


そして、私の周りには新しい命の誕生を祝ってくれる頼もしい仲間がいる。


「ルルアの子もかわいいねー」

「こら、リエル突っつかないの」

「ふぉー、凄くかわいいのう!!」


隣のベッドでは同じように、ルルアとその子に皆が集まって微笑んでいる。

そんな風に皆で生まれた子を見ていると、開いてる窓から風が吹き込んでくる。


「あ」


誰かがそんな声を上げる。

他の皆はそんな声すら上げられない。

だって、目の前には桜吹雪が舞っているのだから。


夫の、ユキの、鳥野和也の、日本の形と言ってもいい桜。

彼が遠く異世界に来て、尚この景色を見たいのだと言っていた意味がようやく分かった。

春だけにしか咲かない、一週間ほどで散ってしまう、桜。

鑑賞にも向かない植物になぜそこまでこだわるのか、私はわからなかった。


眼前に広がるこの光景こそ、答えだった。

例え、僅かな間であっても、咲き誇り、魅せ、散り、また次の咲までまつ。

このあり方は人ではないか。

一生懸命に生きて咲き、散って次代に託し、そしてその次代もその花を咲かせる。


和也はこれを、桜を毎年見て生きてきたのだろう。

春に綺麗な花を咲かせ、その花びらを吹雪と散らし、夏には緑の葉をつけ、秋には枯れ、冬には葉を完全に散らす。


そして、春には再び花を咲かせる。


「きゃっ、きゃっ!!」

「あらら、どうしたの?」


私がそんな考えに耽っていると、腕の中の子が両手を空中に向けて伸ばしてる。

まだ目も開いていないのに、なにをと思って子供の両手をよく見ると、桜の花びらが握られている。

そして、ほのかに宿る優しい魔力。


「これは……精霊?」


私は子供の手に宿る淡い桜色の魔力を見る。

明らかに質の違う魔力。


「ええ、セラリアの言う通りですね。でも、これは……初めて見る精霊ですね。っと、皆さんは見えませんね。ちょっと失礼」


傍にいたエリスはエルフ。

エルフは自然との調和を保ち生きて来たので、自然の形ともいうべき精霊を見ることができるという。

もっとも、精霊の持つこの世界へ干渉する能力は極めて低く、多少魔術の性能が上がったり、魔力量が底上げされたりと言った程度なのだけれど。

しかし、エルフはその精霊と対話などのコミュニケーションが取れるので、その分の恩恵も高く、魔術への適性が高い者が多いのだ。

エリスは自身の魔力を拡散して、私たちを自分の魔力で覆う。

すると、薄っすらと見えていた桜色の魔力が小人の形になっていく。


「あらー。その視線、私がみえてはります?」


私の子供をあやすように飛んでいた小人は、私たちの視線に気が付いて空中で止まる。

服装は、確か、着物、夫の日本で昔に着られてた服のはず。

見事な細工と模様が施された一品だ。


「え、ええ。あなたは桜の精霊かしら?」

「そうどす。と言っても、精霊というこちらのふぁんたじーとはまた方向性がまちがっておりんすが。まったく、鳥野はんも色々苦労してはりますなぁ。でも、こんなにかわいい子を授かっておりますから、一概に苦労とはいえまへんな」


え?

今、夫のことを、ユキのことを、鳥野って言った?


「あ、あなた。なぜユキの本名を知ってるの?」

「おや? それは簡単どすぇ。あちきも日本から来た神霊どす。と、挨拶が遅れてもうしわけありませんないどすな。私の名前はコノハナサクヤヒメと申しんす。もっとも、遠く異世界どすから、本体ではなく、現身の中でも最弱どすが。と、話がそれんしたな。鳥野はんというか、日の本の子はみんな知ってはりますよ。みな我が子でありんす」


日本から来た?


「ルナはんにもこまったもんや。我が子たちを、ほいほい他所へ連れていかれるのは事情が事情でありんすから、やむなしかもすれんすけど。鳥野はんを連れ居ていくのはちょっとした賭けどしたな」

「うるさいわよ」


ルナがいつの間にかあらわれて、桜の精霊を睨んでいた。


「おお、怖い怖い。さて、あちきはご覧の通り害はありんせん。そろそろ、出番かと思って出てきたでありんす」

「出番?」

「そうどす。この子とあちらの子の名を……」


私の子と、ルルアの子を見て桜の精霊はそうつぶやく。

そのつぶやきに、私とルルアは反射的に口が動いていた。


「さくら」

「すみれ」


桜、そう、この日に生まれたのだから、この名前が相応しいと思った。


「桜に菫。日の本の形ともいうべき言葉を名前にとは剛毅どすな。いや、この異世界だからこそというわけでありんすな?」

「ええ」

「確かに聞き届けんした。桜、花言葉は精神の美、優れた教育。菫、花言葉はと、ルルアはんは髪が青いから青い菫の花言葉でありんすな。用心深さ、愛情。……さあ、遠くは異世界に生まれた、新しい日の本の我が子らにささやかな祝福を」


精霊がそう言うと、再び風が窓から桜を乗せて入ってくる。

子供たちは嬉しそうに両手を上げて振っている。


「さあ、あちきの出来ることはここまで。あとはご両親や周りの人ら次第どす。ま、ちょくちょく顔を見には来るつもりではありんすが、それでもまた一年後どす」


精霊の姿がぼやけてくる。

魔力も薄くなって、もうすぐいなくなることがわかる。


「……ルナはん。今回は見逃しておくでありんす。鳥野はんも嬉しそうやから、あの子らには黙っておくでありんす」

「間違っても言うんじゃないわよ!! ていうか、その話かた色々混ざって、まちがってるわよ?」

「それもルナはんのせいでありんす。ここまで来れた魂の欠片の情報量が少なくて色々混ざったでありんす。まったく、本当に面倒なルナはんですなぁ」

「やっかましいわ!!」


ルナがそう怒鳴ると、薄かった魔力は拡散して消えてしまう。


「まったく。アレを呼んだら私の後始末がトンデモないはめになるわ。ユキもそれを承知でアレを無視してるぐらいなんだから……」


アレってなにかしら?

もしかして夫の友達?

でも呼ぶってどういう事かしら?


私がそんな事を考えていると、廊下からこの部屋へ走ってくる音が聞こえて、ドアが開かれる。


「セラリア!! ルルア!! 子供の名前色々考えたぞ!! 皆で決めよう!!」


夫が紙の束をもって入ってきます。


「「「あ」」」


私とルルア以外の皆の視線が私たち集まります。


「あの……」

「その……旦那さま、もうしわけないのですが……」

「ん? そっちでも考えてたのか? それも一緒に……」


夫はすかさずペンを取り出して、書き留めようとする。

ごめんなさい。

だって……。


「「もう、名前つけちゃった」」


私とルルアのダブルテヘペロ。

うん、許してくれるわよね。


そして、風が再び桜吹雪と共に入ってきて、夫の持つ紙束を攫って行く。



『相変わらず、そんな役どころでありんすなぁ。ま、鳥野はんらしいわ。でも、せっかく決まった綺麗な名前に横やり入れられてもつまらんどすから、これは貰っていくでありんす』



どこからか、そんな声が聞こえる。


「ああっーーー!? 俺の徹夜の結晶がぁぁぁーーー!!」


夫がそうやって窓から遠のく紙束を見つめ、舞い踊る桜。



「サクラ、生まれてきてくれてありがとう」

「あうー」



この子の未来のためにも、もっと頑張らないとね。

さてさて、予想はついていたでしょうが、子供の名前はセラリアの子がサクラ。

ルルアの子がスミレとなりました。

そして、意味深なコノハナサクヤヒメですが、勿論ユキが地球にいた時に会っております。

ま、それは別の話で、ユキ、もとい鳥野和也が脇役の頃のお話です。

そのお話も実はそれなりに構想が纏まって書いておりますが、今投稿しても、タナカやタイキの方みたいに中途半端になりそうなのでやめておきます。

内容は、必勝ダンジョンでの鳥野和也がどうしてこうなったのかよくわかると思う理不尽なものとなります。

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