第198掘:街を任される理由
街を任される理由
side:ユキ
のんびりと、マローダーが荒野を走る。
後続にはゴブリンたちが他のマローダーに乗りついて来ている。
「まったく便利な乗り物ですね」
ミストは後部座席に座りながらそんなことをいう。
ま、誰でも、というか、この世界の人からすれば埒外の移動手段だしな。
馬よりも早く、長く走れ、そしてちょっとやそっとじゃびくともしない頑強な防御力。
昔のことで忘れそうになるが、トロールをひき殺せるのだから、攻撃力もあるにはある。
地球ならただの移動にしか使えないが、アイテムボックスという魔術やスキルによる運搬能力があるので、マローダーでも輸送車としての役割を果たせる。
科学と魔術を色々絡めて研究しているが、こういう成果が一番分かりやすいだろう。
なにごとも、バランスよくすれば総合的に発展するのだ。
極振りが悪いとは言わないがな。
と、マローダーの話じゃないな。
俺たちは現在、目的地の街へと向かっている。
派遣予定の2500の兵士は一緒に出てきているが、車に追いつけるわけもなく、数日遅れて街に来る。
俺たちは先行して受け入れ態勢や、街の代表や領主と話を纏めなければいけない。
一応降伏勧告を行った兵士が駐留しているが、複雑な話はミストや俺たちが行わないといけない。
……なにが悲しくて、他所の土地で政治しないといけないんでしょうね。
「で、俺たちが任される街の名前はベータンだっけ?」
「はい、規模で言えばフェイルの街より大きいです」
「ミストが小さい街の方に行くのはなんでだ? てっきり大きい方の街に行くかと思っていたが」
そう、なぜか俺たちが大きい方の街を任されることになっているのだ。
普通は正規軍のミストが治めるべきなのだが。
そもそも、傭兵部隊が街を治めること自体おかしい話なんだが。
「それにつきましては万が一に備えてですね」
「あー、敵が来たときとか、周りが敵でしたってときか?」
「理解が早くて助かります。私たちが今後注意すべき点は主に2点。敵の奪還軍、それと街の蜂起、寝返りですね。街2つは今回目立った痛手を受けていません。ある意味、政治的な判断は素晴らしいといえます。しかし、それは私たちにとっては不安要素でもあります」
「だから、突破力、というか万が一、街が敵に回った時脱出できそうな俺たちを選んだわけか」
「そうです。私の力では、大きい街を少数の兵を連れて無事に逃げ出す自信はありません。だから申し訳ありませんが小さい方の街に私が行かせてもらいます」
「ふむふむ。理由は察した。しかしそれじゃ、街に対して変な要望どころか意見をしようなら不満が溜まりそうで怖いが」
「さらに言えば、街の方から物資の供給や金銭の供給を言われる可能性もあります」
「今回の戦いのために街が貧困していますって?」
「ええ。反乱するとは言えませんが、そうやって自分たちの扱いをどうするのか窺うはずです。そこら辺の調整とかを、お姉様やマーリィ様には任せるわけにはいけませんので」
「あー、物資が空になりそうだな」
全然分野が違うわけだ。
俺たちに任せた方がまだマシなレベルで。
面子にこだわっていたら、せっかくの戦果が無くなる可能性もあるわけか。
ま、面子もなにも最初からないけどな。俺たちに負けたのが始まりなわけだし。
「そこで傭兵部隊と言うわけです」
「聞いた限りでは、裁量権なんてもってなさそうだしな。最適だったってわけか」
「はい。私たちはユキたちがすさまじい権限を持っているのは知っていますが、相手はそうではない。雇われの傭兵で、そこまで権限を持っているとは思わない筈です」
「ただの監視として置いたように思われるわけだな」
「ええ。ですが、領主には私からユキの指示に従うよう言っておきます。あとはそちらのやり方次第ですね」
「なるほどな」
そんなことを言いつつ車はものの4時間もしないうちにベータンの街へたどり着く。
「本当にすさまじい速度ですね」
「そこは置いておけ、とりあえずここらへんで止まらないとお相手さん殺気だってるぞ」
街の門から兵士がどんどん出てくる。
「あ、はい。とりあえず降りてみましょう。どういう事でしょうか、先行して伝えた駐留している兵士がいるはずですが?」
「いや、普通に言っただけで信じてもらえなかっただけだろう」
「あー、そうかもしれませんね。あそこで部下が頭を下げています」
よく見ると、門から出てきた兵士に必死に何かを叫んでるこちらの鎧を着た兵士がいて、1人がこちらを向いて頭をぺこぺこ下げている。
可哀想に。
仕方ないので、ミストと俺、リーア、ジェシカ、トーリで車を降りて門に向かう。
「ミスト様、申し訳ありません!! ベータンの者たちがどうも車を警戒しておりまして」
「こちらも配慮が足りませんでした。迷惑をかけましたね」
「のんびり会話もいいが、そろそろこの殺気だった奴らをなんとかしてくれ。それとも殲滅させるか?」
ミストが事情を聞いている間に、俺たちは周りを取り囲まれていた。
どうも、俺たちが本当に魔剣使いとその連れなのか怪しんでいるようだな。
「それはやめてください。恭順してくれたのに、それが無意味になります」
ミストはそう言って魔剣を抜き、水流が真上へと放たれる。
それを見た兵士たちがざわめく。
「見ての通り私が魔剣使いのミストです。領主に話があってまいりました。道を開けなさい!!」
そう宣言すると、あっさり兵が退いて門への道が開ける。
その道の奥、門の場所に1人の男が立っている。
「お待ちしておりましたミスト様。兵たちの非礼は私がわびます。今まで戦争状態でしたのでどうかお許し願いたい」
男は門へ来たミストに素早く言葉を並べて頭を下げる。
見た感じ、身なりは良いので恐らくは……。
「いえ、こちらも少し配慮が足りませんでした。この対応も納得できます。で、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はっ、お許しいただきありがとうございます。私は、この街、地域の領主を勤めておりますホースト・アーネスと申します」
やっぱり領主か。
しかし、この場に護衛の1人も近場に備えていないとは度胸があると言うか、それとも計算ずくなのか。
「恭順の意思は確認しました。早速ですが、命令をくだします」
「はっ、街の民に被害が及ばぬのであれば何でも」
「これより、こちらのユキ、傭兵団に従って街を守り繁栄させてください」
「……それはどういうことでしょうか?」
流石に驚いたのか、俺とミストの顔を行き来して、冗談か何を言っているのだと言った感じだ。
「言葉のままです。彼らがこのベータンの駐留軍代表となります。私はスエイートの方へ向かいますので、宜しくお願いします。傭兵といってもそれなりの知識人が揃っていますので無茶は言わないはずです。なにか問題があればスエイートの方まで伝令をやってください」
「は、はあ」
納得はいかないが、否定するわけもいかない微妙な顔つきをしている。
そりゃ誰だって、傭兵に街を任せるなんて言われて困惑しない方がおかしいわ。
「私はこのままスエイートへ向かいます。定期的に連絡は入れますので、ユキさんここは頼みます」
「え?」
「おう、任された。そっちもしっかりな」
「はい、ではよろしくお願いします」
唖然とする領主をほっといて、ブリットが乗るマローダーに乗り込みさっさと行ってしまう。
「と言うわけだ。これからよろしく頼む。ホースト・アーネスさん」
「あ、ええ。よろしくお願い致します」
「とりあえず、ここで話すのもなんだから、どこか場所はないか? お互い色々話したいことは沢山あるだろう?」
「そう、ですね。こうなってはユキ殿でしたかな、貴方が我々にとっての交渉相手のようだ」
「お手柔らかに」
「こちらこそ。と、では後方の乗り物もこちらへ、案内いたします」
流石に優秀と言われるだけあって切り替えは早いようだ。
さてさて、これからこの街で俺たちはなにをすればいいんでしょうかね。
なにをするにもとりあえず、このホースト・アーネスの話を聞いてからだな。
「聞いてたな。兵士をひき殺さないように注意してくれ」
『はーい。任せて』
コールでリエルからのんきな声が聞こえてくる。
「ま、なるようになるか。最悪叩き潰せばいいし」
「リエルの声で気が抜けたかは分かりませんが、そんなことを言わないでください。実際可能な力を持っているので私はゾッとします」
よこでジェシカが引きつった笑いを見せている。
「冗談だよ。というかジェシカもその気なれば十分可能だぞ」
「分かっていますが実感は全然湧きませんね」
「そりゃそうだろうな」
そんなことを話しつつ俺たちは領主の案内で街に入っていった。
さてさて、ユキ達は壁として街に派遣されるのでした。
いや、実力を計算しているなら、これ以上ないぐらいの采配ですけどね。
ミストはしっかりした子の様子。
そして、ホースト・アーネスという領主はどんな人物なのでしょうか!!
街は一体どうなるのか!!
ユキたちの運命は!!
たぶん、何にもかわらんです。




