落とし穴32掘:新入りの日常
新入りの日常
side:ジェシカ
ジリリリリ……。
目覚ましが一室に鳴り響く。
「あー、5時ですか……。あと、1時間」
そう言って目覚まし時計を止め、ジェシカは再び布団で寝なおす。
先日は色々あって5時起きになったが、今日は7時起きで十分に間に合う。
カーテンの隙間から覗く光景は未だ日は昇っていないが、昔なら既に起きている時間だ。
しかし、ウィードの朝はのんびりだ。
いや、その分夜は晩くまで活動しているので、相対的に働いている時間や、活動している時間は昔の生活とは比べ物にならないほどハードになっているだろう。
うっすら寝ぼけた頭でここに来てからの生活を振り返る。
ここに来た当初はユキから告げられる驚愕の話に驚き、ウィードの技術力に唖然とし、美味しい食文化のせいで食べ過ぎで寝込むはめになった。
それからも、まずはウィードになじむ為に必死にこちらの大陸の勉強を行い、レベルアップという強制訓練を行い、ようやくユキの補佐としての仕事ができるようになってきた。
最近はユキたちがジルバ帝国の王都に行っているので、死んだことになっている私はウィードで内勤の日々だ。
少し前までは、亜人たちの村関連の仕事で朝早くから村に赴き色々していたが、ウィードの内勤になってからのんびりになったと言うわけだ。
ジリリリ……。
再び目覚まし時計が鳴り響く。
「……。6時半。……起きますか」
のそっと、布団から起きる私。
結っていない金髪が乱れて、視界を塞ぐ。
邪魔なので、枕の近くに置いてある髪留めをつかっていつものようにサイドに纏める。
寝間着は乱れて、胸が普通にこぼれている。
自分で言うのもなんだが立派な大きな胸だ。
男の視線を集める魅力的なものだと自負している。
しかし、寝起きの私にとっては大きい胸は重くて邪魔でしかない。
とりあえず、胸を服の内側に押し込んで、着替えの服をもって部屋をでます。
「……寒いですね」
旅館の廊下は広々としてるので、夜を過ぎ朝になっても、冷気を蓄えていて寒い。
ま、城より断然マシなのですが。
その寒い廊下を抜けて行く先は……。
「お? おはようございます。ジェシカ」
「おはようございます。ラッツ」
「そっちもお風呂ですか?」
「はい。寝起きには一番ですので」
「ですね。寝起きに風呂。贅沢で気持ちいいですし」
そう、露天風呂。
この旅館についている24時間入れる贅沢なお風呂。
まったく、どこの王侯貴族もいつでも入れる風呂なんて所持していないのに、このウィードでは当たり前のように入れる。
シャンプーやリンスのおかげでごわごわした髪がサラサラになるので、私にとってはお風呂は欠かせないものになっている。
カポーン
「あー、気持ちいいですねー」
ラッツは大きなお腹を気にせず、露天風呂で大の字になって湯に浸かっている。
「はい。とても気持ちのいいものです」
私もその横で普通に湯に浸かっている。
この体の芯からじんわり暖まっていく感じはなかなかいいものです。
「しかし、ジェシカもなれたものですね。ここに来て3か月とちょっとですか?」
「そうですね。大体そのぐらいです」
「お腹の子も大きくなるわけですね。新大陸に行く話になった時が3か月ぐらいでしたから、もう7か月近くですか。もうすぐですね」
ラッツは愛おしそうにお腹を撫でています。
あのお腹の中にはユキとの子供がいるのです。
「あ、そういえば当初はお兄さんを籠絡するとか言ってませんでしたっけ?」
「言いましたが、どうもユキはその気がないのと、毎晩奥さんが相手してますからね。私自身ここへ来てまだ3か月しか経っていませんし、色々大変なんですよ。ですが、機会があれば頑張ってみます」
そう、ユキの妾になるのをあきらめたわけではありません。
彼の力をもってすればジルバ帝国をあの新大陸の最大国家とするのはたやすいでしょうし、彼本人も男としての器量は十分です。
将来性はウィードをみれば十分、性格はすこし策を弄する厭らしい性格ではありますが、奥さんたちをみればそれも些細なことで十分好ましいです。
正直、私としても彼といういい男は手に入れたいものです。
無論、世界規模の問題を解決するために手を貸すのも妻として当然のことだと思っております。
「ふむふむ。その心意気やよし。ジェシカがリーアと同じようにお兄さんの側近になってくれれば私たちも安心ですしね。妻であり側近である。これが一番守りやすいですから」
「それは理解できます。しかし、あのユキが誰に敗北するか想像もつかないのですが」
「それは私も同意見ですが、万が一があってはいけません。手札は多いほうがいいんですよ。下手すればお兄さんは自分一人で問題を解決しようとする悪癖がありますからね」
「ユキは自分の立場が分かっているのでしょうか?」
「わかってはいますよ? でもそれより、私たちが大事なわけです。だからいつもべったり傍にいられるリーアみたいな妻兼側近が増えて欲しいわけですよ。無論私たちも重役の任期が終わり、後進を育ててしまえばお兄さんの守りにつきますが、まだまだ遥か先のことですからね。あと、子供を産めば子育てもあります」
「殆ど護衛は無理ということですか」
「ですねー。子育てが終わったとしても10年以上は先でしょうね。でも、子供は嬉しくてたまりませんけどね。お兄さんは最初は手を出そうともしませんでしたから」
「どういうことでしょうか?」
「お兄さんはくそ真面目だったというわけですよ……」
そんなことを話して、風呂から上がり、朝ごはんを食べる。
「「「ごちそうさまでした」」」
「はい、お粗末さまでした」
そんなユキとのやり取りも普通の光景だ。
しかし、組織のトップが率先して料理をするとは……と思いもしましたが、自分が代わりにやれと言われて、ユキより美味い料理を作る自信はありません。
なんというか適材適所なのでしょう。
「おーい、ジェシカ、今日はどうするんじゃ?」
「あ、デリーユ。今日は普通に内勤ですよ」
「ふむ。なら丁度良い。久々に稽古をつけてやろう」
「え、流石にそのお腹ではユキが許すわけありませんが?」
「なに心配するな。ドッペルを使うからのう。ジェシカよりレベルも低いから、いい訓練になろう」
「それもそれで心配なのですが……」
「ぬっふっふっふ。魔王を舐めるでないわ。レベルが劣っていようが小娘相手に一撃とてもらうわけなかろう。そして、お腹は特にのう。いくらドッペルで本体には関係ないとはいえ、ショックでどんな影響があるかわからぬ。だからこそ、ジェシカの一撃をもらうわけがないわ」
「言いましたね魔王」
「ふふふ……、勇者でも夫でもない小娘の棒遊びで届く場所ではないわ」
よし、一発必ず当ててやる。
内勤はどうせ書類整理だし、スティーブかジョンに任せていいだろう。
「「うぃっくし」」
「なに真似してんすか?」
「いや、そらこっちのセリフだ」
「つか、朝からきゅうりなんざかじるなっす。いい加減頭に皿が生えるっすよ」
「うるさいわ。細かい事気にしやがって、そんなんだから女ができないんだよ」
「お? おお? いっちゃーいけねーことが世の中あるっすよ?」
「そりゃこっちのセリフだ。きゅうりを馬鹿にするやつはきゅうりを365日食べさせて意見を変えさせないとな」
「こわっ!? それこわっ!?」
ズドン、ズドン、ズドン!!
「そらそら、どうしたさっきの勢いは!!」
「ぐっ、出鱈目な。私よりもレベルやステータスが低いその体で!?」
私はいま必死に魔王デリーユの攻撃をかわしている。
成長したものだ、いくらドッペルの偽物とはいえ劣化しつつも中身は正真正銘の歴戦の魔王。
レベル差をものともせず、私を追い詰める経験と技量。感嘆するほかない。
「何事も使いようというわけじゃよ。ジェシカも今までの経験とこちらに来てからの底上げで並み以上、いや、強者と言って過言ではないが、まだ足らぬ」
ガィィィイイン!?
「ぐうぅぅぅっ!?」
盾にデリーユの拳が炸裂して、そのまま後へ弾き飛ばされる。
しかし、デリーユは追撃をかけずこちらを見ている。
「ユキの横に立つのであれば、もっと強くあれ。夫が進む道はきっとその力だけでは到底手助けにならぬ」
「……わかっていますとも」
「ならば、まだまだいくぞ?」
「当然!!」
そして激しい訓練が続いていった。
「今日はこの辺りで終わりじゃな。いい加減動きに精彩がないわ。無理をするような極限状態の訓練でもないしのう」
「……ぜぇぜぇ……わ、かりました」
結局一撃を入れることなく訓練は終わった。
「ま、よくやったほうじゃよ。2時間ぶっ続けで魔王と訓練したんじゃからな。しかし、今日はなんでまた盾なぞもった? ジェシカは基本片手剣オンリーじゃろ?」
「……この訓練場の有様をみてよくそれが言えますね」
「ん?」
デリーユが辺りを見回す。
当然辺りは陥没して穴ぼこだらけ。
私が盾を用意したのは必死にダメージを抑えるため。
リーアの多重障壁展開する盾の簡易版をナールジアさんに作ってもらったのだが、それでもこの有様。
盾が無ければ下手すれば死んでいたかもしれない。
「んー、リーアは普通についてくるのだがのう」
「それは勇者だからです!!」
「いや、他のセラリアとかリエルたちもそれなりにやれるぞ? 普通に一撃はもらうし応酬になるしのう」
「……まだその域まで行っていませんので」
「なら、近々届いてもらわんとな。ジルバの方との交渉も上手くいきつつある。これから分散の予定なのじゃろう?」
「そのはずです」
「なら、せめて妾やリーアと相対して一撃ぐらい入れれるようにならんとな」
「……」
これは、これから毎日疲れそうですね……。
ジェシカの底上げ訓練でしたw
投降が不規則でごめんよ。
いろいろ体調がおかしいので眠くてたまらんのだ。
仕事からかえるとばたんきゅーって感じ。
みんなも無理しないように。




