第163掘:交渉と勝負
交渉と勝負
side:ユキ
さて、マーリィこと風姫騎士さんこと、俺からすれば姫さんだが、ようやく喋れる元気が戻ったみたいだな。
俺に飛びかかろうとするんだし、怯えていたってのは何処にいったんだろうな?
「リーア、放してやれ。とりあえず、姫さんが俺たちをここで襲うことはないだろう」
「わかりました。まあ、襲えるほどの力があるとも思えませんが」
「ぬぐぐっ……」
姫さんは悔しそうにしながらも、椅子に座り直す。
「とりあえず、怪我が無くてなによりだ」
「私たちをどうするつもりだ?」
「いきなり本題に入るか? 先ほどまで怯えていたと聞いたが?」
「それは、亜人が主に対応していたからな。私個人としては偏見などないが、人全体としては山ほど差別をしてきた。報復で殺されてもなにも可笑しくないほどにな」
「そういう意味でか」
確かに、モーブたちは女性の扱いはしたくないと言って、スティーブたちとダンジョンに戻ったし。
ゴブリンたちも実際被害を与えた中核だから、怪我人移送ぐらいしか手伝わなかったから、トーリたちが姫さんたちの世話をしたことになるのか。
そりゃ、怯えて仕方ないか。
「ま、それなら今は普通に話せるわけだな?」
「だな。問題はない」
「じゃ、お前らの扱いだが、一応俺たち傭兵団が単独で撃破したから、鹵獲物資や捕虜等の全ての裁量権は俺にある」
いや、殆どいらねーけどな。
普通なら、お金だー、食べ物だー、女だー、って騒ぎになるんだよ。
本当に傭兵団として、この大陸基準の生活をしていたらな。
だが、こちらはダンジョン経由で物資は好き勝手調達できるし、部下は給金をちゃんと支払っていて満足? している。
つか、この大陸の金貰ってもウィードで使えないから意味ないよな。ゴブリンたちが買い物できる場所なんてウィードぐらいだし。
女も犯されるようなことはない。ゴブリンたちは『そんなことよりのんびりしたい』と言うのが口癖だ。
あれだ、野生のゴブリンと違って安全な生存圏が存在していると、繁殖活動が抑えめになるのでは? とギルドマスターやら、ザーギスも言っていた。
「では、私たちを亜人たちに引き渡すことはないのだな?」
「そこは考えものなんだよな。俺たちは今、亜人と少し揉めてるんだよな」
「どういうことだ? お前たちは亜人に雇われたと思っていたのだが?」
「雇われるつーか脅されてたってのが正しいかな。亜人たちは今回ジルバ帝国を退けたから、これを利用して、各地に分散している亜人を集めるつもりだったんだよ」
「なんだと?」
「で、姫さんの前に来た、ジルバ帝国の兵士を実際にやったのは俺たちだったわけだ」
「つまり、お前たちを確保するためにわざと兵士を逃がしたわけか」
「ああ」
「なるほどな。おかしいと思っていたんだ。私の率いる軍でさえ全て捕縛か殺害されたのに、なぜあの馬鹿貴族の兵士が逃げ出せたのかと」
「あ、そこ誤解があるぞ。捕縛はしたが殺害はしていない。全員生きてるぞ。暴れたり逃げられたりすると面倒だから、重傷は負わせたけどな」
それぐらいの実力差があったわけだ。
「……もはや、お前たちにとって、私たちは御遊戯の相手だっと言うわけか」
「そこは置いておけ、今は姫さんたちの処遇の話だ。俺たちの立ち位置はわかったか?」
「ああ、お前たちは亜人から抜けるわけにはいかなかったんだな。ということは、私たちが敵ではないとジルバ帝国に報告をすると言えば解放してくれるのか?」
「いや、お前結構馬鹿だろう? 一応、ジルバ帝国の最高戦力である、姫さんを含め姫さんの直轄軍が全滅したんだ。これを成し遂げた俺たち傭兵団をジルバ帝国の皇帝か誰かは知らんが、ほっとくと思うのか?」
「ちっ、そっちも馬鹿ではないようだな」
「なんだ、試すとか随分余裕があるな。いっそ1人目の前で殺してやろうか?」
「なっ!?」
「ま、立場上、へりくだるわけにもいかないのはわかってるけどな。主導権はこちらが握ってるんだ。妥協点を探すのはいいが、人を試すような言動はやめとけ。こっちとしては、そっちを本当の意味で全滅させてもいいんだから」
「……ジルバ帝国と戦争になるぞ」
「報告する奴がいればな。全滅するのに何を言ってるのだか。逃げ帰ってきた前の兵士は利害関係で有耶無耶にするだろうし。それに、攻めてくるなら全滅させるけどな。こっちを攻めようと思わないぐらいにボコボコにな」
「勝てるつもりなのか?」
「いや、2500で150に負けた奴がいうなよ」
「それはそうだが、帝国の保有戦力は30万を超える。その一割でもくれば防ぐ術はないだろう?」
「ある」
ないわけないし、もういよいよ不味い時は現代兵器のオンパレードになるしな。
つか、ウィードの保有戦力とやりあうはめになるのをわかってないんだろうな。
数で言うなら、即座にジルバ帝国とやり合うなら呼び出せる数はレベル100台の魔物が1万程かるく呼べる。
この時点で、既に勝負にならんのだが、俺たちという最大戦力も加わるし、なにをどうしても俺たちを倒すという結果を得るには、俺たちと同等の技術力があってようやく叶う話だ。
現状の剣と魔術では、遥か彼方だな。
「ま、といっても好き好んで戦争したいわけじゃないから。姫さんがこちらのことを黙ってくれるなら、解放してあげよう」
「なにをどこまで黙っていればいいのだ?」
「そうだな。俺たち傭兵団のことは全般的にか? いや、いずればれるしな。うーん、情報封鎖する意味はないよな。どうせ情報が伝わって更に軍が動くとしても2、3か月はかかるだろう?」
「それは当然だ。だが、私と同じ魔剣使いがくるぞ、必ず。個人では私には劣るが、連携すれば私だって凌駕する」
「へえ、他に魔剣があるとは思わなんだ」
いや、予想はしてたけどね。
つか、なんで剣限定なんだよ、使いづらいだろうに。
「その魔剣使いを含めた万を超える軍だ。それを倒せると?」
「あー、うん。多分余裕」
「なんだと!!」
あ、つい本音が出てしまった。
魔剣が脅威なわけないじゃん。
スティーブでも余裕でどうにかできたのに、嫁さんや俺がどうにかなるわけない。
ついでに、別の意味でも無意味だ。
「私は魔剣の力を殆ど使うことなく敗北したが、次はそうはいかんぞ、他の魔剣使いは私が敗れたと知っている。最初から全力でくる!! 甘く見るな!!」
「いや、甘く見てるのはそっちなんだが……。そうだ、解放条件決めたぞ」
面白い条件を思いついた。
結局、姫さんを殺しても、逃がしても、遅かれ早かれ敵はこの村に来るだろう。
だが、殺せば亜人が喜ぶだけだし、俺たちへの対応がお粗末すぎるからそんなことはするだけ無駄だ。
ただ逃がしても、姫さんたちがジルバ帝国に報告して取って返してくる。
こっちは村人が逃げる可能性がある分、楽になるようだが、逃がしたとばれれば、亜人との関係が悪化する。この新大陸の魔力枯渇原因を探らないとけないから、ここで不和になるのはよろしくない。枯渇原因が亜人の関連だったら目も当てられない。
じゃ、捕虜でずっと確保も、結局は敵がくるし、捕虜の面倒を見ないといけないから労力と物資の無駄。
「なんだ? どうすれば解放してもらえる?」
「魔剣を持った状態で俺と勝負してもらおう。それで勝てたら無条件解放してやる。負けたらジェシカがいいかな、ジェシカを俺たちの捕虜に貰う」
「は? 破格というか、その条件に何の意味がある? ジェシカの件もだ、お前の好みなら今すぐにでも組み敷けばいいだけだろう?」
「はあ、嫁さんがいるので、他の女性はもうお腹いっぱいです。ただ事務処理とか、色々便利そうじゃん。ジェシカ」
「ああ、ジェシカは事務能力とかは凄いぞ。私は頼りにしている」
「なら問題ないな。ジェシカを奪われたくなければ俺に勝つことだ」
「いや、違うぞ!! お前らに何の意味があると聞いてるんだ!!」
「どう転んでも俺たちは何処かから目をつけられる。正直ならなるべく敵を作りたくない。今後の目的に支障がでるからな」
「そういえばさっきも言っていたな。好き好んで戦争に参加したわけではないと。傭兵団の言うことか?」
「さあ、そこまで話してやる義理は無いね。とりあえず、姫さんたちを殺してジルバ帝国と完全に戦争状態になるのは勘弁願いたいわけだ。亜人の方とも険悪になるのは避けたい。だから、姫さんは逃げたことにしてやるわけだ。まあ、ただ逃がすのは芸がないし、魔剣使いの情報でも手に入れようと思ってな」
「……そういうことか、魔剣使いの対策を考えるために必要と言うわけか。わかった。その提案受けよう」
そうして、姫さんとの一騎打ちがされることになった。
「で、何を考えてるんですか?」
「ザーギスも気が付いてるだろう? 今、姫さんに返した魔剣、調べてどう思った?」
「異常ですね。あれだけ魔力を吸い上げて、あの程度の力しか発揮できないなどと」
そう、あの魔剣を調べて凄い違和感があった。
ナールジアさんが作るエンチャント武器とは質が違うのだ。いや、方向性か?
「俺が調べた結果を教えておく。それと、この戦いを見逃すな。いいか、あの魔剣についてる緑の宝珠だが、あれは形と色は違うがダンジョンコアだ」
「は!?」
「しかも、それなりに魔力を……DPを溜めこんでいる。今まで戦争で使ってきたんならまあ当然か」
「……なるほど。魔力を過剰に吸い上げているのは、ダンジョンコアの作用ですか?」
「いや、詳しくはわからん。だから、あの魔剣は手元に置いておくのはやめておきたい」
「ですね。あれが本当にダンジョンコアで魔力を吸い上げているのなら、魔力が豊富な私たちの傍に置いておくわけにはいきません」
「ああ、壊すことも考えたんだが……」
「なにが目的で魔剣があるのかわからない今、下手に壊したり、所有者を変えるのは得策じゃないでしょう。ああ、だから戦闘で情報を集めろと」
「そういうことだ」
俺たちが魔剣のことで話し込んでいると、姫さんも報酬になったジェシカと話を終える。
「すまないジェシカ。必ず勝って見せる」
「姫様……。信じております」
悲壮だね。
でも、条件は破格なんだけどね。負けてもジェシカ1人が俺たちに残るだけだし。
「さて、勝負と行きましょうか」
「ふん。今度は全力で行かせてもらう。あの戦いの様に上手く行くと思うな」
姫さんは既に魔剣を抜いて、風が吹き荒ぶ。
埃が飛ぶからやめてくれませんか?
「では、立ち合いは私とジェシカさんが務めます。殺してもOKですが、戦闘不能とこちらが認めればそこで終了ですから、ご理解ください」
お互いに頷く。
「行きますよ。始め!!」
リーアが手を振り下ろすと、姫さんが魔剣をその場で振るう。
「お前らが強いのはわかった。だが、遠距離ではどうかな?」
魔剣が振り下ろさせると、風の渦、竜巻みたいのなのが、俺に向かって伸びてくる。
これって切れるのかな?
だけど、俺の予想は答え合わせをすることはなかった。
「き、消えた!? 風が!? なんでだ!!」
そう、俺の使った魔力無効化フィールドのせいだ。
普通、竜巻は上から下に伸びる。
だから、魔力が無くなった空間ではその姿を維持できずに霧散してしまうのだ。
まあ、竜巻は科学的には、発達した積乱雲に上昇気流を伴う高速の渦巻きが発生し、それが地上付近にまで伸びたものだとされるのだ。
これをちゃんと踏まえて、姫さんの前に積乱雲を作って、上昇気流と地上地点を俺と設定すれば、魔力が無くても効果が続くのだろうが、魔力万能でのお任せがすぎるので、こんなものだ。
「これは、お前がファイアーボールと私の魔剣の風を消した時の技か!?」
へえ、2回見ただけでそれに気がつくってのも優秀だよ。
ま、ネタバラシしてやるほど優しくはないけどな。
「さて、こっちから行くけどいいか?」
「ぐっ、なら、複数でどうだ!!」
姫さんはまた魔剣を振るうと複数の竜巻がこちらに向かう。
だが、甘い。俺は魔力無効化フィールドを使っているんだ。
複数でこようが、そこを通過するのなら、全て無効化される。
「な、なぜだ!?」
「これでわかってもらえたかな。そもそも魔剣使いがいても戦況には関係ないんだ。甘いもくそもないんだよ。そして……」
俺は姫さんの位置を魔力無効化フィールドにする。
さあ、魔剣は作動するのかね? 枯渇状態じゃないぞ、その空間は完全に魔力が無い。
「? こないのか、ならば魔剣よ!! 力を開放しろ!!」
最初から全力でこいよ。
ああ、あれかね? 魔剣の力を開放すると使用者にダメージがくるとか?
俺が期待して攻撃を待っていたのだが……。
しーん。
何も起こらない。
「なぜだ!? なぜ魔剣が動かない!?」
あー、その魔剣も無効化フィールドでは只の剣なのね。
魔力自体を奪うものじゃないから、枯渇現象はないけど、放出系は全くつかえなくなる。
さて、情報はもういいか。
「じゃあな」
「え?」
手加減はしたが、腹部に一発で姫さんは崩れ落ちる。
「勝負あり!! よろしいですか、ジェシカさん?」
「……はい、姫様の負け……です」
ふう、これで厄介払いができるな。
ジェシカをなんとか指定保護してこっちに引き込もう。
この遠征メンバーはどうも事務系がたりないからな。
さてさて、魔力と魔剣、そしてダンジョンコア。
いったい新大陸でなにが起こっているのでしょうか?
そして、一番の戦果はジェシカという新大陸の事情に詳しい、万能系を手に入れたことです!!
やったね仕事が楽になるよ!!




