第157掘:運命の出会いはいりません
運命の出会いはいりません
side:ユキ
「はい。私、ユキは、ただいまジルバ帝国領と思われる、一つの街に潜入しております」
『あの、ユキさん。一応、真面目な潜入ですし……番組リポートじゃないんですから』
『いいじゃんトーリ。こっちの方が楽しいよ?』
『あのね、いい? リエル、わかってると思うけど、私たちがドッペルで、人族の体を使えなかったから、ユキさんとリーアだけを敵の街に潜入させることに……』
『わかってるって、大丈夫大丈夫』
『本当かな?』
と、2人の会話から察する通り、ドッペルの体にも弱点があった、あまりに元、本体と違いすぎる体に入ると動かしづらいのだ。
感覚があまりにも変わりすぎるらしい。
俺も、体のサイズや造形を変えるぐらいで種族までは変えていなかったからな。
ウサミミやネコミミ動かす感覚とかわからんわ。
モーブたちもドッペルに慣れたばかりで、姿形の違うドッペルを使いこなせないのでついて来ていない。
リーアは戦闘時に勇者装備をしていて、普通の簡単な鎧を着ている今とは印象が全然違うのでついて来てもらった。
俺はドッペルの体をとりあえずキユみたいにしている。
「冗談でコールをしたとはいえ、酷いな」
「……はい。匂いがキツイです」
ここはまさに、中世ヨーロッパと言った感じだ。
いや、行ったことはないけど、100年戦争時代とかこんな感じだったんじゃね?
大通りを外れて、少し路地を覗けば糞尿の匂いが漂ってきて、人の死体すら普通に転がっている。
群雄割拠なら、当然の風景と言うわけか。
この街はジルバ帝国領、フェイルと言うらしい。
つい3か月前に、隣接するエナーリア聖国から勝ち取ったという話だ。
ぱっと、街の人に聞いただけでこれだけの情報が入って来た。
「あとは、酒場か、情報を集めるなら定番だよな」
「はい。酒場か、宿屋が情報を集めるにはいいと思いますけど」
「あ、宿屋もあったな。というか、まずは寝床を決めて、宿屋の店主に話を聞くべきかな?」
「たぶんそれがいいと思います。私たちはどこが酒場なのかもしらないですし」
いきなり酒場に行って揉め事に巻き込まれるのも嫌だしな。
リーアの言う通り、宿屋に、客で来た俺たちを邪険に扱うとは考えにくいから、宿屋を捜してから色々情報集めるべきだな。酒場は最後って感じでいいだろう。
日の出てる時間に行っても仕方ないしな。
「しかし、どこに宿屋があるのかね~。とりあえず、そこの店で聞いてみるか」
「はい」
とりあえず、目に映る店へと足を運ぶ。
「へい、いらっしゃい。なにか武器をお求めって……感じじゃねえな兄ちゃん」
「あ、そう見える?」
「なんとなくな。その着込んでる鎧、新品だろ?」
「ああ」
「そっちの姉ちゃんのも新品で上等な品だ。中々の腕の奴が作ったんじゃねえか?」
「おお、それは当たりだな。知り合いで、腕のいい人に頼んで作ってもらったんだよ」
腕がいいどころか、チート級だけどな。
「ま、ちょいと宿屋を探していてね。よし、このナイフくれ」
俺はそう言いつつ、投げナイフ用につくられたのか、一束いくらのナイフを取る。
「わかってるじゃねえか。銀貨1枚と鉄貨が30枚だ」
「ほい」
俺は財布から、言われた金額を出す。
この新大陸は銅貨より価値の低い鉄貨と言うのが存在している。この鉄貨は100枚で銅貨となるようで、あとは一緒で10枚で繰り上げになる。
と言っても、向こうの大陸でも鉄貨は存在したらしいが、魔物相手や、戦争で、鉄は基本武器や農具に化けてしまったらしい。
細かい計算もしなくていい分簡単だと。
ま、いい分はわからなくもないが日本で1円や10円を使っていた俺としては、100円単位の銅貨しかないのは、少しこう、もやっとする。
あ、お金についてだが、捕まえたジルバ帝国の兵士から巻き上げた。
まあ、お前の物は俺の物ってことで。命があっただけマシだと思ってくれ。
「まあ、そうだな。兄ちゃんたちの希望はなにかあるかい?」
「そうだな。ただ寝るだけの宿じゃなくて、飯が美味いところかな」
「それなら、この通りを東に行ったら、ラビットって言う宿屋がある。そこがおすすめだ」
「ありがとな。また、なにかあったらくるよ」
「毎度あり。傭兵稼業で死ぬんじゃねえぞ。そんな歳で命散らしても面白くねえからな」
「わかってるって」
俺たちはそう言って、武器屋を後にする。
「人の好さそうなおじさんでしたね」
「ああ、わざわざ死ぬなよって声をかけてるしな。商売の一環かもしれんが、変な情報は流さないだろうよ。信用が落ちれば、向こうも商売に関わるからな。なにかあれば、あそこに話を聞きに行くのもありだな」
「はい。とりあえずは、宿屋に行くんですよね?」
「そうだな、どっちが東か知らんが、歩いていればわかるだろうよ」
街に住んでいる人たちは、感覚で方角は分かるだろうが、俺たちはこの街に来たばかりだしな、少し歩くと、どっちが西で東かなんてわからなくなる。
「お、運がよかったみたいだな」
「本当ですね。ラビット、確かにおじさんが言ってた宿屋です」
適当に選んだ道を歩いていると、おっさんが言ったラビットという看板を見つける。
そして、そのまま俺たちは宿屋に入っていく。
「おう、いらっしゃい。泊まりかい? それとも、食事かい?」
中にはいると、人の好さそうなおっさんが出迎えてくれる。
武器屋の髭もじゃと違い、優男風のおっさんだ。
「食事つきの泊まりで頼む。2人部屋な」
「おう、それなら一泊銀貨3枚だ。高いと思うだろうが、それなりの料理をだす」
「武器屋のおっさんの言った料理、楽しみにしとく」
俺はそう言って、銀貨を9枚置く。
3日いれば、それなりに情報も集まるだろしな。
「なんだ、あいつの紹介か。こりゃ手を抜けねえな。晩飯はこれから鐘が2回なった後からだ。4回目までだからそれまでに、下の食堂に来てくれ」
「わかった。部屋は?」
「204号室だな。ほら、このカギだ。なくすなよ、鍵代銀貨1枚もらうからな。部屋は階段を上がって右だ」
「ありがとな」
俺は鍵を受け取って、リーアと一緒に204号室へと入っていく。
「ふむ、よくやってると言うべきか」
「はい、向こうでもなかなかないと思いますよ?」
「俺はウィードしか知らんしな」
「あれが異常なんです」
204号室はベッドが2つ、間にテーブルが1つ、クローゼットが1つという、なんというかビジネスホテルみたいな感じだ。
木造でベッドは比べるべくもないが、掃除は行き届いているし、リーアの言う通りいい宿なんだろう。
「よっと、一旦休むか」
俺はベッドに担いできたバッグを放って、座る。
リーアもバッグを床に置いて、向いのベッドに座る。
「そう言えば、少し聞きたかったことがあるのですが、いいですか?」
「なんだ?」
「この偵察も含めてですけど、あの村の人たちは少し、失礼すぎると思うんですけど」
「ああ、それな。まあ向こうの立場を考えれば当然だろう」
「当然なんですか?」
今回の偵察も、元を言えば、あの村の人たちが勝手に兵士を逃がして、俺たちが戦わざるを得ない状況にしてしまったのが原因だ。
俺たちからすれば理不尽かもしれないけど、村の人たちからすれば、それしか手がないんだよな。
「そうだな。あのまま兵士を全員処刑したとして、2度と兵士が来ないと思うか?」
「それは……あり得ないと思います」
「だよな。逆に逃がしても、すぐに大勢の敵が来るのはわかるよな?」
「はい」
「じゃ、村を捨てて逃げるしかないわけだ。だけど、今回は俺たちの加勢があって被害なくジルバ帝国を撃退できたわけだ。だから、縋ったんだろう」
「縋った?」
「そう、俺たちを逃がさないようにして、自分たちが独立するチャンスにしようと思ったわけさ」
「でも、勝手に人質を解放したりするなんて、無謀が過ぎませんか?」
「そりゃ、俺たちが村人を助けたから、その点では甘く見られているだろうな。だから、人質を勝手に逃がしたわけだ。俺たちが手を上げないと踏んでな」
「なるほど」
「向こうとしては、今回の戦果は、他にいる獣人や、エルフなどを集めるのにいい宣伝になるだろうからな。でも、あの戦いで、中心だった俺たちがいないのに集めても敗色濃厚だろう?」
「そう、ですね」
「だから、俺たちを確実に自分の側に引き込むために、ああするしかなかったのさ。俺たちが他所の国の重鎮なんてことは知らないしな。便利のいい、傭兵だと思ってるみたいだし」
「納得です。そういうことなら、ああするしかなかったのですね」
「まあ、不満が無いかと言えば有るが。そもそも、見捨てず助けに走ったのが俺たちだからな、ある程度まで面倒みろってことだ」
最初の一手で俺たちが厄介事に首を突っ込んだんだ、まあ仕方ないと思うしかない。
不利な点ばかりじゃないしな。
「今日はとりあえず、晩御飯を楽しみにして、飯を食いながら、ここの店主や店員と話して情報でも集めよう」
「酒場は、今日行かないのですか?」
「んー、酒場は基本裏情報みたいなもんだしな。時間が無いなら仕方ないが、今は時間もあるし、俺たちで表の情報を集めよう。表だって、俺たちに撃退された兵士の話は出てないしな」
「そういえばそうでしたね」
そう、なぜか逃がした兵士たちがこの街にいるはずなのに、街は戦の準備などで慌ててはいなかった。
まだ情報を整理中なのか、別の問題が起こっているのか、それとも、お偉いさんが言った通り独断で兵を動かしていたので、説明に時間がかかっているか。
というか、酒場で裏情報を聞いても、今の俺たちでは真偽の判断ができない。
「ま、明日明後日でしっかり情報集めよう」
「わかりまし……」
ドゴンッ
そんな音にリーアの返事はかき消された。
「なんだ?」
「なんでしょう?」
2人そろって、窓を覗く。音からして、近場の音だ。
「あそこだな」
「あそこですね」
音の発生場所はすぐにわかった。だって、砂煙が派手に上がっているから。
「いってみるか」
「暇ですし、いい暇つぶしになると思います」
飯の時間までやることもないので、たまには自分が騒動をみる野次馬でもやってみることにした。
その場所に到着すると、既に多くの人だかりができている。
しかし、俺たちも早目にきたから、なんとか最前列で野次馬をできそうだ。
「この程度の攻撃も防げないような奴は、私の隊にいらん」
「ぐうっ」
目の前では、エメラルドグリーンの髪を肩まで綺麗に伸ばした女性が……エメラルドグリーン!? 相変わらず変なカラーが多いなこの世界!!
というか、エメラルドグリーンってわかるかな、宝石みたいって感じだよ。
あと、なんだよその装飾過多な鎧。装備の意味あるの? お腹出てるよ、意味不明なんだが!!
そして隣の!! その緑髪の側近さんみたいなのは金髪なんだけど、こっちも髪型がサイドポニーテールだ。
お前、それで戦場に行くつもりかよ、せめて普通のポニーテールにしろよな。
鎧は妙に胸が大きくしてあるけど、中身本物だろうな?
あ、うちの嫁さんも片方だけドリルなんだけど、まあお姫様だからよしとしてくれ。
いかんいかん、女性のツッコミに必死になってたわ。
大事なのは、この騒動の原因を……。
俺がそう思って、様子を伺っていると、側近みたいな人が前にでてきて、倒れた男の前に立つ。
「さあ、早く何処へなりといきなさい。我が姫様はこれから、戦へと赴くのです。邪魔をしないでください」
「邪魔だと!!」
倒れていた男が立ち上がる。
後ろで見ていた男の仲間らしきものも、集まってその側近に近づく。
「そもそも、その姫さんが強いのは当たり前だろうが!! その魔剣があるんだからな」
男がそのエメラルド……めんどい、緑髪の女性が持つ剣を指さす。
ほう、あれが魔剣ね。
あの姫さんがどれだけ強いかは知らんが、あの魔道具はこの大陸でも機能するんだな。
今までの情報収集によって、魔道具ですら、チート級の物や魔石を入れ替えるタイプ以外は、魔力枯渇の影響でただの物になってしまう事が分かった。
だから、あの姫さんが持つ魔剣とやらは、この新大陸では珍しい物だ。
研究のために譲っては、くれないだろうな……。
「はぁ、それ以前の問題だと言っているのです。お前たちなぞ、姫様の手を煩わせることもない。私1人で十分だ」
「なんだとぉぉーーー!!」
「姫様が構ってやりたいと仰ったので、黙って見ていましたが、自分の実力も計れない相手にこれ以上時間はかけられません。いいですね?」
男たちを無視して、後ろの緑髪の姫さんに説教じみた感じで言う。
「すまんすまん。もうジェシカに任せるから許してくれ」
「はぁ……」
あー、なんかあのジェシカとかいう女性、セラリアに振り回される、俺や、スティーブの姿が重なるぜ!!
と、その会話でとうとうキレたのか、男たちが武器を抜いて姫さんとジェシカに飛びかかる。
「「「死に晒せーーー!!」」」
いや、不意打ちで声だすなよ。
緑の姫さんは宣言通りに自分からは手をださず、後方に飛び引いてジェシカに任せる。
ジェシカも、自分の言ったことが間違いでないと証明するように、あっと言う間に剣を抜いて、手加減をしつつ5人を沈めた。
まあ、結局、一瞬で5人の男が地にひれ伏す結果となった。
「「「おおっーーー!!」」」
野次馬たちが歓声を上げる。
「うむ、こういうのも悪くないではないか。なあジェシカ?」
「こういうことをすると、この街の衛兵が困るのですがね」
そんな風に2人は雑談をしていて、反応が遅れてしまった。
「わらうなあぁぁ!!」
倒れ伏した男の1人が、魔術師だったのか、魔力を杖に集めてなぜか、野次馬に向けてそれなりのファイアーボールを放つのを許してしまった。
「なっ!!」
ジェシカは驚きの声を上げ、緑の姫さんは魔剣を抜いてなにか対処するつもりのようだが……。
「危ないから、観客に撃ち込むなよ」
俺がレジストしたから問題なし。
魔力枯渇の応用で、前方の魔力を空にすることにより、魔術を打ち消す方法だ。
ま、相殺したほうが簡単だし、空間の魔力を空、つまりゼロにする空間制御は不便すぎる。
今回は観客、いや野次馬に被害が及ばないためにその手段を取った。
いや、俺の方向に飛んできたのが一番の原因だが。
他の方向ならほっといたわ。
「さて、騒動も終わりのようだし、帰るか」
「はい、そうですね」
俺たちは男たちが衛兵に連れていかれる姿を見て、その場を離れようとしたが……。
「待ちなさい。そこの男」
「へ?」
衛兵に説明をしていたジェシカが、俺になぜか声をかける。
「姫様が……」
「お前、私のモノにならないか!!」
横から、緑の姫さんがやってきて、そうのたまった。
なにこのフラグ。
「いえ、晩飯がありますんで帰りますね。ほれ、行くぞ、リーア」
「え、あの……、はい。失礼します」
リーアも姫さんとジェシカに頭を下げて、俺の後をついてくる。
よし、自然に別れたぜ。
「……いいのですか、姫様?」
「はっ!? あまりにも普通に断られてしまったので驚いてしまった!!」
「ええ、私もいささか驚きました。旅の者なのでしょうか? 私はともかく姫様のことを知らないなんて」
「ジェシカ追うぞ!! あの男と一緒に居た女、多分お前と同等かそれ以上だ。絶対に配下に入れるぞ!!」
「え!? それほどですか!!」
そうして、2人は走ってくるが、俺は既に路地に入って目をくらませている。
会話は風の魔術で聞いているがな。
「お前も気が付いてなかったか。あの馬鹿者が撃った魔術を消したのは私ではない。あの男だ」
「!?」
「しかも、私の魔剣の技ごと魔術を消し飛ばした。そこまで威力はなかったとはいえ、あれを即座にやってのける実力は惜しい!!」
「確かに、その通りです。確かあっちに曲がりました」
「よし、行くぞ!! そう遠くには行ってないはずだ!!」
「はい!!」
へえ、俺のしたことに気が付いたってことは、それなりに実力はあるのかね?
ま、とりあえず2人が路地に入ったタイミングで大通りにでて、のんびり宿屋へ帰る。
「いいのですか?」
「今日ぐらいはのんびり晩御飯食べようや」
俺はそう言って、野次馬根性を後悔した……。
好奇心は猫をも殺す。
「はぁ」
さてさて、これからどうなるのか?
このお姫様の正体はいったい!!
ユキの平穏はあるのか!!
あと、明日休みます。




