第86掘:晩酌
晩酌
side:ユキ
今日はロシュール王との晩餐会、いや晩飯のあとお酒に付き合えと言われた。
もう王が視察にきてはや5日。
冒険者ギルドのグランドマスターとの会見もすませ、ダンジョンの視察もほぼ終わり。
あとは、のんびりダンジョン生活を満喫してもらうだけだ。
「婿殿、これは?」
「ああ、強いお酒です。大丈夫ですか?」
「少しはつけんのだな」
「そりゃ、ブランデーですからね。ワインをさらに蒸留して樽に漬け込んだ物で…。そうですね、ワインの5倍はキツイと思いますよ。アルコール度は55%ですから」
「55か…、ふふふ」
ロシュール王はそう言ってグラスの中の琥珀色の酒をみて笑う。
「何か問題でも?」
「いや、感覚でしかわからない酔いの成分か? その量を的確に言う。婿殿は流石異世界人でいらっしゃる」
「……いつからお気づきで?」
「いやぁ、そうだのう。ダンジョンに人を住まわせる。といった時からかの」
「それで、少し違和感って所ですか」
「ああ、決め手はこのダンジョンに来てからじゃな。どう見ても、昔からある異世界人の特徴に似ておる。民に政権を委ねるところが特にな。まあ、文献にある方法とは違って、かなり現実的なやり方をしておるみたいだが」
なるほどな、カマをかけたというより、むしろ確信があっての事か。
特に隠す理由もないから答えたけど、となると……。
「では、やっぱり今回のお姫様…シェーラの件は俺達に渡すつもりでしたね? 真意は俺に役立てろと」
「ふ、いや。わしではアレを上手く使えん。お前さんほど身も軽くないのでのう。一日でも行方をくらませれば大騒動よ」
そういって、満面の笑みを見せる。
どこかの悪ガキみたいだ。
「ぷっ、そりゃ、王様だしな」
「まあ、このダンジョンの様子を見て姫の事は考えるつもりだったのだがな。初日でもうお前さんに任せてよいと思ってしまったわ」
そう言って、ブランデーを飲む。
「…っく~!! 強いのう」
「でも、美味いだろう?」
「うむ」
おれが、空になったグラスに氷とブランデーをまた注ぐ。
「…異世界人。多くは救世主と呼ばれ、数多の奇跡をこの大陸に残してきた。最初は偶然なのやもしれんが、今では異世界人を意図的に呼ぶ、異世界召喚などというバカげた誘拐を国で行っている所も多々ある」
「……だろうな」
「わしもな、昔、若造の頃、冒険者として暴れたもんじゃ。継承権は第5位での、基本気楽じゃった。その冒険者稼業でな、一人の男と出会ったんじゃよ。駆け出しの若造のわしを王族としっても徹底的に扱き上げた異世界人がな」
ロシュール王は遠い昔を思い出しながら、酒を飲みながら話をする。
「不思議な武器を持った黒髪の男じゃった。セラリアが持ってた武器と同じじゃ刀と言ってな。魔力の欠片も感じないのに、魔剣持ちの剣士を剣ごと切り裂くほどの腕前での。よく鍛えてもらったわ」
「…その人が異世界人と?」
「その通りじゃ、上泉信綱とか言ってたの」
「ぶっほ……っつ、げほっ、げほっ!?」
「大丈夫か? 何か知ってる名前か? お主の友人か?」
いや、知ってるも何も、その人剣聖じゃねーか!?
本人かは知らないけど。
「おかげでな、わしは剣術レベル5という前人未到の技量を身に着けた」
あ、本物だ。
あの人、教えるのも上手かったらしいし。
「その、上泉って人は特に異世界人らしくなかったんじゃないか?」
「ん? おお、よくわかったのう。お主みたいな服ではなく…そうさの、浴衣だったか、あれに近い服を着ておったぞ? 文献通りの考え方ではなく、本人は只の修行者といっておった」
「歳は幾つぐらいで?」
「ああ、見た目は20代後半ってとこでの、本人は天寿を全うしたが若返ったと言っておったのう。わしは冗談かと思っておったわ」
……うわー、剣聖が天寿全うして若返ってこっちにきたって?
チートじゃねーか。
「で、その上泉師とは知り合いなのか? あの師は剣術ですべてを薙ぎ払うツワモノであったわ。是非、彼の事をしっているのなら、教えて欲しいものだ」
おうおう、そりゃそーだろうよ。
「そうだな、俺の世界…いや俺のいた国で「剣聖」って言われるほどの人だったよ。確か5・600年前の人だ」
「剣の聖か…納得じゃ。あれは剣聖じゃった。彼が木の棒を握れば、手も足も出らんかった」
「そりゃ、剣術レベル計測不能だったろうよ……」
「よく知ってるのう。一度見せてもらったのじゃが、レベルが300超えで剣術に至っては無限とかいてあったわ」
……おい、ルナ。表記ルールどうなってる。
いや、上泉信綱なら納得だが。
「と、話がずれたのう。で、異世界人である婿殿になぜじゃな?」
「ああ、なんでダンジョンマスターでもある異物にそんな支援を?」
「そうじゃのう。婿殿をみて、師を思い出してのちょっとした恩返しというわけじゃ。いつか同郷の人間に会えば少しばかり手助けをしてやってくれとな」
「少しばかりじゃないがな」
「はっはっはっは。心配はいらんさ、その褒賞に見合う成果もあげておる。それに道を探求しておった師とは違って、お主は色々面白そうでのう。ここのダンジョンがいい例じゃ。縛り上げる方がどうかしておるわ」
とんだ食わせ物じゃねーか、やっぱり王様ってのは伊達じゃねーな。
「……婿殿は、ダンジョンに街を作ることや、他国と関係を結ぶだけが、目的じゃなかろう?」
「いや、暮らしを良くするためにしてるだけだからな」
「はっはっはっは。そういう事にしておこう。いずれ話してくれることを願う」
「……今はまだ早すぎる。時期が来ればな」
「そうか……。うむ美味い」
カランと氷がグラスに当たって音が響く。
「娘を、セラリアとよろしく頼む」
そう言って、ロシュール王はしっかり頭を下げる。
「いい娘さんだよ」
「ありがとう」
いい顔で笑う男2人。
傍からみたらどうなんだろうな。
「……どうする? 指定保護はかけてコールで連絡はできるが、城をダンジョン化して、安全を図ってもいいんだが」
「…ふ、気持ちはありがたいが、それは遠慮しておく。わしは最後までこの大陸の住人でありたいのだよ。婿殿には理解できない拘りなのかもしれないが……」
「いや、分かる…っていってもあれだな。人それぞれだ。何も悪くないし、それが生き様ってやつだろう?」
肯定も否定もしない俺の言葉に、王は只頷いて酒を飲む。
「そうさな、孫の顔を見るぐらいまでは何とか生きるつもりじゃが、そこら辺はどうだ?」
「ん、積極的で大変だよ」
「くっ、くははは!! あのセラリアがな。ちょっと扱きすぎて、女傑になって心配しておったが大丈夫のようだな」
「なんだ、あの性格は母親譲りかとおもったんだが?」
「いや、それで間違いはない。アーリアとセラリアの母が一緒で、エルジュが別じゃ」
「ああ、それは本人から聞いたよ」
「どちらも、冒険者時代組んでいた仲間でな。アーリアとセラリアの母はわしもかくやというぐらいの、剣と魔術の使い手じゃった。エルジュの母親はチームの回復役でのう」
「まんまだな」
「ああ、よい妻であったよ。妻同士仲も悪くなくてな。娘達にとってもどっちも大事な母親であった。残念かな、流行り病でコロリよ。セラリアは当時幼くてな、政務にかかり切りで母を蔑ろにしたのを今でも納得できていない。代わりに、面倒をみてくれたエルジュの母にべったりじゃったが、彼女もエルジュを産んで体を悪くしてのう」
「…そうか」
「どうも、男手一つ育てるのは大変だ。セラリアは最悪一生独身かと思ったぐらいじゃ。今回の事は感謝しとるよ」
「娘を掻っ攫ったのにか?」
「子供が巣立つのは寂しいが、大きく羽ばたくのも見たい…という感じじゃ」
そうやって、また静かに飲む時間が続く。
「ああ、一ついいかの?」
「なんだ?」
「今更じゃが、息子が欲しかったが、男は生まれなくてな。それであきらめた夢があるのじゃよ」
「それは?」
「息子と酒を飲みかわす事よ」
「もう飲んでるがな」
「ああ、だから今更じゃよ」
そういって、グラスをこちらに差し出す。
「「乾杯」」
チンとグラスがぶつかり合う音がする。
夜はまだまだこれからだ。
王様とユキの会話でした。