■chapter 1 フォルトゥーナの気まぐれ
帝丹高校前。
門からはブレザーを着た生徒達が流れ出ていた。その群青色の波に逆らうように門に向かう少年がひとり。幾人かの生徒が少年に気づき、名前を呼び歩みを止めて振り返る。
凛とした空気をその身にまとった少年は、名前を呼ばれたことに気づくと、軽く手を上げそれらに応える。その口元に浮かぶ不適な笑みは彼の自信をうかがわせ、見るものを惹きつけた。
「工藤、何してんだよ。今日の試験終わっちまっただろーが。留年でもする気か?」
遠巻きで見守るものが多い中、人懐こい笑顔とともに男子生徒が軽く肩を叩いてきた。
「よぉ、高橋。久しぶりだな。なんか、事件解決すんのに手間取っちまってな」
工藤と呼ばれた少年は、バツが悪そうに頭をかいた。
「お前……腕が落ちたんじゃねーの?」
「うっせーよ」
「毛利が心配してたぞ。なんか色々先生に頼んだりしてよー」
「へぇ……」
「やっぱ、夫婦なだけあるな!」
「まぁな」
その答えに、ニヤニヤ笑いながら肩を叩いていた手が止まり、高橋はきょとんとした顔をした。それをみた少年は、顔を赤らめると幾分慌てた表情をする。
「バッ……バーロ! 冗談だよ。本気にすんなよ」
「……いつも全力で否定すんのに認めるから、なんかあったのかと思ったぜ。進展したのか?」
高橋は一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、すぐにからかうような笑顔に戻った。
「ハハハ……んなワケねーよ……」
少年は高橋に気取られぬように、そっと息を吐いた。
◇◇◇
情報通を自負する親友に、“彼”のことを伝えられたのは先ほどのこと。試験が終わった頃にのこのこと現れて、女生徒に囲まれて鼻の下を伸ばしているという。
容易に想像がつくその場面に、こみ上げてくる怒りを拳を握り締めることでどうにか抑えつけ、蘭は職員室に向かって走っていた。
(まったく、あの推理オタクは! 来るなら来るって一言教えてくれたらいいじゃない)
大きな事件を追っている、とは本人の弁。それを理由に、あの幼馴染が登校することは非常に稀である。休学届を出すと聞いてはいるものの、今現在休学していないことは明らかなのだ。ならば、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「新一! 覚えてなさいよっ!」
◇◇◇
なにやら背筋に冷たいものを感じたが、緊張しているせいかと少年は頭を振り、目の前の女生徒に微笑みかけた。
「工藤先輩、どんな事件を追いかけてたんですか?」
「工藤、もう毎日通えるのか?」
「工藤くん、心配してたんだよ」
遠巻きにしているものも含め、すっかり生徒達に囲まれてしまった少年は、最初こそ「同じ外見なのに、この注目ぶりの差はなんなんだ」と拗ねていたが、段々と調子に乗ってきていた。
――そう、少年とは、工藤新一に変装した黒羽快斗であった。
“変装”とは言っても髪形を少々いじるだけでよかったのだが、いまのところ誰にも疑われてはいない。
問題は、工藤新一の幼なじみの彼女だけだと快斗は考えている。
「新一ィ!」
怒気を含んだ高い声がすると、生徒達の顔が強張りさっと潮が引くように離れていく。その様子に殺気を感じ取った快斗が振り返ると、青い影と共に形のいい脚が目に飛び込んできた。
「げっ」
快斗は身体を反らして、寸前のところでかわす。
「白か……」
覆水盆に返らず。後悔先に立たず。後の祭り。
にやけた顔で思わずもらしてしまった言葉は、はっとしてスカートを押さえた綺麗な脚の主、毛利蘭を怒らせるには十分だった。
「どこみてんのよっ! このスケベ!」
「ちょ、待て!」
彼女は羞恥で頬を染めながらも、脚での鋭い攻撃を止めない。
さすが空手の都大会優勝者。
快斗は本気で攻撃されると死ねるかも、などと考えながら蘭との攻防を楽しんでいた。
“新一”を取り囲んでいた面々は、突如始まった痴話喧嘩にはやし立てるもの、蘭の登場で彼に近づくのを諦めて遠巻きに様子をみるものなど、反応は様々だ。
「めったに連絡くれないくせに!」
快斗は彼女の瞳に揺れるものを認めた。
「お、おい……」
「久しぶりに出てきたと思ったら、こんな所でデレデレしちゃって!!」
「落ち着けって」
「うるさいっ!」
なるほど。
工藤は、恋人の毛利蘭ともめったに連絡を取らない。と言うのは本当だったのか……。それに、高橋の反応から察するに――“恋人”ではないようだ。
快斗は素早く間合いに入り込むと、蘭の手をつかんで引き寄せた。ギャラリーからは、歓声とも悲鳴とも取れる声があがる中、彼女の耳元に顔を寄せそっと囁く。
「蘭。他のヤツにも見えちまうだろ」
「え」
快斗は蘭を正面に捕らえなおすと、驚きでまんまるに見開かれた彼女の瞳を見つめて少年らしい笑顔を見せた。
「俺だけになら、いくら見せてもいいけどな」
蘭は真っ赤になって固まっていたが、我にかえると快斗の腕をガシっと抱え込み、すたすたと歩き出した。
「バカなこと言ってないで行くわよ」
「へ? どこへ?」
「職員室に決まってるでしょ」
「へ? なんで?」
蘭は立ち止まり、白い目で快斗をにらみつけると、快斗の鼻を思い切りつまみあげる。
「いてぇえええ」
「大馬鹿推理之助が事件に夢中になっている間、出席日数カバーするために、どれだけ苦労してると思ってんの。せっかく試験日に来れたんだから、しっかり試験受けてもらいますからね」
「へ? 試験って、終わったよな?」
「終わったよ」
「何で今から試験あんの?」
「感謝してよね。特別に受けられるようにしてもらったんだから」
「げ」
「『げ』じゃないの。明日はちゃんと朝から受けなさいよ。迎えに行きますからね!」
「えええええ!?」
試験休みに入っていた快斗は、帝丹高校の試験終了時刻を見計らって来ていたのだが、快斗の腕をしっかりつかんで引きずっていく、工藤新一の幼なじみによる予想外の行動に、来るタイミングを間違えたのかと後悔し始めていた。
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