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Silvia 〜冒険者たち〜
作:イオン



【#2 初めての冒険】


 翌日。
 シルヴィアを含む四人は王都の北門からレンスター四大街道の一つである“マドラス街道”に出た。
 綺麗に整備された道の先にマドラス街道における最初の難所、カルナ山脈が悠々と聳え立っている。この山を越えて数日進めば北の公爵クロス卿の治める北部地方に行き着く。そしてそのさらにずっと先、国境を越えた先には世界一の大国にして長年の同盟国“フィンコリー帝国”があるせいか、街道にはフィンコリーとレンスターを往復する行商人や冒険者の姿がちらほらと見られた。
 シルヴィア達は雄大で美しいカルナ山脈を眺めながらのんびりと歩いていた。天気は快晴。絶好の冒険日和であった。
 小休止を繰り返しながら二時間半ほど歩くと、先頭を歩いていたニコが不意に道を外れて森に入って行った。

「未発見の遺跡だからね、そこに至る道なんて無いんだよ」

 驚いたシルヴィアが思わず足を止めると、彼は苦笑しながら説明した。
 先頭を歩くニコは邪魔になる草を剣で切り開きながら、一行は道無き道を進む。

「ほぅ……」

 ニコの剣捌きの器用さに、シルヴィアは簡単の溜め息を漏らした。
 彼は細身の剣を巧みに振り回して邪魔な草木を切り開いて行く。蔦や茎に刃が引っ掛けてしまったり、余分な葉や枝に切り傷を付けてしまうなどという事は全く無い。相当の剣才の持ち主が多大な修練を積まなければできない芸当であった。

「かなりの腕だな」
「ニコのすごさはこんなもんじゃないよ」

 シルヴィアの独り言を聞きつけたプリシッラが、まるで自分のことのように自慢げに言った。

「褒めすぎだよ、プリシッラ」
「しかし腕が立つのは本当だと思うが?」
「でも剣術の腕前はジルの方が上だよ。それに、君にだって同じことが出来るんじゃないかな、シルヴィア?」
「さて、どうだろうな?」

 シルヴィアはわざとすっ呆けて答えなかった。

「お、あそこだ。あそこ!」

 プリシッラが前方の岩壁を指差した。
 シルヴィアは目を眇めてそちらを見やる。しかしいくら目を凝らしても、遺跡らしきものは見当たらなかった。歩いて近寄ってみても、別段変わったところは無い。怪訝な表情でニコを振り返る。

「入り口らしきものは無いのだが……」
「そうだろうね。簡単に見つかるようならとっくに発見されているよ」
「ではどこかに入り口が隠されているか、もしくは封印されているのだな?」
「うん、その通り。これを見てよ」

 ニコはシルヴィアの回答に満足そうに微笑み、岩壁の一角に埋まった石を指差した。
 一見どこにでもある普通の石ころが埋まっているようにしか見えない。しかしよくよく見れば、石の表面には文字らしき記号が刻み付けられていた。シルヴィアはその文字に見覚えがあった。

「“魔道式”か」

 シルヴィアの言ったそれは“魔法”という特殊な現象を起こす技術に用いられる記号だ。人が作った言語や記号とは違う、万物共通の究極の言語ともいわれている旧い文字である。
 これを口に出して詠むか、物に刻むことによって、物理法則を超越した現象を引き起こすのが“魔法”。神々がこの世界を創造した際に揮ったとされる神秘の力だ。

「その通り。よく知っているね。もしかしてシルヴィア、魔法の心得ある?」
「少し齧った程度ならば。簡単な補助魔法ならば使用できる」
「へぇ、シュトラウス家って躾と教育が厳しいって噂だけど、魔法まで教えるんだ?」

 プリシッラが感心した声を出すと、シルヴィアは恥ずかしそうな、それでいて悔しそうな複雑な表情をした。

「いや、シュトラウスが魔法を習わせることは無い。小説で読んだ“魔法騎士レグルス”に憧れた時期があって、それで独学で学んだ。結局才能が無くて挫折してしまったのだが」
「ふぅん、じゃあニコのこと羨ましがるかなぁ。ね、ジル?」

 プリシッラが後ろのジルを見上げて同意を求めると、彼は無言で頷いた。そのやり取りの意味を理解できなかったシルヴィアは首を傾げた。

「どういうことだ?」
「まあ見ててよ。んじゃ、お願いね〜ニコ」
「オーケー」

 ニコは柔らかに微笑んで、式の刻まれた石に手を当てて瞑目した。
すると石が青白く輝き始めた。同時に同じように岩壁に埋まっていた石も輝きだす。光っている石は全部で四つ。

「みんな、僕と同じように石に手を当てて。一人それぞれ一つずつ」

 シルヴィアたちは言われた通りにした。
 ニコの紡ぎだす言の葉が朗々と響き渡る。

「ギューフ、ウィン、ぺオース、ケン。
 汝、終焉を告げる天命の角笛。
 黄昏の刻。御国への扉は拓かれん。
 解錠せよ――――――アンロック!」

 四つの石がまばゆい光を放ち、シルヴィアたちは思わず目を瞑った。その際、錠前の外れる音が聴こえたような気がした。
 目を開けると岩壁に入り口が口を開けていた。大人一人くらいは楽に通れそうな大きい穴だ。

「封印解除。さぁ、行こうか」

 まずはニコが入り口をくぐり、続いてプリシッラ、ジルの順に遺跡に入っていった。
 ニコが魔法を使用した事に驚いて、シルヴィアは半ば呆然としていた。危うく置いて行かれそうになったところで我に返り、少し遅れて三人の後に続く。
 遺跡は岩壁に洞穴があるだけという外見に似合わず、意外にしっかりした造りだった。
 壁も床も天井も同じ大きさに切った石を丁寧に組んで作られていて、通路は下に向かってゆっくりと螺旋を描いている。床は出っ張りなど無い綺麗な石畳になっている上に、壁や床の鉱石が微妙に発光しているため内部は明るく、とても歩きやすかった。

「ひとつ尋ねるが、ニコは“魔法剣士”なのか?」

 シルヴィアは歩きながら前方のニコに尋ねた。
 “魔法剣士”とは、文字通り魔法と剣の両方を使いこなし、さらに“魔法剣”という特殊な剣術を用いることが出来る特別な者たちのことである。剣と魔法、両方の才能だけでなく、脅威の秘術“魔法剣”を扱う才能を求められる希少なタイプだ。
 ニコの立ち振る舞いから彼が優れた剣士であるとは思っていたが、その上彼が手際良く魔法を使ったとなれば、彼が魔法剣士ではないかと考えることは容易かった。
 そしてその推測は当たっていたらしい。ニコは首を縦に振って肯定した。

「そうだよ」
「やっぱり羨ましい?」
「そんなことはない、魔法の道はもうすっぱり諦めたのだからな」

 シルヴィアはプリシッラにそう即答したが、明らかに嘘だった。その証拠に彼女は羨望と尊敬が入り混じった複雑な目でニコを睨んでいた。

「しかしやはり凄いな……」
「そうでもないよ。魔法剣は癖が強過ぎて扱い辛いし、剣術の腕前なら君やジルには及ばないと思う」
「どうだろうな。お互いの実力がどれほどか、我々はまだ知らないではないか」
「んじゃ、ちょっとばかしアレで試しちゃえば?」

 そう言ってプリシッラが指差した先、暗闇に覆われた通路に動く影があった。
 一見すると人のように見えるシルエット。だが長い間閉ざされていた遺跡の中に生きた人間が居るはずが無い。道の先に居たのは魔物だった。
 魔法によって動く屍“リビングデッド”。動きは鈍いが、集団になると怨み辛みが結びついて強力な呪い攻撃を使うようになる厄介な相手だ。
 目の前に居るのは三体、その程度の数ならば数秒間動きが封じられるだけで、即死させられることは無いだろうが、その数秒こそが生死を分ける隙となる。数が少ないからと言って、決して舐めて掛かれる相手ではない。

「ここはシルヴィアにお任せでいいよね?」
「いいんじゃないかな。実力が見たいのは僕も同じだし」
「良いのか、私がやっても?」

 確認するように訊きながらも、シルヴィアは既に剣を抜いて不敵な笑みを浮かべていた。
 抜き身の剣を片手に一歩前に進み出る。
 自分は試されている、とシルヴィアは直感していた。その証拠に後方からのジルの視線が鋭くなっている。プリシッラとニコの視線もなんとなく険しい。彼らはシルヴィアにどれだけの実力があるのか、その目で見ようとしていた。
 深呼吸すると、熱い吐息が遺跡の淀んだ空気の中に溶けていった。血が熱く滾り、剣の柄の冷たい感触が心地よい。闘志が沸きあがり、高揚を伴った緊張感が背筋を駆け抜けていく。

「ならば、この場は私に任せてもらう!」

 シルヴィアは剣を水平に構え、石畳を蹴って駆け出した。
 裂帛の気合いを上げながら突き進み、敵との間合いを一気に詰める。
 殺気を感じ取ったのか、シルヴィアを標的に定めたリビングデッドたちの目が怪しく光った。
 呪いの発動だ。生者への怨嗟を源とする呪いが、シルヴィアの動きを縛ろうと襲い掛かる。
 しかしシルヴィアは呪いの餌食にはならなかった。効果が現れる一瞬前に、彼女の姿は通路から掻き消えた。

「速いな」

 ジルが思わず呟く。
 次の瞬間、消えたシルヴィアは突如リビングデッドの背後に現れた。

「はぁっ!」

 振り向きざまに剣を大きく真横に薙ぎ払うと、リビングデッド二体の上半身と下半身が、泣き別れとなった。
 シルヴィアはすぐに床を蹴って前に跳び、最後の敵に肉薄する。
 ダンっ、という音が通路中に響くほどの強い踏み込み。その勢いを剣に乗せて脳天から真っ二つに断ち切る。
 ろくに抵抗も出来ないまま斬られたリビングデッドの残骸が、ボテボテボテと床に落ちた。

「こんなものか」

 剣を鞘に納めつつ、シルヴィアは得意げな顔を振り向いた。魔物三体を瞬殺したというのに、息一つ切らしていなかった。
 ニコとプリシッラが驚きを隠せない表情で彼女を見ていた。

「呪いって躱せたっけ?」
「身体能力だけで躱すのは無理だよ。普通は」

 呆れた顔で言いあう二人に、シルヴィアは恐る恐る訊いてみる。

「もしや、私のしたことは出鱈目だったのか」
『うん、すっごく!』

 力いっぱい肯定されてしまいシルヴィアは項垂れた。
 驚かせることは出来たが、なんだか複雑な気分だった。

「そんなことよりも急いだ方がいい。日が暮れるぞ」

 真剣に凹んでいた所を“そんなこと”扱いされたシルヴィアは、さっさと歩いていこうとするジルの背中を軽く睨んだ。
 一行は更に奥に進んだ。螺旋を描きながら下に向かう一本道を奥へと進むと、やがて終点らしき広間にたどり着いた。
 広間は円筒形で、円の中心を挟んで入り口の反対側には扉があった。どうやら螺旋状の通路はこの吹き抜けを取り囲むようにして作られていたらしかった。

「ねーねー、あの扉の先がゴール?」
「多分そうだね。ただ……」
「このまま何事も無く通してくれるわけないだろうな」

 ジルの意見にニコは頷いた。シルヴィアもプリシッラも同意見だった。遺跡の守りが入り口の仕掛けとリビングデッド三体で済む筈がない。
 四人はとりあえず広間を横切って奥の扉に歩み寄った。

「んぎぎぃ……だめ、開かない!」

 扉はプリシッラがいくら引っ張っても開かなかった。もちろん押しても駄目だった
 一番力がありそうなジルも押したり引いたり体当たりしてみたりもしたが、扉はビクともしない。この分だと剣でこじ開けるのも無理そうだ。
 ニコがためしに開錠の魔法をかけてみたがそれでも開かない。
 扉から手を離し、ニコは額にかかった金髪を弄りながら何かを考え込むように呟く。

「魔法の施錠じゃないね、これは物理的な普通の鍵だ。きっとどっかに解錠のための仕掛けがと思うんだけど。となると怪しいのは……あれかな」

 床の上に不自然な出っ張りがある。近づいて見ると、出っ張りの上には複雑な彫刻が施されているのがわかった。その真ん中には不自然な窪み、人間の足形だった。

「足で踏むスイッチだね」
「踏んでみる?」
「やめたほうが良いのではないか? 罠かもしれん」
「俺はいいと思う。逆に扉のスイッチってこともあるからな」

 プリシッラの問いにシルヴィアはノー、ジルはゴーを出した。票数はともに一票、最後の一票を持つニコに視線が集まる。
 ニコは少しの間目を閉じて考え込んでから答えた。

「僕は踏んでみてもいいと思う。どっちにしろ、ここでアクションを起こさなきゃ完全に手詰まりだからね」
「んじゃ、踏むよ。えいっ!」

 賛成二、反対一で可決と見るや、プリシッラは大して警戒した様子も無く、無警戒にスイッチを踏み込んだ。ガコン、と機械音を立ててスイッチが床に沈む。

「……あれあれ?」

 何も起きない。
 扉が開くどころか、罠が作動する気配すら無かった。
 おかしく思ったプリシッラが足をどけると、スイッチは再び音を立てて元に戻った。勿論何も起きない。

「なんでなの、ジル?」
「俺に聞くなよ」
「むぅ」
「……もしかして、これ一つじゃないのかもしれない。入り口仕掛けの事も考えると、多分全部で四つ。これ以外にも他に三つありそうなものだけど……」
「あれか」

 ジルが指差した先には、同じようなスイッチがあった。
 目の前のものとあわせて全部で四箇所。それが正方形を描くように整然と並んでいる。

「どれかが当たりかなぁ?」
「いいや、それじゃあハズレのスイッチに罠が無かった事に説明が付かない。きっと全部当たりだよ。みんな、一人ずつスイッチのそばに行ってみて」

 ニコの指示に従い、それぞれのスイッチの前に一人ずつ立った。

「せーの、で同時に押すよ!」
「大丈夫なのか? 罠ではないのか?」
「もし罠ならひとつ押した時点で発動してるんじゃないのか?」
「なるほど……」

 尻込みしていたシルヴィアはジルに諭されて腹を決め、表情を凛々しく引き締めた。

「わかった。やってみよう」
「準備はいいね? じゃあ行くよ。せーの!」

 今度は四人同時にスイッチを踏み込む。四つの音が重なり、その直後に今まで聞こえなかった大きな音がした。
 部屋が振動し、奥の扉が開いていく。ゆっくりと開くその隙間から、邪悪な気配を漂わせて。

「みんな、集まるんだ!」

 危機感を感じたニコの指示に従って、四人は直ちに部屋の中心に集まった。それぞれの得物を取り出して身構える。
 扉が完全に開ききると三つの黒い影と、それよりも一際大きな影が一つ飛び出してきた。
 影達はすべて空を飛び、広間の上方でぐるぐると旋回する。
 闇に目を凝らしてみると二種類の魔物の姿が確認できた。
 三体いる方は“ナイトフライヤー”。大型犬ほどのサイズの蝙蝠で、人の生き血を啜る吸血蝙蝠。
 そして一際大きな一つが“ガーゴイル”。翼を生やした人型の石像に魔法の力で命が宿った怪物、遺跡を守る守護者として有名な魔物だ。
 四人はお互いの背を守るように立ち、頭上を旋回する魔物と対峙した。

「来た!」

 誰かが叫ぶように言った。
 三体のナイトフライヤーが牙を剥いて急降下してくる。
 最初に動いたのはプリシッラだった。
 彼女は素早い動作で矢を番えると、弓を引き絞って上空へと放った。

「ギャンッ!!!」

 射抜かれたナイトフライヤーがバランスを崩し、錐揉み状に回転しながら落ちていく。深々と刺さった矢は正確に心臓を射抜いていた。
 プリシッラはすぐさま次の矢を番えて放つ。
 だが先の一撃で警戒を高めていたのであろう。ナイトフライヤーたちは寸前で強引に軌道を変えて矢を躱した。
 そのうちの一体が、プリシッラを標的と定めて襲い掛かってくる。

「フレイ・イス・フロウ・ケン。
 其は形無き赤。其は熱く燃ゆる魔神の舌。
 我が敵対者を嘗め焦がし、滅ぼし尽くさん。
 吹き上げよ、焔――――――」

 魔物がプリシッラに噛み付こうと牙を剥いたその時、ニコの声が朗々と広間に響いた。

「フレイムブロウ!!」

 床から突如噴き上がった業炎が、プリシッラに襲い掛かろうとしていたナイトフライヤーを包み込んだ。
 “フレイムブロウ”。吹き上げる火柱が対象を焼き尽くす火属性の中級魔法。
 火達磨にされた魔物は地面の上でのた打ち回ったが、勢いの強い炎にあっという間に焼き尽くされて消し炭と化した。

「これがニコの魔法……なんという威力だ」
「感心してる暇は無いぞ!」
「っ!」

 ジルの緊張を孕んだ声に反応して、シルヴィアは上体を仰け反らせた。
 次の瞬間、彼女の頭があった空間を最後のナイトフライヤーが過ぎ去った。あと一瞬でも遅かったら、シルヴィアは頭ごと持っていかれていただろう。
 魔物は旋回しながら一度上昇し、再び上空から攻撃を仕掛けてくる。
 シルヴィアとジルが剣を構えた。

「っは!」

 ダンッ、と床を強く蹴ってシルヴィアは高く跳躍。急降下してくる魔物を空中で迎え撃つ。
 剣と牙が空中で交錯する。
 競り合いに勝ったのはシルヴィアだった。魔物の牙は彼女にはかすりもせず、逆に彼女の剣は魔物の翼を斬り飛ばした。
 翼を失って堕ちるナイトフライヤーの真下に、ジルが待ち受ける。

「せぃ!」

 振り上げられた大剣が風を唸らせ、豪快な斬撃が堕ちてきた魔物を一刀のもとに斬断した。
 初撃は凌いだ。しかし安堵している暇は無い。
 上空を振り仰ぐと、そこには一番の強敵であるガーゴイルが旋回していた。
 ガーゴイルはしばらく様子を見るように飛び回り、やがてナイトフライヤーたちと同じように急降下して襲い掛かってきた。
 パワー、スピード共にナイトフライヤーとは桁違いの破壊力を秘めた特攻。
 四人は咄嗟に散開してそれを躱した。
 勢い余ったガーゴイルは床に激突した。凄まじい衝撃が床を揺らし、濛々と土煙が上がる。それが敵味方の姿を覆い隠し、四人はそれぞれ身動きが取れなくなった。
 咄嗟のこととはいえ、散開してしまったことが仇になった。

「いぃ!」

 土煙の中にプリシッラの悲鳴じみた叫び声が響く。土煙に紛れてガーゴイルが彼女に肉薄していた。
 鋭い石の爪が首を狙って振り下ろされる。プリシッラは床を蹴って後ろに飛ぶことでそれを躱した。下がりながらもすかさず矢を放つ。しかし放った矢はガーゴイルの硬い身体に傷一つ付けられずに弾かれてしまった。ダメージを与えるどころか、怯ませる事も出来ない。
 ガーゴイルが恐ろしい速さで間合いを詰めて追撃してくる。

「やば……!」
「危ない!」

 たまたま傍にいたシルヴィアが両者の間に割って入り、振り下ろされた爪をすんでの所で受け止めた。
 だが石の重量を持つガーゴイルの激烈な一撃は凄まじかった。
 シルヴィアは攻撃の勢いを殺しきれずに吹っ飛ばされ、逃げ遅れたプリシッラをも巻き込んで、縺れ合いながら床に転がった。
 そんな隙だらけの二人に、ガーゴイルが再び襲い掛かった。

「くっ!」

 左右の爪を縦横に振り回しての猛ラッシュ。
 シルヴィアは必死にそれを受けるが、転んだ体勢のままでは剣を十分に取り回す事が出来ず、次第に追い詰められていく。

「しまっ……!!」

 そしてついに受け損ねた。
 鋭い石の爪が、シルヴィアの顔面に迫る。

「はぁっ!」

 爪がシルヴィアの顔面に突き刺さる寸前、横様から割り込んだ大剣がガーゴイルを打ち飛ばした。
 黒い外套を纏った大きな背中が、二人を守るように立ちはだかる。
 それを見て、シルヴィアは胸が高鳴るのを感じた。

「俺が引き受ける」

 ジルは振り向かず、ガーゴイルを睨んだまま言った。そして大剣を肩に担いで、駆けて行く。

「シルヴィア!」

 その後姿に見惚れて呆然としていたシルヴィアを、プリシッラが強引に引っ張って下がらせた。
 前に出たジルはガーゴイルに肉薄し、大剣を振り被った。
 打ち下ろされた大剣が石の爪と激しくぶつかり合い、火花を散らす。
 ジルの剣技は見事なものだった。大柄で力があっても受け止めきれないであろうガーゴイルの猛攻を、彼は上手くいなして捌いていく。

「フェオ、ウル、グラン、ケン。
 汝、降り注ぐ石の霰。
 猛り狂う巨人の拳撃。
 打ち砕け大地の打擲――――――ストーンラッシュ!」

 ジルが足止めしている間に、離れた場所で精神を集中していたニコが魔法を発動させた。
 虚空に現れた岩の礫が、四方八方からガーゴイルを滅多打ちにする。
 その衝撃に仰け反った隙を、ジルが攻める。
 大剣がガーゴイルの右腕を切り飛ばした。重たい石の腕は弧を描いて飛び、ごん、と大きな音を立てて床に落ちた。
 さらに返す刀で肩口に斬り付ける。しかしそこは腕よりも硬いのか、ジルの大剣でも斬ることができずに弾かれた。

「どいてジル!」

 後方から聞こえたプリシッラの声に反応して、ジルは咄嗟に身体を横にずらす。
 光り輝く二本の矢が後方より飛来し、ガーゴイルの両目に突き刺さった。
 石でできた人工生命であるガーゴイルに痛覚は無いという話だが、流石に目を潰されると困るらしい。ガーゴイルは姿の見えない敵を追うように、バタバタと滅茶苦茶に暴れまわりはじめた。

「イス、アンスール、ウル、ケン。
 其はより強く。其はより鋭く。
 気高く美しき、軍神の剣と為さん。
 勇壮たる光を此処に――――――ストロンガ!」

 シルヴィアの凛とした声が広間に響き渡った。
 大剣が白い光を帯びる。ジルは先程シルヴィアが魔法の心得があると語っていたことを思い出した。
 強化の魔法“ストロンガ”。物質の物理作用を増幅する補助魔法の一種だ。その効果は攻撃力の強化。プリシッラの矢がガーゴイルの目を潰せたのは、彼女の弓矢にもこれが施されていたおかげだった。

「ジル!」

 名前を呼ばれて振り返ると、不敵に笑うシルヴィアが頷いていた。

「行け!」
「任せろ。シルヴィア!」

 ジルは頷き返す。
 二人がお互いの名前を呼んだのは、これが初めてだった。

「終わりだ」

 ジルは再び大剣を大上段に振りかぶり、目を潰されて右往左往するガーゴイルに向かって斜めに振り下ろす。
 魔法で強化された大剣は、今度こそガーゴイルを真っ二つに叩き切った。





 遺跡の最深部にたどり着いた一行は、そこで石棺を見つけた。
 どうやらこの遺跡は墓だったらしい。棺には遺体と一緒に副葬品の銅鏡が納められており、一行はそれを回収した。
 死者の持ち物を奪うことにシルヴィアは気が引けたが、文無しでは形振り構っていられない。幸い銅鏡は高度なマジックアイテムという訳ではなかったものの、歴史的価値はなかなかのもので、遺跡の位置情報を付ければ大学などに高く売れそうだとニコは言っていた。

「外だぁ〜〜〜!」

 遺跡から出た途端、プリシッラは叫びながらぐぐっと背筋を伸ばした。
 豊かな茶髪が太陽の光を受けてキラキラ輝いた。外の空気をこれでもかってぐらい吸い込みながら微笑んだ彼女はなかなか可愛らしい。
 他の三人は疲れた様子で溜め息を吐いていた。

「さぁさぁ、帰ろ。とっととそれ売っ払って美味しいもの食べようよ〜」
「そうだね。久しぶりに強敵と戦って疲れたよ」

 四人は王都に向かってゆっくりと重い足取りで歩き出す。みんながみんな疲労困憊で、とにかく早く休みたかった。
 森の中を歩いていると、プリシッラが突然シルヴィアの腕に抱きついた。

「な、一体どうしたのだ!?」
「さっきは助けてくれてありがとうねっ、シルヴィア!」

 どうやらプリシッラはガーゴイルから助けてもらったお礼を言いたかったらしい。じゃれ付くのは彼女なりの愛情表現といったところだろうか。
 やや戸惑いはあるものの、感謝されて悪い気はしない。シルヴィアは満更でもなさそうにされるがままにした。
 そんな二人の姿を見て、ニコが声を上げて笑う。

「ははは、随分と気に入っちゃったみたいだね」
「だってさ、シルヴィア優しいし可愛いし、それに同郷だしね」
「む、私の故郷を知っているのか?」
「うん、アヌウン地方の“貿易都市エレスサル”でしょ? アタシもそのへんの生まれなんだ〜」
「なるほど、それでシュトラウス家のことも知っていたわけか」

 洞窟に入る前、プリシッラがシュトラウス家の教育について言っていたのを思い出す。なるほど、同郷ならば領主の事くらい知っていてもおかしくない。
 その時、ニコが何かを思いついたようにポンと手を叩いた。後ろを歩くジルに振り返り、意味深な視線を送る。

「どうしたニコ?」
「すごくいいアイディアが浮かんだんだけど、手伝ってくれる?」
「……内容次第だ」
「じゃあ大丈夫だ」
「……」

 ニコのあまりにも身勝手な言い様に、ジルは眉間に皺を寄せた。
 その顔を見て彼が昨日から何度も同じような顔をしていたのを、シルヴィアは思い出した。どうやらジルには眉間に皺を寄せる癖があるらしい。

「ねえ、シルヴィア。良かったら僕らの仕事先で働かない?」
「仕事先?」
「お! それ賛成〜!」

 ニコの提案に、プリシッラが手を挙げて嬉しそうに乗ってきた。物をねだる子供のように、しがみ付いた腕を揺らしてくる。

「ね〜ね〜、シルヴィア〜。そうしようよ〜!」
「お、落ち着け。私はその仕事が何なのかまだ聞いていないぞ!」
「ズバリ、何でも屋!」

 いまひとつ要領を得ない回答にシルヴィアは首を傾げる。ニコが苦笑して補足した。

「“ギルド”の傭兵さ」
「ギルド……冒険者ギルドの事か?」
「そう、僕とプリシッラは王立ギルド≪ストライダー≫の隊員なんだ」

 “ギルド”というものがどういった所なのかは、シルヴィアも随分昔に社会の授業で習って知っていた。冒険者を雇い、各地から寄せられた依頼を紹介する組織だったはずだ。
 ギルド員ならどの土地でも所属ギルドを訪ねれば、すぐ仕事が斡旋してもらえるのだ。昨夜のシルヴィアのように途方に暮れてしまうこともあまり無いのだろう。

「実は後ろで不機嫌な顔をしているジルもうちのギルドに入りたがってるんだけどね。困ったことに≪ストライダー≫の隊員ってペア登録なんだ」
「そーそー。でもジルって無愛想で根暗でしょ? それで友達がいないから誰も組んでくれる人がいないの」

 ニコとプリシッラの容赦無い評価にジルはより不機嫌な顔になったが、否定はしなかった。やはり彼なりに自覚している所もあるらしい。

「そこで私の登場というわけか」
「うん。僕らももうちょっとシルヴィアと一緒に居たいし。君がよければジルのパートナーになってあげてくれないかな?」
「私がジルのパートナーに……」

 シルヴィアはチラリとジルを見上げた。
 ガーゴイルとの戦いのときに見た逞しい背中を思い出して、再び胸が高鳴る。
 正直なところ、彼に悪い印象は持ってない。むしろ好ましくすら思えた。確かに無愛想でぶっきらぼうだが、その心根は優しい。

「どうかな?」

 ニコが柔らかに微笑む。その横でプリシッラが期待に満ちた眼差しを向けてきた。

「ジルが良ければ。私はパートナーになってもいい」

 シルヴィアは金色の瞳を真っ直ぐ見つめた。
 ニコの提案。プリシッラの賛成。それはジルの意思の外にあるものだ。シルヴィアはまだジルの言葉を聞いていない。本人の意思を聞かないで決められるわけが無い。
 いや、もしかするとそう思うのは全て自分への欺瞞かもしれない。シルヴィアはジル本人から誘ってもらいたかった。
 交叉する視線を通じて、その気持ちが通じたのだろうか。ジルはゆっくりと頷いた。
 言葉が無いのを少し寂しく思いながら、シルヴィアも頷き返した。

「わかった。この話、お受けしよう。ただ……」
「なんだ?」
「実は私は“帝威騎士団(インペリアルナイツ)”を目指している。半年後に行われるセレクションを受験するつもりだ」

 女王に仕える騎士になりたい。それが、シルヴィアが王都にやってきた訳だった。
 ここレンスター王国では、古来より“女王の剣”と呼ばれる“帝威騎士団(インペリアルナイツ)”に入ることこそが、もっとも名誉あることとされている。
 国民は身分や性別を問わず、一度は騎士になる事を夢見るのが常識だった。
 シルヴィアもその内のひとりであった。

「だから私が組めるのは半年間だけだ。それでもよいか?」

 誘ってもらっておいて条件を出すのは気が引けたが、やはり騎士になりたいと言う望みだけは譲れなかった。

「なんだ、丁度いいじゃないか」

 ニコが嬉しそうにそう言うとプリシッラも微笑んだ。

「今まで言ってなかったけどさ、実はあたしたちもセレクション受験志望なの」
「だから僕らもジルも、ギルドにいるのは半年後までなんだよ」
「では……」
「セレクションまでの半年間、同じ目標に向かう者同士頑張ろうよ」
「あ、ああ! よろしく頼む」
「やったー!」

 プリシッラが拳を握ってガッツポーズを取る。
 他人事なのに自分のことのように喜ぶ姿が好ましく思え、シルヴィアは顔を綻ばせた。 そうでなくても同じ目標を持っている者同士、親近感が湧いてくる。
 出会ってまだ一日しか経っていないが、シルヴィアは彼等の事が好きになれそうな気がした。


To be continued








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