【#17 ラチル商会壊滅】
時はほんの少しだけ遡る。
シルヴィアとジルが防戦一方に追い込まれていたころ、屋敷の正面で戦っていたニコとプリシッラもまた追い詰められていた。
二人は背中合わせに構え、荒い息を吐いていた。
ニコは既に魔力が尽きていた。
“魔力”とは魂を維持するエネルギーである。だからこれ以上無理をして術を行使すれば“魔力失調”を起こして命に関わるだろう。残された武器は剣のみだ。
一方、プリシッラは矢が尽きていた。
森で倒した敵から奪った矢がみっちり入っていた矢筒には、もう一本も矢が残されていなかった。残された武器は小さなナイフのみだった。
その上、二人とも満身創痍の疲労困憊だった。立っているのも辛く、今すぐにでも倒れて眠ってしまいたかった。二人は追い詰められていた。
「これは……拙いかな?」
「あー、そうかも……」
ニコの諦めを含んだ物言いに、プリシッラは頷く。
ここでの戦いに勝ち目が無いのは初めからわかり切っていたことだ。二人とも生き残れればそれで良いという無謀な戦いだった。しかし今の状況では生き残ることすらも難しかった。二人は限界まで消耗しているが、ニコが計算した援軍の到着時間まではまだまだ遠かった。
「プリシッラ。もしかして今僕と同じ事考えてる?」
「見透かされてるみたいで悔しいけど、たぶんそう」
「そっか」
プリシッラの答えを聞いて、ニコは苦笑した。背中合わせでは見えないが、たぶん彼女も似たような顔をしているだろう。
ニコは考えていた。命に代えてでもプリシッラを守り抜こうと。プリシッラも考えていた。どんなに汚い手を使ってでもニコを死なせないと。
二人とも同じことを考えていた。背中を守ってくれる親友を思いやっていた。
「奥の手、使っちゃおうかなぁ」
「やっぱりまだなにか在ったんだ?」
構えていたナイフを腰の鞘に戻しながら、プリシッラは頷いた。
「さっき盛大にあの技使っちゃったから、もう無理に隠す必要も無いよね?」
「さあ、どうなんだろうね? もしあるなら使わないよりずっとマシだとは思うけど」
「っていうか出し惜しみしたまんま殺られんのってカッコ良くないじゃん?」
「ははは、それはそうだね」
プリシッラとニコはいつもどおりの調子で話し合い、笑い合う。
こういう風に飾ったり気取ったりしないやり取りが二人とも好きだった。
「じゃあそろそろ行こうか。プリシッラ」
「うん、そだね。ニコ」
ニコは覚悟を決めて剣を構えた。それと同時にプリシッラの左の手の平に目映い光が生まれた。
敵たちがついに動き出し、襲い掛かってくる。
包囲の一角が突然崩れたのはその直後だった。
『んぎゃああああぁぁぁぁっ!!』
一斉に悲鳴を上げながら喜劇のように宙高く吹っ飛ぶ私兵たち。
いきなりの事にプリシッラとニコは上空に吹っ飛んだ連中を見上げながら唖然とした。プリシッラの手の中の光は弾けるように消えてしまう。
やがてボテボテと折り重なるように落ちてくる私兵たち。
「よう。元気だったかプリシッラ? ニコ?」
『げ、本部長!』
私兵どもをぶっ飛ばし、ぽっかりと空いた包囲の穴に仁王立ちしていたのは、王立ギルド≪ストライダー≫のギルドマスターにしてマグメルド本部の頭。そしてかつて“英雄”と呼ばれた伝説の騎士でもあるクライドだった。
彼の後ろには副長のミラ、そしてなぜか受付嬢のアマンダ。二十人近いストライダー達。そして、
「ニコさん! プリシッラさん!」
援軍を呼びに行ったシドニーの姿までもがあった。
「ミラ」
「はい」
「オレはあいつら回収してくる。お前さんはまわりの奴らを頼むわ」
「はい。皆殺しにします」
ミラのあまりにも過激な返答に、クライドは苦笑した。
「何事もほどほどに、な……」
「では十分の八殺し程度と言うことで」
どうしても半殺し以上にしたいらしい。クライドは心の中で合唱した。
ミラは嗜虐的に舌なめずりしながら、腰の剣帯に下げていた武器を取り出した。直径三十センチほどのチャクラムを両手に持って構える。
「ほかは出入り口の封鎖だ。急げよ!」
『了解!』
「一人も逃がすんじゃねぇぞ!」
指示を受けた隊員たちはすぐに幾人かの班に分かれて、東西南北の門に散っていった
アマンダはそのまま残り、シドニーを守るように背中に庇う。
「行っくぜぇぇ!」
クライドが包囲網に突進し、ミラが後に続いた。
突然現れた援軍に危機感を感じた私兵共が、一斉に二人に殺到する。しかし――――――、
「邪魔だ!」
一振り。
クライドはただ剣を一振りしただけで殺到してくる敵をあっさりとぶっ飛ばし、蹴散らしてしまった。
その常識外れの実力に青褪める私兵共の群れに、ミラが突貫する。
「ぎゃ!」「がふ!」「ぐげ!」
私兵共の悲鳴が次々と上がった。
ミラは両手のチャクラムを縦横に振り回し、あるいは投擲してばったばったと敵を切り倒していく。反撃を試みる者も、逃走を図る者も、彼女には一切触れることができずに戦輪の餌食になっていく。その様は、戦いと言うよりも虐殺に近かった。
そうしてミラが大立ち回りしている間に、クライドがプリシッラ達のもとに辿り着いた。
「元気か?」
「いえ……そのぅ……」
「あ、あんまり、かにゃぁ……」
「ったく、無茶すんなとあれほど言ったってのに。派手にやってくれたぜ」
クライドは呆れと怒りが入り混じった顔でそう言った。しかしここは戦場、のんびりしていられない。
ついて来いと言うクライドに付き従って、プリシッラとニコは包囲の外に抜けた。門の跡にアマンダとシドニーが待っていた。
プリシッラの姿を見るやアマンダは全速力で走って来た。そして、
「プリシッラちゃあぁぁぁん!!」
「ぎゃわあぁぁ!」
突進するような勢いで抱きついた。
「あらまあ、こっ酷くやられちゃって。折角の可愛さが台無しじゃない」
そう言いながら、アマンダはプリシッラの頭を胸に抱え込んで頬擦りする。
豊かな胸に顔を圧迫されて息が詰まったプリシッラは、手足をバタつかせて抵抗する。しかし絞め殺すような固い抱擁はまったく緩まない。やがてプシリッラの手足が止まり、くてっと力尽きた。そのまま動かなくなる。
「あらら、どうしたのプリシッラ!? なんか顔が土気色よ! わかった。傷ね! 傷のせいね!!?」
「いやいや、これは傷じゃなくてアマンダさんが止めを刺したというか……」
「今助けるわ。絶対に死なせるものですか!」
ニコの弱弱しい突っ込みをアマンダはさらっとスルーした。
彼女は気絶したプリシッラを仰向けに寝かせると、胸の上に手を置いた。途端、ニヤリと危ない感じに顔が緩んだ。
「あら、なかなか大きいわね。着やせするタイプなのかしら? んふふふふ……」
変態丸出しのセリフに、ニコとシドニーは背筋に激しい怖気を覚えた。クライドがやれやれとため息を吐いた。
「久しぶりの現場で完全に箍が外れてやがるな。こんな事なら現場から離れさすんじゃなかったぜ……。こらアマンダ、やるなら早くしろ」
「あら、いけない私ったら」
注意されて変態の世界から帰ってきたアマンダは、スッと表情を引き締めて目を閉じた。
「フェオ、ウル、イング、ラーグ、ウィン、ケン」
アマンダの口からルーンが紡がれ、魔力が励起する。
「其は光。
渇きを潤し、飢えを満たし、癒しを与える、生命の灯火。
此方に安らぎを――――――“ヒーリング”!」
口決の締めくくりと供に、プリシッラの全身が淡い赤色の光に包まれた。あちこちに負った怪我が癒え、青ざめていた頬が健康そうなピンク色に染まっていく。苦しげだった表情も穏やかになった。
「治癒魔法! アマンダさん、魔法使いだったんですね」
ニコは反射的に「変態なのに」と付け足しそうになって、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。
「そうよ、現場は久方ぶりだけれど。それじゃあ貴方も」
「あ、はい」
アマンダはプリシッラの回復を確認すると、今度はニコにも同じ魔法を施した。ニコの傷もあっという間に塞がっていく。
「これでいいわ。とはいえただ傷口を塞いだだけだから無理しちゃ駄目よ」
治癒魔法は傷を塞ぐだけで、失った血液は戻せない。戦場で負傷した騎士が回復魔法で傷を塞いだにもかかわらず、血を失いすぎたためにそのまま死んでしまったという話は有名だった。
ニコはアマンダの注意に素直に頷いた。そしてクライドに向き直った。
「ところで本部長、どうしてこんなに早く援軍に来られたんですか?」
「それはだな……」
クライドはシドニー達と会った時の事を話し出した。
馬車で走っていたシドニー達は街道に陣取っている傭兵たちを見て覚悟を決めたが、そこにいたのはラチルの私兵団ではなく、クライド達≪ストライダー≫の部隊だった。
「お前らが負傷してるシルヴィア達とイクルス方面に向かったって聞いてな。こりゃなんかやらかすだろうと思って追跡してたんだ」
「だからって小隊規模で来る事はないんじゃないですか……?」
ニコがダラダラと滝のような汗を流しながら言う。彼が言いたいのは新人四人を連れ戻すにしては三十人規模からなる小隊では人数が多すぎだということだ。
クライドは何でもなさそうに答える。
「その辺は勘だな。なんか小隊規模の方がいいような気がしてよ」
「そ、そうですか」
「結果的にそうして良かったぜ。街道じゃ私兵連中に絡まれたしな」
やはり待ち伏せはあったらしい。ただシドニー達が到達した時には、既に私兵たちはクライド達に倒されていた。結果的にシドニー達は待ち伏せに襲われることなく援軍と合流でき、王都に行くまでも無かったという事で大幅に時間を短縮して到着することができたと言うわけだった。
「そろそろいいな……。ミラ!」
話が終わるとクライドは大声でミラを呼び寄せた。ミラはすぐに包囲網の中から飛び出してきた。
単身であの包囲網に切り込んでいったのに、彼女はかすり傷一つ負っていなかった。反対にチャクラムにはべっとりと血がついていて、かなり怖い。
ミラが引いたことで戦闘が途切れ、邸内が静まり返った。私兵共は大分数を減らしていた。残っている者もほとんどが戦意を失っているようだった。
クライドは庭中に聴こえるように声を張り上げた。
「お前らの負けだ。全員武器を捨てて投降しろっ!」
それは降伏勧告だった。
プリシッラとニコに散々暴れられ、ミラ一人にばったばった倒されて疲弊した私兵共には天の救いのように聴こえたのだろうか。最初の一人が剣を投げ捨てるのをきっかけにして、私兵たちは皆ほっとした顔で武器を捨てていく。武器を地面に落とす音が大合唱を奏で、それがラチル商会壊滅の合図となった。
そしてちょうど同じ頃、邸内のエントランスホールでのシルヴィア達の戦闘も終了していた。
To be continued |