【#15 地下牢とメイドとパンの匂い】
天に響く鬨の声。
地に轟く靴の音。
ラチル邸の庭園は刃と矢と魔法が交錯し、血の雨が降り注ぐ戦場の様相を呈していた。
「ソール、ヤラ、グラン、ダエグ、フロウ、ケン。
灰は灰に、
塵は塵に、
土は土に還るが運命!」
少年の唇から囁くように紡ぎ出される魔性の祝詞が、謳うような響きを孕みながら、戦場の空気に染み入っていく。
それは創造を讃える祈りの詩。
「死すべき者を埋葬せよ――――――グレイブ!!」
ニコの衝き立てた剣が地面を割り、割れ目から石の棘が何本も飛び出して敵を突き上げた。
多くの悲鳴が木霊した。
ある者は棘に身体を貫かれ、またある者は棘の勢いに跳ね飛ばされて宙を舞った。吹っ飛ばされた者にぶつかられて地面を転がった者もいた。
範囲外に逃れていたため巻き込まれなかった者たちもいた。それらの打ち漏らし達をプリシッラの弓矢が射抜く。
しかし倒したのは十人程度、まだ五十人以上残っている敵が倒れた者を踏み越えて二人に殺到してくる。
プリシッラが背中の矢筒から矢を数本引っこ抜き、弓に番えて引き絞った。真上に向けた鏃の先に闘気が集まる。
「奥義――――――“ピアシングスター”!」
光を纏った矢が夜空に放たれ、尾を引きながら猛烈な勢いで急上昇していく。
「“レイン”!!」
プリシッラの咆吼と共に、光はまるで打ち上げ花火のように爆散した。無数に分かれた光の矢が流星雨のように庭園に降り注ぐ。
防御を易々と突き抜ける凄まじい貫通力を持った矢を受けて、敵たちはバタバタと倒れていく。その光景を見たニコが口笛を鳴らした。
「随分と大盤振る舞いだね。いいの? こんなに暴れたら君の秘密がばれるよ?」
「だからって手加減してる余裕なんて無いっしょ!」
「まあ、それもそうだね。ここは秘密を守るより命を拾わないと……あ、魔法使いだ」
ニコよりも数倍目がいいプリシッラは言われる前に気付いていた。敵の魔法使いが呪文を完成させる前に矢を射掛けて、射殺す。
「フレイ、マン、ゲイル、イング、イング、ヤラ、ウィルド……」
プリシッラが時間を稼いでいる間に、ニコは長い詠唱に入る。
「我、形無きものに形を。
姿無きものに光を与えん。
禍々しき烈風。
其は禍となりて、焦熱の裁きを与えん!」
ニコの身体が赤い光を帯びた。そして十数人の私兵の足元に、同じ赤い光で巨大な魔法陣が描かれていく。
「な、に!」
「じょ、上級魔法!?」
陣の正体に気づいた私兵たちが顔を青褪めて、慌てて逃げようとする。だが時既に遅し、ニコの詠唱はそこらの魔法使いの何倍も速かった。
「竜巻け劫火――――――“フレイムサイクロン”!」
ニコが術名を告げ、魔方陣が一際強く輝いた。
次の瞬間、陣内に炎の竜巻が吹き荒れる。
『ぎゃあああああぁぁぁぁ!!!』
陣内にいた者、陣の傍にいた者、合わせて十五人ほどが炎の渦の中に沈んだ。
「ひ、怯むな! 奴らは弓使いと魔法使いだ。掴まえてしまえば何も出来ん!」
年嵩の私兵が叫んだ。
すると二人の敵がプリシッラとニコそれぞれに向かって突進してきた。
プリシッラは他の敵に対応していたため、ニコは大技を放った後のために反応がやや遅れて、あっさりと近間に踏み込まれてしまう。
「もらった!」「殺った!」
同時に飛び掛ってくる二人の私兵。
だがその時には、プリシッラは弓からナイフに換装を済ませ、ニコは剣を構えなおしていた。
『甘い!』
同時に放たれる二筋の斬撃。
プリシッラに向かってきた者をニコの剣が、ニコに向かってきた者をプリシッラのナイフが、それぞれ斬り捨てた。
残心を取った二人は背中合わせになって武器を構え直した。
「フォローありがとね」
「お互い様さ」
二人は顔だけを振り向かせてウインクを交し合った。
「さぁてと……な〜んかこっからキツそうじゃん?」
「うん。そうだね」
頷きあい、二人はそれぞれ正面の敵を見る。
四十人ほど片付けたが、斃してきたのは雑魚に過ぎなかったようだ。先程の連中よりも腕の立ちそうな者たちが前に出てきていた。
ひとりひとりは森で戦ったバノッサやドミンゴの実力には遠く及ばないが、いかんせん数が多い。全てを同時に相手するとなると、捌ききれるかどうか微妙なところだった。
「あとどのくらい?」
「一時間半弱ってとこだね」
「うげ……」
プリシッラのこめかみを冷や汗が伝った。
今まで調子よく斃してきたせいで忘れていたが、プリシッラたちは圧倒的な不利だった。
私兵団全員を片付けることはシルヴィアやジルがこの場にいても不可能。プリシッラたちが勝利できるかどうかは、ギルドからの援軍が間に合うか否かに掛かっていた。
その少し前。ニコが正門を破壊したすぐ後。
シルヴィアとジルはプリシッラたちが向かったのとは反対側、つまり裏門の方からラチル邸に接近していた。
正門に向かったプリシッラ達が陽動している間に、シルヴィア達が裏門から侵入する作戦だった。
プリシッラとニコが派手に暴れているせいだろう、裏門に見張りはいなかった。とは言え、門にはしっかりと鍵が掛かっていた。
「登るわけにはいかんだろうな」
シルヴィアは険しい顔で門を見上げて呟く。
顔を上げて見ると、格子状の門扉の天辺は先端が鋭い槍になっていた。無理に乗り越えようとしてバランスを崩せば即串刺しだろう。
「退いてろ」
ジルの冷たい声にシルヴィアは振り向いた。彼は早くも大剣を抜いて構えていた。その目は真っ直ぐ門だけを見つめていた。
自分には目もくれていない事に心を痛めて、傷ついた表情になりながらシルヴィアは横に避けた。
「はっ!」
短い気合いと共に、ジルは大剣を鍵に叩きつけた。
ガッ、と鋭い音を立てて門の鍵が割れた。壊れた錠前が落ちる。衝撃で歪んでしまった門が勝手に動き、蝶番が悲鳴にも似た軋みをあげた。
「行くぞ」
大剣を納めながらジルは言い、ずんずん裏庭に侵入していく。
シルヴィアはその背中を見つめて痛みを堪えるような表情をした。
本当ならジルを戦わせる事はもちろん、歩かせる事だってさせたくなかった。ジルはそれほどの重傷だった。
けれどジルは言って聞くような男ではない。そしてシルヴィアも条件付きとは言え、彼の暴走を手助けしてしまっている。それは彼女の本心に相反する行為だった。激しいジレンマが、心をジリジリと焦がす。
(……いけない。今は余計なことを考えては……)
そう自分に言い聞かせて迷いを締め出し、シルヴィアはジルの後に続く。
二人は裏庭を一気に駆け抜け、裏口の鍵をも破壊して屋敷に侵入した。
屋敷の回廊は数時間前と変わらず無駄に長かった。
成金の習性からか、自分の財産を自慢するかのように屋敷が無駄に大きく作ってある。おかげで子供たちを捜索するのはかなり骨が折れそうだった。
天井に等間隔に設置された“魔灯”のおかげで廊下は夜であるにもかかわらず明るく、隅から隅まで見通せる。しかしそれだけ明るければ暗闇に紛れる事ができない。敵と出会った時には即戦闘になる危険性が高かった。
だから敵と会う前に一刻も早く子供たちを発見し、救出しなければならない。虱潰しに探したりはせず、何らかの策を取る必要がある。
そう思ったシルヴィアは前を走るジルに訊いた。
「どうやって子供達を捜すつもりなのだ?」
「……」
ジルは答えず、眉間に深い皺を寄せて立ち止まった。そんな彼の様子にシルヴィアはいやな予感を感じて問うた。
「まさか何も考えていないとは言うまいな?」
「……」
答えは肯定を意味する沈黙。シルヴィアは言葉を失った。
一度は独りで行くとまで言ったのだから、てっきり策は在るのだとばかり思っていた。しかしまさかなにも考えていないとは思っていなかった。無茶もここまで来ると阿呆かもしれない。
立ち尽くしていても始まらないので、二人はとにかく先に進んだ。途中、目に付いたドアを片っ端から開いていく。
しかしやはり屋敷は広かった。とても虱潰しに探せるような場所ではない。
シルヴィアは廊下を進みながら考えていた。
子供たちはおそらくどこかに纏めて監禁されているだろう。地下牢か何か、監禁するのに適当な施設があるに違いない。虱潰しに探せないなら、そう言った監禁施設の情報を得るしかない。
しかし問題は誰がその情報を握っているかだ。候補としてまず挙がるのはラチル本人だ。
おそらくラチルはまだ屋敷内にいる。正面での戦いの激しさが警戒の厳しさを物語っており、それがラチル在宅の何よりの証拠だ。
しかしラチルを探しだすのは容易ではない。何度も言うように屋敷は広い、隠れる場所なんていくらでもあるだろう。それを思えば、ラチル一人を探すくらいならば子供たちの監禁場所を探り出す方が遥かに早い。他の候補に切り換えた方が賢明だろう。
次に候補に挙がるのは私兵だ。子供たちを直接攫っていた者や森で襲ってきた者と同等、もしくはそれ以上の権限を与えられている者ならば監禁施設も知っているだろう。
しかしこの候補にも問題がある。一つは正門での戦いに出払ってしまっている可能性を否定できない事。もう一つは出会ったら即戦闘になってしまうことだ。
権限が高い者となれば旋風剣のバノッサ以上の実力者である可能性が高い。戦闘となれば苦戦は免れないだろう。こちらを当たるのもやめておいた方がいい。
第三の候補は執事、下男、メイド等といった使用人たち。彼らなら正門に出てしまっている心配もないし、戦闘せずに捕まえることができる。しかし、
(これも難しいだろう……)
使用人たちの誰が監禁施設を知っているかが分からない。人身売買は違法だ、情報を漏らさないためにほとんどの使用人はその事実を知らないだろう。
(せめて誰が知っているかが分かれば……)
そこまで考えて、シルヴィアはふと思い出した。数時間前、この廊下でメイドの一団とすれ違い、プリシッラがパンの匂いを嗅ぎつけた時のことを。そして一つの疑問を持った。
(あの時、あれだけ大量の食べ物をどこに運んでいた?)
カートにはクロスが掛けられていて何が載っているかは見えなかったが、台数とメイドの人数から考えて相当な量の食べ物を運んでいたことに間違いは無かった。
たまたま客が大人数来ていただけかも知れないとも思う。だがシルヴィアの中の常識が違和感を訴える。
(どうしてパンだけだった?)
プリシッラが反応したのはパンの匂いだけだった。パンよりも強烈なはずのスープ類やメインディッシュの匂いについてはなにも言っていない。恐らく、あの時カートにはパンしか載っていなかったのだ。それが違和感の原因だった。
(パンだけではまともな食事とはとても言えない。成金のラチルの事だ、客にパンだけを出すなんて無礼はしないはず……それにあのパンは……)
シルヴィアの思考はパンの質にまで及んだ。 彼女の腹の中にはプリシッラがお土産として貰ったパンが詰まっている。カートに載っていたものと同じライ麦パンが。
実はこれもおかしかった。金持ちが客にパンを振舞うなら固くて味の悪いライ麦パンではなく、小麦で作った白パンのはずだ。それに金払いのいいラチルの事だ、使用人や私兵にだってそんなものは食べさせないだろう。
ならばカートに載っていたパンは“客でも使用人でも私兵でもない誰か”に出されるものだったという事になる。順に消去していけば、屋敷の中でそれに該当するのはさらわれた子供たちだけだった。
「……メイドだ」
「は?」
シルヴィアが唐突に妙な事を言い出したので、ジルはきょとんとして立ち止まった。
「ジル、メイドを捕まえるぞ!」
シルヴィアはそう言い捨てて、走り去る。ジルはぽかんとして取り残されたが、すぐに気を取り直して後を追った。
シルヴィアは走りながら自分の推測を話して聞かせる。
「よくよく考えてみれば当たり前の事だったのだ」
子供たちは物ではなく生きた人間なのだ。奴隷としての商品価値を維持するには食事の世話や、寝床や着替えなどの用意が必要だ。当然、それを世話する人間も。
「子供たちの世話はおそらくメイドたちがしているだろう」
「なるほどな。子供達の世話をさせられているメイドなら監禁場所も知ってるわけだな?」
「そういう事だ」
二人は廊下を駆け、やがて一枚の扉の前で立ち止まった。中から人の気配がする。
扉を開けて部屋に入ると、都合良いことに部屋の隅で一人のメイドが震えていた。正門の騒ぎに怯えているようだ。
「……だ、誰?」
「子供たちはどこにいる?」
怯えた目で二人を見上げるメイドに、ジルが怖い顔で詰め寄った。
その台詞と迫力から二人が侵入者であることを悟ったのだろう。メイドは「ひっ!」と引き攣った悲鳴を上げて、身を固くした。
「ジル」
怯えさせては話もできやしない。シルヴィアはジルのマントを引いて強引に下がらせた。
振り返ったジルの目は邪魔するなと言いたそうだったが、シルヴィアはそれを無視してメイドの前に進み出た。
「連れが失礼した。しかし危害を加える気はまったく無い。安心してほしい」
「は、はぁ……」
シルヴィアは適当に距離を置いて、柔らかな表情でメイドと相対した。
流石は伯爵令嬢と言ったところだろうか。表情も態度も作っていると言うのに、固さや不自然さがまったく無かった。相当厳しく躾られなければこうはならない。
メイドの方はというと、礼儀正しい態度を取られたためかへたり込みながらも背筋をしゃんと伸ばした。使用人の習性による条件反射だろう。
シルヴィアはしばらく待ってから再び声を掛けた。
「落ち着いたか?」
「はぁ。おかげさまで」
「そうか。それは良かった」
シルヴィアは相手を安心させるために、人懐っこそうに微笑む。社交辞令だからか、それとも警戒心が薄らいできたのか、メイドも曖昧に微笑みを返した。
そろそろ騒がれることも無いだろうと判断してシルヴィアは本題を切り出す。
「それで、だ。私達は攫われた子供達を捜しているのだが、何か知っていることは無いか?」
「それってもしかして地下室の……っ!?」
言ってしまってからしくじったと思ったのだろう、メイドは慌てて自分の口を塞いだ。何か知っている様子なのは明らかだった。
その様子を見たジルが詰め寄ろうとして身を乗り出す。シルヴィアはそれを後ろ手に必死に押さえながら頷いた。
「何か知っているのだな?」
「いえ、はい……、私はその……」
メイドは肯定とも否定とも取れない、曖昧な態度をとった。本当は認めてしまいたいのに、なんらかの理由で認めていいのかどうか迷っている。そんな態度だった。
主人を裏切ってはいけないというメイドとしても戒めが、彼女を迷わせているのだろう。伯爵令嬢という身分にあるがため、使用人という人種を知り尽くしているシルヴィアはそう推測した。
シルヴィアは言った。
「主人を裏切ってはいけないのはよくわかる。しかし、ラチルは悪事を働いて多くの子供達を不幸にしているのだ」
「じゃあ……やっぱりあの子達は無理矢理連れてこられた子なんですね?」
シルヴィアが頷くと、メイドは何かを諦めたかのように溜め息を吐いた。
「子供達の居場所を知っているなら、そこまで案内してほしい。子供達を親元に帰すためにも」
メイドは考え込むように目を伏せた。
ラチルに従うことと哀れな子供達を救うことを天秤にかけているに違いない。
シルヴィアは内心の焦りを隠そうともしないジルを、必死に手で押し留めながらじっと待った。
やがて、メイドは何かを決意したような顔をして頷いた。
「……わかりました」
「感謝する」
思い切った決断にシルヴィアは頭を下げた。
「そんな……頭を上げてください。わたしだって本当は嫌だったんです。小さな子達を不幸な目に遭わせる事も、そんな悪事の片棒を担ぐことも。だから、わたしはわたしの意志で旦那様を裏切ります」
一介のメイドのものとは思えない、勇ましい言葉だった。
シルヴィアはますます頭の下がる思いだった。故に彼女は問うた。
「名前は?」
「はい?」
「私はシルヴィア。こっちはジル。貴女の名前を教えて欲しい」
「その……サビアです」
名を訊いたシルヴィアは大きく一度頷いた。
「ではサビア。案内をよろしく頼む」
「はい。いきましょう!」
サビアは力強く頷き、先に立って廊下に走り出た。
シルヴィアとジルも後に続いて部屋を出た。
地下牢への通路はエントランスホールにあるらしかった。
「正面から入って右の階段の下に地下室への通路が隠されています」
シルヴィアとジルは、揃って苦虫を噛み潰したような表情をした。
「くそ! まんまと騙された!」
ジルが憎憎しげに呟く。
昼間来た時には素通りした場所の真下に探していた子供たちがいたと言う事実は屈辱的だった。
シルヴィアも悪態こそつかないが、ジルと同じくらい悔しかった。
「この先です!」
幾つ目かの角を曲がると、サビアが言った。
二人はサビアを追い抜き、全速力で通路の先のエントランスへ駆け込む。
「ばぁっ!!」
「なっ……」
ジルの目の前に突然人を馬鹿にしたように赤い舌を出した小男が現れた。
先日と同じ小男、そして同じ状況だった。
ジルは気付くのが遅れた。その上、怪我のせいで体捌きが鈍ったせいで、避けるのが間に合わなかった。
小男のナイフがジルの左胸に迫る。
「させるものかっ!」
その一撃は横合いから邪魔が入ったために失敗に終わった。
シルヴィアがジルと男の間に割り込み、剣の側面でナイフの先端を防いでいた。
「同じ手が二度も通じると思ったか?」
「この、女ぁぁっ!」
小男は怒りに燃える目でシルヴィアを睨みつけた。
シルヴィアは叩き付けられる殺気を正面から受け止めると、小男の腹に前蹴りを見舞った。女であるシルヴィアよりもさらに軽かった小男は簡単に吹っ飛ばされた。
大きく間合いが離れる。
小男の後ろにはいつのまにか女が現れていた。
背の低い蛇のような大きな目と長い舌をもつ小男。そして細いが鍛えぬかれたしなやかな身体をもつ捕食動物を思わせる女。
服装は違ったが先日ソーニャを攫っていった二人組に間違い無かった。
「なに遊んでんだいゼノン」
「うるせぇ! 黙ってろアネシカ!!」
小馬鹿にしたような物言いに、ゼノンと呼ばれた小男は荒々しく噛み付いた。
アネシカと呼ばれた女は涼しい顔でゼノンの睨みを流して言った。
「ここで張ってれば来ると思ったよ。アンタ等の目的はガキどもに決まってるからねぇ」
「ならば此処に立つ事の意味も理解しているな?」
「邪魔をする気なら容赦しない」
シルヴィアとジルは剣を抜いて臨戦体制に入った。
正直相手にしている時間は惜しい。少しでも早く子供たちの安全を確保して、プシリッラ達の援護をしに行きたい。だがゼノンとアネシカに邪魔されては子供たちの救出は不可能だ。
だから何としてもこの場で奴等を行動不能にしなければならない。
「容赦しない、か……。カッコいい台詞だがね、一つ勘違いしてんじゃないのかい?」
アネシカは腰の後ろに手を回し、鞭を取り出した。そして思いっきり地面に叩き付ける。
壮絶な打撃音とともにタイルが砕け散り、床に深い溝が刻まれた。
「それは、より強い者に許された台詞だよ!」
凄まじい殺気が叩き付けられた。
シルヴィア達の後ろに隠れるようにして立っていたサビアが、気当たりにやられて腰を抜かした。
シルヴィアは油断無く剣を構えながら、サビアを振り返る。
「そこにいては巻き添えになる。済まぬがどこかに隠れているのだ」
「は、はい!」
サビアは弾かれたように立ち上がり、シルヴィアとジルから全速力で離れていった。
「あのクソ邪魔な女は俺が殺る。手ェ出すんじゃねぇぞアネシカ!!」
「はんっ。好きにしな」
一度ならず二度までも、屈辱を味わわされたゼノンは、その張本人であるシルヴィアに標的を絞ったようだった。復讐心に燃える瞳でシルヴィアを睨む。
まったく制御の利かない相棒に呆れつつ、アネシカはジルのほうを向いた。
「私を狙うか……逆に好都合だ。ジル、あの男は私がやる。よいな?」
「…………好きにしろよ」
シルヴィアの問いかけに、ジルは突き放すように答えた。
その心無い態度に傷ついた表情をするシルヴィアであったが、ジルは見向きもしない。
(それでも、私は……)
シルヴィアは挫けて泣き出しそうになる己を必死の思いで律した。今はただ、目の前の戦いに己の全てを注ぎ込むことだけに集中する。
「いくぞ、女! 死ねぇぇぇっ!!!」
ゼノンが仕掛けてくる。シルヴィアもそれに応じて駆け出した。
「シャァァっ!!」
「せいっ!」
短刀と剣が交差し、火花が散った。
「じゃあこっちも、始めようじゃないか!!」
アネシカの鞭が空気を切り裂いてジルに襲い掛かった。
「……!」
振り上げた大剣が鞭を弾き返す。
絢爛なエントランスに、戦いの暴風が吹き荒れた。
子供たちを乗せた馬車は王都へと駆けていた。
疾走と言うよりも暴走と言っていいほどの勢いで。馬を潰さんばかりの超ハイペースで。ただひたすらに王都を目指す。
手綱を握るシドニーは鞭を振るって馬を走らせ、幌の中の子供たちは馬車にしがみ付いて激しい揺れに必死に堪えていた。
ギルドへの報告と援軍の要請が彼らの役目だった。今回のラチル邸襲撃の作戦において要となる役目である。一秒でも早く援軍をイクルスへ連れていく事が作戦の成功に大きく関わっている。
だから馬車に乗る子供たちは必死だった。妹を捕らえられているシドニーはもちろん、他の三人の子供たちも監禁されている時に互いに励まし合った仲間を何としてでも助けたかった。
しかしイクルスを出て二十分ほど経ったころ、前方に松明のものと思われる明かりが見えた。
シドニーと子供たちは恐怖と不安に打ち震えた。
ラチル商会側が先回りして街道を封鎖しているかもしれない、とニコが言っていたのを思い出す。もし万が一そうだったら、馬車を乗り捨てて道から逸れ、平原に身を隠しながら王都を目指すように言いつけられていた。しかし、
(どうする……!?)
シドニーは迷った。
ここで馬車を乗り捨てたら援軍は大幅に遅れることになる。シルヴィアやニコが言うには、遅れても報告さえ無事に済めば騎士団が動いて最終的に子供たちが助かる公算は大きいという。しかしそれと引き替えにシルヴィア達が確実に犠牲となってしまうことにシドニーは気付いていた。
シルヴィア達を犠牲にして確実に妹たちを助ける道を取るか、それとも自分達の命を賭けに出して全員で助かる道を取るか。
シドニーの立場を考えれば前者を取るべきだろう。しかしシルヴィア達は今や二度も彼を助けた恩人だった。恩人を切り捨てる選択をするなど、十一歳の少年には酷に過ぎた。
その時、迷い戸惑うシドニーの腕に誰かの手が触れた。
振り向くと、三人の子供たちがシドニーを見ていた。
シドニーは驚いた。子供たちの中に怯えている者はいなかったのだ。少年も少女も、みんな何かを覚悟したような強いまなざしをしていた。
「このまま行こうぜ兄ちゃん。あの姉ちゃん達を助けないと。なぁ、みんな!?」
シドニーの腕に触れる男の子の問い掛けに、他の二人も頷いた。
「……危険だよ?」
「なに言ってんだよ。オレらみんなスラム育ちだろ? 命懸けなんていつもじゃないか」
「あ……」
シドニーはしばらくポカンと固まって、やがて腹を抱えて大笑いをしだした。
「ははは、まったくその通りだよ」
ひとしきり大笑いしてシドニーはやっと腹が決まった。
ラチル邸ではシルヴィア達が必死に戦っているのだ、だったらシドニー自身も戦うべきだと思った。
みんなで戦う。みんなで戦って完全に勝利する。シドニーはそう決めた。
「ちょっと荒っぽい事になるから、しっかり掴まって」
子供たちはお互いを支えあうように身を寄せた。
「……行くよ」
手綱を握る手に力をこめ、鞭を大きく振りかぶる。大きく乾いた音とともに馬車はさらにスピードをあげた。
To be continued |