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Silvia 〜冒険者たち〜
作:イオン



【#14 反撃の狼煙】


 森に差し込む光がオレンジ色に染まってきている。
 日が傾き、温度は徐々に下がりつつある。
 
「ユル、ギューフ、ケン。
 其は夜明けを告げる鶏の声。
 聴けよ、目覚めの唄――――――アウェイク!」

 シルヴィアは呪文の締めくくりと共にシドニーの額に手をかざした。すると掌の下で白光が雷の如く瞬いた。
 するとシドニーが低く呻きながらゆっくりと瞼を開けた。焦点の合わない瞳がシルヴィアを映した。

「シル、ヴィアさん……?」

 それはシルヴィアがいる事に気づいたというよりも、目に付いた人の名前を言っただけという感じの呟きだった。
 まだ覚醒しきっていないのか、寝惚けたように視線をさ迷わせる。

「ぼくは…………っ!」

 状況が飲み込めたシドニーは慌てた様子で飛び起きた。その途端、めまいに襲われて身体が傾いで、シルヴィアに支えられる。

「シ、シルヴィアさん!? でも、ぼく……」
「まずは落ち着いた方がいいよ。ほら、これでも飲んで」

 いつの間にかそばに来ていたニコが、シドニーに水を差し出した。
 シドニーは初めて会うニコに一瞬警戒したようだったが、シルヴィアが頷くと水を受け取ってゆっくりと飲み下した。

「あっちの子達はもう良さそうだよ、シルヴィア」
「そうか。良かった……」

 ニコの言葉にシルヴィアはホッと胸を撫で下ろした。“気付けの術”の心得はあったが、実際に使うのが初めてだったので少し不安だったのだ。
 “旋風剣のバノッサ”を退けたシルヴィアとニコは、一番に馬車に戻って見張りを強襲した。そうして馬車を取り返して木箱から四人の子供たちを助け出したものの、目的地に着くまで目覚めないように薬か何かで眠らされたのであろう子供たちは一向に目を覚まさなかった。そこでシルヴィアがそれぞれに気付けの術をかけて回ったのだった。
 ジルとプリシッラはまだ戻っていない。馬車の見張りが雑魚だけだったことを考えるに、残る強敵は帰ってこない二人と戦っているのだろう。もしかすると苦戦しているのかもしれなかった。
 助け出した子供たちは、シドニー以外はシルヴィアが知らない子ばかりだった。そのせいで最初子供たちは怯えていたが、シルヴィアがシドニーの知り合いらしい事がわかると心を開いてくれた。孤児院に出入りしているシルヴィアが子供に慣れていたのも大きかった。
 小さい子達はシルヴィアに任せることにして、ニコはシドニーから話を訊いた。
 そうこうしている内に、木立の向こうからプリシッラがひょっこりと姿を現した。

「やっほー。みんな元気だった〜?」

 窮地を脱してきたとは思えないほど明るい声だった。見たところ大きな怪我も無く、プリシッラは元気そうだ。
 しかしその少し後に戻ってきたジルはそうはいかなかった。
 彼は青白い顔をして覚束ない足取りで戻ってきた。何かの拍子に先日の傷口が開いてしまったのか、左肩から出血していた。顔色が悪いのはそのせいだ。

「どうやら……子供達は無事だったらしいな」
「人のことを言っている場合か! お前が無事で済んでいないではないか!!」

 ズタボロの自分を気にもしないジルに、シルヴィアが苛立ちを隠そうともせずに怒鳴った。
 とにかく傷口をこのままにしておくのは拙いので、幌の中に寝かせて治療する。しかし治療といっても傷口を消毒して包帯をきつく巻きなおすことしか出来なかった。癒しの魔法でもあればいいのだが、シルヴィアもニコもそれは修めていない。一刻も早く医者に診せる必要があった。

「すぐに街に戻ろう」
「待て……!」

 御者台に座りかけたニコをジルが制止した。
 弱った身体に鞭打って上半身を起し、壁に身を預ける。そして心配そうにしている仲間たちを見上げて言った。

「このままラチル邸に向かってくれ」
『な……ッ?!』

 驚愕はシルヴィアとプリシッラのものだった。ニコはジルの言葉を予想していたのか、溜め息をして天井を仰いだ。
 ジルは明らかに無理しているとわかる苦しげな声で続けた。

「刺客の敗北が報告されれば、ラチルは必ず逃げ出す。だから今すぐ屋敷に乗り込んで――――――」
「何を言っているのだ! 屋敷には五十人を越える屈強な傭兵たちがいるのだぞ! 私たちだけでどうにかなるわけが無い!?」

 またしても無茶を言い出したジルをシルヴィアが遮った。プリシッラも首を縦に振って激しく同意する。

「そ、そうだよ、ジル! 乗り込むなら王都に戻ってギルドのみんなを呼んで来ようよ!」
「駄目だ。王都に戻っていたら間に合わない」

 ギルドから援軍を呼ぶことは出来る。助け出した子供たちの証言があればラチル商会に乗り込む事は十分に可能だ。
 しかし時間が足りない。この森から王都までどんなに馬車を飛ばしても二時間、ギルドの援軍をつれてイクルスに到着するまではさらに一時間はかかる。合計三時間もあればラチルは攫った子供達を人質にしながら、屋敷から逃げ出すだろう。

「もうこれ以上、子供達が振り回されるのは我慢できない。ラチルが屋敷を脱出する前に、かたを付ける……!」

 イクルスのラチル邸までは一時間。ジルの言うようにラチルが逃げ出す前に屋敷に乗り込むことは十分可能だった。

「だ、だけどさー」
「みんなが嫌なら……俺だけイクルスで降ろしてくれ。独りでも俺は行く」

 あまりにも無茶無謀な発言に、一同は唖然として言葉を失った。
 ジルは呆れられているのを意に介した様子も無く、平然としていた。

「どんなに少数でも襲撃があればラチルは警戒するはずだ。足止めくらいにはなる。だから――――――」
「馬鹿者! そんな無茶が通るはずが無い!!」

 ほとんど叫ぶように言ったのは、またもシルヴィアだった。
 ジルの眉間に皺が寄り、苛立ちを露にした。馬車の中が険悪な雰囲気になってきた。
 シルヴィアはそれに気づかず更に言い募った。

「無茶をするなと言ったではないか! 今のお前は重傷だ。そんな身体で戦えば……!」
「死ぬかもしれないな。だが俺なんかの事よりもラチル商会を潰す方が優先だ」

 シルヴィアの剣幕に触発されたのか、言い返すジルの声に明らかな苛立ちが混じりだす。
 言い争いは既に喧嘩になっていた。怒りのボルテージは一気に最高潮に達し、ついに二人は大声で怒鳴りだした。

「だからと言って一人で乗り込むなど無茶が過ぎる!」
「だったら、どうしろって言うんだ! 子供たちを見捨てるのか!? そんな訳にはいかないだろ!!」
「それは、そうだが。だからと言って……!!」
「誰がなんと言おうと俺はラチル邸に乗り込む! 邪魔をするなら、シルヴィア。お前でも容赦はしない!!」
「な……!」
「ジルッ!!」

 明らかに行き過ぎた発言に、プリシッラが非難の声を上げた。
 ジルも言い過ぎたと思ったのか、即座に口を噤む。しかし既に言ってしまったことは取り戻せないのが世の常だ。
 シルヴィアは愕然として立ち竦んでいた。ジルの発言に言葉を失ったまま、迷子になった子供のような目で彼を見つめていた。
 “お前でも容赦はしない”。それはつまり邪魔をすれば相手がシルヴィアであっても剣を向けると言ったも同然だった。
 たった半月程度の付き合いとはいえ、ああも簡単に剣を向けると言われるとは思っていなかったシルヴィアは、少なからぬショックを受けた。そして深く傷ついていた。
 その上、傷ついた心のやり場をシルヴィアは知らなかった。彼女は怒鳴りあいの喧嘩をした事も無ければ、その末に傷つけられたことも無かったのだ。だから立ち尽くすことしか出来なかった。
 プリシッラかニコが助けてくれればと思う。けれど二人はシルヴィアの予想外の戸惑い様に、どうしていいかわからなかった。
 だからシルヴィアは立ち尽くしたままジルの瞳を見つめていた。
 彼の金色の瞳は深い闇を抱え、渇いていた。生気の無い絶望した目だった。正義に篤い、優れた剣士の目にはとても見えない。その目はむしろ死人のそれだった。 こんなにじっくりとジルの目を見たのは初めてだった。彼がこんなにも寂しく暗い目をしている事に気づいたのも初めてだった。
 そのあまりの痛々しさに見ていられなくなったシルヴィアは目を逸らして俯いた。

「あのう……」

 幌の外から遠慮がちに声をかけてきたのはシドニーだった。
 怒鳴りあいの喧嘩が聴こえたためだろう、彼は少し怯えた目をして馬車を覗き込んでいた。

「なぁに?」

 プリシッラが無理矢理平静を装った変な声で訊いた。
 するとシドニーは険悪な雰囲気に圧されながらも、瞳に強い決意を滲ませて言葉を紡いだ。

「僕が。僕がこの子達を連れて王都に戻ります。だから皆さんでラチル邸に行って下さい」
「……そうだね。そうするのが一番かもしれない」

 シドニーの提案を受けて、黙って一部始終を見守っていたニコが口を開く。

「どうあってもジルが退かない気なら、それを手助けするしか道は無い。シドニーの提案は飲んでもいいと思うよ」

 ニコが見るとジルは即座に頷いた。
 プリシッラは心配そうな顔でシルヴィアを見ていた。ニコもそちらに向き直る。

「シルヴィア。これには君の力も必要なんじゃないかな?」

 ラチル邸に乗り込むこと自体に反対していたシルヴィアだ。そう簡単に頷けるものではない。
 だがこの時シルヴィアはそんな細かいことは考えていたわけではなかった。彼女は戸惑いの中から抜け切れておらず、何も考えられなかった。
 そこにシドニーがダメ押しのように吐露した。

「正直なところ、僕もジルさんと同じでみんながこれ以上振り回されるのが我慢なりません。それに、ラチルの屋敷にはまだ妹がいるんです……」
「……わかった。ラチル邸に、乗り込もう」
「シルヴィア……」
「私は大丈夫だ、プリシッラ」

 心配そうなプリシッラに、シルヴィアは微笑して見せる。だがその微笑は歪で、無理しているのが明らかに判った。
 そう、シルヴィアは無理をしていた。心はまだショックから抜け切れず、ぐらぐらと揺らいでいた。それでもラチル邸に向かう事にもう迷いは無かった。シドニーの駄目押しが効いたのだろうか。

(いや、それは決定的ではない)

 シルヴィアは即座に首を振って、自分の考えを否定する。
 確かに助けを求める声はシルヴィアの心に届いた。だが彼女を動かしたのはまた別のなにかだ。
 シルヴィアは顔を上げて再びジルを見た。そうして再び目が合った瞬間、シルヴィアは無意識のうちに言葉を紡いでいた。

「ただし、私はジルと行動させてもらう。それが条件だ」

 これにはプリシッラ達だけでなく、ジルですら驚いた顔をした。
 言った本人であるシルヴィアですら驚いていた。けれど不思議と自分の発言に違和感は無かった。どうしてかはわからないが、シルヴィアはそれが偽らざる自分の意思である事を確信していた。

「そうと決まったらこんな所にいる場合じゃないね。出発しよう」

 ニコがそう言って御者台に座ったのを皮切りに、一同は行動を開始した。

「みんな乗って!」

 プリシッラがシドニーと協力して小さい子達を馬車に乗せ、それぞれ思い思いの場所に腰掛けた。
 全員乗り終えた事を確認したニコが手綱を鳴らすと、馬の高い嘶きと共に馬車は走り出した。道無き森を街道に向かって加速していく。
 馬車の中、シルヴィアはジルの隣に人一人分ほどの間を置いて座っていた。先程まで怒鳴り合って酷い事まで言われてしまって近づき難くはあったが、なんとなく放っておくこともできなかった。
 少しでも体力を回復させるためか、ジルは目を閉じてじっとしている。穏やかな表情をしているが、顔色はすこぶる悪かった。
 しばらくして馬車の揺れが小さくなった。馬車が森を抜け、トゥオ街道に戻ったのだった。





「ちっ……今夜はやけに冷え込みやがるな」

 春の初めとはいえ日が暮れてしまえば、身体が震え出す程冷え込んだ。
 ラチル邸の正門を守る二人組は、こんな夜に門衛の当番が回って来た不運を紛らわすかのように、内容の無い雑談に興じていた。

「そうだな。酒でもあれば少しはマシになるんだがなぁ」

 乾ききった空っ風が吹いた。男達は寒さに首を竦ませ、手を擦り合わせた。

「それにしても、さっきのアレはなんだったんだろうな」
「ああ、あいつか。確かラチルの旦那の指示でどこかに出ていた奴の一人だったよな」

 男たちが話しているのは一時間ほど前のことだった。
 昼過ぎに彼らの主人の指示で出かけて行った同僚の一人が、馬を全速力で走らせて戻ってきたのだ。

「他の奴らはどこにいっちまったんだろうな?」
「さあな。俺らみたいな小遣い稼ぎの下っ端にゃ関係の無い話さ」

 同じ私兵団の一員といっても、階級というものは存在する。戻ってきた男は見張りに立っている彼らよりもずっと上位の私兵で、序列の低い彼らにはできない重要な仕事を任されている者だった。

「ん?」
「どうした?」
「いや……ぎゃ!」

 唐突に悲鳴を上げて門番の一人が倒れた。
 相棒が駆け寄ると、彼の喉元に矢が一本刺さっているのが見えた。

「ちっ……ぐ!」

 人を呼ぼうと笛を取り出し掛けたところで、もう一人も額を矢に射抜かれた。
 道のずっと先、暗闇の中から二人の人物がゆっくりと歩み出てくる。
 一人は金髪碧眼の美少年、ニコ。もう一人はポニーテールの少女、プリシッラ。

「この暗い中あれだけの距離を置いてこの正確な射撃。流石だね」
「まぁ、これくらい出来ないとオヤジにぶっ飛ばされちゃうし」
「激しい親子関係しているねぇ」
「うっさいよ」

 二人はとりとめも無い会話をしながら門に歩み寄り、転がった死体を門の前から退かした。適当に離れた場所に死体を放った二人は大きな門を見上げた。

「さて、じゃあ始めようか?」
「うん。お腹もいっぱいになったもんね」

 プリシッラはお腹の辺りを摩りながら満足そうに笑った。
 二人の腹の中には、出発の時に受け取ったライ麦パンが納まっていた。十分な腹ごしらえができた二人は気力で満ちていた。

「僕らが“合図”だ。狼煙を上げるに当たって、なにかリクエストはある?」

 腰の剣を鞘から払い、軽く振り回しながらニコが問うた。
 プリシッラは悪戯っぽく笑って、歌うような口調で答えた。

「お熱いヤツを一発♪」
「どれぐらい?」
「この門ごとラチルの度肝をぶち抜いちゃってよ♪」
「了解っ!」

 応えるニコの身体から、赤い燐光が滲み出した。
 右手で握った剣を胸の前で水平に構え、左手の人差し指と中指を立てて剣の表面に当てる。すると刃に触れた指先が一際強く輝いた。
 ニコはすぅっと息を吸い込み、詠唱を開始した。

「――――――ッ!!」

 紡ぎ出される言葉はもはや言語として聞こえない。詠唱を少しでも省略するために。ニコは複数の呪文を重ねて唱えているのだ。
 指が剣の表面を滑らかになぞり、その跡に赤い光の軌跡が描かれていく。それは魔術的な紋様の様相を呈していた。
 やがて刀身が熱を帯びて火の粉を散らしだす。火の粉は徐々に数を増し、辺りを煌々と照らし始めた。

「っはあぁぁぁぁぁぁ……っ!!」

 呪文を終え、紋様を描き切ったニコは両手で剣を構え、裂帛の気合を放つ。
 すると光の紋様が一際強く輝き、刀身から赤い炎が噴き出した。噴き出した炎は意思が在るかのように蠢き、刀身を芯にして炎の刃を成していく。
 これぞ“魔法剣(まほうけん)”。特別な資質を持つ者だけが使用することが出来る特別な剣技だった。
 それは上級魔法の力を武器に集め、剣の技を用いて炸裂させる。広範囲に効果が及ぶ上級魔法を敢えて一点に集中することで、驚異的な威力を発揮することができるのだ。

「ブッ飛ばせ!」

 楽しそうに囃し立てるプリシッラに、ニコも悪戯っぽく笑って応えた。
 剣を、振りかぶる。

「“火”の魔法剣……」

 刀身を駆け巡る魔力は臨界点に達し、炸裂の時を今か今かと待ち受けてもどかしそうに唸っていた。

「――――――“レヴァンテイン”!!!」

 ニコは吼え、炎の剣を振り下ろした。
 剣先から生じた炎の斬線が真っ直ぐ前に向かって伸び、門を真っ二つに割き、中庭の中ほどまで達した。そして次の瞬間、斬線の軌跡を追いかけるように、赤い炎が大爆発を起こした。
 馬鹿馬鹿しいほど大きな爆音がイクルスの街に響き渡った。
 爆発によって生じた衝撃波と高熱が熱風となって吹き荒れ、庭の木を薙ぎ倒し、周囲の建物のガラスを残らず砕いた。
 正面を警備していたのであろう私兵達のうち数人は爆発に巻き込まれ、残りは熱風に吹き飛ばされて転がって行った。彼らの悲鳴は爆音に掻き消されて聴こえなかった。
 すべてが収まった時、庭木はすべて倒れるかあるいは焼け焦げ、炎の斬撃が走った地面には大きなクレバスが穿たれていた。直撃を受けた門などは跡形も無い、破片どころか塵すらも残っていなかった。

「うひゃあ……相変わらず出鱈目な破壊力してるぅー」
「それが取り柄だからね。さて、話している暇は無いようだよ」

 それだけの大破壊に気づかない馬鹿はいない。
 騒ぎを聞きつけて屋敷の中や庭のあちこちから、大勢の私兵が駆けつけてきた。

「やるよ、プリシッラ。矢のストックは十分だよね?」
「問題無し! そっちこそ魔力切れでへばらないでよ、ニコ!」
「努力するよ」

 プリシッラは矢を番えて弓を引き絞った。ニコも魔法の詠唱を始める。
 こうしてニコの魔法剣が正門を跡形も無く吹き飛ばすと共に、ラチル商会との決戦が幕を開けた。


To be continued








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