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Silvia 〜冒険者たち〜
作:イオン



【#13 怒れる射手、誇り持たぬ剣士】


 斜め下からの、掬い上げるような斬撃。左脇腹を狙ったそれを、プリシッラのナイフが受け止めた。
 鉄と鉄がぶつかり合い、オレンジ色の火花が散る。
 続いて右斜め上からの打ち下ろしを屈んで躱し、身体を起こす反動を利用して後ろに跳び下がる。
 しかし、その後を追うようにして首元に突きが迫って来た。
 ナイフの表面で辛うじて受けたものの、プリシッラは突きの勢いに押されてバランスを崩し、たたらを踏んだ。
 鎧の男、“エイワズ・ドローン”は再び接近して剣の間合いを維持する。
 ナイフを握る右手首を狙った一撃を、プリシッラは後ろにさらに下がる事でやり過ごした。 だがいつの間に追い詰められたのか、背中が大きな木にぶつかってしまう。
 すると次の瞬間、胴を狙って横一文字の斬撃が来た。
 プリシッラはそれをナイフでは受けきれないと判断した。しかし間合いから逃れようにも後ろの木が邪魔で身動きが取れない。
 選択肢は二つ。上に跳ぶか、それとも屈んで下を取るか。

(上!)

 プリシッラは真上に跳んでエイワズの剣を躱した。そして空中で跳躍の軌道を強引に変え、木の幹に両足を付いた。

「!」
「ぃぃやあぁぁっ!!」

 幹を蹴って跳躍のベクトルを前に向け、エイワズの胸に跳び蹴りをぶち込む。思いきり蹴飛ばされた胸甲が、ガツンッと大きな音を立てた。
 体重を乗せた跳び蹴りの強い衝撃に、エイワズは仰向けに倒れる。無理な体勢で蹴りを放ったプリシッラも、空中で姿勢を崩して地面に落下して行った。
 その際、プリシッラとエイワズの目が合った。

(こいつ……!)

 プリシッラは腹にぞくりと、冷たい感覚を覚えた。
 彼の目は嗤っていた。愉しんでいた。そして悦んでいた。
 満足な抵抗のできない無力な獲物をじわじわと嬲り、追い詰め、蹂躙する。その歪んだ愉悦に酔っていた。
 その目に湛えた輝きのあまりのおぞましさに、プリシッラは戦慄した。
 地面に叩きつけられる。
 先に立ち上がったのはエイワズの方だった。鎧に守られていた分、転倒の衝撃が少なかったのだ。
 まだ転がっているプリシッラに駆け寄り、両手持ちの剣を大きく振りかぶる。
 叩きつけられる剣を、プリシッラは地面の上を転がって避けた。一瞬前まで居た地面を剣が抉り、減り込んだ。続く二撃目三撃目も同じように躱し、三撃目の直後の隙を突いて足を払う。エイワズは再び転倒し、プリシッラはその隙に立ち上がった。
 しかしエイワズは転倒しながらも、剣を横に薙いでいた。
 予想の外を突かれたプリシッラは咄嗟に側転してギリギリのところで躱す。
 素早く立ち上がったエイワズは、逃げるタイミングを外されたプリシッラを追撃する。ナイフと長剣が再び火花を散らした。
 エイワズは次々と斬撃を繰り出してくる。その長身から次々と繰り出される重い斬撃を、プリシッラはギリギリのところで受け止めていった。
 火花が散る度に、それに照らされて何度も目が合う。
 剣を振るうエイワズの目はやはり嗤っていた。遊んでいた。嬲っていた。それは下卑た悦に浸る者の目だった。

(んにゃろう……)

 プリシッラはそれが吐き気を催すほど、反吐が出るほど気に入らなかった。
 別に正義を名乗るつもりは無い。けれど認めてはいけないものはわかる。そしてそれらを容認するほどプリシッラの心は広くない。

(絶対に、ぶっ潰す!)

 元から逃げるつもりも逃がすつもりも無いが、敵意がより明確になったことで一切の遠慮手加減の余地が無くなった。
 しかしエイワズの連撃はなおも続き、プリシッラは必死にそれを受け止めながら後ろへ押し込まれていく。
 苦しい戦いだった。
 自慢の弓が使えずナイフでただ防御に徹することしかできない。しかもこちらが苦しめば苦しむほど、エイワズは愉悦と喜悦に後押しされて、剣の勢いが増して行く。
 プリシッラは一瞬の隙を待って必死に耐え続けた。
 そうしている内にまた背中が木にぶつかった。
 さっきのように跳び蹴りを喰らわないようにするためか、エイワズは真上から脳天めがけて振り下ろしてきた。

(ここ!)

 ここでプリシッラは敢えて前に踏み込んだ。いつの間にか左の逆手に持ち替えていたナイフで剣を受け止める。散った火花が、エイワズの歪んだ目を浮き彫りにする。
 ナイフを持つ手に右腕は添えられていなかった。受けたのは最も勢いの乗らない剣の鍔元、非力なプリシッラが片手で握っていても、決して圧し負けたりはしない。
 そして空いた右手は逆袈裟に背負った矢筒、右肩の後ろに頭を出している矢に掛かっていた。
 更に深く踏み込みつつ、プリシッラは矢を引き抜く。

「やあっ!」

 裂帛の気合いとともに、右手の矢を面頬の格子の隙間に刺し込んだ。矢尻がエイワズの左目に深々と突き刺さった。
 喜悦に歪んでいた目が、驚愕と激痛と流血に彩られた。

「ぎぃやぁぁぁああああぁぁぁっ!!!」

 今まで喋るどころか声すら出さなかったエイワズが激痛に悲鳴を上げた。
 剣を取り落とし、顔面を押さえて蹲る。抉られた左目からは止め処なく血が流れ、兜から溢れ出して鎧を赤く染めていく。
 そうしてしばらく悶え苦しむと、痛みが憤怒と殺意に変わった。
 剣を握りなおして立ち上がる。しかしエイワズの視界にはもうプリシッラは居なかった。そこでようやく己の迂闊さに気付いた。
 その時、なにかが風切る音が耳に届いた。

「ぐおっ!」

 左肩に激痛が走り、エイワズは仰け反る。
 痛みに顔を歪めながら見ると、一本の矢が左肩に突き刺さっていた。全身鎧の関節部分の隙間を正確に射抜いている。恐ろしいほどの精密射撃だ。
 そして矢が風を切る音が再び聴こえた。今度は一本ではなく複数。

「ぎゃ! が! ぎ!」

 右肩、右肘、両膝にそれぞれ矢が突き刺さった。
 主要な関節を射抜かれたエイワズは痛みと出血で身動きが取れなくなった。 それでも何とか動く首を巡らせて男は敵の姿を見つける。
 遠近感のつかめない片目の視界に、弓を構えたプリシッラが映った。その姿は小さく、少なくとも三十メートルは距離がある。完全に弓の間合いだった。
 全ての矢の命中を確認したプリシッラは、ゆっくりと歩いてエイワズの正面に回った。遠くからでも聴こえるよう、声を張って言った。

「なんて言うかさ……今のあたし、すげー腹立ってんのよ」

 プリシッラの口調は常と変わらず軽い。十代の少女が友達に話しかけるときとなんら変わりない。だがその声は隠しきれない怒気を孕んで、逆に凄みがあった。
 そして今の彼女の顔は、十代の少女に似つかわしくない、刃物のように鋭い無表情だった。
 肌を刺すような殺気と脊髄が根こそぎ凍りつくような危機感に、エイワズは身体が震えるのを感じた。

「もとから我慢できるタチじゃないし、優しくもないから手加減しない。完膚なきまでに打っ潰してやる!」

 プリシッラは矢を一本引き抜き、弓に番えて強く引き絞る。すると、彼女の身体から白い燐光が立ち上った。
 それは極限まで高められた殺気と闘気。魔力で充たされたこの世界、“ティルナノーグ”においては、それは時に物理的な力となって具現化する。
 プリシッラの身体から滲み出る光は、具現化された彼女の闘気そのものだ。
 目に見えるほどに高まった闘気が、鏃の先端に集まって眩い輝きを放つ。凄まじいまでのエネルギーを籠められた弓矢が、ミシミシと音を立てて軋む。
 やがてそれは臨界点へと達した。

「奥義――――――“ピアシングスター”!!」

 プリシッラは高らかに吼え、渾身の力を籠めた矢を放つ。
 次の瞬間、轟音が地を震わせ、閃光があたりを染め上げた。

「ごぷ……っ!」

 刹那の後、エイワズは大量の血を吐き出した。
 ゆっくりと視線を下に移す。すると腹部に大きな穴が穿たれているのが見えた。その穴は胸甲を貫いて腹から背中を抉り、背甲をも突き破って貫通していた。
 後方から轟音が聴こえる。
 エイワズは知る由も無かったが、貫通した光の矢は後ろの木々をも貫いて、何本も破壊していた。
 エイワズはゆっくりと後ろに倒れた。
 傷口が焼け爛れていたため風穴からの出血はない。だが致命傷であることに間違いはなかった。
 彼は極々短い間の、生でも死でもない状態を体感する。身体の感覚はまったく無く、痛みすら通り越している。そのくせ意識が薄れていくのはなぜかハッキリと知覚できた。
 そして自分を貫いた光の矢のことを思い、一つの伝説を思い出した。

「ま、さか……箒、星……?」

 それが彼の最初で最後の台詞だった。
 プリシッラは倒れたエイワズのそばに寄り、耳元に口を寄せて疑問に答える。

「惜しい。あたしは“流星の射手(いて)”。箒星(ほうきぼし)はあたしのオヤジだよ」

 最後の瞬間、彼はそんな言葉を聞いた。だがその意味を反芻する前に力尽き、何の感想も浮かばないまま絶命していった。





 同じ頃、ジルとドミンゴの戦いはジルの一方的な劣勢となっていた。
 ドミンゴの巨大モーニングスターの間合いは長く、近づこうとしても鎖を短く持って攻撃される。巨大な鉄球による攻撃は大剣でも受ける事ができず、まともに喰らえば命は無い。鉄球を引き戻す隙を狙っても鎖で打たれ、引き戻すのも早くてとても攻撃できなかった。

「フンッ!」
「ちっ……」

 ドミンゴの投げた鉄球を、ジルは舌打ちしながら躱す。紙一重で避ければ鎖に打たれるので、大きく避けざるを得ない。
 反撃しようにも間合いが遠く近づこうにも隙が無いので、ジルはまったく攻撃できなかった。
 それに身体の調子もすこぶる悪い。
 最初に鉄球に吹き飛ばされた時に開いた傷口から出血していた。その上、痛みもぶり返していて左腕が動かし辛い。血を失って熱が引いたのは不幸中の幸いと言えるが、戦いが長引けば動けなくなるのは明白だった。

「辛そうだな」
「……」

 ドミンゴは鎧の中にわんわんと響く声で言った。ジルは無言で睨む事で返事をする。

「お喋りは好きではないのか」

 そう言うドミンゴは武骨な見た目に似合わず、お喋りなようだ。攻撃するたびに叫び、たまに手を休めては話し掛けてくる。ジルにとっては煩いだけだった。

「さて、このまま同じように攻めて自滅を待つことも出来るが……それではあまりにも詰まらん」

 ドミンゴは鎖を長く持ち、鉄球を大きく回転させ始めた。
 鎖のリーチは今まででもっとも長く、鉄球の回転スピードは最も速い。最大の威力を持つ一撃の前触れであるのは間違い無かった。

「次で決める。我が渾身の一撃を受けてみよ!」

 殺気と気合いの篭ったドミンゴの声が叩きつけられる。
 ジルは目を閉じて大きく深呼吸した。
 ドミンゴが次で決めると言う以上、次が最後の一撃になるはずだ。つまり次でドミンゴを破らなければジルの命は無い。

(なら、最後の一撃に全てを賭けるまでだ)

 ジルは深呼吸を繰り返して集中力を高めていった。
 今この瞬間だけラチル商会のことも傷の痛みも、戦いの間もずっと気になっていた仲間の事すらも忘れて、目の前の敵を倒すことに集中する。
 力を溜め、剣を構える。そしてゆっくりと目を開いていく。
 瞼の下から現れた得体の知れない金色の瞳は、悲壮なほど熱く破滅的なほど渇ききった狂気に燃えていた。
 物理的な切れ味を持ちかねないほど研ぎ澄まされた殺気を孕む眼光に射抜かれ、ドミンゴは背中に冷たい物が流れていくのを感じた。
 黄昏を思わせる夕日色の髪と金色の瞳。死神を連想させる黒いマント。そして渇き切った狂気。
 ドミンゴの目には今のジルが黄昏を運ぶ死神に見えた。

(馬鹿なことを考えるな……今の今まで追い詰めていた相手に、何故怯えなければならん?)

 感情を理性で制御して、怯えを排除。僅かに鈍った集中を取り戻す。
 そして――――――、

「ブルワァアアッ!!」

 ドミンゴは吼え、破壊の鉄球を投げた。
 真っ直ぐジルに向かって飛んでいく鉄球。その破壊力は今までで最大、まともに喰らえば即死亡確定だ。さらにその速度も最大、避けるのも難しい一撃だった。
 しかし、ジルはそれを凌駕する。
 鉄球が投げられるのとほぼ同時に彼も動いていた。
 剣を大上段に振りかぶり、ドミンゴに向かって駆けていく。
 だがドミンゴの位置は飛来する鉄球を挟んで反対側。つまり、ジルは鉄球に向かって突進していた。
 鉄球との相対距離が見る見る縮まっていく。
 そうしてわずか数瞬の後、直撃まで二歩というところでジルは強く踏み込んだ。その踏み込みの凄まじさに、地面には蜘蛛の巣状の亀裂が入った。
 同時に振り下ろした大剣が黄昏色に輝いた。研ぎ澄まされたジルの殺気が、闘気となって顕現したのだ。

「うおおぉぉぉぉっ!!!!」

 地の底から響くような裂帛の気合いと咆哮。
 振り下ろされた大剣の切っ先が鉄球を迎え撃つ。

「な、に……!」

 ドミンゴは己が目を疑った。鉄球が、鋼鉄製の硬く重い鉄球が、大剣によって真っ二つに斬られた。
 二つに割れた鉄球は左右に別れ、ジルの横を擦り抜けていく。
 既に鎖を引き戻す体勢に入っていたドミンゴは、鉄球の重さが無くなったためにバランスを崩した。
 その好機に、ジルは間合いを詰めた。
 ドミンゴはジルよりも大きくパワーもある。その上さらに頑丈そうな全身鎧で身を固めている。だが裏を返せば重たい鎧を纏ったドミンゴは鈍重でもある。
 案の定、バランスを崩したドミンゴはすぐには体勢を立て直せなかった。そしてやっとのことで待ち直したと思った時にはジルが目の前にいた。

「うおおぉぉぉっ!!」

 ジルの大剣が隙だらけの胴を払った。
 すれ違い、残心をとるジルの後方で、ドミンゴの巨躯がゆっくりと倒れた。
 すっぽ抜けた鎖が、ガラガラと音を立てながら地面に落ちた。

「グ……」

 ドミンゴは血を吐き出し、苦しげに息をする。流れ出た血が大地を汚していく。
 だが大剣に斬られたにしては出血が少ない。痛みからみて、命に関わる傷ではないのがすぐにわかった。

「その鎧のおかげで浅かったのか。運が良かったな」

 ジルは変に説明的な言葉を呟いて、大剣を背中に納める。そして止めを刺そうともせず、踵を返した。

「待、て」

 ドミンゴが苦しげな声で呼び止めた。
 立ち去ろうとしたジルは立ち止まり、倒れたままのドミンゴに振り返る。

「とどめを、刺さないつもりか?」
「その必要は無いだろ。あんたをこれ以上傷つけても意味が無い」
「……」

 ドミンゴは不満そうに唸る。納得できないらしい。
 その様子にジルは眉間に皺を寄せて言った。

「俺は別にあんたを憎くて戦ったんじゃない。あんたのような武人でもないから首級(しるし)も必要無い」
「では、貴公は何故戦った?」

 ジルは返答に困ったかのように沈黙する。しばらくの間、言葉を探すかのように黙り込んだあと、搾り出すように言った。

「俺はただ……子供を食いものにするラチル商会が許せなかっただけだ」
「赤の、他人のためにか? そんなことをして何になる?」
「別に、俺は何も求めちゃいない」
「なるほど……貴公には、なにもないのだな……誇りも、意思も。残念、だ……」

 ドミンゴはそう言い残して気絶した。
 ジルはしばらくの間、睨むような目でドミンゴを見つめた。
 風が吹き、葉が擦れる音が森に響く。その音を聞いて、ジルは漸く踵を返した。
 何故だかその風が、ジルを呼んでいるように聴こえた。


To be continued








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