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ドラマチックなタクシードライバー
作者:進士夜紳士
 ただ今ご指名にあずかりました、個人タクシーを営んでおります、飯沼孝信いいぬまたかのぶと申します。
 この度は盛大な祝いの席にお招き頂き、誠にありがとう御座います。本来ならば私の同業者であり友人である八木やぎさんに務めて頂くのが相応しいのでしょうが……彼は現在多忙の為、代行として参った次第で御座います。
 ご来賓の親しき皆様方が多数いらっしゃるところ誠に僭越では御座いますが、皆様に先立ち祝いのご挨拶をさせて頂きます。
 どうぞ皆々様、ご清聴の程、宜しく御願い致します。


▼△▼△


 さて、まずは話し始めと致しまして、私がこうしてこの場に居ること――それを皆様に説明しなければいけません。なにせ私は来賓された皆様の顔を誰一人として知りませんので。もしや場違いなのかもしれませんが、それは私と彼の出会いを語れば納得して頂けるものと存じます。
 ここで唐突では御座いますが、皆様はタクシーという交通手段を利用されますでしょうか。
 計画的に旅行先で利用される、雨の日に徒歩で帰るのが億劫なので利用される、酔い潰れ終電を逃してしまったので利用される。これはこれは、多種多様にご利用頂いているようで嬉しく思います。
 乗り込み、行き先を指定し、目的地へ車を走らせた後に代価を支払われる。一通りの流れと致しましては、大まかにこのような感じではないでしょうか。
 私も運送業である以上、そのルールに則って十数年余りを勤しんで参りました。事業区域の範囲内とはいえ、各々に様々な目的地へと行かれるお客様の手助けとなるよう、誠心誠意働いていたのです。
 時には酷く酔われた方に絡まれも致しました。持ち合わせが無く、賃金を受け取れない日も御座いました。しかしそういった数々のエピソードでさえ、私が彼から受けた衝撃と比べますと、やはり霞んでしまうものだったと痛感しております。
 平穏無事に過ごせている今でも、このようにして鮮明に思い返せるのですから。
 あれは……そう、枯れ葉舞い散る十一月、秋の暮れのことでした。陽光は傾き、灰色の雲が流れゆく、冷たい風が荒んでいた日で御座いました。
 一仕事を終え、丁字路を左に曲がり住宅街を走る私の前方で、丁度良く路駐をしていたタクシーが発車しておりました。残念、お客様を取られてしまった訳で御座います。私の個人タクシーは、いわゆる『法人タクシー』とは異なり、お客様を乗せれば乗せるほど実入りが増えてまいります。俗な話ではありますが、私の商売は『どれだけ沢山のお客様を御送りできたか』で晩御飯の献立が決まるのです。ですから前を走っているタクシーを羨ましく思い、そして間に合わなかったことに少なからず後悔もしておりました。あぁ、これで副食の焼き魚が遠のくと。
 軽く息を吐き、気持ちを切り替えて再び巡回しようとしていたその時、先程の場所から……男性の手が挙がったのです。頼むから乗せてくれと、そんな声さえ聞こえた気が致します。思わず頭の隅に遠のいていた筈の焼き魚が蘇りました。これは僥倖と、勇み足でタクシーを止めたのが事の始まりで御座います。

「前の車を追ってくれ!!」

 車中へと乗り込んだ第一声が、まさにそれでした。えぇ、どうぞ笑い話にして下さいませ。その方が彼も私も幾分か救われます。
 しかし当時の私と致しましては、それはそれは狼狽しておりました。お客様を目的地へと送り届けるのが我々の仕事です。彼のそれは条件に当て嵌まってはいるものの、まるで宙に浮かんだ雲の如く……掴み所の無い行き先だったのですから。
 正直、耳を疑いました。こんなドラマのような出来事が、現実に起こりえるのかと。

「おい、見失うだろうがッ! 早く出せぇ!」

 半ば恫喝するような声に目を覚まし、私の足は震えながらもアクセルを踏みました。
 前の車――はい、察しの良い方は勘付かれているやもしれませんが、同業者の八木さんが運転手を勤めておりました。運転中に何度もバックミラーを確認していたようなのですが、最後まで私だとは気付かなかったそうです。いえ、人のことは言えませんね。私の目には勿論、後部座席しか映っておりませんでしたから……ともあれ、私と彼を乗せたタクシーは、こうして出発致しました。

「あぁ、どうしてこうなるんだ……くそっ!」

 後部座席で悪態をつく彼は、とても恐ろしいと肌で感じておりました。鬼気迫る――そんな言葉が似つかわしい程の形相です。余所見運転にならぬ程度に目を配りますと、その額からは滑り流れそうな汗が噴き出し、洋服が血か何かの液体で赤く染められていたのです。
 圧倒的な恐怖。私の体から、温もりが奪われていくのを感じました。事件、殺人、逃亡――脳裏を掠めた言葉が、どれもこれも物騒でなりません。心臓の鼓動が速まり、目眩に襲われも致しました。
 運転席と後部座席の間には透明な壁が設けられてはいるものの、それは大して厚さなど無い、あまり意味を成さない形だけの物なのです。決して、私の身を護るに値しません。
 不安でした。何をされるのかが分からない。一体私は、何に関っているのかも分からないのです。車を止める、それ即ち死を暗示させるものだと――その時の私は戦慄しておりました。
 こうなれば、もはや必死に前の車を追う他ありません。私が助かる手段は、それしか残されていなかったのです。


▼△▼△


 前を走る車を追う――テレビドラマの刑事物では、すでに使い古されたシーンかもしれません。私も一度や二度と言わず、多く目にして参りました。場面としては短く、ほとんどは主人公である刑事役の方が車へと乗り込み、発進するまでが映し出されているかと思います。走行中、そして停車までの情景はカットです。それはそうでしょう、いくら運転手にスポットライトを浴びせたとしても、地味な描写が続くだけで面白くも無いでしょうから。
 しかし実際……現実問題になりますと、ハプニングの連続で毛頭退屈な追跡では御座いませんでした。
 まずは赤信号。これはもう、どうしようもありません。追えと言われましても、通行の禁止が道路交通法で定められております。法を破ってしまえば、私も犯罪者の仲間入りです。あっ、いえ、かつての私は彼を犯罪者と決め付けておりましたので……その、誤解なきように訂正致します。彼は犯罪者では御座いません。どうも失礼致しました、お許し下さいませ。
 赤信号を前にし置き去りにされた次の台詞も、悪人のそれでは御座いません。

「っ……っ……畜生が!」

 振り下ろした拳で、ふくらはぎを大きく叩き付けたのも焦燥からです。威嚇だとか、脅しだとも見受けられますが、そのような行為に及ぶことは一切御座いませんでした。ただの、私の勘違いです。
 それでも動揺を隠しきれない私は、あらん限りの知恵を振り絞り脳内で近辺の地図を連想させておりました。言わずもがな、回り道を駆使し車を追いかける為で御座います。このように一生懸命になるのは、創業に至る際の地理試験以来でした。
 その甲斐もあってか、どうにか探していた車を見つけることが出来たのです。私も追いかける事に集中していたので、八木さんが乗っていた車のナンバープレートは記憶しておりました。結果として、それが功を奏したのでしょう。追越し車線を用いて、なんとか後ろにつけることが叶いました。後部座席の彼も、安堵からか額の汗を拭います。

 けれども一安心は……出来ません。

 暫く走り、これで命が助かると油断しきった私を嘲笑うかのように、赤のスポーツカーが割り込んで来たのです。
 淀んだ黒煙をフロントガラスに吹き掛け、私の視界を妨げます。例え一台だけであったとしても、それは追跡を削ぐには十分過ぎる理由になるのです。それだけ、あの忌々しい赤信号で置いて行かれるという可能性が増すのですから。私も苛立ち、無意識の内にクラクションに手を伸ばそうとしていたのが、なんともお恥ずかしい限りで御座います。
 話の流れ的に……私のポンコツ車両と前を行くスポーツカーでのカーチェイスが繰り広げられるだろうという予測をされた方々には大変申し訳御座いませんが、そのような事態には発展致しませんでした。
 私が追うべきタクシーは制限速度をきちんと守り、辛抱耐えかねたスポーツカーは追越し車線へ行き、あっという間に見える範囲から消えてしまったのです。
 なんともまぁ、その運転手も先を急いでいたのでしょうね。


▼△▼△


 思い返してみれば、僅か十数分足らずのことでした。
 私と八木さんの車が止まった先、つまり到着した目的地は――大きな病院で御座いました。
「代金は後で必ず払う」とだけ言い残し、彼は私の車から降り、そのまま彼女の姿を追っていったのです。
 八木さんの車から病院の担架に移され運ばれる彼女は、妊婦で御座いました。
 彼が彼女の手を強く握っていたのを、私は八木さんと二人で見ています。

「へへっ……あるんだよな、こういうの……奇跡ってのがさ」

 鼻先を掻き照れくさそうに笑う八木さん、呆然と立ち尽くす私。
 笑ってやって下さい。
 私の命は助かり……この日、新たな命も誕生したのです。
 後から聞いた話なのですが、彼等はこの町に引越しを済ませたばかりで、まだ病院の場所を知らなかったそうです。救急車を呼ぶ時間も惜しく、偶然通り掛かった八木さんのタクシーに彼女を乗せて……えぇ、妊婦ですから後部座席を倒し横に寝る形で御座います。そこへさらに私が居合わせ、今回のような珍事を生んだのでしょう。
 早産とのことだったので心配しておりましたが、お子様の経過も良好と聞いております。無事出産されたようで何よりです。
 長らくご清聴頂きまして、誠にありがとう御座いました。
 最後ではありますが、改めまして本日の良き日をお祝い申し上げ、私の祝辞とさせて頂きます。
 多くの愛で繋げた命を、これから紡がれていく歴史を、どうか大切になさって下さいませ。
 本日はご結婚、ご出産、誠におめでとう御座います。
 初めましての方は初めまして、作者の進士夜 紳士です。
 歴史を書くというのは難しいですね。実在する人物を描くにしても、同じ時代を生きてきた訳ではないので、感情移入がしにくいです。ある意味、その人の自伝でなければ空想に近い物語になるのかもしれません。
 人に歴史あり――とても感慨深い言葉ですが、元はテレビ番組の名前だそうです。
 歴史ある人になりたい。誕生日を迎え、この作品を投稿した今日、そんなことを思いました。
 では、ここまで読んで頂き、誠に有難う御座いました。
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