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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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〈回想〉兄と僕と〈過去編〉




 幼い頃から聡い子だと言われてきた。

 ひとまわり年の離れた兄ほどではなかったが、剣術や魔学、帝王学も講師を唸らせる程度ではあった。

 三つ年上の姉も王宮の宝玉などと呼ばれていたから、王家に生まれたものとしては、お世辞も含め褒め称えられるのはごく当たり前かと思っていた。



 兄はいつも物静かで優しく、自分と姉に対してどこか遠慮がちに接してきた。

 兄の持っているものが欲しいと言えば何でもくれた。これがしたいといえば何でも叶えてくれた。

 皆に優しい、自慢の兄だった。



 あるとき、母が軽い風邪を引いて数日寝込むことがあった。

 自分も姉も、思い思いに見舞いに行ったが、兄は一人では母の私室へ行こうとしなかった。母の見舞いに行くのは、必ず誰かと一緒のとき。

 それは一人で行動することを好む兄にしては違和感があることだった。


 気になることができたら、きかずにはいられない性分だったので、父と二人になったときにきいてみることにした。


「父上、母上と兄上は仲がよろしくないの?」

 あまりに真っ直ぐききすぎたのだろうか。

 一瞬父は息を飲み、顔を曇らせた。

「仲が良くないわけではないだろう。互いに遠慮があり、距離をはかりかねているのだと思うよ。…実は、アルドヘルムとお前たちは母が違うのだよ」


 予想もしなかった父の答えに驚いた。

 母が違う、とはどういうことか。

 自分の知る限り、奥の宮には母しか住んでいない。外国のように後宮があったり側室がいるということもきいたことはない。兄の母はどこにいるのだ。


「…今はまだ、言えない。これからお前が大人になっていく途中、噂や憶測を多く耳にするだろう。だが、人からきくものばかりではなく自分で見たものを信じてほしい」


 悲しげに自分を見つめ、髪を撫でてくる父に、それ以上何もきくことはできなかった。




 父が言ったことがわかるようになったのは、それから数年後。

 自分を王太子にと願う、白翼派と呼ばれる派閥ができた頃のことだ。

 ひそひそと話す声、あからさまにこちらに進言してくる声。

 それらからぼんやり見えてきたのは、兄の生い立ちと、叔父上の『血まみれ』の理由。



 前王妃が兄を生んで間もなく“心”を壊して亡くなったこと。

 もともと前王妃は叔父上と恋仲で、父と結婚するつもりはなかったこと。

 恨みに思った叔父上が前王妃の“心”を壊したということ。



 だが、どの話も、出所が曖昧な上、証拠もなかった。

 アカデミーの塔に軟禁されているという叔父にはほとんど会ったことがないので、どんな人かはよくわからない。だが、もし本当に叔父が前王妃の“心”を壊したのなら、軟禁程度で済むものなのだろうか?

 それともやはり決定的な証拠がないため、罪に問うことが難しいということだろうか。



 ある新年祭、兄が戻った際にきいてみることにした。


「兄上、叔父上はどんな人?」


 少し会わないうちにまた背が伸びた兄は、数ヵ月前に仕立てたばかりの礼服が少しきついようだ。先程侍女が青ざめていたから、きっとすぐに脱がされて手直しが入るのだろう。

 兄は肩のあたりをしきりに気にしながら、灰色の瞳を瞬かせてしばらく考えていた。


「叔父上は、星持ちとして“心”の魔力を研究している。それが、どのような思いからなのかは俺にはわからない。…だが、噂を信じるよりも俺は自分の目を信じたい」

「ふうん…」


 要領を得ない、というのが正直なところだ。

 軟禁された状態で“心”の研究をして、どうしようというのだろう?


 どうせ好きなように行動できないなら、研究なんてしないで塔の中で楽しく遊んで暮らせば良いのに。

 そう自分が言うと、兄は苦笑するばかりだった。




 叔父にまともに会ったのは、それから数年たち、アカデミーに入学してからだった。

 意図せず、医療棟でばったり出会ったのだ。


「お久し振りです、叔父上。エディラードです」

 ごく簡単に礼をすると、叔父は口角をあげた。


「知ってるよ~。ずいぶん大きくなったねぇ。アルドヘルムもいい年だし、当たり前かぁ」


 妙に間延びしたしゃべり方と、へらへらした笑い。それだけなら取るに足らない人物で済ませようと思っていたが、目を合わせたらわかった。


 『これ』は違う。


 静かに音を立てないよう、唾を飲み込んだ。


 自分が気づいたということに、叔父も気づいたらしい。


「…いいねぇ、真っ白なアルドヘルムと違って、君はとってもいいねぇ」


 三日月に瞳を細め喉を鳴らす様は、獰猛な肉食獣が獲物にとびかかる様にも見えた。

 まず、間違いなく、獲物は自分だ。

 一度捕らえられたら黙って牙を突き立てられるほかないだろう。


「子どもをからかうのも、そのへんにしておけ」

 背後からきこえた声に振り向くと、医療師長が立っていた。


「ちぇ~。久し振りに甥っ子に会ったから、遊ぼうと思ったのに。ざんねーん」

 じゃあまたね、とぷらぷらと手を振り、叔父は東塔へ戻っていった。


 叔父の姿が見えなくなってから、そっと息を吐く。背中にはじっとりと嫌な汗をかいていた。


「…緋翼と呼ばれる理由がわかったか。あいつにはできるだけ近づくな。飲み込まれたくなかったらな」

 医療師長が頭をポンポンと撫でていった。

 頭を撫でられて喜ぶほど子どもではない、と怒るべきところだったのだろうが、正直今は、その手にすがりつきたいくらいだった。






「は、リリアが刺された?」

 “耳”が持ってきた話に、信じられない思いできき返す。

「はい。治療は無事終了し、数日中には退院できるそうです。また、この件に、ルーベント殿下が関わっておられるとのことで、アルドヘルム殿下が事後処理にまわられると」


 リリアの怪我に叔父上が関わっている。それは…。

「…叔父上がリリアを刺した?それとも誰かを操って刺した?」

 後半の部分で、かすかに“耳”が首肯する。

 まさか、という思いと、どこかでやはりという思いもあった。


「そう…。兄上はいる?」

「現在は出られていますが、午後に戻られる予定になっています」

 後に控えていたラースが答える。

「戻ったら、話がしたいって伝えておいて」


 何も言わずに突撃すると『おいかけっこ』中なので逃げられる恐れがある。王宮内は中立地帯としてあるが、兄の逃げ足は恐ろしく速い。


 無言で礼をとり、優秀な従者は部屋を出ていった。





「兄上、きいたよ。リリアが助かって良かったね」


 帰った兄に紅茶を淹れて手渡す。

 兄も自分も、基本的に身の回りのことは自分でできる。それは、そうしないと周囲からの干渉が面倒だったのも一つの要因だろう。

 茶を淹れるだけで、毒殺もできるし“心”を送ることもできる。いちいち警戒するのが面倒なのだ。

 ちなみに、茶を淹れるのも食事を作るのも、几帳面な兄の方がうまい。



「…ああ。また巻き込んでしまった」

 兄はどこか憔悴したような顔でカップの中身を見つめている。

 責任感の強い兄のことだから、きっと気にしていると思った通りだ。


「リリアはそんな風には思ってないと思うけど」

 あの子なら、刺した相手やエイリー公爵令嬢たちに怒りは抱くだろうが、それが兄のせいだとは言わないし思わないだろう。


 兄は俯き、答えない。


「好きな子に怪我させちゃって落ち込んでるの?兄上は医療師じゃないから、治してあげることもできないしね。他の男にべたべた触られるのも嫌だよね」

 軽く言ったことばに、驚いたように兄が顔を上げた。

 灰色の瞳が大きく見開かれている。


「…俺は、」

「あ、別に否定ものろけもききたくないから。リリアが関わると、兄上は怒ったり笑ったり忙しいなと思って。リリアが僕のためにご飯作ったことをきいたときなんて、もろ嫉妬だったよね」


 今度は確実に、兄の目元に朱が走った。

 こういう表情もとても珍しい。

 いいものを見た、と声を立てて笑いそうになるのを必死に堪えた。


「…落ち込んでる兄上に、僕からプレゼントだよ」

 ポケットから出したのは白い封筒。ごくシンプルな封蝋が裏にされている。

 宛名も差出人もない。


「前に、リリアからパイが届いたでしょ。あれについてた手紙なんだ。パイがあれば十分気持ちは伝わるかなー、って僕が預かってたんだ」

 その方が面白そうだったし、とは言わないでおく。舌を出すと、兄がじろりと睨んできた。


「お前は…」

「いいでしょ、内容は見てないし。想像はつくけどね」


 封筒をそっと胸元にしまった兄は、やはりどこか嬉しそうだ。



 兄は気づいていないだろう。自分が欲しいと言って兄が譲ってくれなかったことは、あの一度(・・・・)だけだったということを。


 それをきいた自分がどれだけ嬉しかったかなんて。



 いつか気づいたらいい。でも気づかなくても面白いかもしれない。




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