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第三章 -16-
――二月が過ぎ、三月になった。



唯はいつもより少し早い時間だったが久しぶりに香奈と登校した。

香奈は孝太との約束通り、あの一件については唯に何も訊かないでいた。



教室に入ると相変わらず和磨と拓未はJuliusのファンに囲まれていた。

あと少しで卒業だからか、連日すごい人数が来るらしい。



和磨と唯はあれきり一言も話していない。

唯が休んだ次の日からそのままパリに行っていたからだ。



だが、和磨はものすごく後悔していた。



唯があんなに話す事を拒んでいたのは何か理由があるはずだ。

だから孝太も何も訊かないでやってくれと言ったのだろう。



(それなのに俺は無理矢理訊き出そうとしていた……)



いくら唯が何も話さなかったとは言え、試験の前にケンカをしてしまった事。

それが響いて試験に失敗したら……その事がずっと気になっていたのだ。



“もう好きにしろよ”



(あれじゃ、こっちから別れようって言ったようなもんだ……)



だから、いつも以上にものすごい人数の女の子達に囲まれながら唯が来るのを待っていた。



だが、唯は自分の机にカバンを置くとすぐにどこかへ行ってしまった。



(ちゃんと謝って試験の結果を聞きたいのに……)





唯が向かった先は孝太の教室だった。



「コウちゃん」

孝太の教室に向かう途中、廊下の前方から孝太がやって来ていた。

唯は小さく手を振った。



「今、お前の教室に行こうと思ってたトコ」



「私も今、コウちゃんの教室に行こうとしてたところだよ」

そう言うと二人で「「以心伝心?」」と笑った。



「試験、どうだった?」



「うん、バッチリ受かったよ」



「すげぇっ! やったじゃん! おめでとう!」

孝太は唯が音楽院の試験に受かった事を自分の事のように喜んだ。



「えへへ、ありがと」

唯は少し照れたように笑った。



「あ……そういえばさ……」



「……ん?」



「町田と有坂……退学になったって」



「え……」

唯はあの後、どうなったのか知らないままパリへ行っていた。



「まぁ……あんだけの事やったんだしな」

町田健一と有坂一美は卒業を目の前にして退学処分になったらしい。

その事はクラスのみんなにも知らされてはいなかった。

だから和磨はもちろん、香奈や拓未も知らないはずだ。



「コウちゃん……は?」

唯は心配そうな顔で孝太を見上げた。

一応、助けてくれたとはいえ、殴り合いまでしたからには何か処分を受けていてもおかしくない。



「俺は処分が決まる間、謹慎って事にはなってたけどお咎めなし」



「ホント……?」

唯は孝太の顔を覗き込んだ。



「ホントだって」

そう言うと親指を立てて、ニッと笑った。



「よかった……」

すると唯は安心したように笑った。

自分の所為で孝太まで退学や停学なんかになったら申し訳がない。



「ケガ……もう治った?」



「あぁ、もうすっかり」

孝太はそう言うと――、

「だから……もうあの事は忘れろ」

唯の頭をポンポンと撫でた。



「……うん」

唯はそう返事を返したものの、実際はなかなか忘れられない。



「パリにはいつ発つんだ?」



「卒業式の次の日」



「そんなに早く?」



「うん、向こうでの生活に早く慣れたいし」

だが、本当の理由はそうじゃない。



「そっか……」

孝太はそう言うと何か思いつき、軽く天井を見上げた。

そして少し考えてから、

「唯、今日の帰り時間あるか?」

再び唯に視線を戻した。



「うん」

唯は即答した。

もう和磨と一緒に帰る事もなくなった今、放課後は一人で帰るつもりでいたからだ。



「一緒に行きたい場所があるんだ」



「どこ?」



「ん……まぁ、行ってからのお楽しみって事で」



「……うん、わかった」

唯がそう言って孝太に笑みを返すとHRの開始を告げる予鈴が鳴った。



「あ、じゃ帰りに」



「あぁ」

唯と孝太はお互い手を振ってそれぞれの教室に戻った。





教室に戻った唯は、席に座るなり、

「唯ちゃん、試験受かったんだって? おめでとう!」

と、拓未から言われた。

おそらく香奈から先に聞いたのだろう。



「うん……ありがとう」

そう言って拓未に笑みを返す唯。



(試験受かったのか……)

和磨はとりあえずホッとした。

もし落ちていたら自分とケンカした所為だとしか思えなかったからだ。

だが受かったと聞いてホッとし、嬉しい反面、これで本当に唯がパリに行ってしまうんだと実感した。



和磨は唯と目を合わせる事が出来なかった。



「唯、パリにはいつ発つの?」



「卒業式の次の日」



「「えっ!? そんなに早く?」」

香奈と拓未は驚き、孝太と同じセリフを言った。



(え……卒業式の次の日って……後、十日しかないじゃないか……)

和磨も心の中でショックを受ける。



「なんで? そんなに急いで行かなくてもあっちの学校は九月からでしょー?」

香奈は納得がいかない顔で言う。



「うん、そうなんだけど……早く行って向こうの生活に慣れておかないと、いろいろ困るしね」



だけど……本当は……



「えー、それじゃあ、お別れ会も出来ないじゃーん」

香奈は頬を膨らませた。



「いいよ、そんなのー」



「あっ! じゃ、今日の帰りは?」



「あ……えーっと、ごめん……今日は約束があって……」



(誰と……?)

和磨の耳がぴくりと動く。



「えー」

不満そうな香奈。



「ごめん……」



「うーん……今日が無理だとなると卒業式まで空いてないしなー」

香奈は頭の中でスケジュールを思い浮かべてみる。



「いいってば、気持ちだけ貰っとくから」

唯はにっこりと笑った。



(唯……このまま何もないままパリに行くつもりなのか……?)

和磨はきゅっと唇を噛んだ――。





     ◆  ◆  ◆





――放課後、唯が帰り支度をしていると孝太が教室に迎えに来た。



「唯」



「あ、コウちゃん」

唯は柔らかい笑みを孝太に向けた。



「む、孝太!」

それとは対照的に香奈は孝太の姿を見るなり『何しに来たんだ?』と言わんばかりの顔をした。



(なんでまたコイツが来るんだ?)

和磨も怪訝な顔になる。



「唯、帰るぞ」

孝太はそう言って、唯の目の前に来た。



(え……? 約束って……まさか、コイツと?)



「あー、待ってー」

唯は急いでカバンに荷物を詰め込んだ。



「唯、約束があるって……もしかして孝太?」

香奈も孝太を一瞥して顔を顰める。



「そそ、俺」

すると、唯が答えるより先に孝太はそう言ってにんまりと笑った。



(なんでだ……?)



「孝太! またあんた唯に……」

「香奈、そんなんじゃないってば」

唯は香奈の言葉を遮った。



「そうそう、別にそんなんじゃねぇから。んじゃな♪」

そして孝太はニッと笑って香奈に手を振ると、和磨にくるりと背を向けて唯と手を繋いで教室を出て行った――。
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