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第三章 -14-
――年が明けて、一月。



新学期に入ってからも有坂一美は和磨にずっと纏わり付いていた。

有坂は文化祭の打ち上げ以来、Juliusの事しかほとんど訊いて来ない。

それは和磨がJuliusの事となるとメンバーとして愛想はよく出来なくてもまともな返事をするからだった。



そんな中、唯は去年よりも更に休憩時間に読む本の量が多くなっていた。

昼休憩も相変わらず音楽室か図書室に行っている。

それは二月から約一ヶ月間、音楽院の試験を受ける為にパリに行くからだった。

その所為か帰りも早く帰って勉強をしたいのだろう、和磨と帰る事もしなくなった。

顔は合わせるけれど会話がまったく出来ない。

和磨は日に日に不機嫌になる一方だ。



ただ救いは例のCMの第二弾も唯の顔があまりはっきりと映っていない事だった。

真っ白な一面銀世界の中、静かにしんしんと降る雪の中を白いドレスに身を包んだ唯がピアノを弾いている。

アップで映るのは唯の長いストレートの髪と唯だとわかるかわからないかギリギリの横顔。

後は商品が映って終わり。

そんなCMだった。



だから、今回も学校で騒ぎになる事もなかった。

もちろん、和磨は冬バージョンのこのCMもDVDに録画したのは言うまでもない。





そして、一月も終わりに近づいたある日――、

いつもなら昼休憩の終わりを告げる予鈴がなるとすぐに教室に戻って来る唯が今日はなかなか戻って来ない。

Juliusのファンの子達も既にそれぞれの教室に戻り、有坂だけが独り占めするかのように和磨の横にいた。



「唯ちゃん、遅いな」

拓未は香奈に話し掛けたのか、和磨に話し掛けたのかどちらともわからないような感じで呟いた。



「集中してて予鈴が聞こえなかったのかな?」

香奈は唯がピアノに没頭してしまうと周りの音が聞こえなくなるのがわかっていた。



「俺、呼びに行って来るよ」

和磨は有坂と話をしていたかと思うと、やはり唯の話題となるとしっかり聞いていたようだ。



「子供じゃないんだし、そのうち戻ってくるわよ。放っておけば?」

有坂はそう言って和磨を制した。

しかし和磨は顔を顰め、「行って来る」と言い、有坂が掴んでいる腕を振り払い席を立った。

すると担任の島田が教室に入って来た。



島田は和磨の横にいる有坂を見つけると、

「有坂、ちょっと来い」

低い声で言った。



「……はい」

有坂は小さく返事をすると島田と一緒に教室を出て行った。



そして島田と有坂と入れ替わりで五時限目の数学教師・佐藤が入って来た。

いつの間にか本鈴が鳴っていたようだ。



「篠原、席に着けー、授業始めるぞー」



「……はい」

和磨は佐藤に席に着くように言われ、とりあえず座った。

だが、唯がまだ戻って来ていない。



それでもじきに戻って来るだろうと和磨達三人は思っていた――。





     ◆  ◆  ◆





だが結局、五時限目が終わっても唯は戻って来なかった。



「唯、何かあったのかな?」

香奈は不安そうな顔をした。



「俺、捜してくる」

和磨がそう言って立ち上がった瞬間、教室の入口からスタスタと唯の席に向かって歩いてくる長瀬孝太の姿が視界に入った。



「孝太!?」

香奈は孝太の顔を見て驚いた。

まるでついさっき誰かとケンカして来ましたと言わんばかりの痣と絆創膏が貼ってあったからだ。



「どうしたの? その顔?」

心配そうに声を掛ける香奈。



「……別に」

孝太は香奈の方に顔を向ける事無くそれだけ言うと、唯のカバンに教科書やノートを詰め込み始めた。



「唯のカバン、どうするの?」

香奈は無言で着々と帰り支度をしている孝太に訊ねた。



「連れて帰る」



(え……? 連れて帰るって……なんでコイツが?)

和磨は眉間に皺を寄せた。



香奈も思ってもみなかった答えが返って来て驚いている。



「唯の荷物ってこれだけでいいのか?」

孝太は唯のカバンを持つと香奈に視線を移した。



「連れて帰るってどういう事?」



「……その言葉の通りだけど?」



「そんなんじゃ全然わかんないよ! ちゃんとわかるように説明して!」



「……」

孝太は香奈の質問に無言になった。



「孝太!」



「……ごめん……今は話せない」

孝太はそう言うと、香奈をじっと見つめた。

まるでこれ以上は追求するなと言った感じだ。



「……多分、明日も唯、休むと思うから」



「孝太……?」



「それと……学校に出て来ても何も訊かないでやってくれ……」

孝太はそう言うと和磨を一瞥して「……んじゃ」と足早に教室を出て行った。



(唯に何があったんだ? なんでアイツが……?)

和磨はただ孝太の後姿を見つめていた。





しばらくして、六時限目の英語教師・吉川が教室に入って来て授業が始まった。



窓の外を見ていた和磨の目に、唯に寄り添って正門を出て行く孝太の姿が映る。



(唯……どうしたんだ? 一体、何があったんだよ――?)





     ◆  ◆  ◆






和磨は唯の事が心配で堪らずHRが終わった後、すぐに唯の家に向かった。



何がなんだかさっぱりわからない。

昼休憩が終わっても唯が戻って来なくて五時限目も戻って来なかったと思ったら孝太が現れて

唯のカバンを持って一緒に帰って行った。

遠目からだけど、唯は明らかにおかしかった。

ずっと俯いて歩いていた。

孝太に支えられるように歩いていたし、唯のカバンも彼が持っていた。



一体どうなっているんだ?



唯に何があったんだ?



(アイツは唯が学校に出て来ても何も訊くなと言ったけど……やっぱり気になる――)





     ◆  ◆  ◆





唯の家のインターフォンを鳴らすと、中から唯が出て来た。



「か、かず君……」

唯は驚いた顔で和磨を見上げた。

その顔は明らかに今まで泣いていたようだった。



「……唯」

和磨は唯の顔を心配そうに見つめた。





唯は和磨を自分の部屋に通すとコーヒーを淹れてくると言って立ち上った。

唯の母・真由美はどうやら出掛けているらしい。



「そんなのいいから、とにかく何があったかちゃんと話してくれ」

和磨は唯の腕を掴んだ。



仕方なく唯が座ると和磨は掴んでいた唯の腕を放し、肩を引き寄せた。

すると、唯のシャツの襟元からはっきりと残った赤い痕が見えた。



「……っ! 唯……これ?」



「っ」

和磨に気付かれ、唯は咄嗟に体を離してその赤い痕を隠した。



「それ……誰につけられたんだ?」

和磨は首筋を隠した唯の手を引き剥がした。

それは明らかにキスマークとわかるもの。

しかも二,三日前についたような痕ではない。

ましてや和磨自身、こんな目立つ所につける事もしない。



「……」

唯は黙ったまま和磨から目を逸らした。



「唯」

和磨が呼んでも唯は顔を背けたままだ。



「いつつけられたんだよ……?」

確か今朝『おはよう』と言った時にはなかったはずだ。



その後か……?



休憩時間は唯はずっと本を読んでいた。



それなら……昼休憩?



まさか……アイツか?



「もしかして……長瀬?」

和磨は思い切って唯に訊ねた。



しかし、唯は黙って首を横に振った。



「それじゃ、誰だよ? 何があったんだ?」



「……」

和磨が訊いても唯は一向に答えようとしない。



「長瀬じゃないなら、誰なんだ?」



「……」



「唯、どうしたんだよ? なんで何も言ってくれないんだ?」

和磨は何も答えようとしない唯に苛立った。



なぜ自分には何も言ってくれないのか?



どうして……。





「……」

唯はただ黙っているだけだった。

目だって合わそうとしない。



孝太はおそらく何があったか全て知っている。

それにあのケガ。



(だけどなんでアイツが……?)

「長瀬になんかされたのか?」



唯はただ首を振って否定した。



(長瀬が何もしていないなら、どうしてあんなケガをしているんだ?)

「黙ってちゃなんにもわかんないだろ?」

謎と疑念ばかりが深まり和磨はますます苛立った。



「唯っ!」



「っ」

唯は和磨の怒鳴り声に体をビクリとさせた。

それでも何も答えようとはしない。





「……もう……いい」

しばらく沈黙が続いた後、これだけ言っても何も言わない唯にとうとう和磨がキレた。

和磨は大きく溜め息を吐き、

「……もう好きにしろよ」

そう言い残し、唯の家を後にした――。





     ◆  ◆  ◆





――翌日。



孝太の言っていた通り、唯は学校を休んだ。



明日から唯はパリに行く。

試験の為に。

次に学校に来るのはおそらく三月に入ってからだろう――。
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