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第三章 -7-
――八月の登校日。



朝、唯と香奈が教室に入ると和磨と拓未が女子生徒達に囲まれていた。



(相変わらず、すごい……)



唯と香奈の席は和磨と拓未の真ん前にある為、すっかり占領されていた。



「てか、座れないし……」

香奈は眉間に皺を寄せた。



「とりあえずカバンだけ置こうよ」

香奈の表情が可笑しかったのか唯はクスっと笑った。



「そうだね」

香奈はそう言うと、机の横にカバンを引っ掛けた。



時計に目をやるとHRが始まるまで後三十分以上あった。

唯はカバンから今回のCM撮影で使われる曲の楽譜を取り出すと

「HRまで少し時間あるから音楽室行ってくるね」

香奈に伝え、教室を出て行った。



席が占領されて座れないからと言うのもあるが、今日は学校が終わった後、CM撮影がある。

それまでに少しでも練習しておきたいからだ。





     ◆  ◆  ◆





唯の迎えにはマネージャーの橘がに来る事になっていた。

長めのHRが終わり、窓の外を見るとすでに橘が来ているのが見えた。

正門の前に黒い車が止まっている。



唯は急いで帰り支度を済ませ、和磨達に「じゃーね」と言って教室を飛び出した。





「ハァ、ハァ……す、すみません。お待たせして……」

正門まで走って来た為、唯がまだ整っていない息のまま口を開くと、

「そんなに走らなくても大丈夫ですよ」

橘は苦笑いしながら後部座席のドアを開けた。



そして唯が後部座席に乗り込んだのを確認すると静かにドアを閉めて運転席へと移動した。



橘はゆっくりと車を発進させ、走り出したところで今日の段取りをいろいろと説明し始めた。

運転しながらなのに、細かい事まで唯に伝えている。

どうやら完璧に頭の中に入っているらしい。





それから三十分くらい走ったところで、撮影スタジオに着いた。



唯は橘に連れられて撮影スタッフや監督、プロデューサー、ディレクターなどなど……いろいろな人に挨拶をして楽屋に入った。



当たり前だが今日はヘアメイクもプロの人がやってくれる。

何もかもが初めてなだけに緊張していた。



CMの撮影内容は月明かりだけに照らされた薄暗い部屋の中で唯がピアノを弾いていると、

窓から風が入って来て唯の髪がさらさら靡く……といった感じもの。



曲はもちろんドビュッシーの『月の光』



撮影は順調に進み、BGMのピアノのレコーディングも二,三回弾いただけでOKとなった。

とはいえ、CM撮影と合わせてポスターなどの撮影も行い、全ての撮影が終わった頃には夜十時を過ぎていた――。





橘に車で送ってもらい、唯が家に戻ったのは午前十二時を回った頃だった。



(疲れたぁ……)

唯は初めての撮影で緊張していた所為で疲れが一気に押し寄せ、ドサッとベッドに倒れ込むといつの間にかそのまま眠っていた。





     ◆  ◆  ◆





――次の日。



唯は珍しく昼近くまで目を覚まさなかった。

窓から差し込む陽の光りで目を覚まし、昨夜そのまま眠りこけてしまった事を思い出した。



もぞもぞと起き上がり、しばらくボーッとしていると和磨から電話が掛かってきた。



「はぁ~い……もしもし?」

唯はまだ半分寝ぼけたまま通話ボタンを押した。



『もしもし、俺』



「……んぁ? かず君……? おはよう~」



『おはよう……て、今起きた……?』



「うん……」



『て事は、昨日は遅かったのか?』



「うん、帰って来たらもう夜中の十二時過ぎてたー」



『そんなにかかったのか?』



「うーん、でも順調に進んだ方だって言ってたよー?」

唯は目をゴシゴシとこすりながら言った。



『結構、時間掛かるんだなー』



「あ、でもピアノのレコーディングとかポスターとかも撮ったから」



『そっか。で、どうだった? 楽しかった?』



「うん、緊張したけど楽しかったよ」



『いつから流れるんだ?』



「九月からだって言ってたよ」



『じゃー、もうすぐだな』



「うん」



『あ、それでさ……今日なんか予定ある?』



「んー、とりあえずないよー?」



『じゃあ、急なんだけどお祭り行かない?』



「お祭り?」



『うん、今日、近くの神社でお祭りがあるんだ』



「うわぁっ! 行きたい、行きたい!」



『んじゃ、今から迎えに行くよ』



「い、今から!?」



『駄目?』



「あ、あのね……えっと……実は……昨夜帰って来てうっかりそのまま寝ちゃって……、

 だからシャワー浴びたいかも……」



『はは、わかった。……じゃ、一時間後くらいにこっちを出るから』

和磨は電話の向こうでクククッと笑っていた。





     ◆  ◆  ◆





唯がお風呂から上がると、昼食に丁度いい時間になっていた。



(そういえば、かず君、お昼ご飯は食べて来るかな?)

電話を切る前に訊いておけば良かったなと思い、とりあえず冷蔵庫の中を見る。



ありあわせの物で出来そうな物といえば、オムライスかチャーハンか。

後はサラダ……食パンもあるからホットサンドかクラブハウスサンドでも出来そうだ。



冷蔵庫に頭を突っ込んだまま考えていると、インターフォンが鳴った。

きっと和磨だ。



「はぁ~い」

唯は玄関のドアを開け、和磨を家の中へ入れた。





「あれ? 今日、おばさんは?」

和磨はいつもなら唯の母・真由美が出迎えてくれるはずがいない事に気が付いた。



「昨日から仕事で大阪に行ってるの」



「そうなんだ」

そういえば唯の母親は声楽家だった。

仕事という事は公演か何かなんだろうか?



「かず君、お昼ごはん食べた?」



「いや、まだだよ」



「じゃー、オムライスとチャーハンとホットサンドとクラブハウスサンドどれがいい?」



「んー? オムライス……かな」

和磨は何故にこんな限定されたメニューなのかよくわからなかったが、とりあえず四つのメニューの中から一つをチョイスした。



「了解。それじゃ、かず君テレビでも見てて」

唯はにっこり笑うとテレビのリモコンを和磨に渡し、キッチンへと消えていった。



「……?」

和磨はポカンと口を開けたまま首を捻った。





しばらくするとエプロン姿の唯がキッチンから顔を覗かせた。

和磨がキッチンに行くと、ダイニングテーブルにはオムライスとサラダとスープが並んでいた。



「これ……唯が作ったの?」



「うん」



「言ってくれれば、手伝ったのに」

和磨は唯がテレビを見ながら待ってろと言った意味が今さらながらようやくわかった。



「かず君、お料理出来るの?」



「てか、俺だいたい自炊してんだけど」



「えっ!?」



「まぁ、めんどくさい時は弁当とか買ってるけど」

和磨は唯の驚いた表情を見て苦笑した。



「うそぉー?」

唯はまだ信じられない様子だ。



「いや……ホントだって。時間がある時はお袋が作り置きしていってくれるけど、

 今の時期みたいに傷みやすい季節はそれもなかなか出来ないしな」



「い、意外……」



「手の込んだ物はさすがに無理だけど、普通にオムライスも作れるんだぞ?」

和磨はニッと笑った。

そして「いただきます」とオムライスを一口食べ、

「ん、うまいっ!」

唯に満面の笑みを向けた。



「ホント? よかった♪」

唯はホッとしながら自分もオムライスを食べ始めた。

今までクッキーやケーキなどは和磨に作って食べさせた事はあったが、手料理は今日が初めてだった。



「うん! 俺が作るより全然うまい」

そう言って和磨はどんどんオムライスを平らげていった――。





     ◆  ◆  ◆





結局、唯と和磨は夕方まで唯の家で過ごし、それから和磨の家の近くにある神社のお祭りに出かけた。

境内にはお面や、射的、綿菓子やりんご飴、ヨーヨー釣りなどいろいろな出店があった。



そして唯と和磨は歩き回っているうちにお祭りには欠かせない定番の出店を発見した。



「あ、金魚すくい!」

唯は嬉しそうに金魚すくいの露店に駆け寄った。



「懐かしいな、やってみるか」

唯と和磨は露店のおじさんからポイと器を受け取り、二人とも童心に返って金魚を追い始めた。

と、いってもまだ二人とも子供なのだが。



「やったぁ♪ 一匹げっと!」

唯は小さな赤い金魚を一匹掬い上げた。



「お、なかなかやるな」

和磨は唯に負けじと大きならんちゅうに狙いを定めた。



「らんちゅうは無理だよー」

唯はクスクスと笑ってその様子を眺めた。





その後、唯はもう一匹赤い金魚をすくい、結局、和磨はらんちゅうにも逃げられたあげく、一匹も掬えなかった。



「昔はガンガン掬えたのに……」



「だから、らんちゅうは無理だって言ったのにー」



「絶対掬えると思ったんだけどなー」



「ねぇ、かず君、これ一匹ずつ飼おうよ」

唯は器の中でふよふよと泳ぐ二匹の金魚を指差した。



「うん」

和磨がそう返事をすると、唯は露店のおじさんに一匹ずつ金魚を分けてもらった。

少し大きいのが雄でもう片方は雌だった。

唯は雄を、和磨は雌の金魚をそれぞれ飼う事にした。



「けど、なんかすぐ死んじゃいそうだな」



「愛情をいっぱい注げば大丈夫だよ」

唯はそう言って和磨ににっこりと微笑んだ。



「ん、そうだな」

和磨も唯に笑みを返した。



後にこの二匹の金魚が唯と和磨にとって大切な存在となるのだった――。
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