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第三章 -6-
夏休みに入り、唯はパリ留学に向けての勉強とレッスン、和磨は去年と同様、拓未と曲作り、

そして、Juliusのメンバー全員でのスタジオ練習とミーティングにバイトと忙しい日々をそれぞれ送っていた。



それでも去年のようにまったく会えないという訳ではなく、今日はなんとか一日予定を空けて

二人で朝から東京ディズニーシーに来ていた。

文化祭の時に唯が言った“ディズニーは今度一緒に行こう”と言った言葉を実行したのだ。



和磨は念願の“唯とディズニーリゾートでデート計画”が叶って上機嫌だった。



「唯、どこ行きたい?」

園内の案内板を見ながら和磨が唯に言った。



東京ディズニーシーには七つのテーマポートがあって南ヨーロッパの港町がモデルの

現実に近いテーマポートから『リトル・マーメイド』の世界がモデルのテーマポートなどがある。



「んー、全部行って見たい!」



「じゃ、すぐそこにある“アメリカンウォーターフロント”から行こう!」



「うん!」



唯と和磨は手を繋いで歩き始めた。





そして、まずはディズニーシーの中を船でぐるりと一周出来る“ディズニーシー・トランジットスチーマーライン”に乗った。

心地よい風が唯の黒髪をサラサラと撫で、和磨の前髪を揺らしていく。



「うぁー、すごくきれーい♪」

唯は船から見える街並みや景色の美しさに少し興奮気味だ。



「てか、これだけ広いと一日で廻りきれるかな?」

そんな唯の横顔を見つめながら和磨が苦笑いしながら言った。



「一日で廻れなかったら、また来ようよ」

唯はそう言って景色から和磨へと視線を移し、微笑んだ。



「そうだな」

和磨もそう返事をし、笑みを返した――。





“ディズニーシー・トランジットスチーマーライン”から降りると、唯の携帯が鳴った。



……RRR、RRR、RRR……、



唯は携帯の着信表示を確認すると、和磨に「ちょっとごめんね」と言って通話ボタンを押した。

「もしもし、神崎です」



『もしもし、橘です』

電話の相手は先日、唯が契約したプロダクション・株式会社C&Rの橘だった。



「あ、こんにちはー」



『今、外ですか?』



「はい」



『では、手短にお話しますね。実はCMの仕事が入って来てるんですけど、興味ありますか?』



「へ?」

唯はあんぐりと口を開けた。



『シャンプーのCMなんですが、映像はもちろんBGMのピアノ演奏も神崎さんを起用したいとの事なんです』



「CM……」

唯はまだピンと来ていないらしい。



『映像だけのお話なら断る方向だったんですけど、ピアノ演奏もありますし……どうですか?』



「はぁ……」



『そんなにメジャーな会社ではないんですけど、これからもこういった仕事はあると思いますし、

 やってみて損はないと思いますから、やってみませんか?』



「……」

唯は少しの間考えると、

「そうですね、やってみます」

そう返事をした。

CMのイメージに合わせてピアノを弾く事も勉強のうちと思ったからだ。



『わかりました。では、詳しい内容と撮影の日程等はパソコンのアドレスの方にメールを送っておきます』



「はい」



『それでは失礼します』





唯は橘との電話が終わり、「ごめんね」と言って和磨の方に向き直った。



「事務所から?」



「うん。お仕事の話だった」



「お、ついに演奏活動?」



「んー……なんかCMの話だった」



「CM!?」

和磨は先ほどの唯同様、あんぐりと口を開けた。

同時に嫌な予感が頭を駆け抜ける。



「うん、出演とBGMのピアノ演奏でオファーが来たんだってー」



「……で、やるのか?」



「うん、やってみる事にした」



「す、すげー……。あ……で、なんのCM?」



「シャンプーだって言ってたよ」



「シャンプーかー」

和磨は唯の長い髪にスーッと指を通し、そっと撫でた。



「?」

唯は少しだけ曇った表情になった和磨を見て首を傾げた。



(CMに出たら学校の中だけじゃなく、都内……いや全国CMならそれこそ日本中に唯のファンが増えるんだろうな……。

 こうやって二人で気軽にデートも出来なくなるだろう。今を大事にしなければ……)



和磨は数回唯の髪を撫でると「がんぱれよ」と言って優しく微笑んだ。



「うん」

唯もそう返事をすると和磨に笑みを返した――。





     ◆  ◆  ◆





八月に入り、例によって夏休みに一度だけある登校日。



唯と香奈が教室に入ると、これまた例によって和磨と拓未は朝から女子生徒達に囲まれていた。

彼女達の席も占領されているおかげで座る事も出来ない。

二人は仕方なくカバンだけ席に置いた。



そして唯は時計を見ると香奈に何かを伝え、一人で教室を出てどこかへ行ってしまった。

香奈はというと、クラスメイトの男子と楽しそうにしゃべり始めた。



和磨はちらりと拓未を横目で見た。

“彼女”である香奈が他の男と楽しそうにしゃべっているというのに顔色一つ変えずに、

自分もファンの子達と楽しそうにしゃべり、ケラケラと笑ってさえいる。



(これが普通なんだろうか?)

最近、和磨はどうやら自分は嫉妬深い人間だと自覚した。

……やっと。



もし自分が拓未の立場だったら、きっと相手の男に嫉妬してこんな風にファンと話していられない。

尤も、和磨は元々無口でクールな男。

だから普通の時も不機嫌な時も実はファンにとっては愛想が良くない事に大して変わりはないのだが――。





HRが始まる直前、ファンの子達もいなくなり、唯が教室に戻って来た。

よく見ると手には楽譜を持っていた。



(また音楽室にでも行ってたのかな?)

唯は最近、よく音楽室に入り浸っている。

四月に唯がスカウトされた時の演奏会と六月にも音楽教室の方の演奏会があった為、その練習で昼休憩はずっと篭っていた。

だけど、六月以降も昼休憩になるとどこかへ行ってしまう。

行き先は多分、音楽室だ。



(二年の時はだいたい教室にいたはずなのに、なんでだろう……?)

和磨は唯の背中を見つめながら小さく溜め息を吐き、頬杖をついた。





     ◆  ◆  ◆





午前中の少し長いHRだけで学校が終わった後――、

唯は急いで教室を後にした。



「なんか唯ちゃん、嵐の様に帰って行ったけどレッスン?」

拓未は慌しく帰っていった唯の後姿を見送りながら和磨に話しかけた。



「あー、なんか今日は今からCMの撮影があるんだと」



「「CM!?」」

香奈と拓未は同時に声を上げ驚いた。



「うん、なんかCM自体にも出るけどBGMに使われるピアノも演奏するらしい」



「すごーいっ!」

香奈は唯から何も聞いていなかったようだ。



「てか、なんのCM?」



「シャンプーだって言ってたけど」



「シャンプーかぁ……唯、髪が長いから抜擢されたのかな?」

香奈は窓から正門に向かって猛ダッシュしている唯の姿を眺めながら言った。



「お、あれお迎えかな?」

拓未は正門の前に横付けされた黒塗りの車を指差した。



「かもな」

和磨がその車に視線を移すとちょうどの中からスーツを着た若い男性が出て来たのが見えた。



「あの人、唯のマネージャーかな?」

香奈は興味津々で窓から身を乗り出した。



「意外と若いのが付いてんだな?」

拓未が和磨に視線を移すと既にムスッとしていた。



唯からマネージャーは“橘”と言う男になったと聞いていたが、まさかこんなに若い男だとは思ってもみなかったのだ。

歳は二十五,六才だろうか、長身でスーツの似合う銀縁の眼鏡かけたいかにも頭のキレそうな男だ。

その男は車の後部座席のドアを開け、唯を乗せると運転席に移動し、車を発進させた。



和磨は複雑な表情でその車が見えなくなるまで見送ると、また小さく溜め息を吐き、

「……んじゃな」

香奈と拓未に背を向け、帰って行った――。





     ◆  ◆  ◆





――その日の夜。



和磨が風呂上がりにボーッとしながらテレビを見ていると拓未が家に来た。



(そういえば、今日も夜から一緒に曲を作る約束してたっけな……)



「おぃっすー」

拓未は香奈とデートして来たからか上機嫌だ。



(こっちはデートも出来ないと言うのに……)

「おぅ……まぁ、入れよ」

和磨がそう言うと、「お邪魔します」と言って拓未は中に入った。





「……そーいえばさ。」

和磨は徐に口を開いた。

ふと今朝の事を思い出したのだ。

香奈がクラスの男子と楽しそうにしゃべっている傍ら、拓未もファンの子とケラケラ笑っていた時の事だ。



「ん?」



「お前って……妬いたりとかしないのか?」



「はぁ~?」

拓未はまた和磨が訳のわからない事を言い出したと言わんばかりの顔をした。



「……いや、今朝、上木さんがクラスの男と話してただろ?」



「あー、話してたな」



「お前は目の前でそういう事されても平気なのか?」



「つーか、普通に話してただけだろ」



「そーだけど……」



「そりゃ、さすがに目の前でいきなりキスとかされりゃ話は別だぞ?」

そう言って拓未は苦笑すると、

「そんなんで一々妬いてたらキリがねぇし」

と、肩を竦めた。



「まぁ……な」



「それに、そんな事言うなら学校とかライブの後の出待ちなんかで女の子と一緒の俺を香奈は嫌って程見てる訳だし?」



「上木さんは何も言わないのか?」



「まぁー、普通に話してるだけだからな」



「ふーん……」



「そう言うお前だって俺以上に女の子に囲まれてるだろうが」



「俺はあんま話さねぇし」



「話さなくても囲まれてる事には変わりないだろ?」



「そーだけど……」

(……あれ? そう言えば……、唯は口に出すどころか妬いてる素振りを俺に見せたことがないな?

 ……てことは、唯はまったく妬いてないって事か――)
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