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第二章 -5-
「足……痛むのか?」

和磨は保健室を出てからもずっと俯いたままの唯の様子が気になっていた。



「え?」



「なんか……元気ないから」



「あ、ううん、大丈夫」

そう言って笑って見せるがその顔はやっぱりぎこちない。



(ファンの子を放って来た事、気にしてんのかな?)

「唯」



「……ん?」



「俺は……ファンの子より唯の方が大事だから」



「……でも……」



「確かにファンがいる事はありがたいと思う。けど……たとえ故意じゃないとしても、

 あんな風に唯が怪我させられて平気でファンの子と一緒にいるなんて俺は出来ない」



「……」



「本当は俺が保健室に連れて行きたかったくらいなんだから」

和磨は真剣な顔をして唯をじっと見つめた。



「かず君……」



「てか、せっかく拓未達も消えて二人きりになれたんだし……な?」

和磨は優しく微笑みながら、

「だから、もう気にするな」

唯の頭を右手でクシャっと撫でた。



「……うん」

その言葉に唯は頷き、笑みを返した。

すると、和磨は制服のポケットに入れていた左手を出して唯の右手と繋いだ。



「……っ!」

唯は驚いたまま固まってしまった。

和磨と学校内で手を繋ぐのは初めてだ。

尤も、唯が捻挫をしたあの時は腕を組んでいたが。



「嫌?」



「そ、そんな事ない……」

そう答えたものの、唯はすれ違う女子生徒の視線をビシビシと感じていたのだった――。





     ◆  ◆  ◆





和磨と手を繋いだまま校内を回っているとグラウンドで野球部がストラックアウトの模擬店をやっていた。



一回三百円。

ルールは持ち球が十二球、四球失敗で競技終了。

二枚抜きをすれば失敗出来る球が増える。



抜いた枚数によって貰える景品が違い、九枚全てを抜く事が出来れば東京ディズニーリゾートの一日パスポート。

ちなみにペアだ。

八枚だと某セレクトショップのペアマグカップ。

七枚なら同じく某セレクトショップのストラップ。

これもペアだ。

六枚以降は……どうでもいい景品ばっかりだった。



「九枚抜き狙ってみるか」

和磨は制服の上着を脱ぎ、ネクタイを外した。



「これ持ってて」

それを唯に渡す。



「え……? う、うん」

唯は唖然としながら和磨を見つめていた。





和磨は野球部の部員から十二個のボールが入ったカゴを受け取り、マウンドに立った。



そして小さく息を吐き出して振りかぶる。



一球目、見事中段の左側四番を抜いた。



(よっし!)

和磨は小さくガッツポーズをした。



だが、二球目は惜しくもフレームに当たって弾かれてしまった。

眉間に皺を寄せる和磨。



三球目、上段の真ん中二番を抜き、四球目と五球目もそれぞれ上段の一番と三番を抜いた。



(このまま当たり続けてくれれば……)



けれど、世の中そんなに甘くはない。

六球目、またフレームに当たってしまった。



「ちっ」

舌打ちをする和磨。



「頑張って!」

すると、唯の声が聞こえた。

和磨はそれに応えるように小さく笑みを返した。



七球目、唯の応援が効いたのか今度は下段の真ん中と右側の八番と九番を二枚抜きした。



(よっしゃ! この調子ならホントに九枚抜きいけるか?)



だけど、そんな事を思って油断をしたのがいけなかったのか、八球目は既に抜いてある四番の位置を通り抜け、

九球目はガコーンッと言う鈍い音とともにフレームに当たって弾かれた。



後一球失敗すれば終わってしまう……。



(まずい……)

焦り始める和磨。



唯は胸の前で祈るように手を組み、和磨を見つめていた。



十球目、深呼吸をして振りかぶる。



しかし――、



投げた瞬間、少し手元が狂ってしまった。

(……あっ!)



ボールは球威こそなかったが、ど真ん中の五番を抜いた。

ミラクルだ。

だけど、これ以上失敗は出来ない。



十一球目、ゆっくりと狙いを定めて慎重に投げた。

ボールはフレームの内側ギリギリのところで中段の右側六番に当たり、辛うじてパネルを抜いた。



和磨は、ほぅっと息を吐いた。



後一球――。



(これ外したら笑えないよな……)



和磨は大きく息を吐き、振りかぶった――。



「Kazumaく~んっ! 頑張って~っ!」

いつの間にかファンの子が数人来ていた。



「っ!?」

ボールを投げようとした瞬間、その声で和磨の手元が狂った。



「あ……」

唯も小さく声を上げる。



ボールは七番の外側に大きく外れ、そしてゲーム終了……。



結局、抜いた枚数は八枚だった。

とはいえ、かなり良い成績だ。

最後のあの声がしなかったら、本当に九枚とも全部抜けていたかもしれない。



(くそっ!)

和磨はその声の主をちらりと見た。

数人のファンの子とキャーキャー言っている。



「……」

無言でマウンドを降りると部員が近づいて来た。



「惜しかったですね。けど、八枚抜きはすごいですよ! おめでとうございます!」



(めでたくねぇよ……)

景品を受け取り、和磨が唯の所に戻ろうとしていると、それを遮るように“声の主”が駆け寄って来た。

そしてその後すぐに他のファンの子も駆け寄って来る。



(またか……唯の所へ行きたいのに……)

再びファンに囲まれる和磨。



(はぁ……、どうしよ……あれじゃ近づけないよ……)

その様子に唯は俯いて小さく溜め息を吐いた。



「神崎さん」

不意に名前を呼ばれ、振り返るとクラスメイトの戸田直樹が立っていた。



「一人? 上木さんは?」



「あ、今、別行動してるの」



「珍しいね、神崎さんが上木さんと別行動なんて」



「そ、そう?」



「だって、いつも一緒にいるじゃん」



「あはは、そうだね」

唯と直樹は二人でクスッと笑った。



「戸田くんは?」



「あ、俺、野球部」

直樹はにっこり笑った。



「そうだったんだ」



「うん。……そういえば、俺、神崎さんとあんまり話した事ないな」



「そうだっけ?」



「だって、その証拠に俺が野球部だったの今初めて知っただろ?」



「うん、そうだね」

唯は苦笑しながら答えた。



「ところで神崎さんも篠原の応援?」



「え? う、うん」



「相変わらずすごい人気だな、篠原」

そう言って直樹は和磨をちらりと見た。



「ねぇ、Kazumaくん、一緒に模擬店回ろうよ!」

「行こう、行こう!」

眉根を寄せている和磨を余所にファンの子達は勝手に盛り上がっている。



(かず君……一緒に行っちゃうのかな? ファンの子が一緒なら私は行かない方がいいよね……?)

唯は小さく溜め息を吐いて俯いた。



「てか、もしかして……篠原と付き合ってたりする……?」



「……っ!」

いきなり直球で訊かれ、唯は言葉に詰まった。

唯と和磨が手を繋いで歩いていたのを直樹は見ていたのだろうか。



(う……なんて答えよう……)

唯は直樹の質問に答える事が出来ず、また俯いた。



「ごめん、一緒に回ってる子待たせてるから」

和磨は捕まれていた腕を離し、ファンの子達から離れた。

本当は『“彼女”を待たせてるから』と言いたいところだったが、唯が和磨と付き合っている事を

公にしたくなさそうなのをなんとなくわかっていたし、何よりあの“声の主”が和磨の中で要注意人物だったから。



唯の方に視線を向けると他の男子生徒としゃべっていた。



(あの男……唯と同じクラスの戸田か)



「唯」

戸田から質問の答えに唯が迷っていると和磨の呼ぶ声がした。



唯は少し驚いた様な顔で振り向いた。



(ファンに囲まれてたから来ないと思ってたのか?)

「行こう」

和磨は唯の腕を取り、少し強引に戸田から引き離すように足早で歩き出した。



「あ……、うん」

唯はファンの子達を気にしながら、和磨と歩き出した。





「あ、あの……かず君……?」

明らかに不機嫌そうな和磨に唯が遠慮がちに声を掛けた。

(九枚全部抜けなかったからかな?)



「うん?」



「上着……着ないと」

唯は上着とネクタイを和磨に渡した。



「あ? あぁ……」

そうだった。

唯に上着とネクタイを持たせたままだった。



「結局、ペアマグ……」

(結構頑張ったんだけどなー)

和磨は少し落ち込んだ様子でボソっと呟いた。



「でも、八枚抜きはすごいよ?」



「俺はディズニーのパスポート狙ってたのに……」



「ペアの物がまた一個増えたんだし」

唯は柔らかく微笑んだ。



「まぁ、そうだけど……」



「ディズニーは今度一緒に行こう?」

そして唯が和磨の顔を覗きこむと、

「……うん、そうだな」

和磨もようやく唯に笑みを返した。



(そうだ、別にディズニーなんて自分達で行こうと思えば行ける。それに、せっかく唯と二人でいるのに不機嫌なままじゃ唯に悪い)



「かず君って、もしかして野球やってたの?」



「うん、中学に入ってすぐに音楽に目覚めたんだけどさ、それまではずっと野球をやっていたんだ」



「そうだったんだ?」

唯は和磨の違う一面を見る事が出来て、嬉しそうに笑った。





     ◆  ◆  ◆





――放課後。



和磨と唯の二人は帰りにあの公園の展望台に行った。

この時間なら綺麗な夕陽が見られそうだ。



「わぁ、かわいい……」

ベンチに座って、貰ったペアマグを開けてみると唯は嬉しそうに口を開いた。

中身は耐熱ガラスで出来たグラスマグだった。

ピンクとグリーンの二個セット。

ドット柄にチョコレートケーキが描かれている。



「これ、熱いのも冷たいのもOKだから一年中使えるね」

ピンクのグラスマグに夕陽がキラキラと反射して唯の横顔を照らし、それがあまりにも綺麗で和磨は思わず見惚れそうになった。



「うん、じゃ今日からさっそく使おう!」

和磨も嬉しそうに言う。



「かず君……ありがと」

唯は和磨の瞳を見つめ、微笑んだ。



「……うん」

思わず顔が熱くなる。

だが、夕陽が赤面している和磨の顔を照らしてうまく隠していた。



(よかった……夕陽が出てる時間で――)
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