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第一章 -1-
唯と香奈が高校二年生になって二ヶ月が過ぎようとしている五月の終わり――。



「ごめーん! 唯、先行っててーっ! すぐ追い掛けるからーっ!」

初夏の空に響き渡る香奈の声。



「うん、わかった。ぼちぼち行ってるねー」

その声に苦笑いしながら返事をする唯。

これが毎朝のやり取りだ。



朝が苦手な香奈は、いつも迎えに来た唯を待たせては結局、先に行かせる始末。

唯もいい加減、香奈を置いて勝手に行けばいいのだが、そこは唯のお人好しの性格なのか、

幼馴染と言う事もあってなのか、毎朝きっちり香奈を迎えに行っている。



同い年の唯と香奈はお互いまだ幼稚園に通う前、所謂公園デビューをした頃に母親同士が仲良くなり、

家が近い事もあり、自然と毎日一緒に遊ぶようになった。

やがて、二人は当たり前のように同じ幼稚園に通うようになり、小学校も中学校もクラスは違っても

いつも一緒に登下校をした。

そして高校もまた同じという事で一緒に登下校をしている。



だが、仲は良くても性格はかなり違う。

……というか、正反対。

唯はどちらかというと、大人しいタイプで身長も152cmしかなく、華奢で小柄。

一方、香奈は物事を何でもハッキリ言うタイプで俗に言う姉御肌。

身長はズバ抜けて高い訳ではないがスポーツ万能。



香奈曰く、性格が正反対だから飽く事なく一緒にいられるのだと。



しかし、唯にはその意味がさっぱりわからないのだった――。





香奈を置いて学校までの道をゆっくりと歩いていると、心地良い風が唯の頬と長いストレートの髪を撫でて通り過ぎて行った。



(気持ち良い……)

朝空を見上げると何か良い事がありそうな、そんな予感がした――。





そして学校近くの横断歩道で信号待ちをしてた時、後ろから香奈がゼーゼーと息を切らしながら走ってきた。



「……ハァ、ハァ……唯、早いよぉー! ぜ……、全然ゆっくりじゃないしー」

まだ整っていない息で文句を言う香奈。



「あれ? 早かった? ごめんごめん」

そんな香奈の様子に唯が苦笑いをしていると、歩行者用の信号が青に変わった。



全力疾走してきた香奈はまだ肩で息をしている。



「香奈、渡るよー」

唯は香奈の左手を取り、まだ辛そうな彼女を気遣いながらゆっくり横断歩道を渡り始めた。

それに合わせて香奈もとりあえず足を進める。



そして歩行者信号が点滅し始め、唯と香奈が横断歩道を渡り終えたところで、

ドン――ッと、鈍い音とともに誰かが唯にぶつかった。



「きゃっ……!」

小さく悲鳴をあげ、唯が地面に倒れる。



「……っと」

左手を掴まれていた香奈も一緒に倒れそうになったが、間一髪で体勢を整えた。



「いたた……」



「唯、大丈夫?」

香奈がそう言って唯に手を貸そうとしたその時――、

「ごめん、大丈夫?」

それよりも先に大きな手が唯の目の前に差し出された。



「え……」

明らかに男性とわかる少し甘くて低い声の主を唯は見上げた。

不意に視線が絡み合う。



少し茶色かかった髪。

鼻筋がきれいに通った整った顔立ち。

心配そうに見つめてくる瞳はとても印象的だ。



「……唯?」

ぼーっと目の前の男の子に吸い込まれるように見入っていると香奈に名前を呼ばれた。



「あっ! ……っ、え?」

我に返る唯。



「だ、大丈夫っ」

そう言って唯が慌てて立ち上がろうとした時、左足首に電流のような激痛が走った。



「痛っ」

どうやら倒れた時に捻ってしまったようだ。



すると次の瞬間――、目の前の大きな手が唯の両脇を抱えた。



(……え?)

戸惑う唯。



体がふわりと浮き、右足に体重を掛けて立ち上がる。



「あ、あの……っ」

一瞬、何が起こったのかわからなかったが、すぐに状況を把握出来た。

自分は今、抱き合うようにして立っている。



しかも、目の前にいるのは男の子で……。



(わぁ……背高い……)

152cmしかない小柄な唯は、180cm近くある長身の彼の腕の中にすっぽりと入っていた。



「怪我、させちゃったみたいだな……。悪い」



「あ、いぃえ……っ」

唯は恥ずかしくて彼の顔を見る事が出来ず、顔を赤くしたまま俯いて答えた。



「……」

そのやりとりを呆然と横で見ている香奈。



「病院行こう」

彼はとても心配そうな顔で言った。



「えっ、そんな、そこまでは大丈夫ですっ」

唯は慌てて首を振った。



「じゃ、俺の肩に腕を回して。学校の保健室に行こう」

そう言うと彼は少し身を屈めた。

自分と同じ高校の制服を着ている唯を学校の保健室まで連れて行く事にしたのだ。



「……え、と……」

しかし、背が低い唯にとっては彼の肩の位置は思いのほか高く、少し身を屈めたくらいでは“肩を借りる”のは難しそうだった。



「じゃあ、腕に捕まって?」



「い、いえ、あの……ホントに大丈夫ですからっ」



「でも、一人じゃ歩けそうもないし、学校までの距離を友達に支えて貰うとしても女の子の力じゃ結構キツいと思うよ?」



「……」

唯は黙り込み、初めは彼の腕に捕まろうとしなかったが、確かに彼の言う通りだと思い、観念したのか素直に腕に捕まった。





     ◆  ◆  ◆





「俺、二年二組の篠原和磨しのはら かずま。君は?」

その男の子に学校の保健室まで“腕”を借りた状態で連れて行かれると、彼は“篠原和磨”と名乗った。



「えと……二年五組の神崎唯かんざき ゆい……」

手当てをして貰いながら唯も自己紹介をする。



「同じ二年生だったんだ。本当ごめんね」

申し訳なさそうな顔の和磨。



「あ、ううん。大丈夫」

唯はまだ少し足が痛むのを我慢して微笑んでみせた。

それでも和磨はまだ心配そうな顔をしている。



「軽い捻挫だから一週間くらい湿布貼ってれば治るわよ」

そんな和磨に保健医が優しい口調で言った。



すると和磨はやっと少し安心したように微笑んだ――。





唯を教室まで送り、和磨が自分の教室に入って席につくと、前の席に座っている親友(悪友?)の

望月拓未もちづき たくみが話し掛けてきた。

「おぃっすー」



「おぅ」



「なぁ、お前、五組の神崎唯ちゃんと付き合ってんの?」

身を乗り出し、興味深げな拓未。



「なんだよ、突然」



「だって、お前等抱き合いながら登校して来たしぃー」



「違うっ! 抱き合ってねぇっ。あれは……さっき学校来る途中、俺が怪我させちゃったから……」



「ふぅ~ん」

拓未は悪戯っぽい目で和磨の顔を見つめていた。



「なんだよっ、人の顔をジロジロと……気持ちの悪ぃっ」



「いやー、べっつにぃー」



「今日、ちょっと寝坊してさ、ダッシュで大通りまで出たら横断歩道の信号が点滅してて、

 慌てて渡ったら勢いあまってぶつかって怪我させちゃったんだよ」



「あー、あそこの歩行者信号、変わるまで超長いもんなー」



「そそ、だから渡っとかないと完璧遅刻するって思ってさ。……てか、なんでお前あの子の名前とか知ってんだよ?」



「えーっ、まさか、お前知らねぇの? “五組の神崎唯ちゃん”ていったら可愛くて有名だぜー?」



「へぇー、そーなんだ」

そういえば、彼女を保健室へ連れて行く間や教室まで連れて行く間、男子生徒の視線をやけに感じたのはその所為か。



和磨は一人で納得しながら、窓の外に視線をやった――。





同じ頃――、

「篠原和磨くんて、もしかしてあのKazumaくんかなぁ?」

さっきからずっと眉間に皺を寄せていた香奈が口を開いた。



「あのって?」



「Juliusの」



「じゅりあす?」



「唯、知らないの? この学校にいるって噂の高校生バンド」



「ふぅ~ん?」



「まぁ、唯はこーゆー噂には疎いもんねー。ちなみにそのJuliusって、

 メンバー全員イケメンなんだけど特にヴォーカルのKazumaくんが格好良いの!」



「へぇ~っ」



「まぁ、あたしはギターのTakumiくんのファンなんだけどね♪」



和磨が香奈の言っているヴォーカルのKazumaかどうかは別にして、彼はきっと女の子に人気があるんだろうな……と、唯は思っていた。

保健室に連れて行って貰う時といい、この教室まで連れて来て貰う時といい、すれ違う女子生徒の視線をビシビシと感じていたからだ。

それに今だってクラスメイトの女子から質問が飛んできそうな勢いだ。



だが、それはHRの開始を知らせるチャイムが鳴った事でなんとか救われた――。





     ◆  ◆  ◆





休み時間になると――、

「神崎さんて、篠原くんと付き合ってるのっ?」

「保健室で何してたのっ?」

「篠原くんと、どういう関係っ?」

「篠原くんと知り合いだったのっ?」

「いつ知り合ったのっ?」

待ってましたと言わんばかりに次々と質問が飛んできた。

唯と和磨が一緒に登校している姿を目撃したクラスメイトや他のクラスの女子生徒までが唯の所にやって来たのだ。



「え、えっと……」

あまりの勢いに圧倒される唯。



「唯と篠原くんは別になんでもないわよ。今朝、篠原くんが横断歩道を走って渡ってて勢いあまって唯にぶつかったの。

 その時に唯が足を捻っちゃったから、篠原くんが責任を感じて保健室に連れて行ってくれた後、教室まで送ってくれたのよ」

質問攻めに遭い、オロオロしている唯の代わりに香奈が答える。

唯は元々おとなしい性格だから、こういう時はいつもなんでもキッパリ言う香奈が助けてくれているのだ。



「なーんだ」

「なんでもないんだー、よかったー」

香奈の説明で納得したのか、女子生徒達はあっさりと散っていった。



(やっぱり篠原くんて人気があるんだ)

唯は改めて実感したのだった――。
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