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第一章 -9-
「唯、学校の友達?」

彼氏が優しい口調で唯に訊ねる。



「うん」

にっこり笑って答える唯。



“友達”



確かにそうだ。

友達でしかない……。

その事が妙にチクリと和磨の胸を刺す。



「そっか! お前、男友達少なそうだから心配してたんだよ。ちゃんといるんだな、よかった!」

すると彼氏が安心したように笑って、唯の頭をクシャッと撫でた。



(“よかった”……? おいおい、普通逆だろ?)

思わず心の中で和磨が突っ込みを入れていると、さらに彼氏は、

「妹をよろしく。コイツ家でピアノばっか弾いてるから、どんどん外に連れ出してやってね」

和磨と拓未に向けて言った。



(……妹? そうか、妹か……て、え? えぇっ?)

「い、妹……?」

和磨は唖然とした。



「あ、えっと……私の兄」

すると唯が少し照れながら言った。



拓未は必死で笑いを堪えていた。



(そーゆーコトか。拓未はさっき神崎からこの人の事を“兄”だと紹介されて、わかっていたから俺を呼んだのか)



「お兄ちゃん、こちら篠原和磨くん」



「唯の兄、雅紀です。よろしくね」

そう言って和磨が“彼氏”だと思い込んでいた彼女の兄はにっこり笑った。

なるほど……よく見れば笑った顔など似ている。



「えっと……篠原和磨です」

(アニキだったのかよ……)



唯の兄・雅紀は和磨達より五つ上の大学四年生。

三才からヴァイオリンをやっていて都内の音大に通っている。

自宅から通うのが大変な距離なので大学の近くで一人暮らしをしているが数ヶ月に一度実家に帰って来るらしい。

昨日はオーケストラのコンサートに兄妹仲良く聴きに行き、その帰りに和磨がバイトをしているコンビニにたまたま寄ったのだとか。



(……俺の失恋はまだ確定していなかった)

和磨はなんだかものすごくホッとしたと同時にどっと疲れを感じたのだった――。





     ◆  ◆  ◆





――数日後。



……♪~♪♯~♪♪~♪♭~♪……、



(あ――、このメロディ……)

学食から戻る途中、渡り廊下を歩いていた和磨は数週間前にも聴いた旋律に足を止めた。



「どうしたんだ? 和磨」

一緒に歩いている拓未も足を止める。



「この曲……」



「ん……? 綺麗な曲だな……クラシックかな?」



「誰が弾いてるんだろ?」

和磨が素直に疑問を口にする。



「珍しいな? そんな事、お前が気にするなんて」



「……ん、なんか……気になって……なんだろう? 音色とか、すごく耳に……いや、心に残るって言うか……」

和磨はそう言って音楽室の窓を見上げた。

しかし、全開の窓からはピアノを奏でている人物の人影さえも窺い知る事は出来ない。



「気になるなら行ってみるか?」

拓未も多少は気になっているのか、そんな事を言った。



「……いや、やめとく」



「なんで?」



「だって、もうすぐ鳴るもん」

――と、和磨が言った瞬間、

……キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……昼休憩の終わりを告げる予鈴が鳴った。



「ほらな?」

和磨は苦笑いしながら教室へ向かって再び歩き出した――。





     ◆  ◆  ◆





――その週末の土曜日。

夕方、Juliusのメンバー四人でスタジオでの練習とミーティングを終え、ファーストフードに入ると香奈がいた。



「香奈、おまたせ~♪」

拓未がそう言いながら近寄っていく。



「「拓未、新しい彼女?」」

准と智也はそう言いながら拓未の後をついて行く。

和磨も無言のまま軽く手をあげ、香奈に近寄った。



「そそ、彼女」

拓未がニッと笑った。



「上木香奈です、よろしくー♪」

香奈はにっこりと笑いながら自己紹介をした。



「ベースの小川准だよー、よろしくー」

「ドラムの早坂智也、よろしくねー」

准と智也もそれぞれ自己紹介した。



「お前ら……いつの間に……」

俺は半分呆れながらそう呟いた。



(てか、神崎さんを置いて帰ったのもそれでか……)

今更ながら謎が解けた。



「唯ちゃんが先に帰って、その後おまえも拗ねて帰った日」

拓未はニヤニヤしながら答えた。



「だから拗ねてねぇってっ」



「ちなみに唯は今レッスン中」

香奈は訊かれないうちからニヤニヤしながら言った。

こういうところは二人とも似ているのかもしれない。



(……ん? レッスン? もしかして、ライブに来てくれた時は休んだのかな?)



「レッスンて、いつも土曜日なの?」

和磨と同じ事を思ったのか拓未が香奈に訊ねた。



「ううん、いつもは木曜日。明日演奏会があるから今日は特別レッスンらしいよー」



「唯ちゃんの演奏会!?」

拓未は思わず身を乗り出した。

同時に和磨の耳もぴくりと動く。



「うん、正確には唯の通ってる音楽教室の演奏会」



「へぇー、そうなんだー」



(い、行きたい……)

和磨は興味津々だ。



「今回は唯がトリを任されたらしいよ?」



「おぉっ! すごいじゃん!」



(へぇー、聴いてみたいな)



「香奈、聴きに行くんだろ?」



「もちろん♪」



「俺も行くっ♪」

香奈がにっこり笑って答えると、拓未もニッと笑った。



(なにぃっ!?)

コーヒーを吹き出しそうになる和磨。



「じゃ、明日一緒に行こ!」



「うんうん!」

がっしり両手を繋ぐバカップル。



(俺も行きたいな……)

和磨がそう思っていると――、

「お前も来るだろ?」

拓未が有無を言わさぬ顔で言った。



「お前はどうする?」とか「一緒に行かない?」とか、逃げ道のある訊き方をして来なかったのは和磨にとってありがたかった。

さすがに小学校の頃からの付き合いともなるとこういう場合、和磨が照れてしまって

「行かない」と答えてしまうのがわかっているからだろう。

拓未のそういうところは嫌いではない。



和磨は黙ってコクコクと頷いた。



「じゃあ、俺も行く!」

「俺もっ」

すると、何故か准と智也も一緒に行くと言い出した。



(なんでコイツらまでっ?)

再びコーヒーを吹き出しそうになる和磨。



「和磨が気になってるっていう女の子を見てみたい!」

「今まで和磨が気になる子なんていなかったしな?」

准と智也はニヤニヤながら顔が引き攣っている和磨に視線を移した。



(そーゆーコトか……)

「……べ、別に気になってる、ワケじゃ……」

和磨は思わず視線を外した。

しかし、やっと出た言葉がこれだ。



(こんなんじゃバレバレだな……)



「まぁまぁ、それより拓未と篠原くん、明日みんなで行く事は唯には内緒ね?

 間違っても『観に行くから頑張って』とかメールしないでね?」

和磨が焦っていると香奈のナイスな話題変換に救われた。



「うん? なんでだ?」

和磨が首を傾げる。



「唯はあぁ見えて本番に強いタイプだから心配ないとは思うけど、Juliusのメンバーが全員来るなんて言ったらさすがに動揺するだろうし」



「そうか?」

更に首を傾げる和磨。



「うん、この間のライブで唯もJuliusのファンになったみたいだしね」



(……え?)

和磨は香奈の言葉に耳を疑った。



「おおっ! マジ?」

拓未が嬉しそうに訊き返す。



「マジ、マジ!」



「あ、そう言えば俺、結局唯ちゃんの感想まだ聞いてねぇ」



「あたし、ライブが終わった後に感想聞いたけど、唯にしては珍しくテンション高くてベラベラしゃべってたよー」



(あの神崎さんが……?)



「へー、唯ちゃんがねぇ……」

拓未も意外そうな顔をする。



「またJuliusのライブ行きたいって言ってたし」



「「「「おおぉっ! やった!」」」」

和磨達四人はまたファンが一人増えた事を喜んだ。



「という訳で……明日は演奏会が終わってから唯の楽屋に“突撃! サプライズ大作戦!”よ!」

香奈が拳を上げる。



「「「「おー!」」」」

それに続いて和磨達も拳を突き上げた――。
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