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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
プロローグ
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青い薔薇の軌跡 ~a phantom chief~ Ⅱ

 それからローズ達は両親の言いつけ通りの場所……元々住んでいたところよりも少し北西の、ムスペル寄りの森へ辿り着く。

 そこに建つ小さな一軒家に住む夫婦は、両親に予め『もしもの場合』の為の資金などを預かり受けていたらしい。

 多少ローズ達の事情に理解のある二人には子供がおらず、最初は「自分達を両親だと思え」と快く歓迎してくれた。

 しかし、そう上手く事は運ばなかったのだ。


 ローズと違って状況の理解出来ていないクリスは、新しい家での生活に慣れずに泣いてばかり。

 そして、泣くたびにそれは起こる。

 クリスの感情が乱れると、その姿は本来の自分達の種族では無い姿に変化した。

 見覚えのある黒い翼に角など、レヴァが持っていたものに酷似しているクリスの姿。

 確かにクリスの中にその精霊が存在するという証。

 けれどその姿は、人に忌み嫌われる空想上の存在、神に反する概念の総称……悪魔にも似ていた。

 見た目だけならば受け入れて貰えたかも知れないが、クリスは一度その姿に変化してしまうと劈くような泣き声で部屋の物を壊してしまい、暴れる力も大人の手に負えない。

 ローズはただ必死に妹をあやし宥める。

 これは、クリスの身を護る為の副作用のようなものだ。

 レヴァの言う通り、今のクリスは余程のことでも無い限り、誰かに傷つけられて死ぬことなど無いだろう。

 後は自分が頑張る番。


「聞いていないわ、あんなこと!」

「それはそうだが……仕方ないだろう」


 自分達のことで争う夫婦の声を別室で聞きながら、せめて捨てられないようにとローズは思う。

 クリスがどんなに力が強くあろうとも、生活が保てなければ生きようが無いのだから。

 まだ自分達だけで生きる術を持たないローズは、受け入れてくれた夫婦の精神をすり減らしてでもその場所に居続ける。

 相手に悪いと思えば、本当は自らこの家を出るべきだったのだろうが、ローズはそれよりも図々しくここに居座り続ける道を選んだだけ。

 夫婦に限界が来て、遂には追い出されてしまうあの日まで。




「お父さんはちょっと用事があるから、ここで大人しく待っているんだよ」


 普段住んでいる家は森の中でも比較的東に位置していたが、その晩はそれよりも西、森の奥深くに連れて来られて、そう告げられる。

 癇癪を起こしてしまう義母とは違い、義父は別れの時、少しだけ悲しそうな表情を見せた。


 分かっています、貴方は奥さんの心を護りたいのだと。

 だから捨てられても大丈夫、今までありがとうございました。


 義父の芝居を壊してしまう為言えなかったが、去るその背中を見送りながら視線だけにでも想いを込める。

 ローズは彼らを恨んだことなど一度も無い。

 むしろ悪いのは自分だと思っていた。

 あの時、あの方法しか無かったからこうなってしまった……きっとクリスが普通の体だったなら大丈夫だったはずだ。

 自分がもっと強かったらレヴァと二人で、クリスを巻き込むことなくあの連中を撃退出来たかも知れない。


 幸い、捨てられた晩は月明かりがさしていて、夜の森でもかろうじて足元が見える。

 不安げな妹を連れて、また住まいを探すことになったけれど大丈夫、これは初めてではない。

 昔は使い道もよく分からなかった白い翼も、こういう時は役に立つ。

 妹を抱いて飛ぶ腕力は無いものの、空から見渡して街の方角を確認した。


「あっちか……」


 上空から見た夜の森は、深く静かに暗い千歳緑。

 緑褐色の森の先には月に照らされ冴えた紫味の掛かった紺青色の空がどこまでも広がっている。

 熱気で乾いた地平に抜けたなら、森よりは安全に眠ることが出来るだろうか。

 一先ずの目的は森を抜けること。

 まだうまく飛べないクリスも、今度はきちんと歩いてくれるくらいには成長していた。

 そして、街に辿り着く前に軒を借りようとした獣人の老夫婦に拾って貰うことが出来、一旦は平穏な月日が流れる。

 クリスは穏やかな老夫婦によく懐いていたので、泣いてしまうこともあまり無い。


 でもやはり幸せは長く続かなかった。

 やがて老夫婦の体調の都合でムスペルにある教会へと預けられたが、そこでクリスは他の孤児達と折り合いが合わなかったのだ。

 ローズが甘やかし過ぎていたのかも知れない。

 クリスは泣く度にまた変化してしまい、その姿を晒し、深まる周囲との溝。

 それでもローズがどうにか取り持っていたのに、彼女には、彼女だけに……引き取り手が見つかってしまう。


 妹と引き離された時にローズは心から思った。

 世の中に救う神などはいない、だから自分が動かねば、と。

 悴せる空気を震わせる祈りなど、ローズの口から洩れることは無い。

 自分が自分の手で掴むだけのものを誰に任せられるのか。

 養子に引き取られた先は、一見温和な初老の富豪の下。

 王都に近い街であるフィルでも多少名の売れていた豪商だった、ローズの新しい義父は、唯一の家族となったローズをとても可愛がる。

 何でも欲しい物は与えられ、それらが続くようにとローズは義父を頑張って慕った。

 逆らうことなどしなかったし、むしろ自ら偽りの愛情を注いでやる。

 すると最初の頃は全く貰えなかった自由もきくようになってゆく。

 いつかはここを出るだけなのだからそれまでにやるべきことをやっておこうという底意を抱きつつ、ローズが求めたのは学ぶということ。

 教師をつけて貰ったり、図書館に出入りしたり、興味が沸いたと言ってチェンジリングに関する内容が書いてあるようなダーナの術書を取り寄せて貰ったり。

 クリスと引き離されたことは不幸だったかも知れないが、その不幸もこうやってプラスに転換出来るくらいの環境ではあった。

 妹とずっと一緒に居るだけでは、このようにチェンジリングについて調べるのは少し骨が折れることだろう。

 そして、その合間にローズは自分達を襲った連中のことも調べていた。


「どうしたんだね、浮かない顔をして」


 識り得た事実に表情が曇っていたようで、様子を見に来た義父からローズはそんな風に尋ねられてしまう。

 秘密裏に手に入れた後ろ暗い資料はすぐに閉じ、不自然にならない程度に困ったような笑顔を作ってから、傍に来た義父へと笑いかけた。


「いいえお父様、歴史はやはり私には少し難しいようで」


 もうどこかへ嫁がされてもおかしくないくらいの年になったローズは、頬を滑る乾いた指の意味を分かった上で何食わぬ顔をしたまま答える。

 与えられた代価を払っていると思えば何てことは無い。

 それよりも彼女の胸を刺すのは資料にある事実だ。

 ……幼い頃に見たあの金髪の少年が引き連れていた連中は、おそらくこの大陸を統べる国の雇うもの。

 となると、敵はとてつもなく強大。

 あの時は見逃されたとはいえ、少年はローズ達姉妹を捕らえておきたいかのような言い草だった。

 何十年も捕らえ続けた先で自分達に何を求めているのかローズには定かでは無いが、良いものだとは思えない。

 ならば、やることは唯一つ。

 レヴァを以って、その企みを城ごと燃やし尽くしてやればいいだけ。

 首筋に這う熱を帯びた唇へ適当に反応してやりながら、瞼を閉じたローズの瞳に映るのはどこまでも広がる金赤の光景だった。




 そんな囲われる日々もそろそろ得る物が無くなって来た頃、どうやって逃げてやろうかと模索していたローズに思わぬ転機が訪れる。

 老い先短い義父は病を患っていたらしく、死を間際にして選んだのは、娘をも連れて逝くという身勝手な道。

 内心は勝手に死ねというところだが、無理やり殺そうとするのではなくナイフ片手に「一緒に死んでくれ」と震え懇願する様を見て、ローズはむしろ憐れになった。

 その願いを受け止めて貰えるかも知れない、と思わせるほどローズはうまく演じられていて、だからこそ義父にここまでさせるほど愛させ過ぎてしまったのだろう。


「お父様が手を汚さずとも大丈夫です」


 それでは無理心中のようになる、とローズが提案したのは投身自殺。

 義父はローズが飛べることなど知る由も無い。

 紛い物でしか無い愛の言葉を紡ぎ、最後までうまく騙そうとしたローズだったが……飛び降りた後のほんの一瞬だけは大きな嘘がばれてしまった。

 落ちてゆく彼の大きく見開かれた目に、ローズの姿はどう見えていたのか。

 風を纏う純白の翼を広げて、義父の最期の姿を見下ろしながら彼女は心から出た言葉を呟く。


「やりすぎには、気をつけないと」


 長い間寄り添った相手の死に、何の感情も芽生えてこない。

 ただこの結末だけを頭の隅に置いて、いわゆる……反省というものをローズはした。

 そもそも彼はローズの幸せではなく自分の独占欲を優先してこのような行動に奔ったのだから、そんな男に対して何の感傷を抱けばいいのかむしろローズが聞きたいくらいだ。

 投身自殺の場所に選んだカンドラ山脈は木々茂る山で、遺体の発見も遅くなると思われる。

 生まれ育った地とはまた違った色の豊かな森が、ローズの初めて殺した人の墓。

 思ったほど心に圧し掛かってこないのは何故だろう。

 それこそが警鐘だったのに、ローズは鳴り響く鐘の音に気付けないでいた。




 主の居なくなった屋敷は混乱が生じ、あくまで現時点では行方不明。

 まず疑われるべきは、彼が居なくなってしまった場合の相続人となるローズ。

 とはいえ、近いうちに死ぬであろう人物にわざわざ手を下すというのも違和感の残る動機であるからして、完全には晴れない疑いもそこまで強くは無い。

 けれどそれならそれで手に余る金銭の行方に、ローズの周囲が躍起になる。

 こんなことをしている場合では無いのにこの街は……関わる人間が多すぎた。

 あまり長い時間はかけられない。

 調べたところチェンジリングは本来は『取り替えるもの』で、決してただ埋め込むだけの術では無いのだ。

 あの時レヴァを隠す代わりにクリスから何かを取り除いているはずで、それがどう影響を及ぼすのかローズには想像がつかないのである。

 ローズの懸念通り、事実クリスはそれによって成長を阻害され、チェンジリングが掛かっている間はレヴァ以上の体格になることは無かった。

 更に、その力も精霊に寄るように成長していた。

 具体的な影響は現時点では分からずとも、元に戻してやらないことにはクリスは本来の自分には戻れない、とローズは考える。

 そう、少なくともあの黒い翼は妹の物では無いのだから。


 チェンジリングの解除に必要な品を揃える為に、ローズは相続の大半を放棄し、相続放棄によって利益を得た団体から最低限の旅立ちの資金だけを譲り受けて、フィルを出る。

 ただここからはローズの想像以上に困難な道程だった。

 何しろ、その必要な品自体がどうも現在では骨董品に近い扱いを受けていたのだ。

 歴史的価値も高く、富豪が収集しているか、博物館に展示されているレベルの物。

 自由を得る為に相続を放棄したことを、すぐに後悔することとなった。

 一つ一つに長い期間をかけて所在を探り当ててもローズが手に入れるには盗むしか無く、何度か盗みを働くうちに些細ではあるが賞金をかけられてしまう。

 ローズにとって逃走経路は空なので盗むことさえ出来たなら後は楽だったが、あまりに厳重な警備では盗むまでが難しい。

 折角盗んでみても偽物だったこともあったり、空振りの度に頭を悩ませる。

 そして、そのうちの一つは「これこそ一番の難関であろう」というくらいの場所に存在していた。


「城内のどこにあるかだけでも目星をつけておかないと……」


 なるべく目立たないようにキャスケットや眼鏡の装飾品が欠かせなくなっていたローズは、宿の室内にも関わらず深く被っていた帽子を少しだけ上げて資料に目を通す。

 見た目は黄金と琥珀のネックレス。

 ブリーシンガと呼ばれるその品は、ローズが生まれるよりも前、エルヴァンに納められた物らしい。

 普通に考えたならそのまま宝物庫に忍び込めば良いだけなのだが、一度王妃が公の場で身に着けていたという情報もあり、所在が絞れなかった。

 城の見取り図を見ながら、宝物庫は流石に忍び込める気がしなかったのでもう片方の所在に賭けてみることにする。


 こんなに早く国そのものを相手取ることになろうとは思ってもいなかったローズがこの時感じていたのは「嬉しい」という感情。

 兵の一人でも打ちのめすことが出来たならと、想像するだけで胸が躍るのが分かった。

 今までは盗みを働くにしても奪うことを優先し、最低限の相手しか傷つけてこなかったものの、今回だけは散々荒らしてやろうと……本来の目的とは違うことを、抑え切れない感情がローズにそれをさせようとしているのだ。


 月明かりさえも射し込まない窓の無い部屋で、手元の光源宝石だけに顔を照らさせる。

 笑顔を。

 久しぶりに感じた喜びは歪んでいたけれど、それでもローズにとっては生きる糧に違いなかった。


「会いたいなぁ……」


 今や迷惑が掛かってしまうので一目見ることすら憚られる、ローズの幸せと喜びの源。

 損得では勘定出来ない絆がそこにはある。

 また今日も泣いていないだろうか、いや、きっと泣いているだろう。

 他人は駄目だ、すぐに妹を泣かせる。

 いつか全ての邪魔者を排除して二人で暮らせる日を夢見るローズは、そうでなければ幸せなど得られない、と考えるほど他人を害ある存在と見做していた。

 引き取られた先でそうなってしまったのか、それとももっと以前、両親と暮らしたあの家を追われた日から既にそうだったのか。

 どちらにしても彼女の心にはもう妹しか存在していなかった。

 情報を得る為、時には親しい者を作ることはあるが、フィルでの義父のように仮初の関係でしか無い。

 云わば、道具。

 他人など今座っている椅子と同じである。

 使い勝手が悪ければ……捨てるだけ。

元小説からの四コマ転載です。2012年1月の絵だよ!

クリスの見た目がエピローグ前のものになっていますがご了承ください。


挿絵(By みてみん)

ローズ「ざまあ」


挿絵(By みてみん)

クリスはエリオットと共に地獄に堕ちようとしていましたしね!

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