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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
プロローグ
136/138

青い薔薇の軌跡 ~a phantom chief~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)


 ――彼の者は、今や神と崇めるに等しい存在だが、初めはただの王であった。

 今の我等と同じように大樹の下で暮らし、過ごす。

 しかしその王は創世より存在する、人ならず者。

 遠い、遠い昔には、その「人と呼べぬ」人智を超える力を持つ者が複数居た。

 故に彼の者は神ではなく、あくまでただの王でしか無かったのだ。

 王は、今で言うならば暴君に相応しい所業を繰り返す。

 自分以外の、自分と同じ力を持つ者を根絶やしにし、彼らを材料として新たな世界を構築した。

 逆らえる者は居なくなり、その世界で己よりも下等な生物だけを育む――


「どうでもいいよ、もう」


 いつもそんな話を聞かされ、ローズは自分によく似た母の顔を疎ましげに睨んだ。

 水縹の髪と瞳、色白の肌。

 短めのローズの髪と違い、母親の髪はとても長く、うなじで結ってある。

 きっと自分も大きくなったら母の様になるのだろう、と父から聞かされ、少女もそのつもりで居たその頃。


 ローズは昔から、物事に興味の薄い子供だった。

 単に興味が出るような楽しい物に囲まれていなかっただけともいうが、末路の無い、未だに続くという御伽噺を聞かされて、仕舞いには飽きて打ち切る。

 両親はその御伽噺を繰り返す割には結論を言わない。

 子供に聞かせるにはあまりに分かり難い、むかしむかしの出来事。

 もっとためになる物語は沢山あるはずなのに、聞かされるのはいつもその話。


「そう、ね」


 真意の汲めない両親の肯定の返事は「そうね」という割には否定のような印象を受けるので、後で自分の部屋に戻ってから剣の中で聞いているであろう真紅の精霊に同意を求めて声を掛ける少女。


「そう思うよね、レヴァ?」

『私も貴方に同意します』

「ねー」


 こちらは心からの肯定。

 その返答にローズは満足げに頷き、赤い剣を見つめた。

 その刀身は鈍く紅く、決して輝きを映すことは無い血の色。

 物心ついた頃から傍にはこの精霊が居て、レヴァだけが話相手。

 いつも何かに怯える両親は理由を娘には言わず、ただ護身にいつもこの剣を持たせていた。

 振るわずとも願えば護ってくれるから、とその言葉に違わぬような力強い精霊の存在が、ローズの心の拠り所。


「あのお話、皆悪い人なんだもん」


 ……どうでもいい話の続き。

 彼の者に一人抗う女が居た。

 王に限りなく近い力を持つ我等の母。

 受胎ではなく、王の様に血肉から創造するその力で母神となり、自らを犠牲に王の国を壊してゆく。

 先を見通し、初源の大樹を護る為に。


 一聞するとその母なる女神がいいことをしているように聞こえるが、既に創られた命を滅ぼそうとするのは、子供心にとても怖いことだと思った。

 他人の命で都合の良い国を創り上げてゆく神も、それを壊す女神も。

 英雄の居ない物語は、楽しく聞ける話では無い。


『そう思えるということは貴方はご両親の言わんとすることを既に理解していると同意です。誇りに思って良いでしょう、我が主』

「よくわかんないけど、褒めて貰ってる?」

『えぇ』


 隠れ住むようにひっそりと、王都よりもずっと南の深く湿った森奥に建てられた小さな家が、その頃のローズの箱庭(せかい)

 鬱蒼と茂った大きな葉に覆われ、隙間から差し込む光は小さくも強い。

 日に焼けても赤くなるばかりのローズの肌はこの地に合わないことを示しており、あまり外に出るのは好きではなかった。

 全てを両親任せにして、ただ生きるだけの日々。

 でもその環境に何の疑問も持ちはしない。

 よく分からないことを言うことがあるものの、両親も精霊も、ローズは大好きだったから。




 やがてローズの母のお腹が大きくなり、気付くと家族が増えていた。

 クリスティナと名付けられた、妹というものらしい、新しい家族。

 父親はその子が女児であることに随分落胆していたが、初めて見る小さな命はローズにとって大いに価値観を変える存在となる。


「可愛いね!」


 見ているだけで楽しい、飽きない、面白い。

 でもちょっとうるさい。


「お姉ちゃんになったんだから、頑張るのよ」

「うん!」


 食べたくなるような笑顔が眩しく可愛らしい、妹。

 自分はお姉ちゃん、この子の……お姉ちゃん。

 ローズは嫌いだった外にも出るようになり、両親の手伝いに精を出す。

 生きることにも張りが出て、そんな姉妹を見ながら、いつもどこか物憂げな両親にも若干だったが笑顔が増えた。

 ローズの妹は、ただ生まれただけでこの家族に更なる幸せを運んできたのだ。

 いや、命が生まれるということがそういうものなのだろう。


 まだ何も知らないローズは純粋にその幸せを噛み締める。

 とても、とても儚い幸せの刻を。

 妹が二歳くらいの頃、それを破ったのはローズの知らない者達だった。


「分かっているわね。クリスを連れて、教えた通りに逃げるのよ」


 父が深夜、来客の対応をしている最中に母がローズに言う。

 何かに怯えていた両親は、その何か……もしもの時のため、ローズに逃げる先もきちんと教え込んでいた。

 つまりは今が非常事態だと告げている母の背後に小さく見えるのは、ローズよりも少し年上くらいの、フードを被った金髪の少年。


「アレを渡せばいずれ来る日までの保障はしよう、と言っているのに、どうして君達はそれを拒む。架せられた使命をも捨てたのならば不必要な物だろうに」

「人が武器を手放せない訳を考えてみるといい、ミスラ。『彼』に固執する貴様自身、それを体現しているではないか」


 難しいことを言っている客人に強めのトーンで言い返す父親。

 最終的に交渉は決裂したのだろう。

 何をされたわけでも無いのにローズの父は床に膝をついてしまった。

 彼の自由を奪ったのは暗器。

 その瞬間ローズの足は動き出し、寝惚けた妹を連れて逃げる。

 最後に見たものは、黒一色の装束に身を包んだ何人もの「誰か」が襲ってくる様。

 両親が死んだのかどうかも分からない。

 ただその少年と黒装束の連中は間違いなく敵で、ローズは何があろうとも妹を護らなくてはいけないと、それだけは強く決めていた。

 しかし逃げ切るにも子供の足では追いつかれるのも時間の問題で、大人が通るにはやや困難な小さい抜け道を抜けた後、妙に静かになった背後が逆に恐怖を誘う。


「レヴァ、あの人達、何だったのかな」


 確か会話の中では、父に何かを渡せと要求していたはずだ。

 一体何を求めていたのか。

 もしそれが家の中で見つかったなら追っては来ないかも知れない。

 そう思ったが、深緋の精霊がわざわざ具現化して、ローズにその希望を捨てさせる。


「追って来ると思います。彼らは私を手中に収めたいのでしょうから」

「レヴァ、を?」

「ローズ、ご両親の御伽噺を覚えていますね。あの物語は全て事実なのです」


 具現化時の風圧も落ち着き、紅く長い髪がゆったりとレヴァの背に沈んだ。

 深く暗い森の中で、血の色の精霊は突拍子も無いことを言い出して主人に向き直る。


「王の国を壊す為に創造されたのが私達。その中でも私は異質であり、彼らの一番の脅威と為り得る……と言えば分かりますか?」

「あの人達はレヴァが怖いんだ」

「その通りです」


 氷のように透き通った瞳を緩ませ、レヴァがローズの頭を撫でた。

 そして眠くてぐずり始めたクリスを見て言う。


「しかし、あの人数相手に貴方の腕では全てを護りきれないでしょう。相打ちならばいくらでも出来ますが……」

「それだとクリスは?」

「巻き込まない保証は出来ません」


 レヴァの力はローズも知っていた。

 全てを焼失させてしまう不思議な力。

 狙ったものだけを焼失させようとしても何故かうまくいかない、思った通りに使いこなせない、ローズにはまだ早い、大きすぎる力。

 レヴァの力を借りて立ち向かっても活路は開けないが、追ってくるのであればこのまま妹を連れて逃げ切るのは難しいだろう。


「ふぇ……」


 悩んで焦って、それでも目的地まで足を動かしている中、遂にクリスは声を上げ始めた。

 歩けはするがまだおぼつかない、お喋りにおいてはまだ自己主張をする程度でしかない幼さの妹は、状況など関係無しに座りたい眠りたいと姉に我儘を訴える。

 ローズだって泣きたかった。

 でもどうしたらいいか分からなくて、ただ頑張って歩こうと言い聞かせることしか出来ない。

 いきなり背負わされた重荷に視界が歪むけれど、それでも手放したくない大事な存在の手を、必死に引く。


「貴方は……何を求めるのです」


 ふと、透き通った高めの声が強く響いた。

 レヴァだ。

 精霊は、あの時クリスに問いかけたことを、同じように昔、ローズにも問いかけていた。


「何を、って……」

「勿論逃げたいのは分かります。では何が一番大事ですか? 今の状況では何かを失わなくては逃げ切れないでしょう。貴方の返答次第で私はそれだけでも護りましょう。他の何かを、捨てて傷つけて」


 残酷な問いだ。

 けれどその時のローズには、その言葉の深い意味を考える頭も余裕も無かった。


「お姉ちゃんは妹が一番大事なんだよ。決まってる」


 素直にそう答えると、レヴァは薄暗い月明かりの下で微笑んだ。

 その微笑みが何を意味するのか分からないが、レヴァは森の辺り一面を一瞬にして火の海に変えてしまう。


「な、何?」


 だがその炎はすぐに消え、残ったのは焼け焦げた部分が織り成す円陣形の模様。


「これからあの連中に私を奪われない為に、クリスの中に隠す魔術を行って貰います。貴方の腕ではこれが精一杯であり、最善でしょう」

「それだと、クリスが狙われたりはしない、の?」

「私の在り処が悟られないように隠すので問題ありません。貴方達の最終的な切り札は私になりますから、申し訳ありませんが私を奪われないことが貴方達を護ることになりましょう。そして、私がクリスの中に居るのならば、クリスが死ぬことは余程でも無い限り、有り得なくなります」


 淡々と話す精霊の言葉は半分しか理解出来ていないけれど、現時点ではその言葉に賭けるしか道は残されていない。

 何となくだがレヴァがクリスを護ってくれるのだ、と解釈したローズは黙って頷いてその円形の魔術陣の中にクリスを引っ張って中央に立った。


「どうすればいい?」

「私は再び剣に戻り、術を施しやすいように自身の意志や思考を遮断させて貰います。その後の手順はこれから教えましょう。そして……時が来たらまた、この術を解除してください。でないと私が貴方の元に戻れない」

「解除はどうやって?」

「今から施すのはダーナに伝わる術式でチェンジリングの応用になります。解除にいくつかの道具が必要になるはずですので今は術式名だけ覚えておいてくれればいいでしょう。覚えきれないでしょうから」


 ダーナ、チェンジリング、最低限の必要な単語だけを残してレヴァは術の手順を簡潔に説明していく。

 寝惚けてまだぐずっているクリスとローズを置いて、精霊の姿は剣に重なり消え、それが最後に見た紅き精霊の姿。

 うとうとしているクリスに歩くのをやめさせるのは容易なことだった。

 大人しく陣の中央でこてんと寝てしまった妹にチェンジリングとやらを施すのは割とあっさりと行うことが出来、そして物心ついた頃からずっと傍に居た精霊は……本当に気配すらも感じられなくなってしまう。

 残ったのは、小さな妹だけ。

 あの黒尽くめの連中と金髪の少年がレヴァを狙っていたのならば、剣も持たぬローズ達からは一目で何を奪うことも出来ないことが分かるだろう。

 どうせ追いつかれるのは時間の問題だ、一旦この陣から離れたところで休んでも問題無いだろうか。

 正直な話、ローズはもう歩けない。

 なるべく魔術の痕跡が分からなくなるように土や砂利をかけてから、妹を抱えて大きな木の洞に避難する。

 いつもと何も違わない夜空なのに、こんなに違う気がするのはきっと、必ず隣に居たレヴァが居ないから。

 でも、居ないわけではない。

 大好きなものが二つで一つになってしまっただけ。

 そしてそれはいつか元に戻せるのだ。

 ずっと気を張っていたこともあり、何も悩まずにすやすやと寝ている妹の顔を見ていたらローズも寝てしまう。

 そんな虚ろな意識の中で、誰かの声だけが聞こえていた。


「……どう致しますか」

「なるべくなら捕えておきたいところだが、理由も無く幼子を何十年も牢に捕らえておけるような無理がきく城では無いからね。一旦置こう」


 少年の声は、確かに城という単語を紡ぐ。

 目を覚ました時は目の前に誰も居なかったが、夢現の中で聞いたものはきっと現実だろうとローズは思った。

 見逃して貰えたと同時にあの連中の手がかりも残る。

 どこの城かは分からないが、城絡みだったということだ。

 レヴァが言う『王の国』が具体的に示すものは、ローズの中ではこの時から、自分達を襲った連中の国となる。

 民族単位の小国なのか、それとも大陸を束ねる大国なのか、この時点では分からないにしろ……いつかレヴァを元に戻した時にローズが自分の運命に従い壊すものは、それ。


 物語の中、どうでも良いはずだった神と女神の争いの調べは、別の形でローズの中に強く根付いて奏でられる。

 大樹も何も無い、ただ、壊すべきものとして。

 レヴァが言うようにあの物語が全て事実だったのだとしたら、現実には英雄など居ないのだ。

 楽しく聞けるような物語はあくまで作り物でしか無い。

 互いに憎み鬩ぎ合う、完全なる善人など現実には存在しない。


 クリスが起きるまでの間、先に目覚めてしまったローズに宿ったのは、冷たい憎悪と復讐心。

 でも、そんなローズが留まって来られたのは他でもない妹の存在があったから。

 まずは大切なものを護らなくては話にならない。

 その為に彼女は、最初の目的地へと向けて朝日に顔を上げた。

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