「どう見たって、多すぎるだろ……」
今、置かれている自分たちの状況に少年は軽く舌打ちをした。
敵は昆虫系の中型モンスター。ハチのような体に、アンバランスに生えている紫色の大きなツノ。おそらくツノには毒でも入っているだろう。
しかも、小隊で行動しているのか十匹超となかなか数も多く、おまけに場所は森の中で、地形的に足場も悪い。
格下ながらも要注意するに越したことはなかった。
「だったら風魔術でも使って、敵を一掃させる? 風通しの悪い森だから威力は落ちるけど、どうせ目的の村まで遠くないし、ここで一気に体力を使っても大丈夫でしょ?」
少年と一緒に肩を並べていたパートナーの少女が、そのまま後ろへ下がっていく。
魔術にはある程度の詠唱時間が必要だし、詠唱中は術者にも隙が生じてしまう。ある程度の距離まで後退した少女は、右手を左の小指に装着していた碧色の指輪に乗せた。
「私の術も全滅させるほどの威力は持っていない。だから、残ったザコはサクが始末してね」
「ああ、それでいいよキャッツ」
サクと呼ばれた少年は収めていたシャープソードを外に出して、前傾姿勢のスタイルで剣を構える。
サクの剣は、この世界ではもっとも一般的な片手用の両刃長剣だ。威力も申し分ないし、細身で体の強くない彼でも十分に持てる重量である。
虫型モンスターはサクの動きを警戒してか、先制攻撃をせずに周囲を旋回している。……これならキャッツの魔術も間に合うな。と、サクは心の中で確信した。
飛行型モンスターに剣や弓を使っての地上戦は圧倒的に不利だが、キャッツの援護さえあれば、地上だろうが隙はいつでも見出せる。
――それにサクもキャッツも、国内でも有数の私営ギルドのメンバーだ。いくら数で負けていようが、敵を倒せる自信はサクにはあった。
「いくよ――サク!」
キャッツの合図で、サクは敵に向かって一気に駆けていく。
虫型モンスターもそれを見て、上空へ飛翔する。
おそらく持ち前の飛行でサクの攻撃を回避して、その後に一斉攻撃をする――という算段だったのだろう。
しかし、モンスターの群れが剣の届かない上空に到着した瞬間――キャッツの金髪が大きく揺れた。
「切り裂け! エアスラッシュ!」
キャッツが右手で空気を下から上へ斬り上げると、まるで腕から刃物が出てきたように風の刃が発生する。ブーメランのような軌道を描きながら、それは上空で旋回している虫の群れに襲いかかっていった。
所詮、低級の飛行モンスターに風を上回る羽は持っていない。
風の刃は半分以上の虫モンスターの胴体を無慈悲に真っ二つにして、かろうじて回避したモンスターにも風圧で大ダメージを与えていく。
それは風通しの悪い土地という悪条件を無視しても、キャッツの実力を物語るものだった。キャッツの風魔術で陣形を完全に崩された虫モンスターは、そのまま低空飛行を余儀なくされる。
そこからサクの出番だった。
「一発喰らっておけ!」
相手の反撃する時間すら与えず、サクは射程距離内に入ってきた虫モンスターを一撃で切り裂いた。紫色の気味悪い体液が剣や体にこびりつくが、気にしている猶予はない。
キャッツの援護もそれで十分だった。
サクは残ったモンスターも斬撃で次々と仕留めていき、一息ついた頃には全ての虫モンスターが地面で事切れていた。
「あらあら。気色悪い体液が体中にべっとり付いているじゃないの。後ろで攻撃しておいて良かった、良かった」
「うるさいぞキャッツ。宿に着いたら俺が先に風呂に入るぞ。ハイ――それで決まりだな」
サクは口元をつり上げた微笑を、パートナーのキャッツに送った。
※
少年サクが私営ギルド“リーブル”に入ったのは、つい半年前のことだった。
“リーブル”は私営ギルドの中でもトップクラスの実力を誇る強豪であり、そのほとんどがこの国でも名の通っているメンバーで構成されている。
ましてや、サクやキャッツのような十代の年齢で“リーブル”に所属しているメンバーは両手の指で収まるくらいに少なく、十七歳で入会が認められたサクに対する周囲のインパクトも多大であったに違いない。
そんなサクが“リーブル”に入会できた大きな理由として、サクの師匠――この国で最強と称される四大魔術師エリースの推薦があったからだ。
十二年前の隣国の戦争で、たった一人で何百人の敵の魔術師を倒したという武勇伝を残し、戦乱終結後にそのまま郊外の地へ身を隠してしまったという生きた伝説。
そのエリースが久しぶりに公に姿を現したのが、つい半年前のこと。――そのエリースと一緒に同行していたのが、たった一人の弟子であるサクだった。
……さて、そんなサクとキャッツが今回ギルドの任務としてやってきたのが、国の南西部に位置する森林地帯だった。
「なあ、キャッツ。今回は任務ってどんな内容なんだ?」
「えーと。もうすぐ到着するバロー村の近くに、最近になって出没したモンスターの討伐任務だけど、なんでも近くを通りかかった旅人や村人を次から次へと食い殺していく凶暴モンスターらしいのよ」
「うわ……。ひでぇな……」
「今回ギルドに依頼してきたのが、バロー村の村長さん。その前にも村の有志を集めてそのモンスターの討伐に行ったんだけど、結局誰も帰ってこなかったから、その白羽の矢がギルドに立ってしまったわけ」
「なるほど。さっきの虫モンスターとは別次元の相手ってわけか」
サクは収めている剣を右手で強く握って、憤怒の態度をあらわした。
「へっ。そいつは多くの人を殺したんだ。必ず同じ目に遭わせてやるさ……」
実力的にトップクラスのギルドであれば、報酬金も高額になる代わりに危険度の高い任務も多く舞い上がってくる。
まだギルドに入って半年しか経っていないサクでも、その間に多くの死をこの目で経験してきたのだ。
「キャッツ、早く村に行こうぜ」
「何焦ってるの。ここで体力を無駄に消耗したら、今後の戦闘にも影響するでしょ」
「でも……」
「どうせ、この間にも殺されている人がいるかもしれないって言うんでしょ? ――ホント。サクの心配過剰の悪癖には困ったものね」
特にサクは、人の死に敏感な性格をしていた。
それは数ヶ月間任務を共にしているキャッツの悩みの種でもあり、サクの自分勝手な行動で任務が大失敗したときなんか、思わず本気で殴ってしまったこともある。
しかし、普段のサクは真面目でおおらかな性格をしているので、決してキャッツはサクが嫌いな訳ではないのだが……。
「そういえばサク。この前の約束、覚えてる?」
「約束?」
キャッツは口元をつりあげて、不敵な笑みを浮かべた。
「もし、今回の任務で自分勝手な行動を起こしたら、一週間私の言うことを聞かなくっちゃいけないこと。――つまりパシリ。それくらい覚えてるよね?」
「そっ、そりゃもちろん……」
サクは棒読みで答えて、こくりとうなずいた。
※
やがて緑が生い茂る森林地帯を抜けた二人は、目的地であるバロー村へ到着した。しかし、村の広場の商店はほとんどが閉められ、妙に閑散した印象である。
サクはそんな閉塞感に胸が苦しくなりそうだった。
「やっぱりモンスター事件の影響でもあるのかな? やけに人通りが少ないな……」
「うん。私もこの光景はあんまり好きじゃないね」
舗装されている平坦な市街道を歩きながら、サクの言葉にキャッツが賛同した。
このバロー村は森林を切り開いて開拓させた村であり、旅人の間では『森の中の安息地』として重宝されている村である。
森に隣接している土地を利用してか、森から採れる大量のフルーツや薬草が多く出回っており、それが村をここまでに発展させたらしい。
しかし、昨今のモンスター騒動の影響で、今は村を訪れる旅人がぐんと減っているのは、この光景から言うまでもなかった。
「全く……。周りの家も殻に閉じこもるように、ほとんど閉め切っているね。このへんの家は質の良い木材でできているのに、これじゃ興醒めだわ」
キャッツのぼやきにサクは何も言い返さなかった。
確かにこの周辺は上質な木が多いので、それで作られた木造建築もこの村の名物であるが――違う。
サクがなにも言い返さなかったのは、この村の家々にある“懐かしさ”を感じていたからだ。
……そう。この木。この匂い。
まるで一年前まで住んでいたサクの家と同じような――。
「あっ。ほらサク。あの大きな家が、任務の依頼人である村長の家のようだね。もう夜も近いし、早く行きましょうか」
「あっ……。ああ」
哀愁の感情をひとまず投げ捨てて、サクはキャッツの後ろを付いていった。
「うーん。やっぱりふかふかのベットは気持ちいいー。さすが村長さん。これくらいのベットは最低限おもてなさなくっちゃ困るよ」
キャッツは来客用ベットに、猫のようにして転がり込んだ。
村長からモンスターについて細かい説明を聞いていたら、いつの間にか夜になってしまったので、今日は村長の家で一泊させてもらい、サクとキャッツは引き続き明日から討伐任務に出ることになった。
バロー村の村長は三十代後半くらいのまだまだ若年の男性で、一人娘のチェリーと一緒に暮らしている父子家庭だった。
「来客用の部屋はこれ一つしかないので、申し訳ありません。それでは、私も部屋に戻らせていただきますね」
「ありがとうチェリーさん。お休みなさい」
「ふふ。明日はよろしくお願いします」
赤髪のポニーテール姿のチェリーは、軽くお辞儀をして部屋を出ていった。
すでに二人とも入浴は済ませている。Tシャツに半ズボンと就寝用の軽装になってベットで暴れているキャッツに、サクは少し呆れながら荷物をソファーに置いた。
「さすがに女をソファーに寝かせる性格は持ってないから、今日はキャッツがベットを使いな。俺はこのソファーで寝ることにするから」
「へーっ。本音は、私と一緒に同じベットで寝たかったんじゃないの?」
「……冗談はそれぐらいにしとけ」
……とはいえ、サクは少しだけ本気になってしまったことは否定できなかった。サクも男だ。それにキャッツの持つ華麗な容姿があっては、たとえサクでも頬を赤くせずには得ないだろう。
腰まで伸びたストレートの金髪。目はやや大きめの空色。小柄の体にしては胸が大きく、造形の神様は体比率というものを完全に間違えているようだ。
もちろんギルドでも彼女の人気は高く、サクのパートナーに決定したときは、サク自身どれくらい周りから羨望の眼差しを受けてしまったか……。
サクはそんな苦い思い出にため息をついている間、例のキャッツがどうしたことかソファーに近づいてきた。
「ねえ、サク。一つだけ聞きたいことがあるんだけど」
「どうした?」
その目には、若干の好奇心が込められているようだった。
「サクの師匠、エリースさんってどんな人?」
「……その質問、多分キャッツで八十人目くらいだよ」
「だってエリースさんって、この国では誰も知っている英雄だよ? その人がいきなりサクと一緒にギルドに入ったんだから、聞かないわけないじゃん。――こんな平メンバーの私が軽々しくエリースさんと話せるわけないし」
唇をつんと吊り上げるキャッツ。
半年前、サクの師匠エリースが弟子のサクと一緒に“リーブル”に入ったニュースは、瞬く間に国一帯に広がった。
その影響でギルドの依頼数も倍近く膨れあがり、もうすぐ開かれる入会試験の倍率も十倍以上の激戦になるいう噂も出ているほど。
それほどエリースの入会は、ギルドにとって衝撃的だったのだ。
「それに、サクがなんでエリースさんの弟子になったのかも気になるのよ。……見た感じサクは高位の貴族でもなさそうだし、今まで誰も弟子をとらずに隠居生活していたエリースさんがいきなりあなたを連れてきたんだから、余計気になっちゃうわよ」
「………」
「ねえ。誰にも言わないから、こっそり私だけに教えてよ。サクはどこの村からやってきたの? それにどうやってエリースさんの弟子になったの?」
サクはほんの一瞬、身震いをした。
キャッツに限らず、サクは同じような質問を仲間から幾度も受けたことがある。しかし、その全てにサクは曖昧な返事をして、口を固く閉ざしてきたのだ。
「……別に、キャッツに隠している秘密なんてないし」
それは数ヶ月間、パートナーとしてやってきたキャッツにも同じだった。
「ウソだね。――もし答えてくれたら、今夜は一緒に寝てあげるとしても言えない?」
「だから何もないって言ってるだろ!」
サクは思い切り吠えて、キャッツをにらみつけた。
明らかな「否定」と「拒絶」が含まれたサクの返事に、キャッツの機嫌もたちまち悪くなる。
「もちろん一緒に寝るというのは冗談だよ、じょーだん。――なに、声を張っているのよバカ」
キャッツはあっかんべーと舌を出しながら、ベットの中に戻ってしまった。
サクもそろそろ寝ようかなと思い、部屋のランプの光をゆっくりと消していく。
部屋の隅を見るとベットは山状に盛り上がって、規則正しい上下運動を繰り返したまま動こうとしない。どうやらすでに眠ってしまったようだ。
サクはそれを眺めながら、パートナーに向かって「ごめん」とつぶやいた。
――そう。たとえ今の真実をキャッツに言おうとも、彼女は絶対信じてくれやしない。そう思いながらサクはソファーに寝っ転がり、適当に毛布を被った。
※
翌日の朝。予想外の出来事がいきなり発生した。
――村長が森へ巡回したっきり、一時間以上も帰ってこなかったのだ。
「お父さん。一体どうしたの? いつもは森に入って二十分もしたら帰ってくるのに、もう一時間も経ってるよ……。サクさんキャッツさん。一体どうしたらいいんでしょうか……?」
困惑の表情を隠しきれないまま、娘のチェリーが起床したばかりのサク達に問いかけてくる。
すでに家の応接間では事態を聞きつけた村人が集まって、緊急会議をしている。
キャッツはあくびを噛み殺しながら口を開いた。
「とりあえず今は待ったほうがいいね。ろくな対策も練らずに無闇に森に入ったら、高確率で村の戦士ですら倒せない強力モンスターの“栄養”にされてしまうわ。サク。まずは昨日得た情報を吟味して、対抗策を考えるのがおすすめだよ」
しかし、キャッツの意見にサクは首を横に振った。
「それじゃダメだ。その間に村長さんが殺されているのかもしれないんだぞ? それをキャッツは見殺しにしろと言うのか!?」
「別にそんな事は一言も言ってない! 私が言いたいのは、後先考えない行動は危険だってこと。もちろん村長さんの命も大切だけど……。だからサク。まずは――」
サクは近くの壁に拳をぶつけた。
周りで話している村人もキャッツも、思わず黙ってサクを見つめてしまう。
拳の入った木造の壁が、沈黙の空間でいやらしく軋んだ。
「キャッツ。……だったら俺がまず森に行って状況を確認しに行っくるから、その間にキャッツ達は対抗策でも考えておいて」
「ちょっとサク……」
「チェリーさんもお父さんが心配なんだろ? だったら俺が護衛をするから、一緒に行こう」
現実的で、できる限りのリスクとリターンを抑えるキャッツの考え方。それがサクにはとても気にくわなかった。
後悔するような行動はしたくない。それが彼のモットーであり、たとえ自身の命に関わる事態になってもそれは変わらなかった。
サクは右手で愛剣、左手でチェリーの腕を掴んで、家を飛び出していった。
「え、え、でもサクさん」
「待ってサク!」
隣から聞こえてくるのはチェリーの声。
後ろから聞こえてくるのはキャッツの大声。
サクは自分のパートナーに振り返ることもせず、自分の剣を強く握った。これから始まるのは緻密な戦術もない体当たり的な戦闘である。苦戦はまず必至。
少年はろくな準備もせず、ただ自分の剣と魔術に全てを託して森へと入っていった。
そのモンスターは、さすが村の有志を全滅させただけの強大さはあった。
体組織が異常発達でもしたのだろうか?
基本的にたいした大きさも持っていない植物系モンスターが身長の二倍くらいの大きさになっていれは、ギルドで経験を積み上げてきたサクでも思わず身震いしてしまうだろう。
まるで貴重な宝石を守っている番人のようだった。
体の部分は植物の茎でできているのか緑色で、頭の部分は赤褐色や紫色などの暗色の花が所狭しに咲き――終いには花の部分からは何十本もの触手が生えており、それが捕えた獲物の栄養分を吸っていると聞いているから、おぞましい事この上ない。
モンスターの名は《プランステージ》。
バロー村の村長は、そのうちの一本に絡まるようにして捕えられていた。
「お父さん!」
先走るチェリーを何とか抑えて、サクは詠唱を始める。
……植物系のモンスターは捕まえた獲物をすぐに食べるようなことはしない。獲物が干からびるまでじっくり栄養分を吸い取っていくから、まだ村長は死んでいないだろう。
「下がっていろ、チェリーさん」
ある程度の距離をとって、サクは抜き出したシャープソードに左手を置く。
――四大魔術師エリースの弟子サクは直接的な魔術は使えないが、その代わりに一つだけ特殊な能力を持っていた。
「炎属性付加!」
詠唱が完了した瞬間、サクのシャープソードが火を噴くように燃え上がった。
彼の能力は、この世界にある四大属性をその剣に付加させることだった。本来なら自然属性を剣に付加させるには特殊な鉱石を加工しなければならないので、どんな万能な剣でも一種類の属性しか付加させることができない。
だが、サクは自分の剣を“一時的”に属性付加させるため――つまり彼はたった一本の剣で四つの属性を付加させることができる、四大戦士の持ち主だった。
「――行くぜ!」
プランステージに向かって、サクは真正面から飛んでいく。
モンスターがそれを確認すると、持ち前の触手を伸ばして攻撃を仕掛けてくる。伸縮性が優れているのかリーチがとても長く、本体までは突っ込めそうもない。
そう判断したサクは攻撃をやめて、真っ先に草の生い茂る地面に剣を突き刺した。
「フレイムフィールド!」
触手の数が多いことを判断しての防御技。
詠唱終了と同時にサクの周囲を囲むようにして炎の壁が発生する。
向かってきた触手が炎に触れると、またたく間に十本ほどの触手が燃え上がり、クネクネと捻りながら地面に落ちていく。
防御と同時に攻撃も可能なフレイムフィールド――サクお気に入りの技だ。
しかし、それでもモンスターの触手は多く残っている。
サクはフレイムフィールドを解除させると、すぐさま攻撃体制に入った。
「エクステンド!」
サクはシャープソードを握ると、襲ってくる触手に今度は斬撃をお見舞いする。
植物系モンスターは炎に弱い。環境条件が悪いので炎の威力は落ちるが、それでもサクは持ち前の剣術でカバーして、次々と触手を切り倒し、燃やしていった。
サクは軽く息を吐き、周囲に視線を送る。
――作戦通りチェリーが木に隠れて、大きく遠回りをしながらもプランステージの本体に向かっている所だった。
(よし、敵も俺だけに目が入って彼女の存在に気付いていない。――今のうちに急いで村長さんを助けてくれ、チェリーさん!)
サクは再び炎の壁を発生させて、防御に入った。
さすがに威力の高い大技を使って、プランステージごと村長を黒コゲにしてしまっては意味がない。
ここは多少危険でも、サクが囮になって村長の救出をチェリーに任せるしかなかった。
しかし、その目論見はあっという間に外れてしまう。
村長までもう少しの所でチェリーはプランステージに見つかってしまい、その触手によってあっという間に捕らえられてしまった。
「キャア――ッ!」
触手は少女の自由を封じると、そのまま本体の方に運んでいく。
「くそっ、チェリーさん!」
サクは叫びながら、彼女を助けるために本体へ突っ込もうとする。
だが、それが大きな墓穴となってしまった。
プランステージがそれを見てか、二人を捕まえている以外の触手――全てを使って攻撃を仕掛けてきた。その数五十本弱。あまりの多さに大量の木の葉も舞い落ちてくる。まるでサクの全身でも飲み込もうとするばかりだ。
――攻撃技では抑えられない、と判断したサクが急いで防御技の詠唱を始める。
しかし、前線に大きく出てしまったせいか、触手のほうがワンテンポ早い。
(くっ……だめだ、間に合わない!)
大きく唇を噛みしめたサクが、雨のように降りかかってくる触手を見上げた瞬間だった。
「サイクロン!」
後ろから聞こえてきた詠唱と共に、上空に大きな暴風が発生し――全ての触手を飲み込んでいった。飲み込まれた触手は細かな肉片となって、サクのもとに落ちていく。
暴風は周囲の木すら何本も折って、やっと収まっていった。
「やれやれ……。依頼人の娘まで巻き込むなんて、アンタのその考えには本当にあきれるわ。思わず、私の最強の術まで使ったじゃないの。この責任は任務が終わったら、たっぷりとってあげるから覚悟しておきなさい」
その声は、サクにとってどれほど心強かったか。
サクの後ろではパートナーのキャッツが、いつの間にか村長とチェリーを抱えながら立っていた。そのまた後ろには、数十人の村人も剣を構えて付いている。
「まっ。アンタが囮になったおかげで村長さん達も救出できたし、あとはみんなであいつを仕留めればいいこと。思う存分暴れてきなさいよ」
どうやらキャッツは、こっそりとサクの後ろに付けていたらしい。
サクは足下に落ちていた剣を握り直して、前傾姿勢のスタイルで構える。――サクは少しだけ、勝手な行動をとってしまったことを反省した。
「キャッツ」
「何?」
「……ごめん」
キャッツはクスッと笑いながら、左手の指輪を乗せた。
後ろの村人も歓声をあげながら、それぞれ剣を抜いた。
「ホラ。私がしっかり援護するから、サクも早くとどめを刺してちょうだい。プランステージも満身創痍みたいだし」
キャッツが再び詠唱を唱え始める。
サクはシャープソードに再び炎属性を付加させ、大半の触手を失ったプランステージに向かっていく。
最後の戦いが始まろうとしていた――。
※
サクは“この世界”にやってきたのは、今からちょうど一年前のことだった。
――師匠のエリースがそんなことを考えていると、部屋のドアが大きく開かれた。
「帰ってきました、エリース師匠」
「おかえり、サク。今回の任務はどうだった?」
任務から帰ってきたサクは早速エリースに、今回の任務の出来事を話し始めた。
モンスターとの戦闘は最初は窮地に追い込まれたものの、キャッツの援護もあってか、大技を使ってあっさり消し炭にしてしまったらしい。
依頼人の村長もチェリーも幸い軽いケガで済んだので、ひとまず任務は成功したが、それでも勝手な行動でキャッツからはこってりしぼられたとか。……まるで、親に今日の出来事を言う子供のようにサクは話してくれた。
そんな弟子のおもしろおかしい話を聞きながら、エリースは自分の銀髪を指でいじる。
「それはとんでもないことをやってしまったね」
「はい……。今回も自分勝手な行動をしてしまって……俺もまだまだです」
「ハハ。君らしいといえば君らしいけどね、“サクラバくん”」
「……師匠。この世界でその名前はやめてください。からかってるんですか?」
エリースは本を閉じて、一年前に起こった事を思い返した。
“サクラバ ユウイチ”
それが一年前まで、サクが“地球”という星で使っていたらしい名前だった。
当時、まだ山奥の小屋で隠居生活をしていたエリースは前人未踏の精霊召喚の実験をしていた。――その最中に突然やってきたのが、この“サクラバ”という少年だった。
まだ実験段階の降霊術だったためか、彼を元の世界に戻すこともできず………以前までの生活を全て失った“サクラバ”は、ショックのあまり二ヶ月近くエリースの隠居で引きこもってしまった。
“サクラバ”の心情を悟ったエリースは、その贖罪として全ての知識を“サクラバ”に教えることにした。名前も変えたのもその時からだ。
――そしてサクはたった四ヶ月という短い修行期間で、独自の戦闘スタイルを身につけ、見事に立ち直ってみせたのだ。
「……」
エリースは複雑な心境になりながら、弟子の顔を見据える。
自分の勝手な探求心が、異世界から罪のない少年を無理矢理連れてきてしまった。その罪は一生償っても、償いきれないだろう……。
サクと一緒に生活していくにつれて、エリースはそんな意識に苛まれてきた。
「サク……。一つだけいいかな?」
「はい?」
四大魔術師と称されるこの国最強の男は、声を低くして言った。
「サク。お前はこの世界の生活が嫌いではないのか? ……私もできる限りの戻れる方法を探した。でも見つからなかった。――サクはそれをどう思っているのだ? この世界に無理矢理連れてこられて、お前は全てを失った。この私を憎んではないのか?」
サクは静かに目を閉じて、自分の愛剣を握った。
「もちろん戻りたいです。あの世界には、残していった家族や友人がいっぱいいます。でも俺、別に今の生活が嫌いではありませんし、師匠も恨んではいません。……もちろん命がけの任務にはヒヤヒヤしますけど、ギルドの先輩達はみんないい人だし、同い年の仲間だっているし、それに――」
サクが口を開こうとした途端、いきなり木製のドアがドンドンと重たい悲鳴をあげた。
――外にいる誰かが手荒にノックしているようだ。
「おーい。中にいるんでしょサク。 早く道具屋に行く準備をしなさい。一週間私の命令を聞かなくっちゃいけない約束だから、断るのは許さないよー!」
その声を聞いた途端、サクの顔はみるみるうちに明るくなっていく。
――それは一年前のサクとは思えないほど、今の生活を感じている生きた顔だった。
「それに。やたら、うるさいパートナーもいますしね……」
「ハハッ。なるほど」
エリースはその答えに思わず苦笑いをして、弟子が出かけていく姿を見送った。
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