六話
城下町を歩きながら、これからの予定を考える。
ギルドに登録を行ってからこの国を出ようか、それともとっとと別の国へ行ってそこでギルドの登録を行うか。判断に悩む。
『登録にしたらどうじゃ? どうせ先立つ物もないのじゃろう?』
「……当たり」
働く事もできるのだが、気軽に探して見つかるような仕事はあるのか疑問だ。特に俺みたいな何も取り柄のなさそうな人間に。
『登録さえ行えば、どこの支部でも依頼を引き受ける事ができる。まずは小金でも稼いだらどうじゃ。あてもなく国を飛び出して餓死など目も当てられんぞ』
「ぐっ……! いちいち正論を吐くなお前……!」
しかも正論だから反論できない。自分がいかに考えなしか自覚して泣きたくなってきた。
「……分かったよ。お前の言ってる事も正しいしな」
地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものだと何となく思った。
ギルドは探すとすぐに見つかった。看板が独自の形をしており、二匹の蛇がお互いの尻尾を食い合っている円環の形をしていた。
「ってウロボロスの指輪かよ……」
思わずここは錬金術師の巣窟ではないかと思ってしまった。なぜこんな事を知っているかと言うと、某有名な錬金術ダークファンタジー漫画を愛読していたからだ。早く新刊出ないかなあ。
……いや、今出られても買えないか。じゃあ俺が帰ってきた頃に出ないかなあ。
『ウロボロスとやらが何を示しているのかは知らんが、これがギルドのマークじゃ。入らんのか?』
「入るよ。ちょっと看板の見た目に圧倒されてただけだ」
気を取り直して中に入る。中は意外に綺麗で、受付ってイメージを浮かばせる。
周りに居る人たちも、ゴツイ人ばかりではなく華奢な外見の人も大勢いる。武器を持たない人もいるくらいだ。ちょっと予想外。
『武器を持たぬ者は魔法使いと考えた方がよいぞ。それも熟練者じゃ。腕に自信のない者は杖などの媒体で威力を底上げしたりするからな』
何かと経験豊富なメイの言葉を聞いて、心のメモ帳に「何も持ってない冒険者は強い」と書き加える。
「こんにちは。ご用件は何でしょう?」
「あ、登録をしたいんですけど」
受付の人にギルド員として登録してもらいたいと頼む。
「分かりました。こちらの書類をよくお読みになってから記入事項を書いてください」
試験も何もなしに、いきなり紙を渡された。これが当然の対応だとしたら、少なくともこの国は識字率が相当高いことになる。
あまり難しい意味は使われていないため、俺でも何とか読めた。
内容はまとめると一つだ。「死んでも文句を言わない」これだけだった。
要するに来るもの拒まずで使えるかどうかは依頼を通して判断するって事か。
下手に試験とかを受けさせられるよりは数倍マシなので文句はない。
自分の名前と使える技術を書き込む。名前は本名を入れたが、技術は短剣と魔法が少々にしておいた。別にウソはついてない。本当のところを言ってないだけだ。
「はい、書き終わりました」
「分かりました。秋月 静様ですね。こちらの指輪をどうぞ」
受付の人から二匹の蛇が互いの尻尾を食みあった意匠の指輪を渡される。金と銀でなかなか美術的価値もありそうな指輪だ。
「こちらを見せる事でギルド員である事が証明されます。失くした場合、再発行にはニル銀貨一枚が必要になりますのでご容赦ください」
ニル銀貨は一枚あればだいたい一週間は生活できる額だ。やっぱり、これは結構高いらしい。
「ありがとうございます」
「ギルド員はGランクから始まり、Sランクまであります。ランクの上げ方は同ランクの仕事を十こなすか、現在のランクより一つ上のランクなら五つ。二つ上のランクならば三つ。それ以上ならば一つこなせば上がります。ランクが上がるほど、仕事の内容も難しくなりますが、それによって得られる報酬も上がります」
ランクを意図して上げるのはなかなか難しそうだ。地道にコツコツとやっていくしかないって事か。
「分かりました。重ね重ねありがとうございます」
「いえ、他に質問はございますか?」
ふむ……一つあるな。
「たとえば、ここで魔物討伐の仕事を受けて報酬を他の支部でもらうことは可能ですか?」
「いえ、依頼による報酬は依頼を受けた場所でのみしか受け取れません。私たちの国では問題だった事でも、他の国では問題にならない事ですから」
なるほどね。これにはうなずくしかない。
他の支部で報酬を受け取れるなら、ここでいくつか受けて、それをこなしつつ他の国へ行く予定だったのだが、さっそく出鼻をくじかれた。
「了解です。ありがとうございました」
丁寧に礼を言ってギルドから出る。
「んじゃ、これからどうしようかね……」
荷物の中から地図を引っ張り出して広げる。一つの大きな大陸があり、そこを大きな山脈で真っ二つに分けられている。その左側が俺達の住んでいる大陸らしい。逆に右側が魔物の住んでいる大陸となっている。
『妾たちがいる場所はちょうど中間じゃからのう。北に行くのも南にいくのも自由じゃぞ』
「そうなんだよなあ……どっちにしよう」
暑いの嫌いだけど、寒いのも嫌いだ。
うーん……定石で考えると、南に行くべきだろう。暖かい方が食料も豊富だし。
「よし、北に行こう」
『ほう、なぜじゃ?』
「いつもの俺なら南に行って食料を集める事を考える。だけどそっちには何かある。俺の第六感が厄介事があると言っている。だから北だ」
普段の俺が思うことと逆の方向へ行けばきっと大丈夫だ。
大丈夫! 自分を信じるな! 自分の逆を信じろ!
……言ってて虚しくなってきた。早く旅に出よう。
そんな感じに、俺の無一文の旅はスタートした。
整備された道をのんびり歩く。ポカポカとした陽気が暖かい。
こんな感じに平穏を噛み締めたのっていつ振りだろう……?
薫と一緒に居る時は一秒たりとも気の休まる時などなかったし、家に居る時は常に襲撃におびえる日々だった。
今さらだけど、よく生きてられたな俺。
「ああ……平穏って素晴らしい……!」
もうここに骨埋めちゃおうかな、と思っているくらいだ。
「ほほ、確かに主の苦労を考えればそれも悪くないかもしれんのう」
人通りがほとんどないので外に出しているメイがそんな事を言う。
「まあ、それは元の世界に戻る方法がなかった時だな。俺でも故郷は恋しい」
そうだ。いくら命がけで気の休まる時がほとんどなくてもあの場所は俺の帰る……、
「……帰りたくないな」
なんであんな苦労する場所に自分から帰らにゃならんのや。俺はマゾじゃない。
「では、この世界でのんびりと過ごすのか?」
「そうだなあ。お前と一緒ならそれもいいかもなあ」
十七年間傷つき続けた心はお前の癒しがあってもしばらくの静養が必要だよ。
「わ、妾と一緒にか!?」
どこかに驚く部分があったのか、顔を真っ赤にして驚くメイ。
「ああ、お前と一緒なら幸せになれそうなんだ」
本心からそう思う。お前ほどの癒し、俺の人生に居なかったし。
「う、うむ! し、仕方のない奴じゃのう! ま、まあ本当に帰る方法がなかったらそれもやぶさかではないぞ!」
「そっか、そん時はよろしくな」
「こ、こちらこそよろしく頼む」
顔は相変わらず真っ赤。だけど嬉しさを前面に押し出したメイの姿に癒された。
歩き始めて二時間ほど経った。目の前にはある光景が広がっている。
「……なぁ、あれって何に見える?」
「盗賊ではないかのう。あの馬車は高級な代物じゃぞ。きっと中に乗っている人はやんごとなき身分のはずじゃ」
「じゃあ、あそこで戦ってる多勢に無勢の人たちは?」
「おそらく、あの馬車に乗っている奴の使用人ではないだろうか。忠誠心のある奴らじゃ」
「……俺、どこで選択ミスったんだろう」
「きっと北に行くと決めた時点でこの運命は決まっておったのじゃよ」
チクショウがああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
世の中の不条理ぶりを嘆いてその場にうずくまる。もうヤダ。死んだ方がマシに思えてきた。
「主、落ち込むな。いつかいい事あるぞ」
メイが小さな手で俺の頭をポンポンと慰めてくれた。ちょっとだけ元気が出た。
「ふう……仕方ない。見ちまった以上、助けるか」
よし、助けると決めた以上、全力でやろう。
「メイ、鋼糸頼む」
「うむ、了解じゃ」
両手に鋼糸をまとわりつかせ、二十メートル弱はある向こうへ飛ばす。
一人の腕に鋼糸を巻き付け、軽く指を動かすと綺麗な裁断面を見せて両腕が落ちた。
「ぎゃあああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」
二十メートル離れたここからでも聞こえる大音量の悲鳴。俺も人の肉の感触に若干顔をしかめる。
……初めてだな。糸で人を傷つけたの。
そんな感傷を頭を振る事で遠くに追い払う。今は戦場。気を抜いたらやられるのはこっちだ。
残りの盗賊がこちらに向かってくる。
だが、二十メートルあった距離を埋めるのはそう簡単ではない。
「《水よ 鋭き槍となれ》」
属性宣言は水。しかし生み出されるのは氷の槍。《鋭い》の部分が水の属性を否定し、氷に変えたのだ。こういう言葉で色んな変化を見せるっていうのは面白いと思う。
「何だこいつ、魔法使いなのか!?」
「こっちにだっているだろ! 《炎よ 爆ぜろ》」
盗賊側の魔法使いが反撃の魔法を唱えてくる。
その場に居たら死ぬので横に跳ぶ。普通に魔法を使うよりも、もっと自分の戦闘スタイルに合わせた方が効果は高い。そんな当たり前の事を学ばされた。
「《風よ 我が意を汲む糸となれ》」
十本の指先に風が渦巻くのが分かる。両手を複雑に蠢かし、残りの盗賊七人に向ける。
「な――」
勝負は一瞬だった。七人の首が綺麗に飛んだ。それだけの事。
「……感触すらなかったな」
最初の一人は無力化させただけだし、残りの七人は風の糸で切り裂いたから手に感触はほとんど残っていない。
「……まあ、命のやり取りは初めてじゃない、か」
そう、殺し合うのは初めてじゃない。実際に殺したのは初めてだが、殺される人を間近で見た事がないわけじゃない。
「さて、こいつらから何か金目のものはないかね……」
『お主も非道じゃのう……』
「ん? 死体なんてただのオブジェじゃん。利用しない方がもったいないっての」
死人に口なしってね。
「……何もない」
あるのはこいつらが持っている錆びた武器くらい。こんなもの、何の価値もない。
『さすが主。苦労に対し、報いが少ない』
「それを言うなーーーー!」
泣きたくなっちゃうから。
馬車の中に人がいないか確かめよう。そしてあわよくば中にある金目の物をいただこう。
「馬車の中に金目の物がないか確かめよう。人がいたら殺すぞ」
「主、本音と建前が逆になってるぞ。それにどちらにもよこしまなものが含まれとる」
おっと。思わず口から出てしまった。反省しよう。
馬車の中を覗き込み、誰かいないか確かめる。
「おーい、誰かいないかうおぉぉっ!?」
返答は剣だった。いきなりドアを突き破って剣が出てきたのだ。
「……行くか」
こいつをこのまま放置しておけばこれ以上、俺が厄介事に巻き込まれる事はない。
さっさと背を向けてこの場を去ろうとしたところ、狙ったかのようにドアの開く音がした。
「あれ……? あなたが助けてくれたんですか?」
……ジーザス。神なんて死んでしまえばいいのに。
俺は天を仰いで涙をこらえた。
「あの……?」
ずっと放置するのも相手に失礼だと思ったので、泣くのをこらえて振り返る。
水色の髪と瞳を持ち、瞳には凛とした強さが表れているような輝きを持っていた。
驚くほど白い肌にスタイルも完璧……と言うには胸が少々残念だが、十二分に美少女と呼べる人間だ。
そして、腕に握られているゴツイ剣が全てを台無しにしていた。レイピアとかじゃない。普通の軍用剣だ。
「あなたが助けてくれたのですね。ありがとうございます」
「あ、これはどうもご丁寧に……」
頭を下げられたので、こちらも思わず頭を下げてしまう。
「あの、私と一緒に馬車に乗っていた者たちは……」
「申し訳ない。俺が来た時にはもう……」
『正確には主が落ち込んでいる間に、じゃがのう』
メイ、うるさい。あれは誰だって落ち込むだろう。
「そう、ですか……」
少女は悲しみに耐えるように顔を伏せる。俺もさっきの自分がバカな事をしていたと思い、自己嫌悪する。
「どうしよう……これではカシャルに行く事が……」
カシャル……確か北の大国だったな。
………………………………果てしなく嫌な予感がする。
少女はきっと顔を上げ、こちらを見つめる。
「あの! あなたにお願いがあります!」
「お断りします!」
「カシャル第三王女フィア・グランティス・カシャルの名にかけてお礼は致します! ですからどうか私をカシャルまで連れて行ってください!」
スルーされた!? しかも超嫌な厄介事っぽいんだけど!?
『主、これは逃げられんぞ。これを断ったら主は国一つを敵に回す事になるぞ』
また選びようのない二択だよ……。
さっそく厄介事に足を踏み入れてしまった己の不運を嘆き、天を仰いだ。
冗談じゃねえよ………………。
俺のつぶやきは空に吸い込まれて消えた。
この主人公、厄介事の神様に好かれて平穏の神様からは嫌われています。
アンサズです。ようやく本格的な冒険に入れました。
彼の場合、目の前に降りかかる災難を振り払っているうちに英雄になっちゃうタイプです。