番外編その四 そうだ、日記を付けよう
サンに関するゴタゴタの後、約束通り俺は警察でタダ働きをする事になった。その仕事の一環に日誌を付ける事があるので、ついでに日記も付けようと思う。
○月×日 月曜日
今日から学校帰りは警察に来る事となった。到着すると、そこには見慣れた警察の人たち。やはり見知らぬ人ばかりより、見知った人が多い方が嬉しい。
罰とはいえやる以上は全力でやるぞ、と気合入れた途端に盗難事件が発生したとの報告が入る。警察の人たちは俺の方を一瞬だけチラッと見て、それぞれの持ち場に走っていった。
……みんな俺がいるからだ、とか思ってるんじゃないだろうな。
そして出動。セオリーとしては被害者に何を盗まれたか、そして犯人の姿を見ているか、などを聞くのが鉄則だ。そこからは地道な聞き込み作業……のはずだった。
被害者に盗まれた物を聞き、その特徴を覚えて聞き込みをしようとしたところ、一人目で犯人その人と出くわす。包丁を振り回されたため、その場は引いて捕縛用に支給された糸で首を絞めておく。
警察で働く時にはこれがメリットだ。大っぴらに武器を持ち歩いても何も言われない。親衛隊とかは普通に包丁持ち歩いているけど、俺はあそこまで常識を捨てる事はできない。
……どうしてこうも遭遇率が高いんだろう。
捕まえて仕事も終わった帰り道、引ったくり犯を見つける。どうして俺の前でばかり事件が起きる、とこの世の理不尽を嘆きながらもきちんと捕まえる。
盗んだ物はポピュラーなバッグ。取り返した女性からはすごく感謝された。愛はそろそろ腹いっぱいなので、もっと即物的な物が欲しいと思った。金とかマネーとかキャッシュとか。いや、もらったらダメなんだけど。
署に戻ると、みんなが俺を感心した目で見てきた。どうやら一日で二人も捕まえるのは珍しいどころか奇跡の領域らしい。そんな嫌な奇跡は遠慮願いたい。
今日一日だけを書いたつもりなのに、日記帳のページを二ページも使ってしまった。こうして書いてみると俺が毎日をどれだけ濃厚に送っているかが良く分かる。
……将来、心労ではげたりしないだろうな。
この日の夕食は髪を労わる意味でワカメのサラダとワカメのみそ汁。さらにワカメの炊き込みご飯にした。薫がワカメ尽くしで華がない、と文句を言ってきたが聞く耳持たん。というか文句あるなら食うな。
○月△日 金曜日
毎日書くつもりだったのに、いきなり日が開いてしまった。しかしこれは不可抗力だと言いたい。なぜなら、大物マフィアの取引現場を取り押さえるという大事件を追っていたのだから。
……まあ、これも元を辿れば俺が原因なんだけど。
三日ほど前の事、親衛隊の襲撃やら犯罪者との対峙やらで、荒みに荒んだ精神と胃を癒そうと一人で釣りに行った。
釣果は期待せずに、ただ糸を垂らして波の音に身をゆだねる。それだけでも精神というのは素晴らしく癒されてくれる。
ああ、平穏……。と俺が幸せを噛み締めていたら、波の向こうからそこそこ大きな船がやってくる。あれ? 今日って貨物船来る日だったっけ?
懐から日記帳を取り出して今日の日付を確認した。うん、どう考えても今日は貨物船の来る日じゃない。じゃあ、あの船は一体?
そんな感じに首をひねっていたのは、我ながら結構デカイミスだったと思う。釣りによる癒し効果で精神が緩んでいたのかもしれない。
停泊した船から人が降りてくる。これは当然だ。人の降りてこない船など幽霊船くらいだ。
……だけど、その不気味に黒光りする筒は何ですか? と声を大にして叫びたかった。その時点で厄介事に巻き込まれるのは確定だったのだと今になって思う。
逃げるにせよ、警察に連絡して一斉にとっ捕まえるにせよ、この場を離れなければ話にならなかったので、釣り具を片づけて逃げようとした。
しかし、そんな時に限って大物がかかってしまった。何でこんなタイミングで大物が……っ! と神様に内心で怨嗟の声を上げておく。
ここでの正しい判断は命を優先して、釣竿を手放して逃げた方が良かったのだと思う。だが、その時の俺は大物がかかっている事と、釣竿は意外に高いという事を考えて、手放す選択肢を潰していた。
慌てて力を入れ、魚を釣り上げる。なんとキンメダイだった。しかもサイズもかなりデカイ。魚拓とか取ったら立派なものになると思った。思っただけで実行しなかったが。
ついつい現状を忘れて快哉を上げてしまう。大物が釣れて嬉しくないわけがない。
……それが原因で居場所が完全にバレてしまい、サブマシンガン片手に持った人たちに追い掛け回されてしまった。プラスマイナスで言えばマイナスの方が圧倒的に多い。プラス五とマイナス一万ぐらいで。
必死こいて逃げた結果、かろうじて命とキンメダイは死守することに成功した。他の釣り具とかは銃弾の嵐の前に儚く散っていった。さらば、我が友よ。君たちの事は忘れない。
散っていった友に涙を流しながら黙とうして、次に生き残るために脱出しようと策を練る。というかサブマシンガンを一人相手に使うとか、どう考えても過剰火力だ。あの銃弾の嵐をもう一度駆け抜けるのは勘弁願いたかった。命がいくつあっても足りない。
サブマシンガンで追い掛けられた事は俺もあまりない。ゼロではないのがポイント。普通に泣きたくなった。でも泣かない。泣いたら居場所がバレちゃうから。
携帯を使ってまずは警察に連絡。単刀直入に『サブマシンガン持ってる人に追い掛けられてるから助けて』と話す。
最初は怪しまれたものの、電話した人が俺であると分かったとたん、信じてもらえた。俺はそんな状況に陥っても不思議じゃないってことか。
次に脱出方法を考える。向こうは目撃者である俺を消すつもり満々らしく、この辺を探し回っていた。
この辺りは俺のホームグラウンドだが、それだけで数の暴力に勝てるほど世の中は甘くできていない。
なので、助けを呼ぶ事にした。あのバカに散々借りを作ってやったのはこのためだ。というわけで携帯であいつを呼び出す。
しかし、なかなか繋がらない。この呼び出し音ですらビクビクものなのに、どうして出ないんだあのバカ、と心の中で毒づきまくっていたらようやく返答が来た。
『……何があった?』
携帯電話で着信相手が出る以上、確認の必要がないのは分かる。だが、いきなり何があった? は正直どうかと思った。俺が年中無休で厄介事に巻き込まれているみたいじゃないか。
甚だ不本意な言い方で非常に腹が立ったが、その時の俺が厄介事に巻き込まれているのは事実。悔しさを噛み締めて事情を説明する。内容を端的に言えば、
――サブマシンガン持ってる人に追い掛けられてるから助けて。
返答は『分かった』の一言だけ。しかも俺は居場所すら教えていない。なのに電話が切れ、何を思ったのか電源までオフにされてしまった。
役に立つのか立たないのか分からない幼馴染を心の中で四、五発ほど殴っておく。本音を書けばもう少し殴り続けていたかったのだが、手榴弾まで持ち出されたため、その場から離れざるを得なかった。
……後になって分かったのだが、あいつらは武器密輸組織のようで武器だけは大量にあったそうだ。貴重な商品をたった一人の殺害に使うなと言いたくなった。
数の暴力プラス手榴弾という凶悪極まりない組み合わせに、地元民レベル99の俺もヤバいと思って、脱出策を巡らせる。
というか、これほどの火力は今まででも数えるほどしか受けた事はない。それだっていつも薫と一緒にいたから乗り越えられたようなものだ。
キンメダイを放り投げてそちらに視線を向けて、その隙に逃げるという手もあったのだが、ここでこいつを逃したら俺が窮地に追い込まれた意味がなくなってしまう。こいつは絶対に夕飯のおかずにするつもりだった。
幸い、ポケットに入れておいた釣り糸は無事だったため、何とかなりそうだった。
――携帯が鳴らなければ。
電源を切っておかなかった俺のミスだろうけど、それでもこのタイミングで来るのはどうかと思った。
あっという間に人が集まり、絶体絶命の大ピンチに。さあ、どうなる俺!?
……まあ、今日ここで日記を書いているから煽っても意味がないけど。
ゴッツイ銃を構えた方たちに見つかった俺。さすがに冷や汗が止まらなかった。その時思った事が『キンメダイあげれば見逃してくれるかな?』だったので、俺も焦っていたのだと思う。
時間稼ぎ目当てで声を出すが、相手は日本語が理解できないようで首をかしげ、すぐに気を取り直して俺に銃口を向けてきた。
万策も尽きた。これまでか……、そう思った瞬間、横からものすごい力で引っ張られて銃撃を避ける。
予想通りというべきか、案の定というべきか、とにかく助けてくれたのは俺の幼馴染だった。しかも警察まで連れてくるというこいつらしからぬファインプレーまで見せる。
しかし、さすがにサブマシンガンまでは想定の範囲外だったのか、誰もが浮足立っていた。さらに俺に『どうやって逃げればいい?』とまで聞いてくる始末。人数は増えたけど、考えるべき事が増えてしまった。プラスマイナスで言えば明らかにマイナス。
……こうして見直してみると、何だかこの日はマイナスしか増えてない気がする。つくづく自分の不幸体質は根が深い事を自覚する。
結局、最終的には人海戦術の弱点である“一点に人数を集中できない”という事を利用しての一点突破を仕掛けて、脱出に成功した。
その後、大規模な部隊を率いての全面戦争となり、倉庫街は戦場になった。別に大げさに書いているわけではない。言葉で表そうとすると、必然的にこのくらいになるのだ。
あれはすごかった……。強力な武器を惜しげもなく使う犯罪組織と、地形を利用して戦う俺たち。俺がこうして日記を書いているように俺たちが勝ったものの、倉庫街は結構無惨な有り様になってしまった。国がいつか直してくれると信じ、今は『危険、入るべからず』の看板を立てておく。
ちなみにその日の夕飯はキンメダイの刺身にキンメダイの兜煮。あの銃撃戦の中で傷一つ負わせずに守り抜いただけあって、非常に美味しかった。
こうして書くと、俺が毎日どれだけ濃い日常を送っているかをしみじみ実感する。特に銃口を向けられた時なんて毎回寿命が縮む思いだ。銃口から火が吹いて寿命がゼロになってしまうよりはマシだけど、そんなに長生きはできない気がする。
△月□日 水曜日
またも日が開いてしまった。やはり日誌を書けば日記書かなくて良いじゃん、と思う気持ちが強いようだ。事実、今こうして書いているだけで面倒臭い。
それでも今日はいつものように厄介事があったため、ここに愚痴でも吐かない限りやってられないので日記を書く。
所持金が心もとなくなってきたため、銀行に行って残高からいくらか引き下ろそうとする。
今までの経験則から、この日は何か起こると分かっていた。だから薫を引きずってここまで来る。いざという時の盾だ。
銀行に入り、順番を待つ。何も起こらないじゃないか、と言ってぶーたれる薫を適当になだめながら時間を潰していた時。
銃声が響き渡り、周囲がシンとする。
そしてお決まりの『金を出せ!!』。さらにお決まりのお客さんは人質。
俺は銀行に来た時は毎回強盗に出くわすため、いい加減予測していた。なので、さっさと撃退してしまおうと薫と二人でトイレに潜伏する。
何度もこの銀行で強盗に遭っているので、銀行内がどうなっているかは頭に叩き込まれている。そして今回は薫という使える手駒があった。
薫にはトイレでの待ち伏せをこのまま行ってもらい、俺は打って出る事にする。こういったゲリラ戦は俺の十八番だ。
家を出る前に糸を用意してきたため、ほぼ万全の態勢。地形情報はこちらにあり、さらに用意してきた武器までこちらにある。これで勝てない方がおかしい。
……まあ、いつもいつも何で俺が銀行へ行く日に限って強盗に出くわすんだよ、と八つ当たりの気持ちもないわけではないが。
運よく(こんな状況に陥る時点で最悪だが)一人で歩いている奴を見つけたため、糸で縛った後にタコ殴りにして情報を洗いざらい吐かせる。タコ殴りにしたのは俺の気分的なものが大きい。
情報を聞き出したら、顔面を二倍ぐらいに腫らしている男を腹部の強打で気絶させてやる。完璧に鳩尾を突いたため、意識を取り戻したら地獄の苦痛に苛まれるはずだ。
一人ボコったら気分が晴れたため、残りの人員は即座に気絶させる方針に変更した。尊い生贄に感謝しろよお前ら。
その後、入口付近に陣取っている連中を糸で一網打尽にする。同時期に薫も薫で大暴れしていたらしく、銀行強盗は一時間で鎮圧される事となった。
……ただ、俺だけは警察で報告書を書かされる羽目になった。社会の歯車って大変だなと思った。
さらに引き下ろしを忘れていたため、この日の夕食は水と小麦粉だけになった。意外に腹が膨れたため、ヤバい時の非常食として覚えておこう。
「……こうして見直すと、お前って本当に災難体質だな」
俺の書いた日記を面白そうに見た薫がそう言ってくる。うるさいな。現実見せつけられてこっちは落ち込んでんだよ。
「しかも三ヶ月間の中で三日しか書いてない。平均しても月一回だな」
「…………」
言い返そうにも事実だから言い返せない。俺にこういった継続は力なりのものをやらせるのが間違いなんだよ。
体を鍛えないと命が危ないとかの死活問題なら真面目にやるが、別にこれはやらなくても良い事なので、やる気も必然的に減るのは仕方がないと思う。
「……まあ、お前らしいと言えばお前らしいんだが」
苦笑しながらも納得した感じの薫。
「だろ?」
「胸を張るな。褒めてないぞ」
うん、分かってる。でも俺とほぼ同じ穴のムジナであるお前には言われたくない。
「日記の事はもう良い……。しかし、私も意外と頑張っているんだな……お前に巻き込まれる形で」
「いや、災難を持ってきているのはお前だ。それを譲るつもりはない」
俺とお前、一緒の時の方が厄介事のレベルが高くなるのは経験則から分かっている事だ。
「……一度、腹を割って話そうじゃないか」
よほど認めたくない事なのか、薫が剣呑な声を出す。
「上等だ。ここらで白黒ハッキリ付けようや!」
俺もそれに応えるように拳を握り、目の前のバカに向かって全力で振るった。薫も俺の腹目がけて拳を放ってくる。
穏やかな日曜日の午後。我が家では肉を打つ音が響き渡った。今日も平和である。
ちょっと遅くなりました。アンサズです。
今回は日記形式で書くようにしてみましたが、これが難しい。何とか書き切れましたが、次から無謀な挑戦はやめようと思います。
それと、次回で番外編と後日談も終わらせようと思います。
そして最後にはリクエストが多かったアレを出そうと思ってます。私としてもそれが一番だと考えましたので。