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番外編その三 中編その二  化粧というのは女の武器だ

「何で手が出たんだろうあの時の俺……」


 薫の部屋に転がり込み、まず最初にしたのは後悔だった。


 マズイ事をした。非常にマズイ事をしてしまった。確かにあの警官は気に食わなかったが、何も拳で沈める必要はなかった。おかげで暴行罪も加わって立派な犯罪者だよ。


「……お前、ウチに何しに来たんだ?」


 そんな感じに落ち込む俺を薫が呆れた視線で見てくる。サンは相変わらずのボーっとした表情。


「助けを求めに来た」


 いつまでも落ち込んでいたって仕方がない。警察にはあとで土下座するとして、今は今でできる事をやろう。


「……穏やかじゃないな。事情を話してくれないか?」


 薫も事の重大さがぼんやりと理解できたらしく、真面目な表情で聞いてきた。


「もちろん話す。いいか――」






「なるほどな……サンが濡れ衣を着せられかけている、と」


 大体の事情を説明したら、薫は腕を組んで目を閉じた。考え事をしている時のポーズだ。


「…………」


 長い沈黙を不安に思ったのか、サンが服の裾を掴んでくる。


「大丈夫だって。薫は正義の味方だよ」


 少なくとも法の味方じゃない。法の味方だったら、とっくに俺を捕まえている。今までバレない犯罪をいくつかやってきてるからな……。


 薫と俺は根っこの部分がかなり似ている。具体的には目標設定の部分だ。




 俺も薫も誰かの涙が気に入らない。そんなもの吹き飛ばしてしまえる終わりが良い。




 違いは俺が現実的な手段を模索するところと、薫が理想を理想のまま貫き通せるところか。


 要するに、俺も薫もハッピーエンドが好きだって事だ。その薫が、誰かが不幸な目に遭う終わりなど認めるわけがない。


 ……まあ、本人に向かって言うつもりは毛頭ないが。


「…………よし、静。私はどうすればいい?」


 長い沈黙からの答えは俺に対する肯定。こいつも一緒に来てくれるのだ。普段は厄介者だけど、こういう時には頼りになる。


「まずは真犯人を探すぞ。そして俺たちの手で捕まえる。これしかない」


 真犯人を見つけない限り、サンに平穏は約束されない。そして俺も犯罪者の仲間入りを果たして豚箱へゴーしてしまう。どっちも嫌だが、後者の方が個人的にキツイ。


「それは分かっている。だが、どうやって探す? 特徴はサンに似ている、くらいしかないんだろ?」


「それだけでも結構いろいろな事が分かるさ」


 少なくともサンが以前所属していた組織からの人間である事は確定だ。でなければ顔が同じとかあり得ない。


 ……もしかしたら、サンの生き別れた双子の片割れなんてオチがあるかもしれないが、非現実的過ぎるからそれもボツだ。


「とりあえず、見かけない外国人の集団を探すぞ。サンと同い年くらいの少女が一人で来るなんて考えにくい。付添いの人間がいるはずだ」


 おそらくは中国系。その方が人ごみに紛れやすい。


「分かった。……私の手下を使おうか?」


 薫が携帯片手に聞いてくる。ちなみに手下とは親衛隊の事。薫のためなら死すらいとわない素晴らしい手駒だ。ただ、俺の意見を一切聞かないどころか俺の姿を見た瞬間、襲いかかってくるため俺は薫の隣にいない事が前提条件になる。


「やめとけ。街中を歩きまわっているとも考え難いし、手持ちの情報が少な過ぎる。それに万一かち合ったら終わりだ」


 さすがの親衛隊も銃には勝てない……はず。薫が応援すれば普通に避けそうで怖いけど。


「それもそうか……。仕方ない。私たちだけで探そう」


「そう来ないと。まずは……サンの変装だな」


 あとは俺も少し変装しないといけないかもしれない。街中を大手を振って歩ける状態でないのは事実だから。


 ……警察にどうやって許してもらおう。三ヶ月くらいタダ働きで許してもらえるかな? 俺の場合、検挙率はともかく遭遇率は半端なく高いし。


「軽く髪型を変えればだいぶ印象は変わるぞ。あとは服装も変えないとダメだ。少しは姿が見られたかもしれないからな」


 薫が手早く服を取り出してサンに手渡している。さすがに今、女のプライドを持ち出すつもりはないらしい。


「……着れない」


「ベルトで縛るなり何なりして調節しろ。お前が着られるのはこれくらいだ」


 だが、薫のこめかみはよく見たら引きつっていた。どうやら仕方なく服を貸し出しているようだ。今度何かおごって機嫌を取っておこう。とばっちりが俺に来たらたまらない。


「他には……化粧でもしてみるか?」


「化粧……だと?」


 薫の口からそんなお洒落ワードが出るとは。


「何か変か? 私だってお洒落をしたい時が……きっとある」


「なぜそこで憶測のセリフが出る」


 大方、憧れて買いはしたけど化粧までする気は沸かなかったといったところだろう。やはり薫は薫だったか。ホッとしたような残念なような。


「う、うるさいな。過去の私はきっとこういう時のために買っておいたんだよ。うん、素晴らしい先見の明だ」


「…………」


「う……、ごめんなさい。買ったけど使う気が起きなかった物です」


 軽く蔑んだ目で見ると、薫が自白してくれた。そんな理由だと思ったよ。


「じゃあ薫はサンの化粧頼む」


 俺に化粧なんて不可能だ。男の俺には一生縁がないものだと思っているし。


「任せておけ。絶世の美女にしてやる」


 薫の力強い言葉に苦笑し、俺は自分の見た目を変えるべく動き出した。


 …………あれ? 薫って化粧した事あるのか?






「あはははは……サンちゃん、娘がごめんなさいね? あの子、お化粧とかした事ないから……」


 三十分後、そこには玲子さんに化粧を直されているサンがいた。予想通りと言うべきか、やはり薫に化粧の経験はなかった。やった事ないのにノリで啖呵を切らないでほしい。


「別に気にしていない。大丈夫だ」


 サンは本当に気にした様子もなく、玲子さんの化粧を受けていた。


「薫……いい加減立ち直れよ」


 その間、俺は部屋の隅で体育座りしている薫の肩を叩いて慰めるのに必死だった。


「どうせ私は女らしくないさ……。化粧一つ満足にできないダメな奴だよ……」


 その言葉は俺に対して喧嘩を売っているのだろうか。薫がダメな奴なら、俺を含め大勢の一般人はどこに位置すればいい。


「ほら、玲子さんが直してくれたからいいだろ。今できなくたって、別に一生できないわけじゃないんだし、これから学んでいけばいいだろうが」


 むしろこいつの事だから、ちょっとコツを掴めばプロ並みにできそうだ。


「……そうだろうか。いや、そんなはずはない。きっと私には一生できないんだ」


 マズイ。こいつの落ち込みぶりがウザったくなってきた。そろそろ俺もキレそう。


「……あー、もう! 俺から見れば化粧できない方がお前らしいと思ったよ! だから機嫌直せ! お前は化粧のやり方なんて知らない方がお前らしいんだよ!」


 ……感情任せに叫んでしまったが、結構ひどい事を言った気がしないでもない。俺的には恥ずかしいが、女性から見ればプライドの傷つく言葉じゃないだろうか。


「……化粧できない方が、私らしいのか?」


「俺から見ればな」


 お前が嬉々として化粧をしている姿が想像できない。というかお洒落に気を使う薫など薫じゃない。違う何かだ。


「…………静がそこまで言うなら、私らしい私でいようかな」


 上から目線の言葉だなオイ、と突っ込むのはやめておいた。薫も笑っているようだし、わざわざやぶを突いて蛇を出す気はない。


「だが、化粧は学ぶぞ。こんな屈辱は生まれて初めてだ」


「そうかい」


 化粧をできない事が人生最初の屈辱であるこの人はどこかおかしいんじゃないだろうか。普通はもっと昔に屈辱を味わうものだ。


「秋月静。どうだ?」


 薫の言葉にいちいち心の中で突っ込んでいると、サンが服の裾を引っ張ってくる。後ろを向いて確認したところ、わずかに息を呑んでしまった。


 前にも言った通り、俺は化粧なんてのとは一生縁がないものだとばかり思っているため、細かい技術描写はできないが……サンってこんなに綺麗だったっけ?


 いつも眠そうだった目はパッチリと開かれ、顔全体も何となく輝いているように見える。いつも見ていたサンとはまるで別人だ。


 ……化粧するだけで、こんなに印象って変わるものなのか。


「おお、まるで別人だ。さすが母さん」


「うふふ、どういたしまして。薫もやってみる? 元は良いんだから化けるわよ」


「あ、今はちょっと時間がないのでまた今度、こいつにみっちり教えてやってください」


 指をワキワキさせながら薫に近づく玲子さんをやんわりと押しとどめ、別に機会にしてもらうように言う。


「あら? 静くんは化粧をした薫を見てみたいのかしら?」


「いえ、どうせしてもしなくても毎日顔合わせるでしょうから。ただ、新鮮だとは思いますけど」


 そして薫に熱があるかを疑うだろう。今まで一度も化粧のけの字すら出てこなかった奴が化粧だぞ? 正気を疑ってもいいくらいだ。


「む、静は私の姿に飽きたというのか」


 なぜそこでムッとする薫。誰だって毎日顔を合わせていれば新鮮味というのは薄れるだろう。


「そういうわけじゃないけど、化粧をしたお前は見た事ないからな。その点では見てみたいかもしれない」


 面白さという観点で。だから普通に綺麗になってたらダメだぞ。


「……善処しよう。きっと驚かせてやる」


 お笑いという観点で驚かせてほしい。綺麗になられると、何となく負けた気がするから。


「へいへい。そろそろ行くぞ」


 俺は軽くマスクをして終わりだ。息苦しいのだが、文句を言える立場ではないので我慢する。


「ああ。それじゃ行ってきます」


「ええ、行ってらっしゃい」


 玲子さんの見送りを後ろに受けながら俺たちは外に出た。






「んじゃ、二手に分かれて探そう。薫は一人で、俺はサンと一緒だ」


「……どうして私一人なんだ?」


「バッカ。お前だけがこの中でノーマークじゃねえか」


 考えるまでもない事だ。薫まで追われる側になると身動きが取りにくくなる。それなら初めっから分けてしまって携帯などで連絡を取った方が楽だ。


「それもそうだな。任せておけ。私一人でも犯人を割り出すぐらい簡単さ」


 軽く拳をぶつけ合い、俺と薫は別々の道を歩き始めた。サンは俺の後ろをチョコチョコついて来ている。


「私たちはこれからどうするのだ?」


「警察から身を隠しつつ犯人探しだな。どっちが先にたどり着くかまでは分からんけど」


 薫も情報さえきちんと与えられればそれなり以上の働きを見せる。学校トップの肩書きは伊達じゃないという事だ。時と場合によっては俺以上に頭の回転速くなる。


 ……まあ、素直な思考しかできないから俺みたいに裏道考える奴には弱いけど。


「聞き込み……は警察がやってるだろうし……。待ち伏せ……は目星がついてないから実行できないし……」


 意外に八方塞がりで驚く。これは本気で薫の連絡頼りになるかも。


「まずはすでに起きている事件を洗ってはどうだ? 何か法則性が見つかるかもしれんぞ」


「……それもそうだな。向こうの目的も見える可能性があるし」


 ならば……向かうべきは図書館か。


「よし、図書館で最近の新聞を調べてみよう」


 警察のパソコンにハッキングかけるという選択肢もあるにはあるのだが、ネットカフェに入る代金がバカにならない。サンがウチに来てからエンゲル係数ダダ上がりなんだよ。


「分かった。私は日本語を読めないので応援に回ろう」


「周りの人に迷惑だからやめて」


 サンが図書館では役に立たない事が判明した。






「……秋月静。私は今までお前の不運を舐めていたようだ。心から謝罪しよう」


「その言い方マジで泣きたくなるから謝らないで」


 現在、俺は図書館前の横断歩道で冷や汗をかきながら立ち尽くしていた。


 理由は簡単。サンと瓜二つの顔を持つ人を見つけたからだ。


「…………」


 おまけに目もバッチリ合ってしまった。向こうはこちらをじっくりと眺めており、背中の汗が止まらない。


 どうする? ここは一目散に逃げるか? いや、だけどこいつはかなり重要な手掛かりだ。失うのは惜しい。


 グルグルと空回る思考に決着がつかないまま、サンもどきがこちらへやってくる。サンが俺の後ろで身構えるのが分かるが、俺は動けない。


 だが、何を思ったのかサンもどきは俺たちに何もせず、ただ横を通り過ぎて行っただけだった。その際、




「次は君だよ」




 という殺人予告を受けた。


 そのまま歩き去っていくサンもどきを見て、ようやく俺は決心がついた。


「サン、あいつを追うぞ」


「分かった」


 片手間で薫に連絡し、途中で合流するよう手筈を整える。サンもどきを見失ったらおしまいだ。


 いつ来るか分からない恐怖にさらされ続け、ロクに睡眠も取れない守る側と、いつ攻めても問題ない暗殺者ではどっちが優勢かなど考えるまでもない。


 そして俺だって、いつ襲われるか分からない状況でそう何日も平常心を保てるほど異常な精神はしていない。


 なら、罠の可能性が高かろうとサンもどきを追いかける必要がある。少なくとも、生き残れる可能性はこちらの方が高い。


 つらつらと思考をまとめ、俺たちは見慣れた街並みを走り出した。






「薫!」


「あれか?」


 合流して追跡を再開する。サンもどきが向かっている先はどうやら港の方にある倉庫街だ。地元民の俺が言うのだから間違いない。


 ……ベタな場所だと思うが、そこなら船を停泊しておけばすぐに逃げられるという点で非常に有効だ。王道は何事に対してもそれなりの効果があるからこそ王道と呼ばれるのだろう。


「どうする?」


 薫が聞いているのはこのまま三人であとを追うのか、誰かが離れて挟み撃ちの体勢を取るのかを聞いている。


「……三人で向かう。倉庫街に逃げたのは確定だけど、特定まではできていない。ほぼ確実に罠のある場所に向かうんだ。固まっていた方が良い」


 薫ならいざという時、盾にできるし。


「ならば急ぐぞ。どうやら他にも倉庫街へ向かっている人がいるようだしな」


「ん? ……ホントだ」


 薫に言われて初めてそれらしき人が歩いているのを知った。どうせ人の気配なんて読めませんよ。


「あれ? あの人、どっかで見かけたような気が……誰だっけ?」


 なんか陰険で嫌味っぽそうな人だった。頭の片隅に引っ掛かっているのだが、どうしても思い出せない。


「私に聞くな。私も見た事ないぞ」


 薫はダメだった。役に立たない奴だ。


「サンは?」


「…………」


 ふるふると首が横に振られる。こいつも覚えていないのか。まあ、見ていないんなら仕方ないか。


「扱いに差がある! 差別だこれは!」


 何やら薫がギャーギャー騒いでいるが、無視する。これは差別ではない。区別だ。


 しかし……これでなおさら離れるわけにはいかなくなった。一人で歩いていて後ろを狙われるとかシャレにならん。


「慎重に向かうぞ」


 まあ、どうせ囲まれるのは確定だろうけど……。向こうはこちらの接近に気付いていて、罠の用意なんていくらでもできそうだし……。


 とことん不利な状況だな、ともはや苦笑しか浮かばない唇を引き締め、俺たちは歩き出した。

さらに予想以上に伸びたので、まだ分けます。


おかしいな……前編後編の予定だったのに。私の内容構成力のなさにビックリです。


さすがに次回でこのお話も終わります。…………きっと。

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