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番外編その三 前編  こうして俺の家に居候が増えた

 夏の暑さが残暑となる頃、家の前に女の子が倒れていた。


「…………」


「…………」


 俺でさえ一度も体験した事のない事態に目をパチクリさせてしまう。そして何やら薫の視線が冷たい。俺は何もやってない。


「静……婦女暴行は結構重い犯罪だぞ?」


「十年来の幼馴染に真っ先に犯罪者扱いされるとは思わなかったよ」


 俺の味方はいないのだろうか。


「ってか、この子に見覚えがない。どこかで会った記憶もないし、テレビか何かで見た感じもしない」


「じゃあ、赤の他人なのか? そんな人が何で静の家の前に……ああ」


 なに納得したようにうなずいているキサマ。体質か。俺の不幸体質が全ての元凶か。


「とりあえずウチに運ぼう。見たところ泥だらけだし、すり傷のようなものもある。助けないわけにはいかない」


 さすがに家の前で倒れている少女を見捨てられるほど無神経ではない。というか、ここに放置しておくと俺の家にあらぬ噂を立てられそうだ。


「……変なことするなよ?」


「だったらテメェが運びやがれ」


 俺はそんな危ない人に見えるのか。俺の社会的評価が分かってきてちょっと泣きそう。






 マイホームに運び、ソファーに寝かせる。人肌程度の湯を沸かし、薫に渡して体を拭いてもらう。


「んで、様子はどうだった?」


「ちょっと弱っていたが、今は肌も赤みが戻っている。ほどなくして目覚めるだろう」


 俺も薫も気絶した人は何回も見ている。そのため、どんな容体なのかぼんやりと分かるのだ。気絶者専門の医者としてもやっていけるかもしれない。


 下らない事を考えながら夕飯の準備に取りかかる。一応、スープでも作っておこう。目が覚めたら飲ませてやろう。


「薫はここでメシ食うのか?」


「ああ。もともとそのつもりだった」


「少しは悪びれてほしいと思うのは俺の傲慢だろうか」


 そして食費を置いていけ。俺の生活費がどんどん削られてんだよ。


「で、リクエストは」


「お前の作るものなら何でもいい」


「主婦が献立に困るセリフを……」


 作る料理が何も思い浮かばないから聞いているというのに、期待だけを乗せてくる傍迷惑極まりないセリフだ。


「……まあいいか。別に肩肘張らなくても」


 こいつ相手だし、割と適当に作っても食ってくれる。


 よし、今日の献立は鶏肉を使ったトマトスープと簡単なサラダにしよう。あとご飯。


 トマトを取り出して洗っていると、後ろから衣擦れの音が聞こえた。


「静、起きたぞ」


「分かった」


 トマトをお湯の中に入れておいて、薫の隣に向かう。


「……ここは」


 何やら眠たげな瞳の少女だった。彫りの深い顔立ちや、艶やかに伸びた黒髪とか結構綺麗なんだけど、その瞳が魅力を結構食っている。


「大丈夫か? 君はこいつの家の前で倒れていたんだ」


 薫がニッコリとほほ笑んで少女に聞いた。普通の相手なら惚れているだろう。そして人の道を踏み外す。


 ……もしニッコリ笑って人を惚れさせるのが犯罪なら、こいつはきっと重犯罪者だろう。すでに死刑レベルだ。


 しかし、どうやら少女には効果がなかったみたいでその寝ぼけた瞳に変化は表れなかった。


 少女の首がキョロキョロと動き、俺の方で停止する。


「……何だよ」


 なぜか俺の方を向いた時だけ瞳が大きく見開かれた。俺が何かしたか。


「……秋月静。お前がなぜここにいる」


「…………静」


「いや、知らねえよ! 俺こんな子と面識ないから!」


 薫のジト目に対し、俺はそう言うしかなかった。


「……分かった。あとで家族会議だな」


 お前と家族になった覚えはみじんもない。


「あー……とりあえず、スープがもうすぐできるから飲むか?」


 コクリ、と首がうなずかれたのを見て俺は救われた気持ちになった。






 トマトスープをコクコクと飲んでいく姿を見ながら、俺と薫も食事を開始する。その際にアイコンタクトで会話を試みる。


(どう思う? 俺、本当にこいつと面識ないんだけど)


(だが、向こうがお前を知っているのは間違いないぞ。そしてお前が知らないと言う……。向こうがお前を一方的に知っているようだな)


 概ね同じ意見だったため、まずは目の前の少女の素性を聞き出す事が最優先であると、行動方針を決めた。


「……ング、美味だった。感謝する」


 そしてタイミング良く少女がスープを飲み終わる。素直にお礼が言えるあたり、好感が持てる。


「んじゃ、細かい話を聞いていいか?」


「ああ。食事の礼だ。なんなりと聞いてくれ」


 普通に友好的で驚いた。でもなんでだろう。さっきから嫌な予感が止まらないのは。


「まず、お前の名前は?」


「ない。いつもお前とかそれとかで呼ばれていた」


 嫌な予感が加速した。ついでに言うとオチが見えてきた。


 薫は普通に痛ましげな顔してるけど、俺は逆に冷や汗が止まらなかった。


「……んじゃ、名前はあとで考えよう。次だ」


 ああ、聞きたくないなあ……。でも聞かなきゃ話が進まないし……。


「――お前の目的は何だ?」




「秋月静の暗殺が目的だ」




 本人がいるのにそういう事は言わないでほしかった。


「その暗殺対象が目の前にいるんだが、お前はどうする?」


「私の実力では不可能だ。倒すとしたら、不意をついて寝込みを襲うくらいはしないと意味がない」


 だから本人の前でそういう事は言わないでほしいと。


「……オーケー。その質問はあとで細かく追及させてもらうとして……。俺とお前、どこで会った? 少なくとも俺はお前と会った記憶がない」


 話から推測するに暗殺者なんだろうが、あいにくと暗殺者に狙われた経験などすでに二ケタを越えている。


 そしてそのほとんどが顔を隠しているため、向こうは俺の顔が分かっても俺は向こうの顔が分からないのだ。


「……以前、お前たちに我々の組織の拠点を一つ潰された事がある。三ヶ月前、ロサンゼルスだ」


「……分かるか?」


 確かに三ヶ月前、ロサンゼルスにいた記憶はある。だが、そこで潰した組織は結構多い。一週間で五つぐらい潰した覚えがあるのだが。


「ああ、ロサンゼルスか……。犯罪者が多かったな……」


 買い物に行けば強盗に出くわすし、道を歩いていれば無差別テロに出くわすし、電車に乗れば自爆テロに出くわすし、ロクな目に遭ってないんだけど。


「……その中の一組織がお前の存在を危惧してな。暗殺者を寄こしたわけだ」


「んで、その暗殺者がお前か」


 少女はうなずく。俺は頭を抱えるしかない。


 どうして俺に狙いが行く。薫を狙えよ。というか目立っているのは間違いないくこいつだろ。


「その時に私とお前は面識がある。私は奇襲を仕掛けてきたお前に成す術もなく倒された」


 暗殺者に奇襲をかけようとしたあの時の自分が信じられない。裏をかくのが専門の連中に奇襲かけるとか。昔の俺は若かった。


「……何で俺に倒されたお前が俺を殺しに来てんだよ」


「私以外の暗殺者がみんな捕まってしまっているのでな。仕方あるまい」


 俺たちがあらかた倒した後に警察に連絡してたっけ。ってことは、今のこいつの組織は結構力が落ちているのか。


「……もういい。お前はこれからどうするんだ?」


 質問しても意味がなくなってきた。それに俺の虚しさも際限なく膨れ上がる。あれか。結局俺は厄介事から逃れられないのか。


「うむ。任務内容を知られてしまったし、武器もこの国でのいざこざに巻き込まれて全て失ってしまった。任務は失敗だろう」


 そんな淡々と任務失敗と言われても対応に困るんだが。


「任務ができない以上、私に組織での居場所はない」


「そうかい」


 だったらどこへでも行ってほしい。できれば俺の認識できないくらい遠くへ。


「なので、これから厄介になる」


「待て。どこからその結論に飛んだ」


「まったくだ。静の家は汚いんだぞ。私の家に来た方がまだマシだ」


 薫。キサマは俺をけなしたいのか? そのくせ俺の家に入り浸りだから性質が悪い。


「この家の方が良い。この汚れ具合が落ち着かせる」


 二人が失礼過ぎる。腹の奥に真っ黒いナニかが溜まってきたよ。


「それにダメだ。嫁入り前の娘が男と二人っきりなど私が認めん」


 ちょっとこいつは自分の行動振り返った方が良いと思う。


「では、冬月薫のところにお世話になろう」


「やめてくれ。こいつには両親いるから」


 薫自身にはいくら迷惑かけても良いのだが、東也さんたちに迷惑はかけられない。


 かといって警察に突き出そうにも、武器なし害意なしじゃまともに取り合ってくれないだろう。この少女、見た目は人畜無害そうに見えるし。


「…………私はここにいてはいけないのだろうか」


 そして、泣きそうな顔をされた女の子にひどい事を言えるほど俺は図太い神経をしていなかった。


「……分かったよ。いくらでも泊まってけ」


「おい静!? いいのか!?」


 ううむ。俺が薫に止められるなど、非常に珍しい。


「お前、俺を襲う気あるか?」


「もうない」


「だとさ」


「そんな言葉で信じるな! ああもう! お前だって人の事を簡単に信じ過ぎだ! 常識的にダメだ!」


 薫に常識を説かれてしまった。割と屈辱的だ。


「…………私も泊まる」


「帰れ」


 とんでもない事を言い出した薫に対し、思い直すように言う。


「お前が間違いを犯さないためだ! 身内から犯罪者が出たなんて嫌だからな!」


「……そんなに信頼ないか、俺?」


 何でそんなに俺を犯罪者予備軍とするのだろう。


「では、これからよろしく頼む。秋月静」


 マイペースな少女と、同じくマイペースな幼馴染は結構相性が悪そうだった。


「頭が痛い……、俺は寝る。あとはお前らで何とかしろ」


 風呂はもういいや。まずは現実から逃避しよう。それくらい許してくれるよね、神様?


 嫌な予感は留まるところを知らずに増大し、俺の胃を蝕む。


 ……もう何もありませんように。


 胃薬を飲んだ俺は早々に就寝した。明日は良い事あるといいなあ……。

またもや量が増えそうなので分けました。

彼の友人は彼を狙ってきた暗殺者です。



そろそろ薫視点の話を書きたい……。今の話が終わってからになりそうですが。

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