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番外編その二 前編  旅行前日のテンションの上がり方はおかしいと思う
 夏の日差しが容赦なく降り注ぐある日、俺は旅行の支度を整えていた。別に家出するわけじゃない。

 冬月家が避暑地への旅行に行くから、一緒に来ないかと誘われたのだ。

 おじさんやおばさんには生活面で非常にお世話になっているのでそこまでご迷惑は、と断ろうとしたのだが、そこは薫の親をやっているだけあって非常に人の良いおばさんに押し切られてしまった。

 ちなみに薫の両親は共働きでそれなりに稼ぎも良いらしい。共働きだからこそあいつが俺の家に入り浸るのかもしれないな。寂しいとかの理由で。

 ……想像したけど、無理があり過ぎる。あの傍若無人を人型にしたような薫がそんなこと思うわけがない。きっと俺と一緒にいた方が楽しいから、とかそんな理由だろう。

 俺の両親は両方とも作家だ。それなりに有名らしく、雑誌に載る事もある。俺から見れば作家だから取材に行かねば、という理由で遊び呆けているバカ親にしか見えない。

 それでも収入はそれなりに良いらしく、生活費はきちんと送ってくれるので俺はそこまで嫌っていない。むしろあそこまで放任されるといっそ清々しい。

「さて、支度もこれでよし。明日に備えて早めに寝るか」

 旅行用の大きいバッグに着替え等の荷物を詰め、それを確認する。準備万端である事を確認し、大きくうなずいてから布団に潜り込む。

「旅行か……楽しみだな」

 一人暮らしの身分では、泥棒に入られる可能性とかを考慮してしまってなかなか遠出はできない。だが、おばさんたちからのお誘いを断る方が失礼に値するから、今回は例外という事だ。

 などと自己弁護しつつ、俺は隠しようもないドキドキを抑えながら眠りに落ちていった。





「よく寝たか?」

 目が覚めると、見慣れた幼馴染の顔が映った。オーケー、幻覚だな。

「……今何時だと思ってやがる」

 眠気で八割以上働かない頭を働かせて時計を見ると、まだ五時だった。いくら旅行前でもテンション高過ぎだろう。遠足前日の小学生か。

 そして今気付いたのだが、腹の部分が妙に重い。布団越しで分かりづらいが、薫が馬乗りになっているらしい。

「五時だな。ほら早く朝食の準備をしろ。私なんて三時から起きているぞ」

「ちょっと睡眠時間短過ぎないか!? 車、大丈夫かよ!?」

 きちんと睡眠を取らないと車の中で吐くぞ。

「ははは、さっきから妙にテンションがハイになっているんだ。だから大丈夫さ」

「ナチュラルハイ!?」

 感情を表に出す事が少ないこいつにしては非常に珍しい状態だ。そんなに旅行が楽しみか。

「だから起きろ。もう腹が減って仕方がない」

 そりゃ三時から何も食ってなければ腹も減るだろうよ。

「はぁ……分かったよ。起きるからそこ退け」

 突っ込みに終始していたら目が覚めてしまった。ため息をついて薫を下ろし、

「お休み……」

 そのまま寝る体制に入った。俺が素直に人の言う事を聞く奴だと思ったか。

「起きろ」

「ぐあっ!?」

 だがしかし、相手は十年来の幼馴染。手慣れた様子で布団越しに拳を打ち込まれる。しかもそれが正確に肝臓に入った。鬼かテメェ。

「あああああぁぁぁ……」

 布団の中で一通り悶え苦しむ。薫は呆れた様子で俺を見下ろしていた。

「目が覚めたか?」

「……あぁ」

 こんな不快な目覚めは今までの人生の中で初めて……ではないな。五回目くらいだ。

 とりあえず目の前のこいつにどんな文句を言ってやろうか考えながら、俺は体を起こした。





 強制的に起こされ、そのまま強制的に朝メシを作らされ、さらに体力のあり余ってる薫のランニングにまで付き合わされた俺は旅行に行く前からグロッキー状態だった。

「し、死ぬ……」

 あいつはバケモノか。汗一つかかずに10キロとか走りやがって。

「そろそろ時間だな。よし、準備はできているか?」

「……ああ」

 今のこいつにはうかつに逆らわない方が良い。下手に逆らうとキレそうだ。怒るとかそういう意味じゃなくて、テンションとかのメーターが振り切れそうという意味で。

 パンパンになった太ももをさすりながら冬月家の前まで移動する。と言っても、家は隣同士なので十歩ちょっと動くだけだが。

「やあ、おはよう静くん」

 ぐったりした俺に話しかけてきたのは薫の父親である東也とうやさん。テニスウェアの似合いそうなさわやかな笑顔を俺に振り撒いている。言うまでもないと思うが、容姿はひどく整っている。さすが薫の父親。その涼しげな目元が薫に受け継がれたんですね。

「おはようございます。今日は家族水入らずの旅行に誘ってくださってありがとうございます」

 ペコリと頭を下げる。というかこの人たちに頭を上げられる日が来る事など一生ないと思う。それくらいこの人たちにはお世話になっているのだ。それこそ俺の両親よりも。

「あはは、静くんはもう僕たちの家族のようなものだからね。そんな畏まらなくてもいいよ。それに……あまり我がままを言わない薫の我がままだからね。叶えてやりたいんだよ」

 ちょっと後半部分が早口かつ小声で言われたため、よく聞こえなかった。俺に聞かせるつもりのない言葉だろう、と判断して納得しておこう。

「ま、まあ、ウチの両親よりも顔合わせる回数多いですから……」

 いや、マジに。この人たちとは生まれてこの方ほぼ毎日顔を合わせているが、両親とは最近は年に数回しか顔を合わせていない。母さんの顔がちょっとおぼろげになってきている今日この頃。

「静くん、おはよう」

 ちょっと親不孝かな、と両親に対して罪悪感を感じていると、後ろから穏やかな声をかけられた。

「あ、玲子れいこさん。おはようございます」

 こちらは薫の母親だ。おっとり美人の顔立ちで、常にほほ笑みをたたえている優しい人だ。でも怒るとものすごく怖い。とりあえずおばさんと呼ぶのは鬼門だ。だがお姉さんと呼べる年でもないので、心の中ではそう呼んでしまう。

 ……最近良く思うのだが、どうしてこの二人から薫みたいなやつが生まれたんだろう。いや、容姿の面では納得できるんだけど、性格が……。

「今日は絶好の旅行日和ね。私なんて年甲斐もなくはしゃいじゃって」

「はぁ……」

 薫のナチュラルハイはこの人の遺伝だと分かりました。あいつに付き合わされて俺がどれだけ消耗したか。今は家で寝ていたい。

「それじゃ、出発しましょうか。みんなも揃った事だし」

「あ、はい……薫?」

 さっきから話に入ってこないと思ったら、バッグの上に腰掛けてうつらうつらと舟を漕いでいた。朝早くからテンションを上げ過ぎたからだ。

「ったく……人をさんざん巻き込んでおいて寝るなよ……」

 ブチブチと文句を言いながらその華奢極まりない体を抱え、車の中に放り込む。結構手荒く放り込んだのに、起きる気配がない。よっぽど深い眠りの中にいるようだ。

「………………何ですかその微笑ましい物を見るような目は」

 生温かくて居た堪れないんですけど。

「いやぁ、何でもないさ」

「ええ、何でもないから気にしないでね」

 何でもないから気にするな、という言葉ほど気にする言葉はないと思う。

 言葉遊びのような事を思いながら、俺も車に乗り込んで助手席に座った。





 車の中で談笑しつつ薫の寝顔に落書きしようか真剣に悩む事四時間ほど。渋滞に挟まれる事もなく俺たちは当初の予定地に辿り着いた。聖湖ひじりこという名前の大きな湖がある涼しげな避暑地だ。湖の周りを歩いたらさぞかし気持ちの良い事だろう。

「おい、いい加減起きろ。着いたぞ」

 頬をピシャピシャと叩いて覚醒を促す。しかし薫は一向に起きる気配を見せない。

 最悪、俺か東也さんが背負ってバンガローまで向かう羽目になる。それは遠慮したいので、こいつを起こす際によく用いる最終兵器を使ってしまおう。よく用いている時点で最終兵器言えるかは疑問だが。

「さて、急に大声で子供の頃のおねしょの回数を叫びたく、」

 ドスッ、と手刀が俺の喉に突き刺さって言葉は中断せざるを得なくなった。さすがに予想外な行動で、俺もまったく反応できなかった。

「……ん? もう着いたのか?」

 薫は俺の喉を潰しかけた事など記憶にないらしく、むにゃむにゃと目をこすりながら起きてきた。

「ゲホッ、ゲホッ!」

 俺がこいつを起こすために苦労したというのに、こいつには何もないというのがひどく腹立たしい。夕飯、覚えてろよ。テメェのおかず全部食ってやる。

「どうかしたのか? 咳がひどいぞ。休んでいるか?」

 百パーセントテメェの所為だよ。東也さんも玲子さんも苦笑いだぞ。

 それを言ったところでこいつは覚えていないので意味がない。そう思った俺はため息を吐いて、自分の荷物を持った。

「大丈夫だよ。ほら、行くぞ」

「あ、ああ。起こしてくれてありがとう」

「いつものこった。気にすんな」

 そう、いつもの事だ。普段は俺がこいつを起こしている。こいつにとって嬉しい事がある日だけは例外で俺より早く起きるのだが。

 俺たちの泊まるバンガローが見えてきた。外から見ただけだがなかなか小奇麗な見た目で、これは中にも期待できそうだった。

「それじゃ、薫と玲子はそっちのバンガローで。僕たちはこっちだよ」

「あ、はい」

 男女別々は当然の事だよな。むしろ高校生にもなってほぼ四六時中一緒にいる俺たちの方がおかしいんだよな。

「荷物を置いたら夜まで自由行動ね。ちなみに夜はバーベキューの予定だから楽しみにしてね」

 それは楽しみだ。とりあえず薫には玉ねぎとピーマンのみを刺した串を渡してやろう。





「静くん」

「何ですか?」

 バンガローに到着して荷物を整理していたところ、東也さんに話しかけられた。

「あー、その……」

 言いにくい事なのか妙に歯切れが悪い。本当に何だろう。

「薫とは、どこまで行ったんだい?」

「………………」

 固まらざるを得なかった。恩がある人なので悪く言いたくはなかったが、その質問は下世話過ぎないか?

「いや、君たちの仲を疑ってるわけじゃないんだよ? 僕としても君があの子の面倒を見てくれるのは嬉しい事だから」

 よかった。ここで俺があいつに面倒見られているという認識だったら、富士の樹海に行きたくなるところだった。

「……まあ、いつも通りですよ。ABCで言えばAすらやってません。そしてこれからもやる予定はありません」

 俺を幾度となく修羅場へ送り込んでくれる奴だ。恋愛感情など抱けるわけがない。抱いてしまったら、俺の何かが終わる。人として失くしちゃいけない何かが。

「そうなの? 親としてのひいき目がないとは言わないけど、ウチの娘は結構優良物件だよ?」

 自分の娘を優良物件という父親とはこれいかに。そしてあなたは俺にどんな答えを求めている。

 そんな東也さんに俺は苦笑いするしかなかった。だってどっちに転んでもロクな事になりそうにないんだもん。

「静、荷物整理は終わったか?」

 ちょっと対応に困る質問に悩んでいると、薫が入ってきた。

「ああ、まあ」

 目がキラキラしているため、俺を何かに誘おうとしているのが目に見えていた。しかし聞いてきた事は別段ウソをつくようなことではないので素直にうなずく。

「少し周辺を散策しないか? 聖湖の周りなんて綺麗だぞ」

 提案自体は至極まともで、俺自身も行きたかった内容だった。

 ……というか、あまりに普通過ぎて逆に怖くなった。思わず裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。

「別にいいけど。俺もちょうど行こうとしていたところだし。東也さん、ちょっとこいつと散歩行ってきます」

 とはいえ、あまりに勘ぐっても答えが出るはずもなく。俺は薫の提案にうなずき、東也さんに一声かけてから外に出る。その際、

「仲が良いねえ……」

 東也さんがしみじみとつぶやいたのが聞こえた。

 こうして、俺の旅行は幕を開けた。

 …………トラブルに満ち満ちた、と付け加えよう。
一話でまとまる予定だったのですが、予想以上に長くなったため二話に分けて投稿します。

今回は旅行編です。まあ、静がいる時点でこれ以降の話は何となく読めていると思います。


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