四十七話
「……やっ」
目印を付けたところまで戻り、火を起こしてポッポを呼んだ。実際、あいつはすぐに来てくれたものの――
「そ、そんな呆れた目で見るなよ……、こっちだって色々あったんだから」
魔王の居場所を誰も知らないという致命的な事実に気付いて、みんなで冷や汗かいてたんだよ。
『その鳥が呆れた目をしている事自体、主しか気付いておらんのじゃがな……』
いや、今回のは分かりやすいと思う。すっごい冷たい目になってるし。
「ほら、みんな急いで乗れ。火を起こしたからな。すぐに何か来ると考えた方が良いぞ」
またあのハエと戦いたいか? と聞いたらみんなスピードアップした。そんなに嫌か。俺も嫌だけど。
「んじゃ、とりあえず高度を上げてくれ。あ、リーゼがヤバくならない程度にな?」
リーゼがヤバくなるのは、おそらく二千メートル前後ってところか。まあ、そこまで高く上がったら下なんて見えないから上がらないけど。
再び空に上がり、周りを見回す。
「あの時ははっきり見てなかったけど、見渡す限り森だな……」
あそこで徒歩を選択しなくて本当に良かった。一日やそこらで脱出できるような生易しい広さじゃないぞ。
「それに向こうの端も見えない広さだ。少なくとも、この辺りに魔王の根城はないという事だろうな」
薫も俺の考えに沿った事を言ってくれる。どうやら飛行を選択して正解だったみたいだ。
「とりあえず、この森から抜けるように飛んでくれ。クレアは敵の警戒、できるな?」
「ええ……やるだけやってみるわ。私にできる事なんてたかが知れてるでしょうけど……」
久々にクレアがネガティブ入った。しかしもう気にしない事にした。自殺だけはしないようにフィアたちを付けてあるから大丈夫だろう。
それにこのメンバーの中で一番五感が優れているのはクレアだ。特に視力なんて頭一つ抜けている。ハエの接近に気付いたのもクレアだし……頼りにはしている。
そんな感じに役割分担をして、俺たちは再び出発した。
「……まだ森の終点が見えないな」
「ああ。徒歩ではなくて正解だったな……」
薫の言葉に同意する。歩きだったら遭難して死んでいただろう。ポッポのおかげで命拾いした。
「それにしても広いなこの森は。それに集落らしき場所が一つも見当たらない」
時たま、思い出したように野生の生物が襲いかかってくるが、あれは勘弁してほしい。だってポッポが子供に見えるくらい大きいんだよ? あんなのに襲われたら一たまりもないって。
「私たちの命がある事自体、信じられない奇跡だろうな……」
「まったくだ。魔族の攻撃もあれっきりだしな」
その事から鑑みるに、どうやらこの辺は魔族ですら入ろうとしない秘境に当たるのだろう。
初っ端からそんな危険な場所に入ってしまった俺たちの幸先が果てしなく不安ではあるが、こうして気付けたので良しとする。
「……そろそろ休憩時だな」
もう二時間ほどはぶっ続けで飛んでいる。さすがに後ろの連中含め、俺たちも疲れてきた。いったん降りて食事にしても良い頃だ。
「ポッポ、適当な場所に降りてくれ」
目線で了承の意が返ってきて、その体がゆっくりと降下していく。
「静さんにこんな特技があったとは……」
リーゼが何やら驚いている様子。そんなに俺が料理をしたらおかしいか。
「……必要に駆られて覚えたんだよ」
俺の仲間は旅慣れているカイトを除いてメシなんて作れないし、カイトも簡単な物しか作れない。そして薫と一緒にいた頃はほぼ毎日作っていた。
「静はほとんど独り暮らしのようなものだったからな。自然とできるようになるさ」
「その相伴に預かってたのはどこのどいつだよ」
俺一人分の生活費しか送られてこないのに、食費は二人分かかるという驚異的な事が起こっていた。おかげで趣味に充てる金が減るわ減るわ。
しかもこいつは普通に親が家にいる。なのに俺の家でメシを食う。せめて食費くらい置いてけと何度言った事か。
「ま、まあ良いじゃないですか! こうして美味しいご飯も食べられるんですし! ね!」
俺がほんのり鬱になっていくのを感じ取ったのか、フィアが場をとりなすように叫ぶ。空気の読める奴だ。
「……それもそうだな」
過去の事を気にしていたって仕方がない。それ以前に明日があるのかどうかすらあやふやな日々だ。
「静が食事を作れるのも驚きだが……美味いな」
「そりゃどうも」
キースの称賛をかなりおざなりに受け取る。だって、野郎に褒められても嬉しくない。薫に褒められても嬉しくないけど。
「静、これから毎日僕のご飯を――」
「だが断る」
カイトも諦め悪いよな。事あるごとに俺をそっちの道に引き込もうとするのはやめてほしい。
「クレアは少し作れるんじゃないのか?」
人口が少ないって事は一人当たりの仕事量が多いって事で、さらに女性だから向こうでも炊き出しくらいやった事のあるはず。
「いいえ……里では私に包丁を持たせちゃいけないって言われてたわ……」
「そ、そうか……」
自殺防止のためだろうな。リストカットとかシャレにならん。だからそういった観点ではエルフの方たちの選択はこの上なく正解だと思う。
「相変わらず美味いな。さすが静」
「……そりゃどうも。もう食事を作ってもらう事には何も言わないから、食後の片づけくらいキチンと覚えろよ」
「……人間、誰にだって向き不向きというのがあると思うんだが、どうだろう?」
薫が遠い目をして冷や汗をかく。この旅の間に食後の片づけくらいできるようになるだろう、と思っていたのだが、高望みだったらしい。
そもそも、良く考えたら薫至上主義者のリーゼとキースが薫にそんな細々とした事をやらせるはずがない。俺の考えが甘かった。
「うん、個々に得意不得意があるのは俺だって認めよう」
こいつは家事は普通にできるのだが、後片付けができないのだ。しかし、だからと言って部屋が汚れているわけじゃない。こいつの七不思議の一つだな。
……包丁でニンジンを花形に切る事だってできるほど手先が器用なのに、皿洗いになると途端に皿を割り始める薫の手はいったいどんな構造をしているのだろうか。
「だが、だ。皿洗いくらい子供でもできるぞ」
「うっ……」
痛いところを突かれた、と言わんばかりに胸を押さえる薫。けど、俺の言っている事も事実なので強く否定もできない。
「静さん! 薫さまは皿洗いなんてやらなくていいんです! それなら私が代わりに……!」
「うん、甘やかしちゃダメだからね。それにお前は薫の食い終わった皿を舐めていそうで怖いんだよ」
甘やかすと誰だってロクな事にならないのは歴史も語っている事実だ。ついでにリーゼは皿洗いを任せたくない。ヤンデレの取る行動は一般人には理解不能なものが多々ある。
「というわけで、今日の皿洗いはフィアと薫な。フィアは薫に懇切丁寧に皿洗いを教えてやれ」
「え、えっと……お皿を洗うのを懇切丁寧にって……、どうやって説明すればいいんですか……」
途方に暮れた様子のフィアが空を仰ぐ。確かに皿洗いなんて水で皿を洗う、以上、だからなあ。
「皿を落とさない持ち方とか、効率の良い汚れの落とし方とか?」
「聞き返さないでください!」
フィアの突っ込みがご尤も過ぎて黙らざるを得ない。教えてやれとは言ったが、どんな感じに教えればいいのかまでは考えてなかった。
「…………頑張れっ」
「丸投げされた!?」
まあ、どっちに転んでも別にいいや。皿洗いなんて生きていく上ではできなくてもいいものだし。俺にかかる負担が増えるから直してほしいとは思うけど。
食事を終え、再び飛翔。それがしばらく経つと、ようやく森の終点が見え始めた。
「やっとか……」
「結構な広さだったな。あの森、徒歩で歩いたら一ヶ月くらいかかるんじゃないか?」
「そうだなあ……森の生態系を知ってて、食える植物と果物の見分けがつくならそんくらいだろ」
情報一切なしの状態で入ったらほぼ百パーセント死ぬ。あんなデカイハエがいる時点であの森の異常性が分かるというものだ。
「……少なくとも、外から来た奴には優しくない場所だな」
「まったく。とはいえ、この辺を熟知してもそれだけかかるからな。あいつらは本当にどうやって人類を攻めていたんだか」
今さらな疑問だ。どうせ俺たちが魔王を倒せば全ては終わるのだから。少なくとも、この世界の人間が俺たちに押し付けた役目は消える。
……魔王を倒した後に残るであろう、魔物や魔族の残党狩りなどは任せてしまえばいい。それこそ向こうの責任だ。俺たちの役は魔王を倒すだけ、後の事など知りません。
「……何か煙が向こうに見えるわね」
「え? それ本当か?」
クレアがその目で捉えたらしい。俺の目ではまだ見えない。誰か見えるか? という意味を込めて後ろの奴らを見るが、全員が首を横に振った。どうやらクレアだけみたいだ。
「どうせ……私なんて幻覚を見ていればいいんだわ……ウフフ……」
しまった。つい俺たちの思った事が伝わってはいけない奴に伝わってしまった。フィアとカイトに目配せし、自殺の心配だけは取り除く。
「いやな、信頼してないわけじゃないんだよ? ただ、みんなが見えているかどうかを確認する事で、自分の視力を知ろうと思っただけなんだよ、うん」
かなりこじつけだし、その場しのぎで思いついた適当極まりない内容だ。
「……そうなの」
しかし騙す事に成功してしまう。ホッと安堵する半面、これでいいのかと疑問に思う。
「降りて情報収集だ。ポッポ、かなり離れたところに降りてくれ」
姿を見られないためだ。とはいえ、この巨体だから意味はないかもしれないが、やっておくに越した事はない。
降りた場所から歩き出す。さっきまで鳥の背中で揺られながら空を飛んでいたせいか、足腰がフラフラして非常におぼつかない。こんな時に魔物とかが出るとヤバいな。
『主、それは思ってはならぬ!』
「え?」
メイの鋭い声が聞こえた直後、近くの草むらからオオカミのような魔物が三体ほど現れる。
『ああ……主がそんな事を言えば出るに決まっておるであろう! 何を考えておる!』
えぇー……? 何で俺の運の悪さをメイに批難されてんの? さすがにこれは不可抗力だと思うんだけど。
メイの理不尽過ぎる言い分に反論を考えていると、オオカミが飛びかかってきた。
「うおっ……っととと」
横に跳んで避ける事はできたのだが、足元がフラフラしているために着地が失敗してバランスを崩してしまう。
「静さん! こいつら結構速いです!」
フィアたち近接系は平衡感覚が優れているらしく、俺と違ってヒョイヒョイ避けていた。それでも回避に手一杯みたいだが。
三匹全てが向こうにかかっているため、俺は今のところノーマーク。とっとと決めてしまおう。
立ち上がり、両手に鋼糸を装着。オオカミを捕らえるべく指を動かすが……、
「速い……!」
第三者の視点で見ると分かる。こいつらのスピードはかなりのものだ。突進しかないから、動きは直線的なのだが、着地の後の硬直がほとんどない。すぐさま次の攻撃に繋がり、それが原因で薫たちも攻めあぐねている。
一体だけなら足止めもできそうだが、三体いっぺんには難しい。どこかに集めれば何とかできるんだが……。
一瞬だけこっちを見た薫に素早く目配せし、言いたい事を伝えてしまう。意図を理解した薫はその役目を果たすべく動きだす。
「フィア! カイトと連携して一体をあそこに追い詰めろ!」
「倒せ、ではないのか!?」
「今は違う! それは最後だ!」
戦闘狂モードに入っているフィアに叫び返し、倒したそうにしているフィアの不満げな顔を無視してキースたちの方を見る。
「キースはリーゼと連携して別の一体を追い詰める! クレアは全体の援護!」
「……その方がいっぱい撃てる?」
「ああ! きっとたくさん撃てる!」
あいつらの軌道を俺の意図通りに直すのは体を狙うより難易度が高いはずだ。つまり、数多く撃てる。たぶん。
みんなが俺の指示通りに動き始め、三体が少しずつ追い詰められ始める。もともと、彼らは百戦錬磨の達人たち。一度流れをこちらに引き寄せてしまえば、獣相手に苦戦などしない。
「静!」
三体がようやく俺の狙った位置に集まる。そこで俺はようやく糸を動かし、包囲を完成させる。
オオカミがキャイン、という犬らしい鳴き声を上げて一本の木に縛り付けられる。
あらかじめ俺が用意しておいた包囲網にオオカミを薫たちが押し込む。獣相手には簡単な罠だ。
「今だ!」
全員の攻撃がオオカミの体に吸い込まれていき、死体になっていく。
「……やれやれ、一筋縄じゃいかないな」
全部終わってから、糸をしまってため息をつく。どうしてこう、何事もなく進まないんだろう。
『それが主じゃよ。それに、全部払いのけておるのじゃから良いではないか』
いや、払いのけないと死ぬからね? 俺にとってはどれも死活問題だからね?
「ん? そういや、あいつらの名前って何だ?」
魔物には呼び名があったはず。俺はその辺無知だから何も言えない。
「私は知りませんよ?」
「僕もです。見た事ありません」
カイトとフィアが真っ先に知らないと宣言する。キースとリーゼ、クレアも同じ意見のようだ。
『妾もじゃ。この大陸特有の魔物じゃろう』
この大陸の魔物はみんな俺たちが以前戦った魔物よりも強いのだろうか。だったらかなりやってられない。
「……考えても仕方ないだろう。今は先に進もう」
これからの先行きを考えて落ち込み始めていた俺を見かねたように薫が声を出す。
「……そうだな。生き残ったのは俺たちなんだ。細かい事は考えないでおこう」
あの死体を細かく探れば何か分かるかもしれないが、生物学の専門的な知識までは持ってない。つまりやったところで意味がない。
対応だけ分かれば充分、という事にしておき、俺たちは歩き出した。目指すは煙の見える方向だ。集落か何かあると嬉しい。
……集落の住人が魔族で構成されていたらどうしよう。
一抹の不安を抱えながら、俺はみんなの後を追って足を速めた。
敵地のド真ん中にいるにも関わらず、のほほんとメシを食っているこの一行は結構図太いメンツがそろっています。特に静は目の前に死体が転がっていようと平気で物を食える神経のタフさを持っています。
お久しぶりです、アンサズです。
活動報告の方にも載せましたが、見ておられない方もいると思いますので、ここに載せます。
センター試験まで一週間を切りました。要するに受験シーズンです。
作者も一受験生であるため、しばらくは更新を遅延させたいと思います。
それでもちょこちょこと時間を見つけては書いていきますので、おそらく一週間に一投稿か、十日に一投稿のペースになると予想しております。
こちらの都合で更新ペースを落とす事になり誠に申し訳ないのですが、ご理解のほどをお願いします。