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四十五話

「おおー、あれが頂上かー」


 ポッポの背中の上からセラ山脈の頂上を眺める。


 まるで天を突くかのように高くそびえる頂上。おそらく、あれがこの世界で一番高い場所だろう。


「写真撮りてえな……」


 あそこから見る景色はすごく綺麗だろうに。今はそんな事をしている時間はない。


「ああ。だが、ここからでも景色は見えるし、ここの方が高さ的には高い。これも乙なものじゃないか」


「まあ、そりゃそうだけど」


 薫が俺の耳元に顔を寄せてささやいて来る。後ろから薫の手が俺の腰に回っているため、会話する時は必然的にこの姿勢になるのだ。


「ところで、後ろの連中は大丈夫か?」


 現在の標高はおそらく三千メートル前後。高山病になってもおかしくない高さだ。幸い、俺と薫は大丈夫みたいだが。


「……ちょっと待ってくれ。リーゼの顔が真っ青だ」


「ポッポ、聞こえたな。すぐに着地できる場所を探せ」


 ポッポの背中を軽く叩いて着地を促す。俺の指示に従うポッポは素直に手頃な地面に着地してくれた。


「クレア、リーゼを急いで寝かせて。フィアは水を温めてくれ。カイト、キースはこの辺の探索頼む」


 全員に急いで指示を出し、みんながそれに従って動くのを確認してから薫の方を見る。


「私たちはどうするんだ?」


「……とりあえず、リーゼの様子見だな。ただ、吐くようだったら間違いなく高山病だ」


「その場合、リーゼはどうする?」


「……安心しろ。高山病は酸欠が原因で起こるものだ。しばらくすれば体が低酸素状態に慣れるだろうし、多少無茶でもこのまま降りてしまえば治るはずだ」


 そんな事を前見たテレビ番組で言っていた。いや、雑学番組好きなんだよ。


 だけど、しばらくとは一日から数日前後を言っている。その間ずっと足止めを食らうのはあまりよろしくない。


「降りるべきか、待つべきか、その辺の判断は薫に任せるよ。リーゼに聞けばまず間違いなく進む方に一票入れるだろうしな」


 薫の足手まといになるのを何より嫌がるような奴だ。少なくとも置いて行かれる事を是とする性格でない事は確かだ。


「そうだな……」


 薫が顎に手を当て、考えるポーズをする。


「よし、二時間休憩して体調が少しでも良くなったら一気に越えてしまおう。そして麓の辺りでもう一泊、だな」


「異論はない。……ただ、向こうからは敵地だからな。寝る場所も慎重に決めないと」


 とはいっても、向こうの地形などまるで知らない俺たちには行き当たりばったりしかないのだが。


「静さん、水を温めてきました」


「助かる。これに……」


 荷物から塩を取り出して一つまみ入れる。水に対してなるべく1パーセントになるようにし、体内で素早く受け付けるようにした。


「ふむ、生理食塩水か。そんな細々した事をよく思いつくな」


「やかましい。お前みたいに大雑把なのが変なんだよ。フィア、これをリーゼにゆっくり飲ませてやれ。全部は飲まなくてもいいから、絶対に一口だけは飲ませろ」


 苦しくて腹が減ってないと言われても、食べて力を付けなければ治るものも治らないのと同じ理屈だ。


 フィアがそれを受け取り、リーゼのもとへ駆け寄っていくのを見てから、薫の方に向き直る。


「さて、俺のやる事が細々した事かなのか、それとも必要極まりない事か、ちょっと議論しようか」


「……失言だった。許してくれ」


 よし許す。






「リーゼ、調子はどうだ?」


「あ……薫さま。申し訳ございません、このような事……」


「気にするな。私たちは仲間だからな。仲間を思いやって行動するのは当然だ」


「仲間だなんて……ありがとうございます」


 などとリーゼと薫が心温まるやり取りをしている。やはり薫の励ましがリーゼにとって一番の薬だったか。半信半疑でやってみただけなんだけどなあ……あそこまで顔色が楽になるのを見ると、さすがに納得しがたいものがある。


「よっ、調子はどうだ?」


 というわけで俺も声をかけてみる。誰かの励ましというのも病人には必要なのだ。


「静さん……私が動けないからって、薫さまと一緒にいたら……」


 ……何で俺ばっかりそんな目で見られるのだろう。俺はそんな危ない人に見られているのだろうか。


「ダメですよリーゼさん。静さんはそんな人じゃありません」


 空を仰いで涙を堪えていると、フィアから予想外の言葉が発せられる。


「静さんと薫さんは赤い糸で結ばれてるんです。だから一緒にいるのが自然なんですよ」


 音符マークが最後に付きそうなくらい楽しげな調子でとんでもない事を言ってくれた。


「フィア、それは違う。俺たちは、」


「糸なんてチャチなものではなく、針金とか鋼糸で結ばれているんだ」


「そう、鋼糸とかで――違う! 勝手に人のセリフに割り込むな! ってか鋼糸で結ばれてたら指が落ちるわ!」


 悪乗りした薫がさらに妙な事を言ったため、リーゼからの視線がとんでもない事に。リーゼが高山病にかかってくれてよかったと心から思った。


「……三人とも、静かにして頂戴。リーゼさんは病人なのよ?」


『うっ……ごめんなさい』


 痺れを切らしたクレアに叱られ、全員揃って謝る。病人に負担掛けちゃいけないよな。


「それと静。リーゼさんの調子なんだけど」


「ん? なんか分かったのか?」


「いいえ。私に医学の知識はないわ。……ただ、彼女の調子はだんだん良くなっているから正午には出発できるようになるわ」


 クレアからの耳寄りな情報。薫と顔を見合わせ、うなずく。


「じゃあ、昼飯を食べたら出発しよう。みんなもそれでいいな?」


 異論はなく、全員がうなずいた。早くこんな高い場所からオサラバしてリーゼの体調を良くしよう。






「ポッポ、なるべく低空飛行だ。もしできなかったら……分かるな?」


 最後の部分は声を低くして迫力を出す。ポッポは涙目でうなずき、了承してくれた。別に焼き鳥にするなんて一言も言ってないのに。内心で思いはしたけど。


『きっとそれを感じ取ったのじゃろう。動物はえてしてそういうのに敏感じゃからな』


 なるほど、と思ってしまった。鳥にまで思考を読まれた自分が情けない。


「リーゼ、少しの我慢だからな。頑張ってくれ」


「はい……」


 薫がリーゼを励まし、俺の腰に腕を回す。それと同時に背筋が冷えたのは気のせいではないだろう。


「……しかし、リーゼは大丈夫だろうか。やはりもう少しここに留まっていた方が……」


「その場合は最悪、三日近くあそこで足止めだ。それこそリーゼは望まないだろうよ」


 お前の足手まといになりたくない一心で無理して来ているんだ。それくらい汲んでやれ。あいつの好意に応えろ、まで言うつもりはないから。


「……そうだな。では、なるべく急いでくれ」


「言われなくても……分かってるよ!」


 背中を叩かれたポッポが大きく翼を広げ、風を打つ。そのまま浮き上がり、俺の指示通りに地面すれすれの高度を飛び始めた。


 あっという間に頂上を越え、雲に覆われていた景色が見え始める。


「あれが敵地か……」


 薫が感嘆の声を上げるが、俺も声が出ないほど驚いていた。


 森が地面を覆い、空の上を巨大な鳥が飛んでいる。それこそポッポよりデカイ。


「まさに大自然……」


「上手い表現だな。ここは……厳しい場所だな」


 薫の言葉に同意する。今気付いたが、この大陸は日当たりが悪いのだ。セラ山脈が太陽を遮っているからだろう。そのため、少し肌寒い。


 そんな中で暮らす魔物や魔族たち。人間側の大陸が欲しくなるのも当然なのかもしれない。ここでずっと暮らしていくのは……地獄だ。


「静! あれが! 見て!」


 クレアの切羽詰まった声が聞こえたので、指差している方向を見る。


 そこには、ポッポと同じ種類の鳥に乗っている魔族の編隊がいた。


「――っ! ヤバい!」


 何で俺たちの存在にここまで早く気付けた? とかの疑問が頭をよぎるが、それについて考えるのはこの状況を生きて切り抜けた後にしよう。


「キース! お前魔法使えるか!?」


「すまない、無理だ!」


 カイトとキースは魔法が使えないから戦力外。リーゼもまだ体調が優れていないから無理はさせられない。


「クレア! ここで弓を撃てるか!?」


「精度が落ちるけど、質より量なら何とかなるわ!」


「じゃあ撃て! 弾幕張る勢いで撃て! フィアは炎で目くらまし! 頼むぞ!」


 クレアが弓を引き、矢を放ち始める。どうやら威力を捨てて数で押すようだ。一本の矢が何本かに分散している。


「はい! 静さんは!?」


「俺は何とかポッポであいつらから逃げ切れないか試す! 薫は分かってるな!」


「もちろんだ! 後ろは絶対守るから安心しろ!」


 薫の言葉を受けて俺は前を向き直る。


「イケるか?」


 ポッポに問う。ポッポが力強い瞳で「俺を誰だと思ってるんだ?」と言っている気がした。


「っし! 俺の指示にすぐ従えよ!」


 前を見て、後ろの方は一切振り返らない。どうなっているかはもちろん気になるが、全員が各々の役割を果たしている以上、俺も自分の役割くらいきっちり果たさなければならない。


「《風よ 吹け》」


 この上なく短い詠唱で追い風を作る。それに乗ったポッポの速度がグンと上がり、顔に当たる風の勢いが強まった。


「薫! 追手は!?」


「ダメだ、振り切れてない! それにすごい物量で防ぐのが手一杯だ!」


 チッ、やはり人数の差は大きい。それに俺は前を見ているから後ろからの攻撃に反応できない。


「ポッポ、ランダム機動できるか?」


 無軌道に動く事で射線を安定させずに避ける方法だ。ただ、リーゼにかかる負担が大きいからあまりやりたい事ではないのだが……背に腹は代えられない。


 ポッポもうなずき、翼の動かすタイミングを変える。それだけで右に動いたり、左に動いたりの不規則な動きとなる。


「うわ!? 静、やるならやると一言言え!」


「悪い、時間がなかった!」


 それより、と薫にアイコンタクトを送る。俺の言いたい事が分かった薫は躊躇なくうなずき、その場に立ち上がる。


「薫さん!? 危ないですよ!」


「――静」


 フィアの静止を聞かず、薫が俺の名前を呼ぶ。俺がここで返すべき言葉は一つ。




「――信じろ」




「薫さん!?」


 薫はポッポの背中を蹴り、空に身を投げる。その手に例のチート剣を持って。


「ポッポ! イケるな!」


 ポッポから「任せてくれよ旦那!」的な視線が返ってくる。その場から大きく半円を描いて反転し、薫の方へ向かう。


 薫がたった一人で魔族の編隊に突っ込み、その剣と自分の力を存分に振るって空で大暴れする。鳥の背中から背中へ飛び移り、的確に魔族を倒していく。鳥は去り際に羽を傷つけ、地面に墜落させる。


 それが終わった後、再び空に身を投げた薫が剣身を気で伸ばす。前見た時よりも大きくなっているあたり、あいつの才能を感じる。


 それが無慈悲に振り下ろされて魔族の編隊が瓦解し、撤退を始める。


 そして薫の体が重力に従って落ちる。しかし、その顔に悲嘆も絶望もない。


「静!」


 薫のちょうど後ろに来るようにポッポを操作した俺に向かって薫が手を伸ばす。俺はそれに応えるように手を伸ばし、




 ――その手を掴まなかった。




「ええーっ!? 薫さん、落ちてますよ!」


 フィアたちは俺がその手を掴むのだとばかり思っていたらしい。バカな。あんな勢いで来た体を受け止めなどしたら即死だぞ。薫も理解しているから何も言わないし。


「分かってるよ……っと!」


 丈夫な糸を伸ばし、空中にいる薫の体を絡め取る。そして、


「あら――よっと!」


 俺を支点とした振り子のように薫の体を動かし、もう一度空に打ち上げる。


 それを追うように高度を上げ、宙に浮いている体を俺の手に収める。


「ハイ、お疲れさん」


 俺の腕の中にすっぽり収まった薫がこちらを見上げる。


「ははっ、やはりお前が最高のパートナーだ。ここまで私の意思通りに動いてくれるとはな」


 うん、そういう事は誰もいない時に言うべきだよ。キースとリーゼの視線がヤバい。首筋に剣突き付けられた気分になれるから。


「あ、あの……ちょっといいですか?」


「ん? どうしたよフィア」


 薫の体を後ろに戻していると、フィアがおずおずと尋ねてきた。


「二人とも、驚いてませんでしたよね? どうしてですか?」


 ああ、薫の行動は突発的なものに見えたし、俺が薫の手を取らなくても薫は驚かなかった事か。それなら簡単だ。


『作戦通りだから』


 薫と声がハモる。フィアは冷や汗を額に浮かべていた。


「ど、どこでそんな話をしたんです?」


『さっき目が合ったからその時に』


 当たり前の事じゃないか。


「……冗談ですよね?」


「本当だけど?」


「ああ。あれくらい、口に出さなくてもできるだろう?」


 俺と薫がさも当然のように話すのを見て、フィアは目まいを堪えたような顔になった。


「どこまで以心伝心なんですか……」


 そう言われても。あれが俺たちの当然だから困る。


「まあ、無事だったんだからよかったじゃないか。なあ静?」


「その通り。それにそろそろこの話はやめようね」


 リーゼの視線で俺の胃がシャレにならないから。痛みでショック死しそうだから。


「……敵の姿はありませんが、いったん降りた方が良いのでは? 次に同じ事があったらもうダメですよ」


 カイトが絶妙なタイミングで話を変えてくれる。この時ばかりは純粋にカイトに感謝した。


「それじゃポッポ。頼むな」


 ポッポがうなずき、降りるのに適した場所を探し出す。俺はそれを見て一安心、


「……静。お前の事は認めている。だが……薫さまに手を出したら……殺すぞ?」


 殺す、なんて直接言われたのは初めてだよ。リーゼだってその言葉は明言しなかったのに。いや、明言しなかった分、なにやられるのか分からなくて怖かったけど。


 こうして、胃痛とともに俺たちは敵地に降り立った。


 ……前途多難な気がする。

正直、この二人がいると他のキャラの戦闘ができなくなります。

薫と静のコンビは無双させやすいから困る。


フィアが二人のナチュラルにイチャついているのを見て、この二人結婚すればいいのに、と思っているのは内緒です。

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