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閑話その三

閑話とありますが、薫サイドの話ではありません。

カイトたちの戦いを書いてあります。

『……私の相手はお前らか』


「そうです。……僕の受けた屈辱はリボンをつけて返してあげますよ」


 カイトがその手に持ったレイピアで風を切り裂く。


「……私は援護に回るわ。あなたは?」


「僕は正面から戦います。クレアさんには指一本触れさせません」


 カイトは一歩前に出て、クレアは一歩後ろに下がる。


「……ちなみに、魔法は何が使えます? 僕はまったく使えません」


 完全に距離が離れる寸前でカイトが小声で聞いて来る。


「……炎と闇、でも専門は炎で闇は目くらまし程度にしか使えないわ」


 クレアも即座に答え、それで二人の会話はお終い。


 彼らの間に連携などはない。出会って一週間も経っていない相手との連携など不可能であり、なまじできたとしても練度が低く、むしろ足を引っ張ってしまう事すらある。


 そのため、彼らの取った方法は至極単純。


 カイトが前で、クレアが後ろ、という大雑把な役割分担だけを決めて、後は自由にするというものだ。


「……僕を撃たないようにしてくださいよ」


「あなたこそ、私に攻撃が行かないようにね」


 そこはかとなく険悪な空気が漂う。そこに静と薫のような二人で一つ、な雰囲気は微塵も見られない。


『始める前から仲間割れか? これでは結果は見えたようなものだな』


 彼らと相対する魔族の双子の片割れ――イルネスが嘲るように言う。


 カイト、クレア双方ともカチンときたようだ。カイトは冒険者としての矜持があるので分からなくもないが、超ネガティブなクレアまで頭に来るのはひどく珍しい。


「……クレアさん」


「ええ、分かってるわ」


 アイコンタクトで意思疎通を成立させる二人。さっきまでの険悪ムードはどこ行った、と聞きたくなるほどの変わりようだった。げに恐ろしきは怒りと言う感情か。


「行きます!」


 カイトが先陣を切り、凄まじいスピードでイルネスに斬りかかる。


「はああぁっ!!」


 息もつかせぬ連撃をカイトが放つ。それを一つ一つ爪で弾き、反撃の隙を見出すイルネス。どちらも達人クラスの攻撃の応酬。


 カイトの剣先がかすむ速度の突きをイルネスが首を傾ける事で避け、爪を横薙に振るう。それを軽やかにジャンプする事で避けて同時に脳天をかち割る斬撃を見舞うカイト。


「はっ!」


『ぬぅんっ!』


 目まぐるしく立ち位置を変えながら二人が斬り結ぶ。互いの技量が一定以上であると、その動きはある種の舞を見ているような錯覚を受ける。


 お互いの強振がぶつかり合い、火花を散らして二人の体が離れる。カイトの服は薄皮ごと斬り裂かれ、血もうっすらと滲んでいる。


 対するイルネスも無事ではいられなかったようで、その皮膚にいくつかの切り傷があった。とはいえ、その数はカイトよりも少ないのはさすが魔族と言える。


『人間にしてはなかなかやるな。私と同等の動きをするとは』


「僕としてはあなたが信じられませんよ……。僕の全力の動きについて来ているんですから」


 カイトの実力は人間の中では相当高い部類に入る。素のままの身体能力と戦闘技術だけで言えば、世界最高と言っても過言ではない。


 以前はそこまで強くはなかったのだが、静と一緒に旅をし始めてからの技術の上達が著しかった。静と一緒にいるだけで魔物に出くわしたり、盗賊に出くわしたりと、勝手に修羅場になるので腕を磨く機会が増えたのだ。


「まあ……僕一人だったらキツイ勝負かもしれませんね」


 それでもカイトは負ける事はないと思っている。先ほどのぶつかり合いでも、彼はイルネスの爪をふるう速度や癖などをつぶさに観察していた。


 観察は魔法、気、ともに一切使えないという魔族を相手にするには大き過ぎるハンデを抱えるカイトが持つ技能の一種だ。


 こちらの弱点は常にさらけ出しているも同義であり、向こうの弱点は姿を見せない。その隠れた弱点を暴き立てる事がカイトにとって勝利の必要条件なのだ。


「でも、僕は一人じゃない」


 その時、光の点が一瞬だけイルネスの目に映る。


『――っ!?』


 体に走る悪寒に従い、なりふり構わずに横へ跳ぶイルネス。一瞬前までいた場所を光の矢が通り過ぎ、着弾して小さな穴を作る。


 地面に綺麗な丸を残し、光の矢が消える。その光景をイルネスは冷や汗を流しながら見つめていた。


「僕には後ろがいる。あなたには後ろがいない。それがあなたの敗因です」


 クレアの正確無比な弓と、カイトの疾風怒濤の剣。この二つを相手するには、イルネスでは荷が勝ち過ぎていた。


『くっ……』


 厳しい状況になってきた、とイルネスは内心で愚痴る。弓の威力は高く、当たった個所はどこであれ貫通するだろう。すなわち、胸や頭に当たってしまえばそれは致命傷に直結する。


 しかし、彼とて四天王の次席に名を連ねる者。この程度の危機、何度も味わっている。そしてその都度生還してみせた。


 その矜持が彼を突き動かす。この状況の打開は可能だと、彼の経験が培った本能がささやいているのだ。


『……ふっ、人間相手だ。これくらいでちょうど良い!』


「その人間に負けてもらいましょうかね!」


 再びの激突。先ほど以上の気迫に満ちたイルネスと、逆に先ほど以上に冷静な顔を見せるカイト。


 両者が剣と爪をぶつけ合い、火花を散らす。




 その勝負に軍配が上がったのはカイトの方だった。




『ぐぅっ!? なぜ!? なぜだ!』


「教える義理はありませんね」


 カイトは冷徹な瞳でイルネスを追い詰め、的確な攻撃で着実に傷を増やす。


 正解は簡単。カイトはイルネスの隙ができる瞬間を完璧に理解していたのだ。


 最初のぶつかり合いはただの観察に過ぎなかった。もちろん、本気は出していたのだが、ただのがむしゃらな攻撃でしかなかった。


『くっ、うおおおおおぉぉぉっ!!』


「ふふ、この程度ですか?」


 それが放たれるべき瞬間を理解し、そこを狙って攻撃を加えるだけで劣勢だった勝負すら覆すほどのものとなる。


 さらに合間を縫って仕掛けられるクレアの矢。カイトのおかげでつかず離れずの距離を維持できるため、彼女にとって今は最高の状況だ。


 もとがエルフであり、この森は彼女の故郷。木々の妨害などあってないようなもの。邪魔となるのはカイトくらいだが、彼ごと撃ち抜いてしまえば問題はない。


「大有りですよ! 必死に前で戦っている人を撃ち抜くつもりですか!」


 クレアの心の声を素早く察知したカイトが悲鳴のような声を上げる。


「何か言ったかしら? とにかく私の快楽のために死んでくれない? 内容は簡単。私の矢で撃たれるだけだから」


 だがしかし、今のクレアは矢を撃った事でトリガーハッピー真っ最中。この状態のクレアに人の話を聞く確率は、凶暴なクマ相手に平和的解決を持ちかけて成功するくらい低い。


「無茶苦茶過ぎる!?」


 いつも静はこんな理不尽にさらされていたのか、とカイトは脈絡もなく思う。一回受けただけなのに、胃がジクリと痛んだ気がする。


 ……もう少し優しく接しよう、とカイトは心に誓った。押してダメなら引いてみろ。優しい自分に静の好感度はウナギ上りだ。


 若干危ない妄想にふけりながらも、カイトの剣は留まるところを知らない。イルネスの体を斬り刻み、逆にイルネスの爪は封殺されていた。


『があっ!!』


 イルネスの苦し紛れの攻撃を受け流し、その勢いを利用して片腕を斬り落とす。


『ぐおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!』


 苦痛にのたうち回るイルネスを放置し、カイトはいったん下がる。


「クレアさん……。もっと自重してくれませんか? 正直、気が気じゃありませんでしたよ」


 カイトが打ち合っている間もクレアの援護射撃は存在した。しかし、彼が邪魔だと判断した場合容赦なくカイトごと撃ち抜こうとしてくるのだ。そのたびにギリギリで勘付いて背中をかすらせながら避けるのは肝が冷える。


「私は撃てればいいの。あなたなんて眼中にないわ」


 キッパリ言い切ってしまったクレア。カイトはそこまで言い切ってしまうクレアに愕然とし、同時に思う。


 静……。こんな癖の強い方たちをまとめるのはあなたしかできません……。


「はぁ……、もういいです」


 クレアと一緒にいると、自分の胃が痛くなるのを自覚するカイトであった。


 同時に自分やフィアをキッチリまとめ、指示を出して従わせている静への尊敬と愛情の念を一層深めた。


 ……同時期にどこかで背筋の寒くなった青年がいた。青年はちょうど魔族に対して罠をかけていたところだった。


「それよりクレアさん。今なら好き放題に撃てるんじゃありませんか?」


 カイトは少し離れた先にいるイルネスを指差す。彼は腕を斬られた痛みに必死に耐えており、体は動いていない。カイトが良い的だと思うのは当然だろう。


「動かない生き物なんて撃っても面白くないわ。こういうのは当たらないかもしれない中で当てるのが快感なのよ」


 ずいぶんと自分本位な返事が返ってきて、カイトは呆気に取られてしまう。未だかつてここまで自己中心的な奴がいただろうか。


(……フィアも戦闘中はあんな感じでしたね)


 カイトは今まで静やフィアと一緒に潜り抜けてきた修羅場を思い出して遠い目になる。戦闘中のフィアはいつも傲岸不遜で人を人と見ていないような言い方をしていた。


 そして思う。その状態のフィアに一目置かせ、言う事を聞かせている静は一体何なんだろう、と。


「……そうですか。では僕がトドメを刺します」


 今自分が負っている苦労をため息で全て押し流し、レイピアに付いた血を払う。


「あ、待って頂戴」


「何ですか? 助けたい、なんて事言いませんよね」


「言わないわよ。ただ――」


 クレアの顔が思いのほか真剣だったため、カイトも体を強張らせる。




「斬るのは彼の手足だけにしてくれない? 最後に残った胴体は私が撃ち抜きたいから」




 ……………………引いた。


「……正気ですか?」


 物理的にも一歩下がりながらカイトが聞く。変人だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった、とカイトは自分の性癖を棚に上げてそんな事を思った。


「ええ、正気よ。あ、四肢を斬り落とす最中で彼が死んじゃったら放っておいていいわよ。死体を撃つ趣味はないから」


 ウソだ、とカイトは内心で断言した。口に出したら無惨な死体になりそうだったので、言葉にはしなかった。ちなみにウソだと判断した理由は直感である。


「……まあ、分かりましたよ」


 カイトは途中でイルネスが死んでくれる事を祈りながら、その死に体に近づいた。さすがに自分とあれだけの好勝負を展開した者をダルマにして、その上で胴体を撃ち抜くなどという残酷極まりない事は良心が痛む。ギシギシと。


 胃が痛い、と思いながらカイトはレイピアを振り下ろした。






「腕は耐えましたが、足の二本目で死にました。おそらく痛みが大き過ぎたんでしょう」


 それでも律儀に言われたとおりにしたあたり、彼も真面目だ。


「そう……残念ね。撃ち応えがありそうだったのに」


 心底残念そうなクレアを見て、カイトはこの人はダメだと確信する。戦闘中に嫌というほど思ったのだが、また改めて思った。


「とにかく、静たちのところへ戻りましょう。あちらの方が総合力は低いんです。早く援護にいかないと」


 カイトはクレアを急かし、走り出す。ほぼ同時に向こうからも歩いてくる音が二人分、聞こえてきた。


 こうして、四人は合流する。各々の戦いを終えて。

まずはあけましておめでとうございます。

言い古された言葉ではありますが、今年も書くのでよろしくお願いします。


やはり三人称にすると難しい……。それにカイトとクレア、戦闘スタイルが正統派の二人が組むと、普通の戦いにしかなりません。

そのため、言葉で固い雰囲気を取り除いてみましたが、どうでしょうか? お気に召したのなら幸いです。

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