四十一話
「チッ!」
激突した際に振るった短剣は避けられてしまう。身をかがめて避けたオルメスが迎撃の拳を俺の腹に埋めようとする。
「おっと」
それを半身になる事でこっちも避ける。
「このぉっ!」
再び振るう、が避けられる。そして相手の迎撃をこっちは避ける。それの繰り返しだった。
『はっ!』
「せいっ!」
爪と短剣が火花を散らす。俺はオルメスの振るった爪の衝撃をそのまま後ろに飛んで逃がし、フィアの隣まで戻る。
「静さん……こんなに戦えるなら前に出てくださいよ……」
「断る。一番得意なのは後ろでの援護だ」
予想以上に粘る俺にフィアは心底驚いたようだった。そりゃ生粋の前衛であるフィアには勝てないが、これでもそれなりの自負はあるぞ。
「さて、このままじゃ千日手か」
「ですね。何か手はあります?」
「勝つ手段はあるけど、あいつに借りを返す手段がちょっと思いつかない」
俺一人になるとここまで選択肢が狭まるとは思わなかった。こいつは予想外。
「勝てるのに、ですか?」
「ああ。勝つだけならお前もかかれば簡単だ。あっちに隠し玉でもない限りこっちが勝てる」
「でも、それをしちゃその傷の借りを返せない、ですか……」
フィアが俺の頬の傷を撫でる。まだ血が止まってないから痛いんだけど。
「まあ、受けた傷は百倍返しが基本だからな」
「頬の傷でも、百倍返しじゃほとんどの人が死にますよ……」
失礼な。半殺し程度だろ。
「行ってくる。ちゃんと見とけよ」
お前には見届けてもらわないといけないんだから。俺が徹底的にあいつを叩きのめすさまを。
『……やるではないか。正直驚いたぞ』
「伊達に薫と一緒にいないね」
あの時は二対三十とかザラにあったから。そんな人数で後衛に徹するとか無理だ。
「さて……終わりにしてやる」
あいつの癖とかもおおよそ把握した。
『私に勝てるのか? その程度の技術では傷を負わせる事など不可能だ』
「それはどうかな?」
確かに俺の技術はその程度呼ばわりされる物だ。だけど――
「使い方次第で何とでもなるんだよ!」
俺の武器は何も短剣だけではない。
『なっ!?』
俺は本来糸を主力に使うのだから、糸で相手を倒そうとするのは当然だ。
「お前と何度かぶつかった時、糸を張り巡らせてもらった。今回は初めっから千切られる事を想定してこんな糸にしてみた」
俺の両手の指先から広がる糸を月明かりで見せてやる。
『……風を纏わせたのか!』
「ご名答。一回だけだが、触った相手はどんな奴だろうと切り傷を残せる」
糸に纏わせているので、糸が切れたら風も消えてしまう。そのため鋼糸で切れる相手は問題ないが、切れない相手にはちょっとした切り傷ぐらいしか残せないのが欠点。
「さて、借りは返したな。けど……テメェは俺の手で倒す」
「静さん!?」
フィアが驚愕の声を上げる。俺が誰にも助けを求めないのがそんなに珍しいか。
そんなフィアに一瞬だけ顔を向け、すぐに向き直る。
『いいのか? お前一人では勝てないはずだが? それにさっきの技の種まで明かしたのだぞ』
確かに。俺一人で戦うならあの時の罠をペラペラしゃべるなんて正気の沙汰じゃない。
「ハッ、お前なら小細工なしで充分だって事だよ」
オルメスの懸念を鼻で笑ってやる。剣呑な雰囲気が周囲に漂い始めたあたり、効果はあったみたい。
「……そもそも、お前は俺が呼び寄せたようなものだ。落とし前はきっちり付けさせてもらう」
俺一人を狙うならいい。対処するのも俺一人で済むし、周りを巻き込む必要もない。
だが、こいつは俺を狙う前に周りを狙った。それが許せない。
『……後悔するぞ』
「そっくりそのまま返してやる。一対一で、完膚なきまでに叩き潰してやるよ」
肉体的苦痛など生ぬるい。あいつの心を粉々に砕く。
『ほざけ!』
オルメスが話をさえぎり、こちらに突進してくる。途中、俺の仕掛けた糸に引っ掛かるが、どれもかすり傷を負わせる程度。
「《土よ 突き上げろ》」
大地が隆起し、何本もの槍がオルメスを狙う。
『こしゃくな!』
こしゃくで結構。全ては布石だ。
これの目的は視界を塞ぐ事。ただでさえ暗い森の中。土の槍を数本作り出すだけで簡単に隠れられる。
木の上に登り、糸を使って周囲に罠を張り巡らせる。鋭く尖らせた木の槍や、触れた瞬間周囲の木が倒れるようなものも作る。
『どこだ! どこへ行った!?』
俺の姿を見失ったオルメスが苛立ちを周囲の木々にぶつける。森林破壊だぞ。
ここだよ、と居場所を教えるように結びつけた糸のうちの一本を手から離す。
枝を削って作った槍がオルメスに向かい、その強靭な体に防がれる。
『そこか!?』
槍の飛んできた方向から俺の居場所を割り出したオルメスがそちらに視線を向ける。
だがそれはハチミツのように甘いと言わざるを得ない。
『ぬっ!?』
別の方向から俺が作った泥団子が向かう。
泥団子? と思う人もいるかもしれないが、いくら俺だってこれに攻撃能力は期待していない。目的は目くらましだ。
『くっ!』
泥団子自体は払い落されたが、微妙に泥が顔に飛ぶ。憤怒で顔を真っ赤にしたオルメスが手当たり次第に攻撃し始める。
「ヒャハ、残念でしたぁ」
小声でバカにしておく。心なしか、オルメスの森林破壊スピードが上がった気がする。……聞こえた?
暴れまくるオルメスに罠をぶつけまくる。ダメージはないが、怒りメーターがどんどん上がっているのが分かる。泥団子とか、バカにしてるとしか思えないしね。
『がああああああぁぁぁっ!! 姿を現せ! 私と勝負しろおおおおぉぉぉ!!』
だが断る。相手の土俵で戦うとか、気が狂ってるとしか思えない。自分の土俵に相手を引きずり込むのが戦いの基本だろ。それができないのはテメェの未熟でしかない。
……まあ、俺は相手を自分の土俵に引きずり込むのが大得意なのだが。
「さて、細工は流々。そろそろか……」
布石は全て打ち終わった。後は実行させてもらうだけ。
オルメスの望み通り木から下り、姿をさらす。
『探しかねたぞ……! そこにいたのか! 狸め!』
「狸!? ちょっとひどくないか!?」
あんまりな俺の呼び方にショックを受ける。確かに策略タイプである自覚はあるけど、狸呼ばわりされるほど黒くなった覚えはないぞ。
『主ならそう呼ばれてもおかしくないがのう……。やる事も基本的に汚いし』
味方にまで肯定されて死にたくなった。
『こうして姿を表したという事は……死ぬ覚悟ができたのか?』
出会った当初の礼儀など微塵も見られない、凶暴性に染まり切った顔をこちらに向ける。普通に足が震えた。バレないように意地でも隠すが。
「それはこっちのセリフだ。言っておく。お前はすでに終わりだ」
『寝言は寝て言うんだな!』
オルメスがこちらに爪を構えて猛然と迫る。それに対して俺は、
「《風よ 水よ 雷纏いて押し流せ》」
合成魔法を用いて雷撃を纏わせた水という、怒り狂った奴相手にはお粗末としか言えない対処しかできなかった。
『この程度!』
俺の攻撃を跳躍して避ける。対して俺は魔法を放った硬直で逃げる事もできず、振りかぶられる爪を見て――
「――さあ、これがお前の終わりだ」
横から突っ込んできたフィアが、オルメスの体を深々と突き刺した。
『なっ……!』
フィアが無言で剣を抜き、わき腹から一直線に貫かれたオルメスがその場に倒れる。
「ハッ、結果は逆だったな」
『なぜ……だ。私は……彼女の存在に気付かなかった!』
「理由は二つ」
俺はそれに冥土の土産として説明してやるべく、指を立てる。
「一つは俺の挑発によるお前の注意力散漫だ。さんざん効果のない罠で怒りを高めたからな。俺だけに限れば相当集中していただろうが、周りには注意がいかなかったようだな」
とはいえ、これは要因の一つに過ぎない。他の要因と絡めることで作戦というのは成功率が上がる。
「もう一つは――俺は何回泥や枝の罠を放ったと思う?」
話の向きを急に変え、別の質問をする。
『……あれは私の視界を遮る目的では、ないのか?』
「それもある。だが、本命はこいつさ」
地面を見渡す。俺が再三に渡って放った泥によって、周囲には泥が撒き散らされ、そこに乱雑な足跡が残っていた。
そして、枝はよく見ると一ヶ所に集まるように落ちていた。
「本来、森には落ち葉とか枝がある。フィアなら踏んで音を立てるような失敗はしないだろうが、この辺は暗い。万一を考えて泥を撒き、枝は回収してそのまま罠に使わせてもらった」
結構な量をぶちかましたからな。後、泥団子を作るついでに落ち葉なども回収させてもらったし、枝は削って槍にできた。
「後は隠れている時にフィアに姿を隠す魔法をかけてやれば、完璧だった」
周囲の音をなくす魔法もあったのだが、範囲が広くてオルメスにバレてしまう可能性があったため、使用できなかった。
「そして最後……お前の最大の失敗を教えてやる」
こちらを見上げるオルメスの前にしゃがみこみ、ニッコリ笑う。
「敵の言う事信じちゃダメだろバカが」
俺が一対一? 冗談じゃない。傷付けられたからその分を返すのは一人でやるが、その後まで一人でやるような殊勝な神経はしていない。
「俺たちは仲間だ。だからこれは俺たち全員の責任。それを俺一人で清算するとか、肩肘を張る必要はない」
責任を取るのが俺一人なら、刺し違える覚悟で二体とも倒していただろう。しかし仲間がいる以上、俺がそんな負担を背負う意味はない。むしろそんな自虐思考は仲間に迷惑をかけてしまう。
「静さんに同意です。……それでもこんなやり方はどうかと思いますけど」
騙し討ち、不意打ち、闇討ちは戦いの基本だ。決闘の基本ではないがな。
『ぐぅ……っ!』
屈辱に顔をゆがめるオルメス。騙したのが俺なので、同情する気もない。そして心を砕くというミッションを無事コンプリート。
「じゃあな、人間に騙された哀れな魔族さん」
もうこいつをどうこうする気はないので、問答無用で短剣を後頭部に押し込む。
ビクン、と一回だけ痙攣して魔族の体は動かなくなった。
「……よし、カイトたちの方へ向かうぞ」
「はい。……それにしても、良心とか痛まないんですか?」
「俺は俺の土俵に相手を引きずり込んで戦っただけ。ある意味ではこの上なく正々堂々と戦ったよ?」
自分にできる全てを用いてあいつを倒しに行ったのだから、むしろ全力を尽くした事を感謝してほしいくらいだ。
……というか、一対一の戦いが得意な奴の正々堂々って『自分の得意分野で勝負するから』と言っているようにしか聞こえない。何が悲しくて相手の得意分野で戦わなきゃならん。
『主は戦いでやる事こそ外道じゃが、行動自体はきちんと信念に基づいておるからな。妾も信頼できる。これからもよろしく頼むぞい』
「行きましょう。あの二体だけとは限らないんですから」
あれ? 今メイにすごく嬉しい事言われたような気がするよ。同時に羞恥心も湧き上がるけど。
フィアが俺を導こうと先に進むのを見ながら、俺も走り出した。
戦闘の疲れは残っているけど、まだやるべき事があるんだ。それが終わるまでは頑張りますか。
静は金の貸し借りにうるさいタイプです。
やっぱり戦術って難しい……。
なお、おそらくこれが今年最後の投稿になると思います。一年間(初投稿が11月の終わりだから一ヶ月?)お付き合いいただきありがとうございます。
来年もよろしくお願いします!