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三十七話

「それでは皆の衆……乾杯!」 


 こうして、メレムさんの音頭で歓迎会は始まった。俺が主賓になるなんて生まれて初めての事であるため、少し緊張する。


 緊張を紛らわせるため、手に持っているコップに口を付け、中にある液体を流し込む。


「……ふむふむ、スッキリ爽やかな果実の甘みと独特なアルコールの香りが何とも……ぶはっ!?」


 未成年に出すべきものではない飲み物を出されていた事に驚き、思いっきり噴き出してしまう。


「あれ? どうしたんですか、いきなり吐き出して」


 それを見たフィアがこちらから距離を取りながら聞いてくる。もう噴かないから引かないでほしい。


「どうしたも何も……これ酒だぞ!?」


「それが何か?」


 年下のフィアがさも当然のように口を付けている光景を見て無意味にショックを受ける。


 文化の違いはこんなところにも出ているのか……!


 俺だって酒を飲んだ事がないわけじゃない。大人と飲み比べできる程度にはそこそこ強い自負もある。


 その俺が自信を持って言える。これすごくアルコール強い。


 一口喉に入れただけなのに、焼け付くように熱いし、頭の奥がボーっとしてくる感覚がする。あまりよくない前兆だ。


 ちなみに俺は酔っても記憶が吹っ飛ぶほどひどくはならない。ただ、ちょっと思考能力が落ちるくらいだ。それ以外は基本正気を保つ。


 ……だから薫が酒飲んで起こした不祥事の尻拭いをやらされたんだけど。


 ちょっと昔受けた理不尽を思い出して軽く鬱になる。フフフ、酒が苦いよ。


「カイトは大丈夫なのか? ほら、これ結構強い酒だぞ?」


「ん? 大丈夫ですよ? 僕は強い方ですから。それより……フィアさんが危ないのでは?」


 カイトも普通の対応をしてきた。俺だけなのか。俺だけしかこの状況に違和感を持っていないのか。


 致命的に何か間違っている、と思いながらカイトが指差したフィアを見る。


「うっ……」


 何というか、すでにできあがっていた。


 真っ赤に染まった頬。とろんとした焦点の合ってない瞳。そして体からほのかに香る酒の匂い。どこからどう見ても立派な酔っ払いだった。


「あれ~、静さん、どうしたんですか~?」


 フィアが酔った勢いで俺にしなだれかかってくる。だが惜しい。ナイ胸にそんな事されても動揺などしない。薫がじゃれかかってきた時の方がよほどヤバい。あいつ、着やせするんだよな……。


「……あいつに欲情とかしたら、末期も良いところだな」


 何が末期って、俺のMっぷりが末期である。勝手に人を厄介事に巻き込む奴に欲情とか、不可能だ。


 何でそんな事を思い出してしまったんだろう、と軽く自己嫌悪する。その時、背中に柔らかい物が押して付けられた。


「んー?」


 どうも酔っていて感覚が鈍化している。後ろを向いて誰が寄りかかってきたのかを確認する。


 クレアがいた。目元が潤んで顔が赤い状態の。


「……何やってんだ?」


 内心の動揺を押し殺して問いかける。正直、今のクレアはあまりに艶めかし過ぎて触れられるとキツイ。


「どうせ……どうせ私なんて……」


 俺の肩にしなだれかかったままえぐえぐ泣き始めるクレア。


「…………」


 俺の中で渦巻いていた動揺とか照れが一気に消えた。もう波が引くように。


 泣き上戸ですか。しかもより鬱になるとか。この人、見た目は十二分に美女なのに性格と放つオーラが台なしにしている。なんてもったいない。


 その点で言えば薫もそうかも。あいつの場合、度し難い鈍感のせいで、かなり積極的なアプローチでも気付かれなかっただけかもしれないが。


 ……そう考えると薫に思いを寄せていた男女ってかなり哀れな気がする。俺を目の敵にしており、時には殺そうとしてきたため、同情心なんて欠片も湧かないが。


「クレア……」


「なに……? はっ、まさか私が纏わりついてウザいとか!?」


 本音を言えばそれもある。だが、それを実際に言うとこの人は自殺しそうだ。特に今は情緒不安定も甚だしいし。


「いや、とにかく離れてくれないか? 重い」


 重いという言葉を言ってから失言だと気付く。しかし、時すでに遅し。


「重い、ですって……? それなら、今すぐにこの余分な肉を削いで――」


「やめろクレア! 今のは俺の失言だから!」


 前の方からしなだれかかっていたフィアの腰に差してあった剣を抜き、自分の胸に当てるクレア。慌てて剣を奪い取る。腕力ではクレアよりあるので、たやすく奪取できた。


「重いだと!? 静、貴様の血は何色だーーーー!!」


「今度はフィア!? しかも戦闘狂モード!? さっきのは俺が悪かったから落ち着いてくれ!」


 こいつは純粋に重いと言われてキレたんだと思う。クレアみたいに自虐に走られるよりはマシかもしれない。


「はぁっ!」


「おおっ!? 危なっ!」


 フィアが護身用のナイフで俺の脳天をかち割ろうとしてきたので、慌ててフィアの手首を掴んで止める。


 前言撤回します。自虐に走られるのも、俺を殺そうとするのもどっちもやめてほしいです。


「ぬううぅぅぅ……!」


「うあっ!? 俺が力負けしてる!?」


 そういや、こいつは俺より腕力あったんだ。というか、重いという一言がそこまで効いたのか?


「静……」


「この声はカイト!? ええい、纏わりつくな体を撫でるな!」


 酔っ払いその三が俺にしなだれかかってきた。その体をげしげしと蹴っ飛ばしながら、フィアのナイフが俺の頭をかち割らないように力を込める。さらには自分の体重を下げようとその豊満極まりない胸を切り落とそうとするクレアを言葉で静止していた。


 ……なにこの状況。誰か止めないの?


 地獄に垂らされた蜘蛛の糸よりも細い希望にすがるように周りを見る。


「わはは~、呑め~! 歌え~!」


 完っ璧にできあがっている人たちのドンチャン騒ぎの場になっていた。


 ……あれ? この中で素面なの俺だけ?


「なんか色々と損してる気がしてきた……」


 こういう時は一緒にバカやった方が良いという事を学んだ。後始末とかに悩まなくても良いしな。


「はぁ……」


 とりあえず、この状況からさっさと脱出しよう。


「む?」


 フィアの手首を押さえていた手を片手だけ離し、空いた手で容赦なく突きを入れる。鳩尾を狙いたかったのだが、女性の下腹部に衝撃を与えるのは子宮に衝撃を与えるのと同義なので、人体構造上望ましくない、とか何とか言ってたのをテレビで見た気がする。


 だが腹以外を狙って気絶させるのは難しい。というわけで突きは気絶目的で打ったわけじゃない。


「痛っ……」


 腕のひじ関節。そこを狙って打ち込んだ。もちろん、折れない程度に手加減して。


「隙あり」


 自由になった両手を使って絹糸をフィアの首に巻く。後は糸をキュッと引けば、


「はぅ……」


 ご覧の通り、ってね。


『なかなか見事な手際じゃのう。慣れておる』


「こんな事に慣れたくなかったよ……」


 薫の家と、俺の家でのドンチャン騒ぎ。大人も薫もみんな酔っ払い、俺一人が素面で黙々と片付けをする寂しさや、絡んでくる親とか薫を振り払う苦労なんて……。


『は、ははは……その、妾の失言じゃった。許せ』


 メイが乾いた笑い声と謝罪を言っている間にカイトを振り払おうと思う。こいつは男だし、非生産的な道を突っ走っているから遠慮などする必要ない。


「カイト、ちょっと立ち上がれ」


「はい」


 カイトは俺の言う事には絶対服従してくれる。俺にアタックするのをやめろ、という命令以外は全部聞いてくれるので、こういう時にはありがたい。


「死ね」


 立ち上がったカイトの股間を狙って容赦なくヤクザキック。


「……静?」


 表情をピクリとも変えず、だが顔から脂汗を滝のように流しているカイト。まだ意識があるか。


「吹き飛べえええええええええええぇぇぇッ!!」


 いったんカイトの股間から足を離し、カイトがそこを押さえてうずくまった瞬間、後頭部に踵落としを決める。


「ごぼっ!?」


 カイトの頭が地面にめり込んでいく。だが俺は蹴りの勢いを緩めない。


「ふぅ……」


 動かなくなったのを確認してから一息つく。


「どうせ……どうせ私なんて……」


 クレアさえ黙らせれば俺の安息は確定だ。他の人たちは俺に絡んでこないし。


 しかしどうやって静かにさせたものか……。何言ってもより鬱になりそうでうかつに手出しできない。


「……問答無用で沈めるか?」


『主、それはさすがに外道過ぎるぞ』


 メイが俺の言葉に間髪入れず突っ込む。最近、メイってそういうキャラが定着してないか?


「じゃあどうすりゃいいんだよ。俺の知り合いにあんな奴いなかったぞ」


 要するに未知の存在。対処法が分からん。フィアとかカイトは結構手荒く扱っても良いから楽なんだけど……。


『ふむ……妾の指示通りに動いてみよ。もしかしたら上手くいくやもしれん』


「マジで? 言ってくれ。従うから」


 メイが頼りになる事この上ない。


『まずは話しかけるのじゃ。それがなければ始まらん』


「おいクレア」


「何かしら……? ああ、体重を減らすのはちょっと待ってて頂戴。やっと上手い切り方が見つかったから……」


 初っ端からクライマックスだよこいつ。


『顔を引きつらせるでない。次に彼女を褒めるのじゃ。褒める箇所は自分で考えよ』


「あー……。別にクレアはそのままでいいと思うぞ? うん、俺から見てもすごく綺麗だし」


 褒めろ、と言われてとっさに容姿を褒める。彼女はその暗いオーラさえなければ、十人中十人が振り返りそうな美女だから、あながち間違ってもいないはずだ。


「お世辞はよして……私なんて、その辺で必死に働いているアリ以下なのよ……」


 全然効果ないんだけど。というか褒め言葉を頭から信じてない。


『……殺ってしまうのじゃ』


 説得諦めた!?


 頼りにならない知恵袋にため息をつき、クレアに向き直る。


「クレア、お前は悪い奴じゃないと思う。うん、こう見えて人を見る目は確かなんだ」


 薫と付き合って悪人を大勢見てきたからか、何となく理解できる。彼女は良い人だと。良いエルフか?


「そう……私だって自分が悪人だとは思わないわ。悪人になれる度胸もないから……」


「うん。でも、困ってる誰かを助ける度胸はあるだろ?」


「それは……助けを求められたら、助けないと」


「それが言えるから、お前は悪人にはなれないって言ってんだよ」


 クレアのような考えが自然と出る時点でそいつは善人だ。


「私……良い人なのかしら?」


「俺が保証する。ほら、良い人はみんなの世話をするものだぞ」


「そうね……行ってくるわ」


 少しだけ明るくなった気のするクレアが酔い潰れてしまった同族たちの方へ歩いて行く。


 ………………計画通り。


『主も相当に悪よのう……、あれ全部、演技だと言うのかえ?』


「そうでもない。言っている事は本心だ」


 ただ言い方を少し変えて、最後の方は誘導させてもらったが。


「結果オーライだよ。クレアも明るくなった……かもしれないし、俺から離れたし、何より周りの世話してくれるし!」


 俺一人だったら、どうしようか途方に暮れていたところだ。さすがに百人近い人数の酔っ払いを介抱した事はない。


「それより、少し外に出よう。酒気にあてられた」


 部屋の中はムワッとした熱気と酒の匂いが充満していた。子供が入ったらあっという間に酔いそうな空間になっている。


『そうじゃな。妾も久々に外に出られるのかえ?』


「ああ、どうせ誰も見ないだろうしな」


 メイと会話しながら、俺は適度に夜風に当たれる場所を探して歩きだした。

今回は酒盛りで一話使ってしまいました。

静は酒には強い方ですが、酔い方が他の人より軽い、という事でいつも周りの起こした騒動に対し平謝りする方に回ってます。

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