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三十六話

「静さん? どうかしましたか?」


「いや……何でもねえよ」


 朝食を食べていたら、フィアが俺にそんな事を聞いてきた。


 もちろん何でもないわけなどなく、俺は本当にこいつらと同類なのか? と自問自答していたところだ。


「そうですか。何かあったらいつでも言ってくださいね?」


 平時のフィアは優しい。その優しさが身に染みる。本気で泣きたくなった。


「静? 辛いならいつでも僕のところに――」


「それ以上言ったら殺す。かなり無惨に」


 具体的にはクレアの手でスプラッタになった昨日のウェアウルフと似たような姿になってもらう。


「そ、そうですか……残念です。僕は静へ愛をささやこうとしただけなのに……」


 それが気持ち悪いって言ってんだよ。こいつの熱烈アタックに正直疲れてきた。


 ため息をつきながら食事に集中する。その時、クレアが話しかけてくる。


「食事中にため息は感心しないわよ……?」


「あ、悪い」


 確かにマナー違反だったな、と思って素直に謝る。


「悪い……? そうよね、私が悪いのよね。何もかもこの私が……!」


 はいネガティブ入りましたー。俺、そういう意味で謝ったつもりは一切ないんだけど。


「はぁ……」


 本当にため息が止まらない。悪い事だと分かっているのだが、そうでもしないとやってられなかった。






「んじゃ、出発するぞ」


「はい、片づけはバッチリですよ」


「こっちも大丈夫です」


 準備が終わったのを確認してから、それぞれの荷物を持つ。クレアは弓一つなのでかなり身軽だ。うらやましい。


「……持とうかしら?」


「あ、大丈夫。ありがとな気遣ってくれて」


 こういうのは自分で持つのが筋だ。


「そう……私ごときが持ってはいけないくらいの価値があるのね……」


「いや、そんなこと一言も言ってないんだけど」


 もうこの人相手には何言えば良いのか分からない。相手にしない方が良いのだろうか? でもそれやると自殺しそうで怖い。


「とにかく、出発するから案内頼む」


「分かったわ。お昼頃には到着するはずよ」


 クレアの先導に従い、俺たちも歩き出した。目指すはエルフの里かあ……ファンタジーらしくて楽しみだ。


 ……クレアみたいなのが大勢いるのは勘弁してほしいけど。






「ここが私たちの集落よ」


 そう言ってクレアが指差したのは何もない空間だった。


「いや……何も見えないんだけど」


 普通に森が続いているようにしか見えない。


「え? ……ああ、これも結界の一部なのよ。同族以外には見えないようになっているわ」


 そらまたファンタジーな。というか排他的過ぎないか? 自分の集落の存在を周囲に知らせないとか、人口が十二分にいないと滅ぶぞ。ゆっくりと。


「ちょっと待ってて頂戴。結界を一部だけ解くから」


 クレアが何もない場所に手をかざす。危ないと困るから俺たちも下がっておく。


 しばらく待つと、目の前の空間が揺らいだのが確かに見えた。


「…………」


 見えたか? という意味を乗せた視線をフィアとカイトの二人に送る。フィアは目を見開いたままうなずき、カイトは頬を赤らめて恥じ入るようにうなずいた。


 ……カイトにきちんと通じたのか果てしなく疑問だ。アイコンタクトって難しい。


 さらに少し待つと空間の揺らぎが大きくなり、やがて別の景色を俺の瞳に映し出した。


「これは……」


「すごいですね……こんな形の防護壁初めて見ました」


「僕もです。これは……人間の魔法では無理です」


 カイトの言葉に俺も納得する。人間の魔法は六属性の攻撃に、三種類の治癒しかない。合成魔法を考えても、これだけの結界は不可能だ。


 俺たちの前に見えているのは木の小屋が何軒か建っている光景と、クレアと同じ耳の長い人が何人か歩いている姿だ。


「これがエルフの集落……?」


 この規模で集落、と呼べるのだろうか。人数が少な過ぎる。


「ここは外周近くだから住む人も多くないわ。もっと奥の方へ行けば仲間も多くなってくるわ」


「へぇ……。あ、ここの総人口はどのくらいなんだ?」


「私も詳しくは知らないけど、百人前後じゃないかしら」


 少ない。それでは生き残る事なんて不可能だ。せいぜい四世代で滅びてしまう。


「ふーん……それがエルフの総数なのか?」


「さぁ……外の世界には他にも集落が存在するのかもしれないけど……私は知らないわ」


 ……緩やかに滅ぶゆく種族、か。彼らが純血を保つ事はもう不可能だろう。種として存続したければ、人間と交わっていくしかなさそうだ。


 まあ、俺の推論でしかないし、彼らがそれを望むのなら止める筋合いなどないのだが。


「クレア! 大丈夫だったのか!?」


 集落の中に足を踏み入れようとすると、こちらに気付いたエルフの青年がクレアに駆け寄ってきた。見た目は若そうだが、エルフって長命という設定がよくある。見た目通りの年齢なのか疑問だ。


 ちなみに金髪のイケメンだった。チクショウ。イケメンなんて滅んでしまえ。


「ええ、私ごときを心配してくれるなんて……感動のあまり、腹を斬ってしまいそうになるわ」


 いきなり切腹!? と俺たちは慌てふためいたが、青年は特に驚いた様子を見せなかった。


「無事ならよかった。それより、そちらの方は?」


 完璧にスルーとは。彼はどうやらクレアの扱いに慣れているようだ。


「私を助けてくれたの。道に迷っていたみたいだから案内したのだけど……迷惑だったかしら?」


「いえ、そんな事は――」


「迷惑に決まってるわよね。ふふふそうに決まってるわ。全て悪いのは私なのよ……」


 自分で聞いておいて自分で結論を出しやがった。俺だったら対応に困るこの状況。あの人はどう対応する?


「クレアを助けてくださったようですね。若輩者ですが、エルフを代表してお礼申し上げます」


 華麗にスルー。今まで王族の人はスルースキルが高いと思っていたが、こいつはそれのさらに上を行く。まさにスルーキングだ。


「あ、いえ、こちらこそクレアには助けてもらったので……」


 非常に丁寧な物腰で対応されたので、俺もちょっと恐縮してしまう。実際、俺たちも食糧とか道案内とかでかなり助けてもらったし。


「私はシェンと申します。クレアの世話係をしています」


「世話係?」


 それって子供の頃だけのようなイメージがあるんだけど……。


「彼女、あんな様子ですから……」


 シェンさんは疲れた様子でクレアの方を指差す。クレアは地面にうずくまり、アリの行列を虚ろな瞳で眺めていた。


「……心中、お察しします」


 もうこれしか言えなかった。きっと彼と俺は同じ胃痛仲間だ。


「私は先に長老に報告してきます。一番大きな建物ですので、きっとすぐに分かります。……ほら、クレア、行くよ」


「ええ……」


 クレアが相変わらずの根暗な気を撒き散らしながら、シェンさんに引っ張られていく。あの人にあんま苦労かけるなよ。


「……意外と友好的でしたね」


 フィアが驚いたように言う。カイトも追随するように首を縦に振っていた。


 俺も確かに驚いた。こんな暗い森の奥で少ない人数の同族と暮らしているのだから、偏狭な人たちだとばかり思っていた。


「まあ、友好的なのは良い事だと思うぞ。矢で追い掛け回されるよりは、歓迎してもらった方が良いだろ?」


「それはそうですけど……」


 フィアはどうも信用し切れない様子。カイトもフィアの意見に賛成している。


「別に俺も信用してるわけじゃないしな……クレア以外は」


 シェンさんも信用したいのだけど、時間が圧倒的に足りない。友人になるのに時間は必要ないと言うが、絶対ウソだ。時間がなければ相手の事を多く知る期間もないのだから。


 別に相手の事を全て知らないと友達になれないわけじゃない。ただ、相手の信頼できる部分だけを見て、友達だと決めるのはあまりやりたくない。人間なんだし、嫌いな部分の一つぐらいあったって良いじゃないか。


「まあ、表面上は友好的な顔しとけ。フィアはそういうの得意だろ?」


 王族なんだし、腹芸はできるはずだ。


「いえ、まったくできません。会ったばかりの他人にも感情が顔に出るって言われた事があります」


「なにその王族にあるまじき欠点!?」


 考えている事が他人にダダ漏れとか、日常生活すらキツくないか?


「でも、フィアさんの言う事も事実ですよ。確かにフィアさんは表情がよく変わりますし」


「むぅ……」


 カイトの言葉にうなずかざるを得ない。フィアも俺たちと一緒にいる間ぐらいは思いっきり感情を表に出しているだけだと思っていた。しかし城の中でもこの状態とは……侮っていた。


「……まあいいか。何とかなるだろ」


 全部諦める事にした。きっとなるようになるさ。






「まずは、彼女を救ってくれた事に礼を言おう」


「いえ、こちらこそ彼女に助けていただきました。この度は、部外者であるにも関わらずお招きいただき、ありがとうございます」


 俺が今相対しているのはエルフの長老――メレムさんだ。何でも、メレムというのは長老に就任した際に受け継ぐ名前であるらしい。本名は別にあるようだ。


 さすがに長老だけあって圧迫感がある。呼吸が詰まりそうだが、この程度なら戦場で浴びた殺気の方がキツイ。


「我々はあなた方を客人として招きたい。このような小さな集落だ。それぐらいでしか歓迎する事ができないのだ」


 さてどうしたものか。受けてしまうのは簡単だが、それでは悪い気がする。彼女の命を助けたのは確かに事実だが、それはもう返してもらったと思う。


 だが、ここで断ってしまうのも相手に失礼だ。ここは……。


「いえ、私どもはただの部外者です。彼女を助けたのも本当に偶然。それがなければ我々の身はあそこで朽ちるはずでした。こうして生きている以上、あなた方から歓迎を受けるどころか、我々があなた方に恩返しをしなければならないほどです」


「静さんがまともだ……」


 フィアが後ろでポツリとつぶやく。どういう意味だ。俺はいつだってまともだぞ。


「そうは言いますが、しかし……それでは我々の気が収まりません」


 どうしたものか。俺は辞退すると言っているのに、向こうが下がる素振りを見せない。


「……分かりました。これ以上固辞するのは失礼に当たります。お言葉に甘えさせてもらいます」


 そうなると、俺が折れるしかないじゃないか。


「そうですか! それではさっそく祝いの準備をいたしましょう! いや、このような閉鎖的な環境だ。あなたのような礼儀をわきまえた旅人が訪ねてらっしゃるのは本当に嬉しい!」


 礼儀、ねえ……。薫の無礼な言葉遣い、ああはならないようにしようとしただけなんだが。あいつ、昔は誰に対してもタメ口聞いてたからな。


『まあよかったではないか。そのおかげでこうしていられるのじゃからな』


『……それもそうだな。こうなってしまった以上、楽しむか』


 メイの言葉に苦笑しながら、俺たちも席を立った。


 まずは手伝いから始めるか。俺たちの歓迎会だけど、何もしないのは居心地悪いし。

エルフの細かい設定は次で書きます。

静は今まで受けた苦労の度合いが人より多いので、きちんとした常識を持っています。

しかし、アクの強いメンバーをきっちり統率できるあたり、彼も立派な非常識人です。

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