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三十五話

「クレアさん、ちょっといいですか?」


 エルフの集落へ向かう最中、疑問に思った事があったので聞いてみる。


「クレアで良いわよ。私ごときにさんづけなんて……必要ないどころか過剰尊敬よ」


「あなたも突発的に鬱になりますね」


 造語作ってまでネガティブ入るか。過剰尊敬って何だよ。意味は分かるけどさ。


 この人はひどく扱いづらい。俺のどんな一言がこの人のネガティブスイッチ押すか分からないし、ネガティブ入った時の収め方もよく分からない。


 俺も十七年間でこういった手合いの人を見るのは初めてだ。初めてだから対応に困る。


「じゃ、じゃあクレア。あんたは何でウェアウルフに襲われていたんです……だ? エルフは森の中歩く時に武器を持たないのか?」


 ちょっと丁寧語が入りそうになったが、クレアが目に見えてダークオーラ撒き散らし始めたため、慌ててタメ口に訂正する。言葉遣いひとつでここまで変わる人も珍しいよな……。


「……確かに。いくら自殺志願者の私でも集落の外を歩く時は武器くらい持つわ」


 なんか前半聞き捨てならないセリフを口走ったような……。いや、この人流のギャグだと思っておこう。突っ込んだら負けの気がするけど。


「私の武器はこれ」


 クレアが服の中から弓を取り出した。なるほど、これが武器か。


「って、矢は?」


 クレアは矢を収める道具なんて持ってなかったはず。持っていたら俺たちが気付いている。


「エルフの弓では矢は必要ないの」


 ……すいません、意味が分かりません。


「あなたも引いてみる? 魔力がある人間なら誰でも使用可能よ」


「はぁ」


 自分の武器をそんなあっさり手放すなよ、と思わなくもないが、ありがたく受け取る。


「んじゃ、ちょっとみんな離れて。俺の体の方向には立つなよ」


「僕が静の思いを受け止めます!」


 カイトが喜び勇んで俺の前に出てきた。


「……フィア」


「了解です」


 名前を呼ぶだけで俺の言いたい事を理解してくれたフィアに頭が下がる。


「カイトさん」


「何ですフィアさ……げふぅっ!!」


 うわ、わき腹に鋭い蹴りが……思わずカイトが蹴られた個所を押さえてしまう。


「はい、どうぞ」


 わき腹を押さえてピクピクと痙攣しているカイトを引きずったフィアがニッコリ笑いながら言ってくる。ちょっと怖い。


「あ、ああ……助かった」


 フィアって容赦ない時があるよな……。あんなダメージが残る個所、俺でも蹴らないぞ。


「んじゃあ……それっ!」


 弦を引いてみる。元がクレアの武器だからか張力も弱く、楽に引けた。


「おっ……?」


 確かに矢がつがえられていた。淡く発光する魔力の矢が。


「これは……すごいな」


 純粋に感心する。魔法やら魔物と同じくらいにファンタジーだった。


「そのままゆっくりと弦を戻せば矢は霧散するわ。射るかどうかはご自由に」


「んじゃ、お言葉に甘えて……よっと!」


 木の幹を狙って射ってみる。俺の魔力で作られた矢は木の幹を穿ち貫き、貫通したところで消えた。


「なかなか威力も高いな……」


 それに元が俺の魔力だからか、狙い通りに飛ばせる。目さえよければ百発百中も可能だと思う。


「ありがとな。返すよ」


「お安いご用よ。私なんて……これくらいしか取り柄ないから……」


 また落ち込んだよ。この人に案内してもらわないと俺たち動けないんだけど。


「ふふふ……私なんて生きている価値がないんだわ……社会のゴミ屑だわ」


「フィアー、カイト起こしてー」


 この人とはまともに付き合っちゃダメなんだと思う。適当にあしらって普通に戻るのを待つしかない。


「はーい。ほらカイトさーん、起きてくださーい」


 全力で蹴りをぶちかました奴が何を、とか思ったけど口には出さない。


「う、うぅ……ひどい目に遭いました……」


「自業自得だボケ。クレアー? もういいかー?」


「ええ、見苦しいところを見せたわね……」


「いや、もう十二分に見てるから」


 それがあなたの地なんですね。もう何も言いません。


「そう……、じゃあついて来て。案内するから」


「分かった」


「うう、わき腹がまだ痛む……」


 貴様はしばらくそうやって悶えてろ。トチ狂った事を言った罰だ。






 森を歩き続けて三時間半が経過した。こればかりは腕時計を見ているから確実だ。


「今日はこの辺りで休みましょう……今はまだ日が出ているからこの明るさだけど、夜になるとこの辺は危険極まりないわ……」


 日が出ている状態にも関わらずこの暗さが俺たちにはビックリだ。というか今、日が出ていたこと自体初耳だ。


「危険ってどんな感じに?」


「そうね……まず、魔物の凶暴性が増すわ」


「ふむふむ」


 まあ、ありきたりではあるな。凶悪だけど。


「そしてそんな凶暴な魔物対策にエルフの結界も強力なものになる」


「ほぅ」


 よくできた結界だな、と思う。その技術を俺たちに教えてもらいたいくらいだ。


「具体的には結界の中にいる生物が問答無用で死ぬわ」


「強力ってもんじゃねえだろ!? 問答無用で死ぬの!?」


 じゃあ俺たちヤバくないか?


「安心して。私なら逆結界を張って中和できるから。私一人でも夜の間ぐらいは平気よ」


「そ、そうか……、でも危険だから集落のある場所からは少し離れた方がよくないか?」


 人間の心理的に危ないところからは離れたいのだが。


「私の事が信用できない……? ふふ、そうよね。私みたいな根暗な女の言う事、信用できるわけないわよね……」


 いや、会って間もない人を信じるとか普通に無理だろ。


 そんな一般常識を無視したクレアが際限なく暗いオーラを放ち始める。俺たちまで陰気になりそうな嫌なオーラだ。


「あのー……俺は万が一とかを考えて離れたいんだけど。お前を信じてないわけじゃないんだ、うん」


 少なくとも悪人ではないと思っている。悪人全てがこんなネガティブだったら、とっくの昔に世の中は平和になっている。


 ただ、それがこいつの能力には直結しないわけで。俺はクレアの能力など何も知らないから、命を預けるような真似はできないと言いたいだけなのだ。


「いえ、いいのよ……私なんて……どうせ……」


「いや、お前に結界張ってもらわないと俺たち死ぬんだけど」


 どこからどこまでが結界の範囲か、なんて知らないんだし。


 ……そう考えるともう俺たちはコイツに命預けている事になるな。


「はぁ……、分かったよ。お前を信頼する。命預けるから結界を張ってくれ」


「本当に……? 失敗しても、文句言わない?」


「言えないと思う」


 お前の失敗イコール俺たちの死だから。


「……分かったわ。やってみる」


「それじゃ、野営の準備だな」


 クレアがやる気を出してくれたところで野営の準備に入る。と言っても、テントまで張る必要はないから、かなり簡略なものになるが。


「そうですね。私は適当な広場を探します」


「じゃあ僕は枝を探してきます」


「頼む」


 フィアとカイトは普段は働き者のため、非常に助かる。俺はクレアの背中を眺め、結界を張る作業とやらを見せてもらう事にした。


「……これでよし」


「え、もう終わりなのか?」


 何かもっと魔法陣描いてどうたらこうたらを期待していたので、ちょっとショック。


「ええ。内容自体は簡単なの。後はこれに魔力を注ぎ続けるだけ」


「ふーん……」


 クレアが作ったのは石で小さな星形を作っただけの本当に簡単な代物だった。こんなので大丈夫なのか?


「ただ、形に込められた意味と法則をしっかりと理解しないとダメね。それに、魔法陣は常に魔力を注いでいないと効果を発揮しないから、人間には役に立たないわ」


 クレアの丁寧な説明を聞いて納得する。簡単に見えるが、中にはみっちりと意味が詰まっているのだろう。そう思うと簡単な星形でも魔法陣らしく見えるのだから、我ながら現金な目だ。


「それじゃ、私は木の実を探してくるわ。少し待ってて……いえ、私なんかが待ってて、なんておこがましいにもほどがある……」


 自分で言った言葉でネガティブ入られるとさすがに何も言えないのだが。


「……ふぅ、とにかく、行ってくるわね」


 果てしなくリアクションに困っていると、クレアが一人で立ち直ってくれた。


「ああ、頼むな?」


 俺とフィアは食える実とか草にはあまり詳しくないし、カイトもこの辺の木の実は見覚えがないと言っていたので、サバイバルが難しかったんだ。こういう時のクレアは土地勘があるので助かる。






 クレアが持ってきた木の実と果物、もともと俺たちが持っていた携帯食料の乾物も合わせて軽く料理を作る。


「……静さん、料理なんてできたんですね」


「人を何だと思ってやがる。薫のメシ作っていたのは俺だぞ」


 あいつ女の癖に料理を一切しない。いや、女だから作れと言うつもりもないが、せめて少しくらい手伝おうという気概を見せてくれてもバチは当たらないと思うんだ。


「主夫……?」


 フィアが聞き捨てならない事を言った。俺が果てしなく気にしている事をサクッと言いやがった。


「貴様メシ抜き」


「ああっ! ごめんなさいごめんなさい!」


「ったく……」


 半泣きで謝ってきたので仕方なく食事をよそってやる。


「うわ、美味しい! これ、本当にあの乾物とかなんですか!?」


 食事をつまんだフィアが感嘆の声を上げる。その様子に少しだけ頬を緩めて説明してやる。


「ああ。魔法で地下から水を引っ張ってきて、それを使って戻した。後は煮込むだけ」


 調味料の類をアウリスで買っておいてよかったと心から思う。醤油さえあれば言う事なしだったのだが。


 地下水を見つけるのも簡単だった。森が生い茂る以上、水をためておく場所があるはず。そう考えて探ってみたところ、驚くほど容易に見つかった。


「静が食事を作って僕が働く……完璧だ!」


「全然完璧じゃないから。お前が俺と結婚する場合は性別っていう大きくて高い壁が立ちはだかるから」


 仮にお前が女になっても結婚なんてまっぴらごめんだが。


「そんな壁、愛の前には些細なものです!」


 カイトがやる気に満ち溢れた声を出して立ち上がる。しかし、周りの視線は冷ややかだった。


「断言してやるがその愛は一方通行だ」


 少なくとも俺からの愛は一切ない。あるのは仲間としての信頼がせいぜいだ。


「……あなた、苦労するわね」


 クレアがボソリとつぶやいた。あなたも俺の苦労の一因になってます。


『主……これが類は友を呼ぶというやつなのか?』


 その場合、俺もあいつらと同類になるので意地でも認めたくない。あと、メイも同類と言う事になる。


『むぅ……それは困る。妾は普通じゃからな』


 妖精さんがどの口で普通を言う、と内心でつぶやいておく。言っちゃうと機嫌を損ねる事請け合いなので黙っている。


「食べ終わったら寝るぞ」


「そうですね。ごちそうさまです」


 フィアが食器を片づけ始める。カイトも食器を置いて、寝る準備を始める。


「それじゃ、今日の見張りは俺だな」


 手頃な木の根っこに腰かけ、見張りの態勢を作る。体力を予想以上に使うので、できるだけ楽な姿勢を取った方が良いのだ。


「はい、お休みなさい」


 寝る支度を終えた二人がさっさと寝入ってしまう。もう少し労いの言葉をかけてくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。


「……フィアって子も普通じゃないんでしょう」


「せめて疑問符ぐらい付けても良いと思うんだけど」


 完璧に確信している。当たっているだけに反論もできない。


「あいつは戦いになると人が変わる。狂戦士、とかが一番しっくりくるな」


 普段はあの通り良い娘なんだが。戦闘中の性格の変わりぶりと来たら、二重人格と言っても通じるくらいだ。


「そう……あなたも苦労するわね」


「理解してくれるとありがたい」


 クレアって暗いけど、良い人だな。何より常識がある。もうそれだけで俺の好感度はウナギ上りだ。


「……っ!」


 その時、魔物特有の背筋が寒くなるような気配がした。


 距離はまだ遠い。そのせいか、フィアとカイトもまだ寝ている。


 ……あの二人にはいつも世話になっている。今回くらい、恩を返しても良いだろう。


「クレアはそこにいて。俺はちょっと倒してくる」


「……いえ、あの場所なら私の矢で狙撃できるわ」


「本当か? 俺はまだ見えないぞ」


「弓使いの目が良いのは当然よ。まあ、私ぐらいの目の持ち主なんてゴロゴロいるでしょうけど……」


 自分の言葉で自虐モード入るのやめてくれないだろうか。その陰気なオーラにあてられてこっちも暗くなりそうだから。


「だったら狙撃を頼んでいいか? 外しても位置を教えてもらえればこっちから攻撃できる」


 糸の利点である射程距離を活かさせてもらう。鋼糸を作り、いつでも放てるようにする。


「それでは……始めるわ」


 クレアが慎重に弓を構え、弦を引く。


「…………」


 クレアの集中を乱したくないから声には出さないが、驚くほど綺麗な構えを取っていた。ド素人の俺でも綺麗だって分かるほどだ。


 思わず息を呑み、クレアの一挙手一投足に注目してしまう。


 矢はすでにつがえられ、いつでも発射できる。クレアの視線は俺には見えていない敵を見据え、鋭く細められている。


「……っ」


 クレアの周りの気配が爆発的に高まる。ためにためた気合が一気に放出され、矢という一点に収束する。


「はっ……!」


 そして発射される矢。これで結果がついてくれば俺はクレアを信頼しただろう。


 だが、その瞬間俺は見た。




 ――クレアの顔が例えようもなく快楽に歪むのを。




「あははははっ……! たまんないわ、この敵を撃った瞬間! 気持ちいいわ……」


 うっとりした表情でつぶやくクレア。ついさっきまで纏っていたあの陰気オーラはどこへ行ったのかと思わんばかりにはつらつとした雰囲気を撒き散らしていた。


「…………フィアと同じタイプか?」


 しかし、幸か不幸か俺はアクの強い奴らばかりが仲間にいるので、多少の事では驚かなくなっていた。いや、それでも驚いたけど。


 とにかく、クレアの性格が豹変した原因を探る事にする。原因さえ分かっていればまだ対処のしようがあるからだ。


 戦闘狂は……ないな。だったら矢をつがえた時のあの集中はあり得ない。


「……トリガーハッピーか?」


 一人、地球での知り合いにそんな奴がいた。拳銃を撃つ事が快感な人だ。要するに射撃に快楽を覚える人……で間違ってないと思う。


 つまり、クレアの人格をまとめると……。普段はネガティブで、戦闘時はトリガーハッピー?


 ……キッツ。フィアだって平時は落ち着いているし、カイトは戦闘時には頼りになるぞ? この人は平時、戦闘時ともに俺の気苦労の一端を担ってくるのか?


「あら? もう終わったの? ……まったく、撃ち足りないわ」


 俺の周りに個性的な人が集まり過ぎるため、類は友を呼ぶ説が濃厚になってきた事に嘆いていると、クレアが戦闘終了を教えてくれた。


「あ、ああ。助かった」


「このくらい朝飯前よ……ごめんなさい。私なんかが楽勝なら、あなたなら小指一本でもできるわよね……」


「どんだけ俺はバケモノなんだ!?」


 小指一本で魔物倒せとか、無理ゲーにもほどがあるぞ。しかも弓をしまった途端にネガティブ入った。変化が激し過ぎてリアクションしづらい。


「……ったく、クレアは休んでいてくれ。俺はちょっと倒した魔物を確認してくる」


「そこまで言うなら……お言葉に甘えさせてもらおうかしら」


「そうしてくれると助かる」


 クレアが寝具にくるまったのを確認してから、クレアが矢を撃った方向に足を向ける。


「うげっ……」


 どうやら魔物はウェアウルフだったらしい。推測なのは目の前の死体が原形をとどめていないほどのスプラッタだから。


「……まあ、成仏してくれや」


 埋めずに放置して、俺もみんなのところへ戻る。俺が埋めるのは人間まで。理性もなく人間を襲う魔物にかける情けまでは持ってない。


 みんなはすでに健やかな寝息を立てていた。人が起きているのにうらやましい奴らだ、と苦笑が漏れる。


「クレアとはどこまでの付き合いになるのかね……」


 今までの経験上、癖の強い人はみんな俺と一緒に来ている。その流れで行くと、クレアも来るのだが……。


「さすがに胃が持たねえよ……」


 フィアとカイトでいっぱいいっぱいだと言うのに、まだ増えるのか。


「……まあ、いいか」


 それらを含めても、この旅は結構楽しいものになっているんだ。よしとしよう。


 日が昇って来たのか、ほのかに明るくなり始めた景色を眺めながら、俺はぼんやりとそんな事を思った。

癖しか存在しない静パーティー、完成です。

静は自分で動くと決めた以上、不幸を嘆く事はあっても本当に投げ出す事はありません。とはいえ、彼の胃痛は留まるところを知りませんが。

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