三十三話
「…………」
「あ、あの、静さん……? そ、そんなドス黒い隈を作ってどうしたんです?」
あまり寝れなかった。ちょっと意識が落ちかけるとカイトの恐怖がよみがえり、目が覚めてしまう始末。鏡を見たらすごい隈になっていて自分でもビックリだ。
「……ちょっと眠れなくってな」
「はあ……、っ! ――ごめんなさい」
何かに気付いたように目を見開き、フィアが急に謝ってきた。何やら聞いちゃいけない事を聞いた時みたいに。
「フィア、お前妙なこと考えてないか?」
俺の事が非常に誤解されている気がしてならない。
「まさか気の昂ぶりをカイトさんで鎮めていたなんて……気付かなくて本当にすみません」
「お前らはどんだけ俺をそっちの道に引き込みたいんだよ!? 薫もだけど俺ってそんなふうに見られてるのか!?」
俺だって年頃の男の子なんだよ? 一応、女に興味もあるんだから。
「……とにかく、俺は普通に女の子が好きだ。覚えておけよ」
「はいはい、分かりました分かりました」
「何だその気持ちの入ってない返事は!? もうみんな気付いている事なのに当人だけ認めてないみたいな返事の仕方だなオイ!」
「だって静さん、私の事そんな目で見ないじゃないですか!」
「逆ギレされた!?」
ヤバい、どうも向こうのペースだ。とりあえず、俺がその道の人ではないという事を教え込まないと。
あと、俺は厄介事を持ち込んでくる女に欲情はしない。疫病神という認識がそいつの女であるという認識を食っちゃうから。
「見るわけないだろう。仲間なんだから」
とはいえ、思った事をそのまま言ってしまうのは理性ある人間のする事じゃないので、適当にごまかす方針で口を開く。
「仲間内での恋愛という形も有ります!」
お前の恋愛観って全部小説からの引用だろ。
「すまん。直球で言うけど、お前をそういう対象に見るのはムリ」
ついでに薫とリーゼも不可。薫は今さら腐れ縁から関係変える気もないし、リーゼはそんな目で見たら殺されそう。
一応、女運はある方だと思っている。今まで知り合った女も美少女美女ばかりだ。……薫の方に集まっているんじゃね? とか思ったりもするが。
「まあ、そうですよね。私も静さんを恋人にできるか、と聞かれれば無理です」
予想以上にあっさりした返事が返ってきた。今までの話の流れからショック受けると思ったんだけど。
「……お前にとって俺って何だよ」
「仲間ですよ?」
サラリと答えられる。仲間だと言ってくれる事を喜ぶべきか、それともそこからまったく進展しないであろう事実に嘆くべきか分からなかった。
「……そうかよ。メシ食おうぜ。食い終わったらギルドで報酬もらって出発する」
「もう行くんですか?」
「ここに長居してもロクな事がなさそうだからな」
第六感がそう言っている。何だかどこへ行っても変わらない気もするが、それは無視する。
食事を終えてから、ギルドへ向かう。宿を出た直後、何やらボロ雑巾のような物が転がっていたが、蹴っ飛ばして道端に寄せておく。
「げっ……」
「人の顔を見てげっ、とはいただけないな。静」
ギルドへ向かう途中、バッタリ薫と出くわした。
「あー……、それよりリーゼとキースはどうしたんだ?」
「キースはリーゼのお供だ。リーゼはまだ怪我人の救護に駆け回っているよ」
「へぇ、お前は行かないのかよ? お前だって治癒魔法に適性あったはずだぞ」
「行ったさ。だが、勇者様に見てもらうなんて恐れ多い、なんて言われて追い出されてしまったよ」
相変わらず飄々とした、それでいてどこか苛立ちを感じている顔だった。おそらく、自分が対等の人間と扱われなかったのが不満なのだろう。
「まっ、そんな事もあるって事だ。それより、ずっと聞きたい事があったんだ」
戦闘のゴタゴタで忘れかけていたが、これは聞いておかないといけない。
「――お前、どこで今回の事を知った?」
薫は北へ向かっていた。それは確かだ。ならばどうやって遠くの情報を仕入れた?
この世界の情報伝達は基本手紙だ。そして配達人は馬に乗って運んでいる。確かに徒歩よりは早いだろう。だが、こんなにも早く伝わるのはさすがに異常だ。
「うん? カシャルから出て二日ほどの村で住民が話していたのを聞いたからだが?」
怪し過ぎる。何でその村ではすでに知られている情報が俺のところに来なかった? 正確には俺とカイトが出会った村に情報が流れなかったのか? こっちの方がアウリスに近いのになぜ?
「……今回の襲撃はアウリス側にとってもまったく前兆が見られなかった。なのに逆方向の村には知れ渡っている? おかしいにもほどがある」
「前兆がなかった? 私の聞いた話ではアウリスの周りから魔物の姿が消えて何かの前触れじゃないか、という話だったからアウリスは当然知っているのかと……」
確かにあれだけの規模の魔物たちは一日や二日で集まるものじゃないだろう。前々から入念に準備がされていたはず。
「……おかしいよな」
「そうだな。何か変だ」
俺と薫が顔を見合わせ、うなずき合う。
「まず、アウリスにとって今回の襲撃は予想外の事態だった」
「そして、当事国であるアウリスが知らない情報をかなり遠方の村が知っていた」
「しかし、アウリス付近の村はそれを知らない。これらの事を鑑みると真実は意外と簡単だ」
俺、薫、俺と言葉と思考を繋げていく。考えは口に出すとまとめやすいし、俺と薫ならお互いの思考をトレースするくらい余裕でできる。
「……やられたな」
答えは簡単。薫はまんまと誘導されたって事になる。それが人に扮した魔族なのか、魔王軍の側についた人間なのかは知らないが。
「まったくだ。携帯でもあればよかったのにな」
地球から持ち込んでいるけど当然圏外。無用の長物と化している。役に立たないのでどこかの村で売ってしまおうと画策中だ。
「しかし、それでは疑問が残る。なぜ私を静のもとへ向かわせた? あのまま放っておけば静は間違いなく死んでいたはずだ」
薫の言う事ももっともだ。実際、その質問に対しての答えを俺は持ってない。
「それは向こうの思惑があるって事だけど……俺の私見で言わせてもらえば、北の方が重要度が高かったんだと思う」
北の方に魔王軍もてこずるような何かがあって、そこに時間をかけたいから北に向かっていた薫を南に向かわせた。筋は通るが、北国には勇者以上に目を引く何かがあるのだろうか。
「なるほどな……、未熟な勇者と国一つを比べれば、国の方が優先順位は高いに決まってるな」
シニカルな笑みを浮かべた薫がそんな事を言う。
「お前、何落ち込んでんだ?」
薫はクールな話し方をするし、性格もクールな方だけど皮肉とか自虐はほとんど言わない。見た目はクール、中身は熱血を地でいく奴だ。
その薫が珍しく自虐的な事を言った。年に一回あるかないかの薫のネガティブだ。
「別に……。ただ、私が敵の思惑に乗ってしまったという事は北が危ないという事だからな」
それで自分の浅慮を嘆いていたってところか。
「気にするな、とは言わない。俺はお前の失敗に命救われたけど、失敗は失敗だ」
「ああ……」
俺の言葉に薫がうつむいてしまう。これは重症だな。
「ちょ、静さん!?」
フィアも俺が厳しい事を言った事にビックリしている。同時に批難も少ししているみたい。
「はぁ……。ったく、世話の焼ける幼馴染だよ」
下を向いている薫の後頭部をポンポンと叩く。
「静……」
「お前、今も昔も完璧な人間だったか? 違うだろ? ミスだって何回もしてたじゃないか」
完璧な人間なんてどこにも存在しない。目の前の勇者様だってそれは同じ。そして、そんな勇者と幼馴染をしている俺はいつもの役割をこなす。
「お前のミスをフォローするのは俺の役目だ。お前は自分の道突っ走ってろ」
「静……」
「お前はここの……セラ山脈に行け。時期尚早かもしれないが、もうそんな事言ってられないはずだ」
何やら救われたような顔をしている薫を見ないようにして地図を開き、大陸を二分するように存在するセラ山脈を指差す。
以前にも話したが魔王軍と人間、ともに攻めあぐねているのはこの山脈があるからだ。大規模な軍勢を送っても山脈を上って相手側に行った時には疲れ切っており、駐留している軍にせん滅されるだけの存在になっているのだ。
そのため人間も魔王の脅威におびえる事なく、自分の周辺に現れる魔物を倒すくらいでよかった。
だが、もう話は違う。
「そうだな……。向こうは人間社会に少しずつ魔族を送り込んで内部から腐敗させようとしている。すでにこの国にも何体か入っているんじゃないのか?」
カシャルであった人材の入れ替わりが今度は大陸中の国で行われる可能性があるのだ。時間の余裕があるなんて間違っても言えない。
「おそらくは。だけど今はそれを議論する時じゃない」
俺も気付くのが遅れ、予想以上に事態は進行している。もう、いつ人間が負けてもおかしくない。
「ここで私たちがすべき事は……」
「可能な限り信頼できる戦力を集めての超短期決戦だな。それと、私たちにするな。俺は俺でやる事がある」
「ん? 何かあるのか?」
こいつのミスをフォローしたくなくなってきた。さっきまでの落ち込み具合はどこへ行ったの?
「……俺は急いで北に向かって情報収集だ。お前のフォローが終わったと判断したら合流する」
「すまない。助かる。しかし意外だな。お前が自発的に関わろうとするなんて」
「……旅に出る前にも言ったが、可能な限りお前の手助けするって言っちまったからな。言っちまった以上、全力でやらせてもらうだけだ」
俺と薫の会話を聞いていたフィアが「これでただの幼馴染……? あり得ない!」などと戦慄していたが無視する。だってこれが俺たちのデフォルトだし。
「ははっ、持つべきものは友達思いの幼馴染、か」
「言ってろ。……頑張れよ」
「任せろ。私を誰だと思っている? 勇者様だぞ?」
その返事ができるなら大丈夫だ。俺は満足げにうなずいて、何やら顔を赤くしてこちらを見ているフィアの手を掴んで歩きだす。
「え? あれ? あそこでキスとかないんですか?」
「何でだよ。俺とあいつは幼馴染だっての」
「絶っ対ウソです!」
何やらフィアが妙に騒がしかったが、スルーしながら街を歩いた。
「本当にもう出発するんですか?」
ギルドに寄ってとんでもない額の報酬を受け取ってから、速やかに旅支度をした俺たち。今はアウリスの城門前にいる。
「ん? そういやそうだな。お前も嫌なら来なくていいぞ。これは俺のやりたい事だから」
あいつのフォローをやりたいだなんて……俺ってば本格的にMになったのか? いや、子供の頃からやってる事だからなんか面倒見ないと不安になってしまうというか……。
結局、俺はあいつを完全に切り離す事は不可能みたいだ。
やれやれとため息をつきながらフィアの返事を待つ。
「何言ってんですか? 私は静さんに着いて行くって決めましたから。むしろ静さんが自分からやる事を決めるなんて嬉しいんですよ? 見守っていた弟が成長した感じで」
「俺より年下のくせに何言ってやがる。……まあ、着いて来るってんなら世話かける」
「はい!」
元気よくフィアがうなずく。それを見てから、フィアの隣を嫌々見る。
「静……僕を置いて行くなんて言いませんよね?」
すまん。正直置いて行こうかと思った。お前がいると何もない時でも俺が身の危険を感じる羽目になるんだよ。
「……分かったよ。成り行きとはいえ、パーティー登録もしちまったしな。今さらハイさよなら、というわけにはいかないか」
「じゃあ……!」
「お前も来い。ただし、お前が俺に襲いかかった瞬間、置いて行くと思え」
「はい! 安心してください! ぐっすり眠っている時しか狙いません!」
余計不安になるわ。やっぱ置いて行こうかなどと思ってしまう。
「はぁ……まあいいか。頼りにしてるからな」
戦闘中のカイトは普通に頼れる。その真面目さをいつも持っていてほしいと思うのは俺だけだろうか。
「行くぞ。目指すは北だ」
こうして、俺と魔王軍の本格的な戦いは始まった。
静がついに何かに巻き込まれる前に自発的な行動を開始します。
静は何だかんだ言っても困っている友人を放っておけませんし、一度自分から言い出した事は決して曲げません。