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二十九話

「ほら、立て」


 目の前にいるのはどう見ても俺の幼馴染だった。え? お前ら北行ってたんじゃないの?


「あ、ああ……」


 立ち上がり、砂埃を落とす。同時に頭も回転させ、こいつがなぜここにいるのかを考える。


「……そういやお前、俺がピンチになるとよく駆けつけてきたような……」


 それこそ狙ってんじゃねえの? って疑いたくなるようなタイミングで。今回もそうだったし。


「ふふっ、北に少し行ったところでアウリスに魔物が集結している、という噂を聞いてな。お前の事だから巻き込まれていると思ったんだ」


「ぐっ……」


 俺もその情報があったらアウリスに向かってなかっただろう。反論できない。


「それからは……まあ、勘だな。何となくお前が危ないと思ったんだ」


「それなんてエスパー?」


 コイツ怖いよ。俺がどこで何やってるのか知ってんじゃないのか?


「あの、静……? こちらの方は一体?」


 しまった、カイトの事を忘れていた。


「って人の体を撫でまわすんじゃない!」


 割と全力で顎を蹴り上げ、体を浮かせる。そして鳩尾に全力で拳を打ち込む。


「げふぅっ!」


 カイトは二メートル近く吹っ飛び、そのまま腹を抱えてピクピクと痙攣している。無駄に頑丈だな。やはり変態補正か。


「そ、それであいつは誰なんだ?」


 カイトの質問に俺が答えなかったため、薫が逆に聞いてくる。しかし、俺たちのやり取りを見たばかりで冷や汗が浮いている。


「……ちょっと前にな。一緒にアウリスまで行ったんだ。んで、それでお終いだと思ったら……あの通りだ」


 何を思ったのか俺を好きになるという暴挙に出た大バカ。戦闘時は頼りになるんだけど……他では俺の貞操を常に狙っている迷惑極まりない存在だ。


「そ、そうか……。一つ言っておく。非生産的だぞ?」


「お前もか!? お前まで俺をその道に引き込みたいのか!?」


 十七年間一緒にいた幼馴染が俺の事をどう見ているのか何となく分かった。


「……はぁ」


 それは置いておいて、コントしている暇はない事に気付く。そのため、ため息一つで今までの事を流し、本題に入る。


「お前がどうやって来たのかはこの際どうでもいい。手伝え。幸い、敵のボスは近くにいるんだ」


 斬られた腕はすでに再生し、こちらを相変わらずの無表情で見ている。どうやら乱入した薫たちを警戒しているようだ。


「……ふっ、お前ならそう言うと思ったよ。それで、どうすればいい?」


 薫が静かに剣を構え、周りを油断なく見据える。キースとリーゼも戦闘準備は万全だった。カイトですらいつの間にか復活して剣を構えていた。


「……カイト、あの二人の方に回ってくれるか?」


 連携などを考えると俺と薫、カイトの三人とキースとリーゼの二人組がいいのだが、この空間内でキースとリーゼだけにするのは不安が大きい。


 ならば向こうの連携が悪くなるのは承知の上でカイトを送った方がいい。カイトの剣技なら彼らに合わせる事もできるはずだ。


「分かりました。任せてください」


「ああ、頼んだ」


 俺の指示にカイトはすぐさま従い、キースたちの方へ向かった。戦闘中は便利なんだよな……腕立つし、俺の命令すぐ聞いてくれるし。


「……それで、私は?」


 分かっているだろうに、薫は不敵な笑みを浮かべながら聞いてくる。


「決まってる。――いっちょやるか!」


 両手に鋼糸を付け、薫の後ろに付く。


「ああ! 魔物どもに見せてやろう!」




『――俺たち二人に不可能はない!』




 前の世界でも真剣になった俺と薫のコンビの前に敵はいなかった。マフィアだろうが、シンジケートだろうが全て打ち破ってきた。


 ……ただ、薫は何かと危なっかしい行動が多いので、長時間戦い続けると俺の胃が壊れるという爆弾があるのがネックだ。


「行くぞ!」


「任せろ!」


 薫が大ボス目がけて走りだす。結構距離が開いてしまったし、その途中には大勢の魔物がいる。


 だが、取るに足らない。


 薫が一振り剣を薙ぐだけで正面の魔物がバターのように軽々と切り裂かれる。その隙間を埋めるように別の魔物が押し寄せ、それを俺が糸で切り刻む。


「薫!」


「――っ!」


 俺が名前を呼んだだけで薫は意図を理解し、上へ飛ぶ。それを見た俺が風の糸で三度足元を薙ぎ払う。


「豪剣!」


 倒れた魔物を薫が気と魔力の混合剣技で吹き散らす。というか何あの威力。クレーターできてるんだけど。


「突破する!」


「オッケー!」


 お互いに片言のみのやり取り。だけどお互いの意志を疎通させるには充分。


 糸を使っての後方支援はできない。下手に距離が離れて分断されると終わりだからだ。俺が。


 なので短剣を抜いて薫の後ろに追従する。前の敵は薫が引き受けるので、前を注意する必要はなく、俺は周りに気を配っていればいい。


「チッ、こっちに来る数が多い!」


 短剣では殺傷力が少な過ぎて致命傷を与えられない。下手に突き刺しでもしたら、抜くのに手間取ってその間に周りの魔物に食われてしまう。


 短剣ゆえの小回りを活かしてかろうじて戦っているものの、正直キツイ。魔物は動物の本能の方が強いからなのか、わずかな怪我でも警戒してくれるが、小さな傷を無視して突っ込まれたら死ねる。


「大丈夫か?」


「無理」


 薫の確認に間髪いれずに答える。このままじゃ一分持たない。


「腕が落ちたんじゃないのか?」


「こんな大勢と短剣一本で渡り合うなんて初めてだっての」


 一対一ならともかく、この数は無理だって。魔物が押し寄せる壁に見えるから。


 その割に平和そうに話しているのは、こいつと一緒なら絶対に何とかなる、という確信があるからだ。なければパニックになってるところだ。


「テメェのチート剣で何とかなんねえの? この進行ペースじゃ大将にたどり着く前に俺が潰れるけど」


「ふむ、それは困ったな」


 ウソつけ。困った顔してないじゃねえか、とか思いつつ左から来たゴリラみたいな魔物の顔面をバッテンに切り裂く。


「静」


「オッケー」


 名前を呼ばれただけで言いたい事が分かった。その場で大きく跳躍する。




剣風(けんふう)!」




 薫の剣からオーラみたいなのが見えて、剣身を水増しする。伸びた剣のまま、薫が周囲を薙ぎ払う。


 ……俺の糸より範囲広くないか?


『ほぅ……剣を媒体に気を放出させるか……』


 メイが何やら感心していた。気を使えない俺にはよく分からないんだけど。


『体に纏わりつかせるだけならさほど難易度は高くない。じゃが、さっきのような使い方は相当熟練の使い手じゃないと無理じゃな』


 やろうと思ったら十年単位の修業が必要かのう、とメイが説明してくれる。


 その十年単位の修業が必要な技能をたったの二週間以内で修得したってのか!? 反則だろ!


 しかも薫は剣身を長くしたまま振るい始める。一振りするたびに魔物の死骸が宙を舞う。


 着地した俺は短剣を持ちながらもほぼやる事がなくなっていた。だってこいつがちょっと水平に薙ぎ払うだけで魔物が吹き飛ぶんだから。


「その技があれば俺必要ないんじゃねえの?」


「バカ言うな。これはまだ未完成で……ああ、ほら」


 言ったそばから気の刃が霧消してしまう。


「消えるタイミングが自分でコントロールできないんだよ。まあ、今回は長く持った方だけど」


「へー」


 薫の言葉に気のない返事を返す。こっちは気なんて使えないから未完成かどうかも分かんねえんだよ。


「それより、そろそろ大ボスだ。気を引き締めろ」


「戦場で気を抜く? 難しい注文だな」


 皮肉を返してから、警戒レベルを高める。さっきまではほぼ完璧に安全だったからちょっと警戒レベルを下げていた。


「スピード上げる」


「ん、了解。《風よ 我が歩みを助けよ》」


 俺だけが速度強化を使い、薫は気で足を覆って走り出した。


「って俺より速い!?」


 魔法で強化し、さらに全力疾走。そこまでやってギリギリ差が広がらない程度。


『気は身体強化に秀でていると言ったはずじゃ。魔法よりも強化の効率が良いのは当然じゃ』


 メイの説明に納得せざるを得ない。


 必死に薫の背中を追いかける。敵はもう視界の後ろに置いてけぼりだ。前に出た奴は薫の速度で蹴り飛ばされていた。何もできずに吹き飛ぶ姿は哀れ過ぎて涙を誘った。


「静!」


「あいよ!」


 薫の声に応え、糸で周囲を薙ぎ払う。それだけなら今までと同じなのだが、


「《炎よ 我らを守護せよ》」


 この魔法は自分の周りに炎のドームを作って攻撃を焼き焦がす魔法なのだが、今回はその範囲を広げた。あたかも、薫と大ボスの戦いを一対一にするように。


「……静」


「何の事かな? 聞こえないなあ」


 当然俺は範囲から逃げた。だって怖いもん。大ボスを倒すのは勇者様の役目でしょ?


 薫は俺を恨めしげな目で見ていたが、サラリとスルー。ちなみにちゃっかり別の防御壁を張って魔物の侵入は防いでいる。


 だが、なぜか知らないが薫と相対している俺が今まで見た中で最も人間に近い姿形をしている大ボスはやたらと驚いた表情をしていた。


『バカな……私が偽物だとどこで気付いた!?』


 ゑ? ナニソレ?


「……ん?」


 足元がかすかに揺れた気がしたので、下を見る。




 ――こちらを見つめる人の顔があった。




「うおおおおおぉぉぉぉっ!?」


 全力でバックしようとして、障壁の存在に気付く。障壁の範囲を広げながら、とにかく後ずさる。


「な、何だこれ!?」


 一瞬だけ動揺してしまったが、すぐに我を取り戻して落ち着いて考える。


 さっきのあいつの偽物発言。それと同時期に発見した妙な顔。


 ……認めたくないけど、この中から導ける答えは一つしかない。


「まさか……」


「ふっ、貴様ら程度の浅い知略、ウチの参謀にはお見通しって事さ」


 薫さんなに人の墓穴掘ってるの!? 気付かなかったから! ただの偶然だから!


『くぅ……魔王様にあれほど気をつけろと言われたのだが……不覚!』


 俺はお前から逃げるべく全力を尽くしたのにこうなってしまったのが不覚だよ。


 さて、これからどうしたものか。魔物避けの障壁は解除できない。かといって俺一人ではあの数はさばき切れない。


「おい勇者様! 助けろ!」


「無理だ! くっ、こいつ、強い!」


 薫は偽物との戦いで手一杯みたいだ。ただ、思い出してほしい。偽物より弱い本物なんてまずいない事を。いたら下克上している。


 結論、どんなに難しくても一人で戦ってそして勝て。


「無理ゲーだろ……」


 薫が苦戦する奴よりさらに強いんだぞ? あいつチート剣持ってて、それでも苦戦してんだぞ? そんな奴に前衛がいて初めて機能する後方支援型の俺が一対一で戦えと?


「冗談じゃねえ……」


 落ち込みながら、チラリと俺の倒すべき敵を流し見る。


 俺と同じくらいの身長と横幅。皮膚の色も肌色。顔は……無個性としか言えないが、その顔も今は感情に彩られている。


 人間にしか見えないが、こいつがさっきまで地面に潜って隠れていた事実を忘れてはいけない。つまり何らかの能力を持っている可能性大だ。


「やれやれ……やるしかない、か」


『……魔王様が目をかけている者だ。できれば殺すな、と言われているのだが……』


 投降しようかマジで迷った。殺さないでくれるの?


『お前は危険だ。ここで消えてもらう』


 ……ほら来たよ。分かってたよ。どうせこうなると思ってたよ。


『我は魔族四天王の一人、ウル・ワイヨン! 名乗れ!』


 前に倒した奴もそうだけど、こいつらって騎士道精神でも持っているのか?


 ってか四天王ってなに!? 俺がこの前倒した奴は確か魔族騎士団筆頭だったよね!? なんか偉そうな奴どんどん出てきてない!?


「……秋月静」


 一般人名乗る気力もなかった。もうヤダ。


『いざ、尋常に……』


 あれ? 始めちゃうの? ってヤバ!?


『勝負!』


 慌てて意識を戦闘に切り替えた時、ウルと名乗った魔族がこちらに向かって信じられないスピードで疾駆してきた。

やっぱり静は静です。何やっても裏目に出ます。

彼の求める平穏はどこまで遠くへ行けば気が済むのでしょう。

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