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二十六話

「なっ!?」


 それを見た俺は思考を停止させてしまう。それほどにこの現実は認めたくないものだった。


 なぜ中央議会が攻撃にさらされる!? 空を飛ぶ魔物はいなかったし、攻められる方向なんてどこにもないはず……!?


「クソッ、俺はバカか!」


「あ、静さん!?」


「フィア、来い! 中央議会に向かうぞ!」


「はい!」


 城壁から走り出し、下に向かう。


「静? 一体どうしたのです、そんなに慌てて」


 下に降りる途中、カイトに会った。こいつは使えるから連れて行こう。いざという時の保険だ。


「事情は道すがら話す! 今は来い!」


「来い……? はい、分かりました!」


 カイトも拾って中央議会への足を速める。返事した際の顔が恍惚としていたため、寒気を感じたのは忘れておく。


「俺の考えではあそこはまず間違いなく魔物に襲われてる! 急ぐぞ!」


「え!? ど、どういう事ですか!?」


 フィアとカイトが同じ質問をしてくる。ああもう! こいつらの方がこの世界に住んで長いだろうに!




「地下を通った魔物がいるんだよ! 奴らの狙いは中と外の挟撃だ!」




 チクショウが、なんで今まで気付かなかった。


 魔物の生態は知られておらず、俺の知っている魔物が全てというわけではないのに、慢心してた。魔物で特殊な行動を取る奴などいないと思っていた。


 ちょっと考えれば地下に住んで獲物を取る魔物だっていてもおかしくない。あいつらの基本は動物とよく似ている。その動物でも地下に潜っている奴がいるのだから、魔物にもいて当然だ。


 自分の浅はかさを死ぬほど呪う。見ず知らずの人を死なせてしまった事にも良心は痛むが、それは一因でしかない。


 大半を占めているのは、俺の作戦がほとんど台無しになった、という絶望感だ。


「チッ! 作戦の大幅修正が必要じゃないか! 面倒だなチクショウ!」


『主、本当に外道じゃのう……』


 言ってんじゃん。俺の手は誰も彼も救えるほど大きくないって。自分の事で手いっぱい。余ったら知り合いに回す。それが限界。


 とにかく、向こうは今パニック状態のはず。早いとこ助けないと指揮系統が総崩れしてしまう。


 それは俺の考えうる限り最悪のパターン。もしそうなったら、俺たちに打つ手はない。


「よし、ペース上げるぞ! フィアとカイトの強化をするから先行ってくれ!」


「そこは自分が先に行く場面では!?」


「接近戦できるお前らを先行させんのが基本だろうが!」


 後方支援の俺を先行かせるとか、正気か?


「戦闘の基本でも、物語の主人公の基本じゃないです!」


「知った事か! そんなもん薫に言え!」


 あいつなら率先して前に出るだろうが、俺には無理。何がいるか分からない場所に先陣切るなんて俺には怖くてできません。自分、ヘタレですから。


「行くぞ! 《風よ 我が歩みの助けとなれ》」


 二人に速度強化の魔法を施し、俺にも施す。


 何だかんだ言ってフィアもきちんと俺の事を理解しているらしく、これ以上の文句は言わずに足を速めてくれた。カイトは俺の言う事に反対などしない。


「メイ! 地下を通る魔物ってどんな奴が思い浮かぶ!?」


 我らが知恵袋メイさんの出番だ。知らない知識は推測で埋めていくより、メイに聞いた方が早い。


『ふうむ……妾が知る限りではサンドワームといった巨大ミミズがいるが……あれはもっと南の方に住んでいたはずじゃ』


 つまり考えにくい、と。だがあり得ない話じゃない。頭の片隅にはとどめておこう。


「他には!?」


『むう……とっさには思いつかんのう。まあ、妾も知らん魔物がいる可能性もあるし、過信はするでないぞ』


「分かってるっての!」


 メイの言葉から得た情報を頭の中にまとめ、予想外の事態に備える。


 中央議会に到着した。カイトとフィアは入り口で待機している。


 中の様子はここからじゃ見えない。足元から振動が微弱に伝わってきており、目の前の建物が揺れている事が分かる。


 本当にサンドワームなんているのだろうか? サイズが分からないので、そういう事もあるのかもしれないが、大きなミミズがのたくっているのにその姿がチラリとも見えないのはおかしい。


「静さん?」


「……悪い。ちょっと考え事してた。三、二、一で突入だ。中で何が起こっても驚くなよ」


「分かりました!」


「静は僕が守ります!」


 カイトの心強いお言葉。だけどこいつに背中は見せたくない。貞操の危機とかがあるから。


「三……」


 フィアとカイトが剣を抜き、低く身を落とす。


「二……」


 俺の両手に鋼糸を持ち、何が起こっても対処できるようにする。


「一……」


 バクバクとうるさい心臓を黙らせる。今は静かに集中すべき時だ。


「ゼロ! 突入する!」


「了解です!」


「余に任せろ!」


 狂戦士モードに入ったフィアとカイトがドアを打ち破り、砂煙が立って先が見えない中に躊躇なく入っていく。俺もそれに続いて中に入った。






 中はひどい有様だった。


 最初に来た時に見えた立派な壺は見る影もない。完璧に割れている。破片だけでも売れないかな、なんて心の片隅で思ってしまう。


「静、風で砂煙を払ってくれ。視界が悪くてかなわん」


 傲岸不遜の塊である狂戦士フィアが俺に命令してくる。


「分かった。《風よ 吹け》」


 当然、俺に逆らうなんて選択肢は存在しない。誰だって命は惜しい。


 超短い詠唱で風を起こす。威力を求めていないのだから、使う魔力も微弱で済む。


「……静」


 カイトが俺の隣で剣を構える。頼む、前出てくれ。お前に背中を見せるのは不安なんだ。


「分かっている。いくつか影が見えた」


 砂煙を吹き飛ばした時にチラッと見えた。何となくだが、避難している人じゃないって確信がある。


「カイト先行け。フィアはカイトのサポート。俺は二人の援護だ」


 素早いカイトをトップにして、攻撃力のあるフィアをその援護。俺は戦闘の流れを作る。なかなかバランスの取れた布陣だと思う。


 砂煙が完全に消え、向こう側がはっきり見えるようになった。


「リザードマン……」


 カシャルでも見かけたトカゲ人間がいた。心なしか持っている武器が以前見た奴よりも高級そうだった。奴らにも貧富の差ってあるのだろうか。


「あれ、カシャルで見なかったか?」


 フィアに聞いてみる。俺とフィアは残党狩りに参加しているから覚えているはず。


「ああ。だが奴らはもともと南に住む魔物。この国なら奴らも全力を出せるだろうよ」


 確かにトカゲって冬は見かけないな。トカゲの因子を持っている以上、寒さには弱いという事か。


 ……魔物って奥が深い。


 妙な感心をしていたところ、リザードマンが手に持った剣を振りかぶってこちらに襲いかかってきた。


「カイト、フィア、頼んだぞ!」


「任せてください!」


「余を誰だと思っている!」


 頭の中は考え事でいっぱいだが、今は目の前の脅威を排除する事に集中する。


 フィアがリザードマンの剣を真っ向から受け止め、その一瞬の硬直を見逃さずにカイトが急所を突く。


 一体一体確実に仕留めている二人を守るのは俺の役目。周りから寄ってくるリザードマンの足元に鋼糸を設置し、転ばせる。


「フィア、そいつ転ばせたからトドメお願い! カイトはいったん下がれ! 波状攻撃が来る!」


 俺の指示に二人とも素直に従ってくれる。フィアはトドメを刺してからこちらに戻り、カイトも俺のすぐそばで剣を構えている。


「しかし……数が多いですね」


「ああ、外とはさすがに比べられないが、充分に多い」


 短時間でこれほどの数を送れるんだ。それなりに訓練が行きとどいている証拠だ。


 ……魔物と魔族って、基本ポテンシャル人間より高いんだよね。それなのにきちんと訓練してるって……悪い冗談だとしか思えない。


「とにかく、まずは目の前の敵をせん滅だ。お前ら、頑張れよ!」


「静もやるのだぞ。分かっておるな?」


 狂戦士モードのフィアが俺の首元に剣を突き付けてそんな事を仰る。これでだが断る、とか言ったら首と胴体が泣き別れしそうなので自重する。


「分かってるっての。前衛、時間稼ぎ頼む。ちょっと弦操曲使う」


「分かりました! 静は僕が守ります!」


 ついでに俺の貞操も守ってくれると嬉しい。


 二人に前を任せ、俺はさらに後ろに下がる。さて、どうしたものか……。


「……あれでいいだろ」


 俺が唯一使えるアレンジなしの弦操曲。あれはこのために存在すると言っても良いくらいだ。


「これからお見せするのはちょっとした手品。じっくりご覧あれってな」


 師匠の言葉を借りてみる。……クソ恥ずかしい。二度と言わん。


 顔に血が集まるのをごまかすように糸繰りに集中する。


 天井、地面、壁の凹凸。全てを利用して糸を三次元に組み上げ、上空に待機させる。


 ……できた。


「フィア、カイト! 下がれ!」


 リザードマンと切り結んでいた二人がお互いの相手の体を蹴飛ばし、その勢いで戻ってくる。


「食らいやがれ……!」




 ――弦操曲。螺旋。




 天井から円錐状に糸が編み込まれ、その大きさは俺たちのいる場所を覆うほどになっていた。


 その円錐が地面に向かって落ち、加速され、微弱な振動を伴った鋼糸はリザードマンの体を切り裂き潰していく。


 本来ならもっと小さくして、突き穿つような技なのだが、多少アレンジさせてもらった。


 範囲が広がって力の行きわたる部分が分散されるのは、編み上げた糸の上に落ちる瓦礫で糸自体の重さを上げる事で対処し、速度もその重さと重力を味方につけて補った。


 常に臨機応変に、その場で最も適切な行動を取る。戦闘の基本であり、俺が生き残るための必須条件。


「……とりあえず、せん滅はできたみたいだな」


「そうですね。一応、原因を調べます?」


 剣を収め、狂戦士モードから戻ったフィアがそんな事を聞いてくる。


「静はやはり最高だ……」


 隣で悶えているバカは無視。こいつの好感度って上げても嬉しくないんだよね。


「……カイトは上の階の救助頼む。俺とフィアはどうやって侵入したのか調べてみる」


 カイトはフィアよりも強いし、一人でも心配ない。俺は誰かいないとダメ。完璧な人材配置だな。


『主、もしかしなくてもこの中で最弱かの?』


 その通りだよチクショウ。


 カイトといったん別れ、俺とフィアの二人で地面に開いた大穴を見つめる。


「……見事な円だ。やっぱサンドワームがやったってのも間違いじゃないな」


 普通に掘ったんじゃこんな綺麗な丸にはならない。


「でしたら、何でサンドワームがいないんです? 用を済ませたらそのまま消えるなんてあり得ませんよ」


 そりゃそうだ。意のままに消えられるのなら、意のままに出る事だって可能。つまりわざわざこんな穴を掘らなくても奇襲は可能になる。


「うーん……でも見当たらないのも事実だしな……、注意しつつこの穴を調べてみよう」


「はい」


 例のごとくフィアに先を行かせ、俺は後ろから入る。うわ、生臭っ。


「うぅ……ミミズ臭い……」


 どんな臭さなのかちょっと気になる。俺は生臭いとしか思わないけど……。


 しかし大きい。直径四メートルはあるぞ。


「慎重に進め。何か少しでも変な事があったら即退却だ」


「分かってますって。さすがにこんな穴を作るようなバケモノ相手に戦ってられませんから」


 四メートル以上の体を相手にする術は俺にもない。それに外からここまで穴を掘ってきたのだから、速度もそれなりにあるはず。まともにぶつかったらまず勝ち目はない。


「……あ、静さん、こっちに横穴がありますよ」


「横穴?」


 サンドワームはここから別の場所の攻撃にでも行ったのか? でもさすがに一体だけじゃ効率悪いだろうし、何よりそれでは捨て駒だ。


「……あれ? この穴、途中で下になって――」


「フィア逃げろ!」


 絹糸でフィアの体を引っ張り、その場から動かす。


 フィアが0,1秒前までいた場所に大きなミミズの口が通った。

中途半端な切れ方ですが、ここでいったん切ります。

しばらくは静も真面目に戦います。頭の中は外道な考えでいっぱいですが。

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