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二十五話

「……圧巻だな」


 城壁の上に登り、物見台から敵さんを確認する。


 もう見渡す限りの魔物の群れだった。どのくらいいるんだろう?


「これだけの数なんて……全滅は無理ですね」


「そもそも考えもしないだろうよ。撃退がギリギリ可能ってところか」


 こちらが圧倒的に不利な勝負だ。というか有利な点が城壁に囲まれていて籠城戦には便利、ぐらいしかない。


「静さんの弦操曲で何とかなりませんか?」


 フィアがそんな事を聞いてくる。ちなみにカイトはここにいてもできる事がないので、可能な限り俺から離れない事を厳命してからは好きにさせている。きっと下で動いているのだろう。


「距離が遠過ぎる。届かせる事はできるけど、攻撃する事はまず無理。……あれ?」


 待てよ。それは糸だけを使った場合だろ? 魔法と併用すれば結構やれるんじゃね?


「静さん?」


 フィアが不思議そうな声をかけてくるが、俺は自分の思考に埋没していた。


 雷をぶつけてみるか? 糸に伝わらせれば、少ない魔力で遠くに飛ばす事ができる。


 とはいえ、所詮は見える箇所しか行えないし、他の場所が突破されたら終わりだ。


「……やってみる価値ぐらいはあるかもな」


 相手を驚かせる、という観点では効果はあるかもしれない。やってみよう。


「え?」


「フィア、ナイスだ」


「ないす?」


 まったく、横文字が通じないと会話がこうも難しくなるとは……。


「良い事言ったってことだよ!」


 鋼糸を全ての指に付け、目まぐるしく動かす。こまめに運動エネルギーを送らないと敵陣まで届かないのだ。


 ……よし、届いたな。


「フィア、これ持って」


「これ……鋼糸ですか?」


「ご名答。それ、かなり熱に対する強度高めてあるから遠慮なく魔法叩きこんでいいよ。俺は雷やってみるから」


「はい! 《炎よ 巻き付け》」


「《風よ 猛り狂え》」


 俺の雷撃とフィアの炎が糸で作られた道を通る。遥か先の敵陣までそれは進み、着弾する。


「当たった!」


「みたいだな」


 ここからじゃ確認はしづらいけど、煙が上がっているから効果はあるのだろう。


「静さん、鋼糸を増やせばもっと効率は良くなるのではありませんか?」


「無理。俺は自分の手の指の数以上は操れない。それこそ師匠ならできるけど」


 今も昔も思うけど、あの人本当に人間だろうか。手の指しか使ってないのに、いっぺんに五十近く操ってたぞ。


「師匠、ですか……静さんにも師匠なんていたんですね」


「お前は俺を何だと思ってやがる」


 俺だって子供時代はあるし、赤ちゃんの時だってある。それこそ幸福な時間だって……


 あ、あれ? おかしいな。あの頃は幸福だった、て胸張って言える場面がないぞ?


 よし、細かく思い出してみよう。


 赤ちゃんの時は……そもそも覚えてないから除外。


 幼稚園にいた頃は……確か薫の騒動に巻き込まれて小学生の上級生に喧嘩売ったっけ。しかもその小学生の兄貴が高校生で不良とか……普通に命の危機だった。助けに来てくれた警官にマジで後光が見えた。


 小学生の時は……住んでいた街一帯を荒らしていた暴走族にまたもや薫が喧嘩売ったんだっけ。確か友人がこいつらにひどい事されたって。お前は俺にひどい事をしている、と全力で叫びたかった。考えなしに突っ込む薫の後ろでアルミホイルとライターで簡易閃光弾作って目潰し連発してた。


 中学生の時は……薫がこれまでの行動で立てたフラグが一斉に動き出して大変だったな。なぜかあいつの周りにはヤンデレが多く集まって、お前を殺せばあの人の心は私に向く、だから死んで! などの滅茶苦茶な理由で殺されかけたりもした。幸い、相手が修羅場慣れしてなかったから簡単に何とかなったけど、胃にすごく負担がかかった。


 高校生の時は……とうとう薫がヤのつく自営業の方や、マフィア、シンジケートにまで喧嘩を売り始めてマジで命の危険を感じる日々が続いた。そして極めつけは異世界召喚。


 ……いや、待てよ? 考えようによっては地球で俺が背負いに背負ったしがらみを全部捨てられるんじゃないか?


 そう考えりゃこの世界楽園じゃね!? やった、テンション上がってきた!


『その異世界で主は今、魔王軍に身を狙われておるのじゃがな』


 上がったテンションが一気に下がった。そうだった。今も命の危険は続いていたんだ。下手すると地球の時以上に。


 ……どっちにいても良い事がないのでは?


「わわっ!? な、何だか急に強力になりましたよ静さんの魔法!」


「チクショウがあああぁぁぁ!! 俺の怒りを受けてみろおおおぉぉぉぉっ!!」


『見事な八つ当たりじゃのう……』


 いや、あいつらも一因ではあるからあながち八つ当たりでもない。そもそもが正当防衛だし。


 俺の魔力量は薫並みではないが、それでもこの世界の住人の観点で見れば十二分にチートな量がある。こればかりは己の幸運に感謝する。


 フィアはすでに隣で汗をかき始めているが、俺はまだ苦しくなる兆候すら見えない。


「フィア、お前休め。きっとこれから働いてもらう予定あるから」


「そう、ですね……。悔しいですけど、静さんにお願いします」


 フィアが炎を出す手を止め、後ろに下がる。


 俺はその姿を見送ってから、戦場に目を向ける。


 やはり状況はよくない。俺とフィアがいくらやっても、所詮は焼け石に水。大局にはまったく影響しない程度の効果しか挙げられなかった。


 こんな効果の薄い方法で敵軍を削り取るなど、ナンセンスも良いところだ。この方法は敵の混乱を誘う程度のものだ。


 今の敵は冷静な判断を失っているはず。鋼糸は目に見えない細さだし、それを伝って来た炎や雷も俺がこまめに動かして軌道を読まれないようにした。


 ならばここからどうすべきだ? 敵の判断力を奪い、ガタガタにするにはどうすればいい?


「…………ふぅ」


 息を一つついて気持ちを落ち着かせる。クリアになった思考が回転し、最適な手を探す。


「よし、俺にできる事はもうないな」


「諦めた!?」


 フィアが何やら言ってくるが、これ以上は俺の手に余る。というか何も思いつかん。


「だって俺、弓矢とかできないし、それはここの人たちの仕事だろ?」


 着々と敵が前進しているが、こちらはまだ動かない。弓の届く射程じゃないからだ。


 ……ん? 大砲なら届くんじゃね?


「あの……」


「ん? どうかしましたか?」


 戦闘前で気が高ぶっているのは確か。それでも丁寧に応対してくれる兵士にちょっと好感を持った。


「大砲は使わないんですか? あれなら届きそうですけど……」


「ああ、その事ですか。ほら、よく見てください」


 兵士に言われて大砲をよく観察してみる。ううん……パッと見ても、変な部分は特に見当たらない……、


「あ、火薬がない」


 それでは発射など不可能だ。なるほどなるほど。


「かやく? 何ですかそれ?」


 あれ、火薬を知らない!? なら何で大砲なんて代物ができてるの!?


「とにかく、これは風の魔法で起こした衝撃波を用いて砲弾を飛ばす物なんです。飛ばせる弾も大して威力が高くない。だから効率が悪いんです」


 ……この世界での大砲はそんな不便な物だったのか。初耳だ。


 いや、魔法なんて便利な物があるからこその弊害でもあるな。魔法に頼り過ぎて文明の進歩がやや遅れている。


 人間大砲は大丈夫だろうか、少しだけ心配になったが目をつむろう。どうせ俺は発射役になるだろうし。


 弓矢の飛距離など俺は知らないので、別の指揮官に任せる。この国の一番偉い人から軍師、などという大層な位をもらってはいるが、そんなもん作戦を立てさえすればいらない役回りだ。


「とりあえず、大砲ぐらいは動かしておくか……」


 俺なら魔力の消耗とか考えないで使えるだろうから、俺にとっては効果の高い遠距離武器だ。


「フィア、大砲動かすの手伝ってくれないか?」


「え? でも、大砲なんて風の魔法がないと役に立ちませんよ?」


「俺ならできる! とにかく手伝って!」


「は、はい!」


 俺一人では持ち上がらない大砲も、フィアがいると持ち上がる。……この敗北感は何だろう。


「よっと……。よし、砲弾をいくつかもらって景気付けにぶっ放すか」


 敵側の混乱も誘えるし、味方の士気も上げられる。一石二鳥だ。


 フィアと一緒に丸い鉄製の砲弾をいくつかもらう。ただの丸い鉄の球、といった感じでこれじゃ威力なんて望めない。確か着弾と同時に中の火薬が炸裂するから大砲の威力って上がるんじゃなかったか?


 ……そう考えると火薬って偉大だな。


「よし、フィアって大砲の角度調節とかできる?」


 けど、ここまで用意しておいて肝心の事を忘れていた。


「無茶言わないでくださいよ! できるわけないですよ!」


 ですよねー、と内心で同意してから再びどうしたものかと思い悩む。


「……別にいいか。撃てる、という事だけ向こうに教えておけば。当たれば万々歳だけど」


 すぐに思い直して撃つ準備を進める。威力も大して高くないし、自爆はないだろ、と自分を安心させながら砲弾セット。


「《風よ 撃ち抜け》」


 風が大砲の根元の部分に溜まっていき、一気に放たれる。


 その勢いに乗った砲弾は滑らかな弧を描き――




 ――敵の遥か手前に落ちた。




「……あれー?」


「あれー? じゃないですよ! 静さんのヘタクソ!」


「俺だって大砲撃つなんてやった事ねえっての! 人のせいにするな!」


 最初に言っただろうに。大砲を撃った経験のある高校生なんて世界中見回してもいないと思う。


「よし、あれでおおまかな角度の調整はバッチリだ! 次は当てるぞ!」


「本当ですか……?」


 フィアとは結構苦楽を共にしたはずなのにこの信用度。やるせない。


「《風よ 撃ち抜け》……発射!」


 射角は完璧! 飛ばした威力もパーフェクト! これで当たるはず!


「……確かに当たったな」


「……そうみたいですね」


 当たったのは確かだ。だが、片手で掴めるサイズの鉄球が当たったところで大勢に影響はない。歩みを遅くする効果すらなかった。


「……使えなっ!」


 まさしく無用の長物。あっても意味がない。


 予想以上に大砲が使えない事に戦慄しつつ、大砲を元の場所に戻す。


「それで、これからどうします?」


「んー……もうすぐ接敵するんだよな……」


 この戦いに負けたら確実に死ぬ。死の恐怖を克服するのはできるのだが、なんでいつも理不尽に巻き込まれてしまうのかを自問自答してみる。


『主はそういう星の下に生まれたんじゃよ』


 俺の中にいるメイが代わりに答えてくれた。でも突っ込みとしてはキツイので泣きたい。


「まあ、このまま事が運べば、撃退自体には問題なく行えそうな気がする」


 俺は肩の力を抜いていた。そう、抜いてしまっていた。


 ここが戦場で、相手はどんな存在なのかも分かっていない魔物であるにも関わらず。


 そのツケは、すぐに払う羽目になった。


「――っ!? 静さん、あれ!」


「フィア? いったいどうした、」


 言葉は途中で切れた。フィアが震える指で指差す先には、




 そこかしこから火の手が上がっている中央議会があった。

今回のお話はちょっとした中休みみたいなものです。

次回から急展開します。

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