二十四話
中央議会までクレスさんの案内で向かう。
はっきり言って行きたくなかったが、今さら逃げる事もできない。
「フィア。お前、この国にお前の知り合いってそんな多くいないよな?」
「はい。クレスさんが珍しいんだと思いますよ。私もこの国に長く滞在した事はありませんから」
そうだといいんだけど……。万一、中央議会の人大半がフィアを知っていたら、普通に死ねる。誘拐犯として打ち首とかで。
「静は着いたらどうするんです?」
「そうだなあ……軍師として参加するってのが妥当な線かな。もしくは後方支援に回っておくか」
カイトの質問に俺も答えてやる。カイトは何やら感心した風に俺を見ていた。
「静は頭が良いのですね」
「そうでもないって。ちょっと悪知恵が働くだけ」
「そんな静も素敵です……あぁ」
恍惚としたため息を吐くカイト。今までが普通過ぎて忘れていたが、こいつは変態だった。
「…………」
腹の奥底から湧き上がる殺意を必死に抑えていると、フィアが場を取りなすように話に入ってきた。
「ま、まあまあ落ち着いてください静さん。それにほら! 私なんかは静さんの知恵、頼りにしてるんですよ?」
別にそこを褒めてほしいわけじゃない。ただこの変態を止めてほしいだけだ。
「ここが中央議会です」
俺たちの掛け合いを完璧にスルーしていたクレスさんが大きな建物を指差して立ち止る。
「へぇ……」
俺たちも顔を上げてその建物を見上げる。ずいぶんと立派な建物だ。
「ここがアウリスの中心なのか?」
「はい。アウリスの主な政治方針は全てここで決まります」
クレスさんの答えに俺はそんな国もあるのか、と感心していた。この世界に関して、俺はまだほとんど知らないから、何でも面白く見えてしまう。
「んじゃ、入るか」
フィアを先頭にして建物の中に入っていった。
中は想像通りというべきか、かなり豪華なものだった。これだけ凝った作りの建造物はなかなかお目にかかれない。そう思えるほど一つ一つ丁寧に作られていた。
「ふへぇ……」
思わず口から変な声が出てしまう。あの壺とか、売ったらいくらするんだろう。
「静さん、私のお城にあった物もあれと同じくらいですよ?」
「お前の城はよく見ていない」
人の視線が怖かったから周りの物を見る余裕などなかった、なんて本音は言えない。男のプライドにかけて。
「えー、結構立派だったじゃないですか」
「それぐらいは分かる。だけど調度品の一つ一つまで細かく覚えちゃいない」
というか立派じゃないお城ってどこにあるんだろう。文化によって内装の変化くらいはあるかもしれないけど、その文化の中では最高級で作られるものではないのか?
妙な疑問に首をかしげていると、クレスさんが一つのドアの前で立ち止まった。
「ここが会議室でございます」
「……入らないとダメ?」
なんかオーラがあるんだけど。俺みたいな一般人が入って大丈夫なの? 取って食われたりしない?
「もちろんでございます。フィア様のお墨付きなのですから、もっと自信をお持ちください」
無理だから。あの時だって勝手に巻き込まれただけだし。
超渋々ではあるが、ドアを開ける。中はどうなってるんだろ……。
すんごい偉そうな方々がこっちを刺すような視線で見ていた。
思わずドアを閉めて回れ右して帰りたくなる衝動に駆られる。胃がギリギリと締め付けられるように痛む。
……あ、ちょっと血の味が口に広がってる。
こりゃしばらく固形物は口にしづらいな、と思いながら視線に耐える。
腰が砕けそうなくらい強烈な視線だ。俺も薫との騒動で修羅場慣れしていなければビビっていたかもしれん。
「……ほう、なかなかの気骨の持ち主じゃないか」
「うむ、我らの視線に耐えるとはの」
しばらく耐えると、緊張感がフッと消えた。どうやら認められたようだ。
……あれ? ここで認められると俺、厄介事への片道切符切った事になるんじゃね?
うわぁ、もっと早く気付けよ俺。これで逃げられないじゃねえか。
「では、会議を始めよう。時間は限られているのだからな」
俺のあまりに浅慮な行動を全力で罵っていたら会議が始まっていた。
……腹が痛いって言えば帰れるかな?
「あの、俺ちょっと腹が痛いんで、」
そう言って腹を押さえて立とうとして――
「まずは現状を正確に把握する事が大事だな」
完っ璧にスルーされた。三度目だけど、王族とか政治家ってスルースキルが高いな。俺の渾身の演技をあっさり無視してくれた。
やるせなさと絶望感で胸がいっぱいになっていると、机の上に地図が用意された。
気になったので俺も見てみる。どうやら世界地図ではなくアウリス周辺の地図みたいだ。
ふむ……こうして見ると分かるが、周囲をさほど高くはない山に囲まれているみたいだな。俺たちもこの国へ行くときに山越えをした記憶あるし、間違いない。
んで、山のふもとには森が広がっていて、そこで俺たちが鉱石採集をしていた、と。
そして、今現在奴らはその森の中で待機しており、それはこの国の外周部分を覆い尽くせる布陣をしているとの情報。
「現在、この包囲網は着々と縮んでおる。おそらくこのままのペースでは五時間後ぐらいには接触する」
「我が国の城壁は堅固であると自負するが、人海戦術だ。おそらく二時間ほどで食い破られる」
議会のお歴々がどんどん悪い状況を述べていく。
というか何その悪条件。俺だったら無条件降伏考えるくらいだよ。
「困ったな……八方塞がりじゃないか……」
そう言いながらなぜ俺の方をチラチラと見つめる。
「…………俺に何を期待してるんですか?」
方法がないわけじゃないが、成功率は大して高くない。おまけに成功してもこの国が大打撃を被るのはまず間違いない。
「いや? ただ、カシャル王国をその策謀一つで救ってみせた軍師殿のお手並みを見てみたいと思いまして」
あれ? 何で俺有名になってんの? あっちの手柄は全部薫が持っていかなかった?
「見ている人は見ているという事です」
フィアに批難の視線を向けたらそんな返事が帰ってきた。しかも笑顔付きで。
ご無体な。俺は別に手柄要らなかったのに。平穏欲しかったのに。
周りの人間が俺に期待の視線を向けてくる。さっき向けられた威圧感の視線よりキツイ。胃に穴が開きそうだ。
「…………」
どうしたものか。ここで目立つのは得策じゃないと理性は言っている。
もともと俺の考えた作戦はベターであってベストでは決してない。もっと時間があればより良い作戦を思いつく事もできたはずだ。
それに大して難しくもない作戦だ。このまま放置していても誰かが思いつく程度のものに過ぎない。
だが……それが思いつくまでにどれほどの時間がかかる? 時間がなくなった事による準備不足は戦況にどれほど影響する?
作戦に関して思い悩んでいる時にこんな国、見捨ててしまえばいい、と俺の頭の理性がつぶやく。
実際、それはかなり魅力的な案で、理性はその意見が大半を占めていた。
ぶっちゃけ、あの包囲網の中でもたった一人ぐらい生き残るのは訳ない。自慢じゃないが生存能力は高い方だ。だから俺の仲間含めても生き残る分には問題ない。
そう、本当に俺の安全を選ぶならこの国を見捨てて助かる道を選ぶべきだ。そんな事、俺自身分かり切っている。
だけど……そんな事をしたら俺は絶対に自分が嫌いになる。
どうせ俺は知り合いと見ず知らずの人、どちらを助けると言われればためらわずに知り合いを助けるだろう。例え知り合いの方が危険度の観点から見れば安全でも、だ。
いつも俺は不幸で嘆いてばかりだけど、自分の行った事を悔いた覚えは一度もない。
……チクショウ。そんな安っぽいプライドのために命をかけるなんて大バカだ。薫もびっくりだぞ。
「……確かに、方法はあります」
賢明な理性をねじ伏せた、俺のバカなプライドが口を開いた。
「まず、この作戦を聞いたら必ず意見を申してください。それくらいにこの作戦は不完全な部分が多いものです」
行き当たりばったりな部分もあるし、何より個人の能力を把握し切れていない俺には分からない部分もある。
「ふむ……して、作戦の内容は?」
「簡潔に要点を言わせてもらうと、周囲は足止め程度に抑えてもらい、その間に指揮官を叩きます」
戦術の基本だ。頭を潰せばどんな奴らでも混乱する。
……まあ、逆を言えば頭が生き残っているのでは、雑魚をいくら倒しても押し切られる可能性が高いという事だが。
「……その具体的な方法は?」
「土属性の魔法を使える人に地面を砂にしてもらい、水属性の魔法使いに水をかけて泥を作ってもらいます。かなりぬかるんで深いやつを」
泥の中では誰であれ機動力が落ちる。そこを狙い撃ちで仕留めればかなりの数を削れるはずだ。
「そして風属性で雷を起こして一気に潰します。泥の範囲を最初から広めにとっておけば時間稼ぎには十分なはずです」
敵の数次第ではせん滅も可能な方法だ。だが、それに必要な魔法使いの労力は相当なものとなる。
「雷は別に起こさなくても構いません。ですが、最低でも泥を作れる程度は行ってほしいところです」
というかそれができない場合は城壁まで引き付けてから倒す方法しかない。ポピュラーなところでは城壁の上を陣取って煮えたぎった油を落とすとか。
「ふむ……それはこちらの軍で何とかしてみよう。それが足止めだな? では指揮官を叩くのはどうする?」
「はい。指揮官は後ろにいます。そこまで行くのは一点集中したとしても厳しい」
おまけに損害もバカにならないし、何より人に頼る以上、確実性がない。指揮官のところまでたどり着いたとしても、後ろから挟撃とかシャレにならん。
「ところで、この国に大砲はありますね?」
「もちろんあるが……まさか」
「そのまさかです。人間大砲、やってみませんか?」
とはいえ、人間大砲で飛べる距離なんてたかが知れている。あれは砲弾だからあんなに飛ぶのであって、人間を飛ばすなんてしたら確実に距離は落ちる。
「まあ、さすがにそれで敵の本陣まで突っ込め、なんて言いません。射出した時の勢いで風に乗ってもらいます」
グライダーと似たような要領だ。大砲からの射出で勢いに乗り、そのまま風の魔法で距離を稼ぐ。
「これを行う場合、サポートに風属性の魔法使いがつく必要があります。理想を言えば、魔族と対等に戦えて風属性を使える人、ですかね」
フィアは火属性しか使えないから除外せざるを得ない。カイトは魔法を使えない。俺は使えるけど、一対一の小細工なしでは絶対に負けるので無理。
「それならこちらで用意しましょう! よし、その作戦で行くぞ! 今すぐ各部隊に伝令を!」
あっという間に俺の作戦が採用され、議会の人たちが慌ただしく出ていく。
「静さん、どうします?」
「うーん……不測の事態があった時が一番ヤバいんだよなあ……。できるなら、戦況を把握できる位置にいたいんだけど」
言いだしっぺは俺なのだから、最後までやり遂げないと。
「フィアとカイトは俺と一緒に来てほしい。最悪、俺たちで指揮官を倒す必要が出てくるかもしれない」
今までの経験から推測すると、その可能性が高過ぎて怖い。
『高過ぎる、なんて生易しいものではなかろう。確実に、じゃよ』
普段はしゃべらないくせに、俺の希望を打ち砕く事だけはよくやるなメイ。
重責に悲鳴を上げる胃を押さえながら、俺たちは城壁に向かって歩き出した。
さすがに明日も投稿は無理かもしれません。
どんどんペースが落ちていく……。