二十三話
体力の許す限り走り続けると、行きには三時間近くかかった道筋を一時間まで縮められた。
「これからどうする!?」
急いで戻って来たはいいけど、今後の予定を考えていなかった。
国に関わる問題だろうから、この国をまとめている中央議会に持って行くのが筋なんだろうけど、たかだか一介の旅人に過ぎない俺たちが行ってもいいのか疑問が残る。
「まずはギルドです! 大変な事件の場合はギルドマスターから上に行くはずです!」
冒険者としては先輩のカイトの言う事に一も二もなくうなずき、ギルドに駆け込む。
「すいません! 依頼が終わったんで報酬いただきたいんですけど!」
「まずそっちですか!?」
フィアが悲鳴のような突っ込みを入れてきたが、無視。だって先立つ物は必要だし。
「はい、Fランク依頼達成として、こちらをお受け取りください」
受付の人から報酬を受け取り、中身を確かめてから袋にしまう。
「後、帰り際に魔物の大群がこちらに押し寄せているのを確認しました。急いで連絡をお願いします」
「――っ!? 分かりました!」
すぐさま後ろの部屋に引っ込む受付。それを見送って、俺たちの仕事は終わった。
「まあ、俺たちにできるのはここまでだな。宿戻って出発の準備でもするか?」
もしかしたら騒動に巻き込まれずに済むかもしれない。
『主に限ってそれはない。十中八九巻き込まれる』
いちいち断言しないでほしい。心に刺さるから。
「そうですね……でも、もう逃げられなさそうですよ? 時間的にもここを包囲するには充分でしょうし」
フィアが容赦なく俺の希望を打ち砕く。泣きそう。
熱くなる目頭を押さえながら、宿に向かう。二人部屋と一人部屋を取り、俺は一人部屋の方で荷物をそろえる。
「どうしたものかね……」
少なくとも逃げられそうにない状況だってのは俺にも分かる。二階の窓から外が見えるが、みんな慌てふためいているのが目に見える。
こういう時はこの国の軍に任せてしまうのがベストだ。余所から来た奴にしゃしゃり出られても、良い気分はしないだろう。
だけど、あれだけの数を本当に軍だけで抑えられるのか、と言われると首をかしげたくなる。
カシャル国での騒動が終わった後に知った事だが、本来魔族というのは人間などとは比べ物にならない力を持っていて、文字通り一騎当千らしい。
そんな奴と戦ってたの俺!? とか思ったが、よくよく思い返してみれば罠張ったり、五感潰したりして勝ったから、真正面から戦ったわけじゃない事に気付く。
もともと魔族と正面切って戦えるのは薫ぐらいで、俺は限定条件下でなら勝てるといった程度。
今回はそんな小細工が効きそうにない。戦闘環境的に真正面から戦わざるを得なさそう。
なら……フィアとカイトに任せてしまうか。あいつらなら一対一に持ち込めば良い勝負できるはずだ。
「……どうする? 逃げられそうにないぞ」
三人で食堂に集まり、軽く作戦会議。まず逃げる選択肢は潰れてしまった以上、腹を括るしかないのだが。
「こういう場合の対処法は僕も知りません……すみません」
「いや、俺たちも似たようなものだから心配するな」
カシャルの時はフィアが当事者的ポジションにいたから関われたが、今回の俺たちは完璧に部外者だ。いや、巻き込まれているから部外者、と言い切れるかどうかは微妙だけど。
「ですが、もう逃げられないのは事実です。きっと中央議会も戦力を少しでも集めようとギルドに働きかけるはずです」
つまり王国からギルドへの依頼ですね、とカイトが説明する。なるほど、いつかメイが言っていた見返りも大きいが、リスクも高い仕事ってやつか。
「……こりゃ、Aランクの依頼かな」
「おそらくはそうでしょう。あれだけの規模ではSランクもあり得ます」
「……冗談じゃねえよ」
天井を仰いでしまう。俺は平和にGランクの依頼とかをチマチマこなして生きていきたかったのに。
「あ、私は一応王族ですから中央議会にいけるかもしれませんよ?」
「お前は俺を騒動の渦中に持っていくつもりか」
さすがにあの大群に突っ込んだら命がいくらあっても足りないぞ。
それにフィアは今誘拐されている真っ最中だ。誘拐犯は俺。脅されて仕方なく連れてきた。脅されたのが俺なのがポイント。
「とにかく、しばらくすればギルドの方から連絡が来るはずです。それまではここで待機していましょう」
カイトの意見に俺たちもうなずく。じゃあ、このまま何か食ってようぜ、という話になって三人で食事をする事になった。
「失礼します。秋月静さんでよろしいでしょうか?」
食事を終え、食後のお茶を飲んでいたところでいきなり話しかけられる。
振り返ると、ギルド員の制服を着た男の人が立っていた。個人的には女性の方が嬉しかったが。
「はい、そうですが何か?」
用件は分かり切っているのに、しれっと聞き返す俺。こういう時はポーカーフェイスが得意な己を褒めてやりたい。
……だって感情が顔に出るって致命的だよ? 特に俺みたいな策謀タイプは思考読まれたらおしまいだし。
「説明は到着なさってから致しますので、今はギルドに向かっていただけないでしょうか? なお、これはアウリス国に滞在している全冒険者に行っております」
暗に拒否はできない、と言っていた。もちろん、拒否する気もないので俺はうなずく。
「分かりました。ですが少し準備がありますので、先に行っててください」
「ご理解いただけて感謝いたします。それでは……」
ギルド員が恭しく頭を下げて去っていく。なんか執事みたいだな、と思ったのは俺だけだろうか。
「……んじゃ、十分後に集合な」
席を立ち、各々の部屋に戻る。そして武器を手に取って来たるべき戦闘の心構えをする。
――今回の事件に俺は一切関係ない。完全なる部外者。でも、逃げられないなら戦うしかない。
「――よし、行こう」
『ほほ、一度腹を決めた主は見違えるのう』
メイの言葉をあり得ねえだろ、と思って一蹴する。実際は覚悟も決めたわけじゃないし、腹も括っていない。ただ、生き残ろうと思っただけだ。
俺が本当に覚悟を決めるのは、厄介事を正面から打ち破ると決めた時だけだ。今回はまだ受け流そうと思っている。つまり身を伏せて厄介事の波が去るのを待つ。
「まあ、どうせFランクの俺に危険な役は回ってこないだろ……」
実戦慣れもしていないと判断されて、せいぜいが後方支援が関の山か? だとしたら幸いだ。
三人で待ち合わせ、ギルドに向かう。
そこにはすでに大勢の冒険者が到着しており、物々しい雰囲気が漂っていた。
「しかし、どうして逃げないんだ? もっと早くに気付けたなら逃げる事もできただろうに……」
「はい、それは不思議ですよね……」
俺とフィアはどうして彼らがこんなにもやる気満々なのかが理解できなかった。俺がこんな状況に一人放り出されたら確実に逃げてるよ。
「確かに冒険者というのは現実主義が生き残るポイントです。ですが、彼らは同時に夢追い人なんですよ。今回みたいな大事件はめったにありませんからね。武功を立てようとしているのでしょう」
現実主義でありながら夢追い人、か。なかなか上手い言い回しだ。
しばらく俺たちも中で待っていると、奥の扉が開いて偉そうな人が出てくる。
「……誰だ?」
「おそらくこのギルドのマスターです。ほら、指輪」
カイトに聞くと素直に答えてくれた。小声で聞くので耳を寄せた時にこいつの体が身震いしたのが気になるが、今は無視する。
「えー、今現在アウリスの置かれている状況は諸君も分かっていると思う」
当然だ。あれだけの騒ぎで気付かない方が無理だっての。
――さっさと本題に入れ。
そんな空気がギルド内に充満していた。
「お、オホン! 単刀直入に言おう! 君たちにはこの戦いに参加してほしい!」
ギルドマスターは空気の読めない人ではなかったみたいだ。空気中に漂うプレッシャーに気圧されて冷や汗をかきながら用件を言った。
とたん、俺たちの周りから大爆音がした。
「――っ!?」
思わず耳を塞いでから気付いたが、それは他の冒険者たちの気合の声だった。
ヤバい、何この熱い人たち。こいつらだけで戦争勝てるんじゃね? そう思わせるような雰囲気を放っていた。
「その心意気やよし! では、GランクとFランクはこちらの後方支援の任務を。Eランク以上の者たちは前線で戦う任務を受けてくれ!」
望むところだ、という声と後方支援かよ、という声が響く。
もちろん、誰にでも得意不得意はある。だからGランクだろうと前線に出る事は可能だし、Cランクでも後方支援に徹する事もある。他にも、機動力を活かした遊撃部隊なるものも存在する。
「……どうする?」
俺たちのパーティーは俺以外の二人が前線型だ。俺はガチガチの後方型。行く場所は当然別れる。
「……僕は前線の方に行きます。静は後方支援を。フィアさんは遊撃部隊に行ってくれませんか?」
カイトの言葉は俺たちから見ても最適な場所だった。異論を挟む余地もない。
うなずいて、窓口に向かう。依頼を受けようとした時、それは起こった。
「フィア様……? フィア様ではありませんか!」
ギルドの入り口から大声がしたと思ったら、それはフィアを呼ぶ声のようだった。俺とカイトもそちらを振り向いて何があったのか確認する。
「え? ……えっと、どなたですか?」
「私はアウリス中央議会の一員クレス・ネイファンです! フィア様とは何度か会っているはずですが……」
結構偉い人のようだ。そんな人が何でギルドなんかに……?
「そ、そうなんですか。あの、ご用件は?」
「おお、そうでした! 大変です! 魔物たちが進軍を始めたのです!」
クレスさんの言葉でざわめき出す室内。確かに予想外な速度だ。
「そうですか。では、私たちはこれから戦いに行きますので」
クレスさんの言葉を清々しいくらいにスルーしたフィアがさっさと依頼を受けようとする。一応、心配してもらってるみたいだけどなあ。
「な、なりませんぞ! 一国の王女ともあろうお方が、戦場の最前線に出るなど!」
「でも、今の私は――」
フィアがおもむろに俺を指差す。腹の奥になんとも形容しがたい何かがたまり始める。これは……嫌な予感だ。
「あの人の仲間ですから」
場がシン……と静かになる。クレスさんは俺の事を殺せそうな目で睨むし、周囲は俺の事を奇異の視線で見つめてくる。
「で、でしたら……あの人たちと一緒に中央に来てください! そしてカシャル国に援軍を!」
なるほど、援軍は考えてなかったかもしれない。それはそれで良いアイデアだ。
「フィア、お前だけは行った方が良いぞ。ここから一番近くて、かつここに援軍寄こせるくらいの大国はカシャルぐらいしか思いつかない」
あの魔物の数は尋常じゃない。波状攻撃なんてかけられたらあっという間にここは陥落するはずだ。
「でしたら、静さんも一緒に来てくれませんか? 静さんはカシャルの危機を救った知恵者ですから、必ず役に立ちます!」
「お前何言ってんの!?」
俺をそっちに引っ張り込まないで! 確かに体の安全度ではそっち行った方が良いだろうけど、知名度とか責任とかそっちの方が重いから!
「おお! そうでしたか! ささ、どうぞこちらへ……」
しかも俺が知恵を授けたって聞いた瞬間コイツ態度変えやがった! ……ヤバい、身分とかどうでもいいから殴りたくなった。
「……カイト、お前も来てくれないか?」
「え……? 別に構いませんけど、どうしてですか?」
「俺とフィアの二人が中央へ向かうんだ。仲間を一人だけ残すわけにはいかない」
「仲間、ですか……?」
不本意だが、こいつの剣術が役に立つのは事実。俺がどうあっても逃げられないというのなら、保険はかけておくべきだろう。
それとは別にこいつは頼りになるし、仲間とも思っているが。
「は、はいっ! どこまでもついていきます!」
いや、そこまで意気込まれても困るんだけど……。正直、こいつの扱いは難しい。
「よし。フィア、行くぞ」
「ええ、当てにしてますよ、静さん?」
「……できる範囲でな」
フィアの言葉に俺は憮然とそう返し、ギルドを出て中央へ向かった。
静、早くも厄介事に巻き込まれ始める、の巻でした。
ここからどんどん深みにはまっていき、気付いたら騒動の渦中にいるのが静です。