二十二話
翌日、何事もなくスッキリとした目覚めだった。
気分が清々しい。安眠というものの重要性を心に刻みつけておこう。
「よっ、おはよう!」
「おはようございます」
フィアは明らかに怒っていた。あんな厄介な役回りを押し付けたから当然かもしれない。
「ん? カイトは?」
「睡眠薬嗅がせて縛って沈めておきました」
フィアが行った内容にさすがの俺も引く。ヤバい、こいつは怒らせないようにしよう……現在進行形で怒らせてるけど。
「あー……、悪かったよ。面倒事押し付けて」
「……いえ、あの人を放置しておいたら静さんが危ないというのはよく分かってますから」
そう言っていただけると幸いだった。あいつと同じ部屋とか、薫と同じ布団で寝るより嫌だ。リーゼとキースが怖いという意味で。
「とりあえず、メシ食ったら出発しようぜ」
「そうですね」
もう過去の事を気にしても仕方ない。そう思った俺とフィアは食堂に足を向けた。
「遅かったですね二人とも」
すでに食べ始めている変態がいた。
俺とフィアは無言で顔を見合わせ、アイコンタクトを試みる。
――確かにやったんだよな?
――はい。私がこの手で。
――じゃあどうしてここにいるんだよ!?
――きっと……変態だからじゃないでしょうか。
変態。その言葉で全てを納得させられてしまう。
全身から一気に力が抜ける。もうこのまま部屋戻って寝たかった。
「……メシ、食べるか」
「そうですね……」
俺たちも遅めの食事をいただきました。
「んじゃ、行くかフィア!」
「はい!」
お互いの顔はこの上なくさわやかだ。なぜなら、俺たちは依頼でこの国をいったん離れるからだ。そして受けた依頼は二人分で通している。
「あ、待ってください二人とも!」
後ろから聞こえる変態の声はスルー。
「お二人とも僕とすでにパーティー登録してるんですよ!」
「なん……だと……?」
俺はそんな事をした覚えはない。
ならフィア? ……いや、彼女も首をブンブン振っている。
ちなみにパーティー登録とは、平たく言ってしまえばチームを組むようなものだ。
冒険者同士が徒党を組むのはそう珍しい事でもない。むしろ上級者になるにつれてそれは当然になっていく。ソロでいる人はまれだ。
パーティー登録をした仲間は、何かと恩恵を受けられる……らしい。本で読んだ限りでは指輪による通信とか、互いの大雑把な場所が分かるとか。
「ほら! 静がリーダーで登録してますよ!」
やはりこいつか! 俺とフィアは射殺すような目つきでカイトをにらんだ。
パーティー登録は基本的に良い事づくめだ。仲の良いメンバーと一緒にいやすいし、指輪で相互に連絡を取ったりする事もできる。
だが、今回に限っては別だ。こいつは俺がどこにいるかを常に知る事ができる!
だらだらと冷や汗が止まらない。フィアはすでに受け入れたのか遠い目だ。
「静? どうかしましたか?」
「――死ねえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
蹴り上げ。正拳突き二連。もう一度蹴り上げ。そのままかかとを上げて、
「震脚!」
「あ――」
カイトは恍惚の表情で意識を落とした。震脚なんてできるもんなんだ……我ながらちょっとびっくり。
「……行くぞ」
「そうですね」
即座に身を翻し、俺たちは予定より遅くなってしまったが、アウリスを出発した。
太陽が高く昇ってきた頃、ようやく俺たちは目的の場所へ着いた。
「……よし、地図を見る限りここが採掘場所だ。この辺を手分けして探そう」
「はい。でも、その前にお昼にしません?」
フィアの意見に俺も賛成し、荷袋の中から携帯食料を取りだす。
「あ、これいつもと違う」
「アウリスで買ったやつだ。まずは試してみよう」
フィアと二人で携帯食料をかじる。……やっぱ美味くはない。
「……普通ですね」
「だな。まあ腹が満たせて栄養価が高ければいいさ」
味なんておまけに過ぎない。
「静……僕の携帯食料を食べますか?」
「全力で遠慮させてもらう」
カイトが俺に携帯食料を差し出してきたが、俺は見ない事にした。かじりかけの携帯食料など誰が欲しがるか。
……というか、こいつの回復力はどうなっているのだろうか。あれだけ殴ったのに五分ちょっとで復活されるのは何となく腹が立つ。
こいつの変態補正の恐ろしさに軽く背筋を冷やしながら、食事を終える。
「はあ……不本意ながら、お前も俺のパーティーの一員だ。仕事を割り振る」
「は、はいっ!」
そんな子犬みたいに喜ばないでほしい。貴様に殺意がわくから。
「フィアはあっちの岩場の方を。カイトはそっちの泉に。俺はこっちの森を探してみる。定期的に連絡は取り合うようにな」
二人とも了承の返事をし、すぐに散開する。カイトが俺の方に来なかったのがちょっと予想外だったが、あいつも冒険者だ。割り振られた仕事はきっちりこなすのだろう。
真面目に探し始める。目当ての鉱石はその辺に転がっている石ころよりもちょっとレア度が高い。今までの探し物と違って長期戦を覚悟しなければならなそうだ。
俺は森の中に入っているが、実際は崖下で鉱石探しだ。カイトには泉に潜ってもらっている。あいつに一番キツイ仕事を割り振ったのだが、あいつなら引き受けてくれると思っていた。
「彼が主に懸想している以上、断るはずがない……考えたな主」
誰もいないので姿を現したメイが俺を悪人を眺めるような目で見る。
「ふふん、使える物は親でも使うんだよ」
それに泉に潜る役をフィアに任せるわけにもいかないし。カイトなら適任だ。
まあ、そんな他人の事ばかり気にかけてないで、俺も俺の仕事をしなきゃな。
そう思い直して俺は再び崖下で鉱石探しに戻った。
「……例によって見つからんな」
「まあ、主じゃからのう」
「うん、否定できなくて涙が出そうだよ」
メイと俺がいつも通りのやり取りをしながら、いったん集合場所に戻る。もちろん、指輪で戻ってくるようには言っておいた。
一足先に戻って休んでいると、フィアが帰ってきた。
「どうだった?」
「全然見つかりません……。私の場所が一番ありそうなんですが……」
岩場だからな。確かにフィアの探している場所にありそうだ。
二人でどこにあるのかを考えていると、泉の方からずぶ濡れのカイトがやってきた。
「首尾は?」
「こちらもありませんでした……結構深い場所まで潜ったんですが……」
仕事自体は真面目にこなすんだなコイツ。ちょっと見直した。
「どうしたものかね……、なるべく早く見つけないと野宿確定だぞ」
「それは嫌なんですけど……目当ての物が見つかりませんしね……」
フィアの言葉に同意する。宿まで戻って再びこっちに来るのは非効率的だ。
「もうちっと休憩したら今度は全員で岩場の方を探そう。今日は最悪野宿だな」
「そうですね。頑張りましょう」
カイトが普通にやる気を見せているのでかなり驚いた。俺を好き、という要素がなければ頼りになる奴なんだな……。
カイトの服が乾き切るのを待ってから、再び鉱石採取を開始した。
「奥まで行きましょう。この辺りはもう探しました」
フィアの言葉にうなずいて、俺たちは奥へ足を進めた。
「奥まで行けばあるんだよなあ……」
岩場の奥には目当ての鉱石がゴロゴロ転がっていた。最初からここを探せばよかったじゃないか、と思ってしまうほどだ。
それらを荷袋に入れ、頼まれていた量を集める。フィアにはその間の見張りを頼んである。
「……なあ、カイト」
「はい、何です?」
仕事中のカイトは普通に受け答えしてくれる。プライベートのカイトは奇天烈だからこういう時に思っていた事を聞くのがいいかもしれん。
「何で俺の事が好きなんて言ってんだ? お前の顔なら女なんて困らんだろ?」
「……確かにそうですね。静さんの言葉ももっともです」
否定しないカイト。イケメンなんて死ねばいいのに。
「僕はもともと、淡白な人間なんです」
いきなり自分語り始めたよコイツ。まあ、質問に答える気はあるみたいだから聞くけど。
「何事も深く関わらず、何かに心動かされる事もない。そんな人間だったんです」
「……へぇ」
俺に向ける愛情の深さ的にすごい情熱的な奴だと判断していたんだが、予想外だ。
「冒険者になったのも、心動かされるような何かが欲しかったんです」
「ふむ」
夢のある職業だからな。現実的ではないけど。
「ですけど、見つからないうちにDランクまで来てしまいました」
Dランクと呼ばれると低く思われがちだが、実際は中堅どころかベテランの領域だ。Bランクでさえ一つの国に一人いるかいないかだし、Aランクは歴史上に何人か出ただけ。Sランクに至っては一人も出ていない。
なぜか、と言われると理由は結構単純だ。それだけ高難度の依頼など、そうそう出るはずがないのだ。
二ランク以上上の依頼を達成すれば無条件に昇格できる。だが、それはBランクがSランクの依頼を受けてAランクになるのが限界。
そしてSランクの依頼など、国家転覆どころじゃない。世界の存続に関わるレベルだ。そんな依頼がボンボン出る世界など怖過ぎる。
「ですが、僕はようやく出会った。たった一つ、僕が夢中になれるものを」
「あ、それ以上は言わないでいいよ。聞きたくないから」
鳥肌が立ちそうなので、話さないでください。
……しかし、人に歴史ありとはよく言ったもんだ。こいつの行動背景にそんなものがあったとは予想外だった。
「……まあ、友人としてなら付き合ってやってもいいかもな」
頼りになるし、俺に対して熱烈アタックさえなければ普通に良い奴だし。
……逆に言えば熱烈アタックだけがこいつの魅力を全部食っているんだが。それはそれですごいかもしれない。
「本当ですか!?」
「友人として、だ。それ以上になる気はない」
守備範囲は広いと自負しているけど、さすがに男は範囲外だよ。
「十二分です! ……今は」
後半にボソッと付け加えられた言葉で寒気を感じた。だが、今は安全という確証が得られたので、それはそれで嬉しかった。
「鉱石もそろそろ充分だろ。フィアのとこ戻ろうぜ」
「はい!」
俺に友人だと言われたのがよほど嬉しかったのか、カイトがやたら元気よく返事を返してくる。
「フィア、待たせた……ってなにしゃがんでんだ?」
地面に耳を付けて意味が分からないことこの上ない。
「シッ! 何か……振動を感じませんか?」
フィアの言葉を受けたカイトがすぐさまフィアと同じ姿勢を取る。
俺は糸を周囲に張り、その糸の振動で確かめる事にした。
……うん、確かに揺れてる。だけどこれは巨大な生物が一歩一歩動いている感じじゃないぞ。
「何かの群れが歩いているって感じだな」
「……はい、これはそんな感じです」
その何かは魔物である可能性が高い。三人で顔を見合わせ、確認する事に。
岩場の高台の方へ移動し、全員でほふく前進しながら崖の下を覗き込む。
「んなっ!?」
奇しくも、三人の声が同時に重なった。
下にいたのは確かに魔物の群れだった。
一国の軍隊並みの数で、なおかつ魔族に統率されていなければ、そう呼んでも差し支えなかっただろう。
……というか、あれは本格的な魔王軍だな。
「どうする? 見たら分かるけど、結構ヤバいぞ」
二人に意見を求めてみる。
「そうですね……アウリスに戻ります? 彼らの進行速度なら、私たちの方が早く戻れます」
「僕もそれに賛成です。下手に逃げたりしてばったり出くわしたら大変です」
フィアとカイトがアウリスに戻る事を主張する。だが、嫌な予感が止まらない。
『主、きっとどちらを選んでも変わらんよ。厄介事に巻き込まれるのは運命じゃ』
メイの言う事が一理あり過ぎて困る。反論したいのに反論できない。
「……仕方ない! あの連中に見つからないように戻ってギルドに伝えるぞ!」
「了解!」
フィアがそう答え、カイトは何も言わずに荷物を持つ。
……チクショウ、早くも厄介事だよ。
風の魔法で速度を上げながら、俺はこれから予想されるであろう不運を嘆いた。
ここから静の受難は始まります。
今回は薫もいません。どうやって切り抜けるかは彼の知恵次第です。
さすがにペースダウンするかもしれません。
実は私、受験生なので。