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二十一話

「はぁ……」


「どうかしたんですか? 静さん」


 ドス黒い隈を作った俺を見て、フィアが心配そうに聞いてくる。


「ちょっとな……眠れなくって」


 いつ貞操の危機になるか、と思うと気が気じゃなかった。眠れるわけがない。


 あの後、俺はカイトを念入りに埋めてから野営地に戻った。首だけは出しておいたから生きてはいるだろう。


 ……しかしどうしよう。あいつ置いていこうかな? でもあいつ腕立つしなあ……。


 カイトの今後の処遇を思い、ため息をつく。


 俺の貞操を危険にさらして旅の安全を得るか、俺の貞操を安全にして旅を危険にするか……嫌な選択肢だ。


「はぁ……あ、そういえばカイトさんを見かけませんね。どこ行ったんでしょう?」


「……さあな」


 鋼糸で巻いて埋めました、なんて言ったらフィアはどんな反応を見せるだろう。


 あいつなら問題ないだろ。抜け出せないように縛っておいたが、普通に脱出しそうな気がする。変態補正とかで。


「おはようございます。あ、フィアさん。僕にも携帯食ください」


 ほら来たよ。あれだけ入念に埋めておいたのに復活しやがった。


「はい、どうぞ」


 フィアがカイトに乾物の携帯食料を渡す。カイトはさも当然のように俺の隣に座って食事を始める。


「……おい」


 当然だが、俺に告白するような野郎に友好的な口をきいてやる気は一切ない。


「ん? どうかしましたか?」


「離れろ暑苦しい」


 自分でも機嫌が悪くなっている事が自覚できる声の低さだった。


「こ、これは……!」


 なぜか俺の声を聞いてカイトは身を震わせる。見限ったか? なら幸いだ。俺の平穏が保たれる。


「あなたに罵倒を受けるのも……イイ!」


 どうやら恍惚の身悶えだったようだ。キモイ。


「…………」


 フィアがこちらをすごい目で見ている。俺までこいつと一緒にしないでほしい。


「――死ね」


 瞬時に鋼糸を展開し、カイトの体を拘束して全力で引っ張る。人間の体ぐらいならバラバラになる勢いで。


 ……我ながら惚れ惚れする展開速度だった。


「ああっ!」


 快感だと全身で表現していた。ヤバい。全身に寒気が走った。


「吹き飛べ」


 いくら引っ張っても傷一つつかないカイトに業を煮やし、遠くへ吹き飛ばす事にした。もう帰ってこないでほしい。


 お星さまになったカイトを見て、俺を見て、フィアは冷や汗をかく。


「……出発しましょうか?」


「……ああ」


 フィアの精いっぱいのフォローに俺はうなずく事しかできなかった。






「見てください! あれが商業国家アウリスですよ!」


「…………」


「あ、あの、静さん?」


 フィアの楽しそうな声に反応するほど余力がなかった。


 それというのも、あの日以来、カイトが俺を熱い視線で見つめてガリガリと俺の精神を削っていくからだ。


「ああ、静……」


 ほら、今も俺の事見てる。胃が痛いからやめてほしいんだけど。


 どこをどう解釈したのかは知らないが、カイトの中で俺は告白を受けた事になっているらしい。


 確かに告白を受けたのは間違いないが、全力で断ったはずだ。なのになぜこいつは積極的に俺との距離を詰めようとしてくるのか謎だ。しかも俺の事呼び捨てにするし。


「……おいカイト」


「な、なんでしょう静! まさかついに――」


「ついにアウリスに着いたな。お前とはこれでお別れだ」


 いやあ清々しい。まさか人と別れるのがこんなに気分の良いものだとは思わなかったよ。


「そ、そんな! 僕と別れるっていうのですか!?」


「言葉通りだろ。そもそもお前とはここまでの予定だし」


 最初に決めておいたじゃないか。


「僕を! 僕を捨てないでください!」


「ええいっ! 縋りつくなうっとうしい!」


 邪険に扱いまくっているのだが、何でこいつは俺に付きまとうのだろう。


「と、とりあえず中に入りましょうよ! ね!」


 フィアが場を取りなそうとしてくれる。戦闘狂モード入らなければ基本は良い子である。


 縋りつくカイトを蹴っ飛ばしつつ、門番に話しかける。


「アウリスへようこそ。身分証明可能な物は持ち合わせているか?」


 努めていつもの表情を保とうとしているのがありありと分かる。だが頬が引きつっている。


「これで」


 俺とフィア、カイトも旅人の証である指輪を見せる。最初はこんなもの恥ずかしいと思っていたが、意外に慣れるもんだ。


「……よし、通っていいぞ」


「ありがとうございます」


 礼を言ってぞろぞろと中に入る。


「んで、アウリスまで来たはいいけど、これからどうする?」


 ぶっちゃけ、今後の予定なんて立ててなかった。


「そうですね……まだ朝も早いですし、市場でも見に行きませんか?」


 フィアの提案も悪くはない。だが、俺の隣で目をキラキラさせている奴が無性にウザい。


「……まあ、腹ごしらえも兼ねてそうするか」


「はい、それでは行きましょう」


「静、あっちにちょうどいい宿が――」


 カイトが何度も俺をその道に引き込もうとしてくる。俺はノーマルだから。


「死ね」


 鋼糸よりも切れ味重視でピアノ線をチョイス。バラバラになりやがれ!


「ああっ! 想いが鋭い!」


 それだけで済むこいつの体はどこまで理不尽の塊でできているのだろう。


「フンッ!」


「ぐはっ!?」


 切り裂くのは効果が薄いとようやく悟り、打撃技に変更。男の急所を全力で蹴り上げてみる。


「い、痛い……僕が不能になったらどうするんですか……これではあなたを満足ぐあっ!」


 全然懲りた様子がないので、もう一度同じ箇所を蹴る。手加減なしの全力で。カイトは音もなくその場に崩れ落ちた。そのままでいてくれると嬉しい。


「あのー……行きません?」


 フィアがどうも疎外感を感じていた。普通にこいつを何とかしてほしい。


『主、いつか良い事があるなどという詰まらん慰めはせぬ。断言しよう。主に幸福は一生来ない』


 メイの言葉に思わず泣き崩れそうになった。ああ、癒しが欲しいよ。






 フィアの言葉通り、市場巡りを行う。


 アウリスは国が円の形をしており、内円部に行くほど上流階級――つまり豪商の住処になっていくらしい。そして外側は普通の人の市場にもなる。


 一周すれば大体の物が見られるし、何よりここは商人の国。掘り出し物があるかもしれない。


「むぐ……美味しいですね、これ」


「そうだな」


 暑い国特有の菓子で植物の果肉を干した菓子なのだがこれが美味い。軽くてサクサクした食感と口に広がる仄かな甘みは病みつきになりそうだ。


 カイトには買ってない。本来ならここに到着した時点で別れる話だ。未だについてきているのはこいつの意志であり、俺たちの意志じゃない。


 それにこいつは俺を見ているだけで熱い吐息を洩らしている。正直、気持ち悪くてたまらない。


「フィアは何か欲しい物でもあるのか?」


「うーん……飾り、とかは少し見てみたいと思いますね。後は服とか」


「服は却下。飾りはある程度まで、だな」


 服なんてかさばる物を旅に持っていけるわけがない。それでも新しい服が欲しいと思うのは女性の心理だろうか。


「え? 買ってもいいんですか?」


「物によるがな。それなりの余裕はある」


 真面目に仕事をしてたおかげで路銀には余裕がある。宿も一番安い場所なら一ヶ月は滞在できる。


「それじゃ……欲しい物があったら考えます。静さんは?」


「俺はそうだな……」


 武器はメイの鋼糸で大丈夫だし、防具は動きを阻害するから胸当てぐらいで充分だし……あ、そうだ。


「短剣だな。今使ってるやつじゃちょっと役不足だ」


 くすねてきたやつだが、大した事なかった。もうちょっと実用性の高いやつが欲しい。


「武器ですか……私のを使うとかは?」


「そんな重い剣は扱い切れん」


 自慢じゃないが腕相撲ではフィアに勝てないぜ!


『本当に自慢じゃないのう。じゃが、妾を選んでくれるのは……嬉しい……ぞ』


 メイは姿を隠しており、声しか聞こえなかったが、その可愛らしい声に癒された。


 ……今思えばすっごい久しぶりの癒しかも。突っ込みがキツイのはもう慣れてきたし。


「じゃあ僕のレイピアを……」


「長い剣はそもそも向いてない。却下だ」


 カイトの言葉は最後まで言わせない方がいい。ロクでもない一言が出たりするから。


 ぶらぶらと市場を冷やかしながら見て回る。美味そうな携帯食料の買い込みも怠らない。腹に入れば同じという考えもあるが、それでも不味いよりは美味しい方が嬉しい。


「あ、これ綺麗です!」


「んー?」


 フィアがアクセサリー商の露店の前でしゃがんでいる。どれどれ……。


「ふむ……良いんじゃないのか」


 ゴテゴテしているわけでもないが、それでも最低限の飾り気はあるネックレスだ。なんというか、上品な感じがする。


 素人目でもそれなりに良さそうである事は分かる。


「いいなあ……欲しいなあ……」


 俺の方をチラチラと見ながらそんな事をのたまうフィア。財布の紐は俺が握ってます。


「…………」


「…………」


 黙っていたら、やたらウルウルした瞳で見られた。さすがにこれに抗うほど外道にはなれない。


「……分かったよ買ってやるよ。値段も手頃みたいだし」


「やたっ!」


 小さな握り拳を作って喜ぶフィアの姿を見れたのなら、このくらいの出費は見逃してやるか、という気持ちになるのが不思議だ。






「結局、俺の武器はなかったな……」


「あはは……まあ、そんな事も有りますよ」


 フィアが慰めてくれるが、俺の傷心は変わらない。


 へこむ俺の肩に誰かの手が置かれる。これは……?


「静、さあ僕の胸に――」


「――消えろ」


 指が人知を超えた速度で動いた。一瞬で鋼糸を巻き付け、そのまま固めた拳で鳩尾を殴る。


「ごほっ……」


 手首ぐらいまでがカイトの腹筋に埋まる。そのまま手を休めずもう一撃。


「ふっ……」


 肺から空気が抜ける妙な声とともに、カイトが崩れ落ちた。よし、悪は滅びた。


「し、静さん!? ここはギルドですよ!」


 確かに人目のある中で暴力はよくないな。貞操の危機が迫っていたからつい本気でやってしまった。


「……まあ、五分もすれば復活するだろ。それより依頼見ようぜ」


 こいつの変態補正は俺が嫌というほど理解している。だから放置しても大丈夫。


 受付の人の顔が若干引きつっていたのが気になるが、スルーさせてもらう。


「ふむ……退治依頼と採取依頼があるな……どっち――」


 退治の方はEランク。採取の方はFランクだ。採取でFランクという事は、Gランクよりもちょっとレアな物を求められる。今回は鉱石採取で、遠出をすれば取れる物のようだ。


「退治依頼が!」


「よし、鉱石採取にしようか」


 平穏が一番だって言ってんだろ。戦闘狂姫さんが。


「ちょっと遠出するみたいだから、この辺の地理の把握にはちょうどいいだろ。今日は宿を取って、明日の朝出るぞ」


「はい」


 フィアも了承したので、俺はカイトの死体を引きずって外に出た。こんな物がギルドにあっては迷惑だろ?


 一月以上滞在する予定などないため、中堅どころの宿を取る。


「三人部屋は……いやいや、何あいつを含めてんだ俺」


 ナチュラルにカイトも含めた俺に戦慄する。あいつとはもう縁も繋がりもないから。


「静、同じ部屋で寝ませ――」


「二人部屋一つと一人部屋一つでお願いします」


 カイトの言葉を全て無視して、鍵を二つ受け取る。


「フィアとカイトは同じ部屋ね。俺は一人部屋で寝るから」


「ちょっ……待ってくださいよ! 普通、ここは私が一人部屋でしょう!?」


 フィアが猛抗議する。だが、お前の貞操と俺の貞操を天秤に掛けたらやはり俺の貞操の方が重要なのだよ。


「無茶言うな。こんな奴と一緒で俺が眠れると思うのか?」


「無理ですね」


 虎視眈々と俺を狙ってんだぞ。怖く眠れんわ。


「そういうわけ。何かやらかそうとしたら腕の一本や二本ぶった斬ってもいいから」


「はぁ……分かりましたよ。静さんの身が危ないのも確かですし……」


 フィアが渋々ながら了承してくれたため、俺は悠々と一人部屋に入る。


 お世辞にも広いとは言い難い部屋だが、俺には天国に見えた。


「ああ、ゆっくり眠れる……」


 久しぶりの安眠だった。


 その日は俺にとって、何ともない一日……だったと思う。そこかしこでカイトに狙われたけど。


 まあ、明日からはないだろ。俺の平穏、あんま長続きしたためしがないし。


 そんな自虐思考をしながら、俺の思考は徐々に夢へ落ちていった。

ここから第二章の始まりです。

ちなみに静が心から平穏だと感じた時間は最高で二時間です。

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