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二十話

 カシャル王国から脱出して十日が経った。


 しばらくは追手におびえる日々だったが、どうやら俺も一応は王族に信用されているらしく、他の追手は途中までしか来なかった。


 それに国際指名手配でもないから、他の国に入るのも特に問題はない。これにはよかったと心底思う。


 そして現在俺たちは――




「だあぁぁっ! あんな数卑怯だろーーーー!!」




 逃げていた。


 きっかけは簡単な魔物退治だった。Fランクの魔物で一体一体は大して強くない。


 本音を言えば薬草採取とかの平和そうなやつを受けたかったが、あいにくとその時は魔物退治の依頼しかなかった。


 俺とフィアなら楽勝だろ、とタカをくくってその依頼を受けてしまったのが間違いだった。


 確かに楽勝ではあった。ウェアラットと呼ばれる巨大なネズミ五匹の討伐だ。フィア一人に任せて俺は寝ててもよかったくらいだ。


 だがそこで俺たちは失念していた。ネズミというのは、群れで人を襲う生き物である事を。


「フィア! お前、何とかできないか!?」


「無理ですよ! あんな数え切れないネズミの相手なんてできません!」


 チッ、さすがの戦闘狂お姫さまにもできない事があったか。


「この辺に川ってあったか!?」


「た、確かこの先にあります!」


「そこにネズミ落とすぞ! この数相手じゃどうあがいたって食われる!」


 どこぞの笛吹きと同じ手段をとる事にした。上手くいくかどうかはさすがに知らないが、まともに戦うよりは百倍マシだ。


 目の前の視界が広がり、川が見えてきた。




 ただし、俺やフィアにはとてもじゃないが飛び越えられそうにないくらい大きな川が。




「お前は俺たちに死ねと言ってんのか!? こんな川渡れるわけねえだろうが!」


「え? 泳ぐんじゃないんですか?」


「追いつかれて食われるわ!」


 ダメだこいつ……早く何とかしないと……。


 頭痛を堪えつつも、とにかく現状を打破すべく頭を働かせる。


「――フィア。五秒でいいから時間稼げ。弦操曲で何とかしてみる」


「分かりました! 《炎よ 燃え盛れ》」


 フィアのかざした手から、火炎放射が出る。


 魔物といえど、起源がネズミである事に変わりはない。大元が動物である以上、火を警戒するのは当然の本能だ。


 その間に俺は両手に持った鋼糸を忙しなく操り続ける。あと少しで……。


「よっし! 即席の橋完成! フィア、渡るぞ! 炎は消すなよ!」


「はい!」


 フィアは後ろ手に炎を出し続けながら、俺と一緒に鋼糸でできた橋を渡る。その途中で鋼糸がフィアの炎の熱で溶けそうになって焦りもしたが、無事に渡り切れた。


 渡り切ると同時、俺が指を操り、橋を崩す。


 途中まで渡っていたネズミどもは一斉に川に落ち、まだ橋の上に乗っていなかったやつも立ち往生してしまった。


 そんな光景を見てから、俺は肩の力を抜く。


「ふぅ……死ぬかと思ったぞ」


 もう足がパンパンだ。隣のフィアもその場に腰をおろしていた。


「本当ですね……これはギルドの落ち度ですよ!」


「他にも主の不運もありそうじゃがのう」


 安全が約束されたため、メイも姿を現す。でも開口一番にそれはキツイです。


 しばらく休憩を取ったところで、依頼を受けたギルドのある村へ戻る事にした。


 ……まず、この川渡らないと戻れないんだよな。






 ほうほうのていで何とか日が暮れる前には村に戻れた。我ながら奇跡だと思う。


 ギルドに立ち寄り、報酬を受け取ろうとする。


「あれ……あんな奴、いたっけか?」


 この村のギルドはかなり小規模で、俺たち以外にはほとんどいないも同然だった。


 だからこそ、新しい人は目立つ。


 受付の椅子に座り、レイピアを磨いている青年はやはり目を引いた。


 はっきり言ってひょろい。もやしっ子に見えた。だが、レイピアなんて武器を使ってなおかつ一人旅をしている以上、そこそこ腕は立つのだろう。


 色素の薄い茶髪を肩にかかる程度まで伸ばし、目鼻立ちもすっきりと整っている。眼鏡をかけてないのが不思議なくらいの知的な顔だった。


 ……チクショウ。美形は滅んでしまえばいいんだ。


 心の中であの優男に向かって呪詛を吐きながら、報酬を受け取る。


「これからどうする?」


「そうですね……路銀も溜まりましたし、本格的に南に向かっては?」


 フィアの提案に俺もうなずく。路銀もそろそろ十分になってきた。これだけ稼げば一ヶ月は食っていける。


「そうだな。そろそろアウリスを目指すか」


 商業国家アウリス。貿易の要である都市……らしい。フィアから聞いた話なので、俺はよく知らない。


「あそこは物が多く集まりますから、静さんの手掛かりもあるかもしれませんね」


「それに期待するか。んじゃ、今日は泊まって明日の朝出発だな」


 これからの予定を軽く立てたところで、いつもの宿へ行こうとした。


「あの……ちょっといいですか?」


 その時だった。声をかけられたのは。


 振り向くと、そこには案の定さっきの優男がいた。


「ん? 何か用か?」


 野郎に払う敬意は一かけらもない。それが美形ならなおさらだ。


 それに、こういう仕事は舐められたら終わりだ。だからギルドの中にいる間、同業者にはタメ口をきく事にしている。


「えっと……アウリスに向かうという話を小耳にしたものですから……」


「ああ、それがどうかしたか?」


 アウリスでごたごたがあるという話は今のところ聞いてないのだが……何かあるのだろうか。


「いえ、僕もこれからアウリスに向かうところだったのです。それで、いきなりこんな事を言うのは差し出がましいのでしょうが……」


 そこで言葉を切る優男。


 ……嫌な予感がしてきた。悔しいが、この世界に来てから俺の嫌な予感は外れた事がない。




「僕もその旅にご一緒させていただけないでしょうか?」




 あぁー……ほら来たよ。厄介事が。


『まだそう決めつけるのは早計ではないかのう。この男はまだ名前も名乗っておらんのだし』


 メイの言い分も正論だったから、厄介事だと思うのはまだ早いと考える。


 その上で、こいつを連れて行くべきか悩む。


「……悪いが、足手まといを連れて行けるほど俺たちには余裕がない。お前、ランクはいくつだ?」


 ランクの高さは技術の高さにも直結する。冒険稼業は完全な実力社会なのだ。


「この前、Dランクになりました」


 ……あれ、俺たちより高い。


 ちなみに俺たちはチマチマと依頼をこなした成果で、この間ようやくGランクからFランクに昇格した。


 一応、Cランクの魔物を討伐した事もあるが、あれは非公式だから乗っていない。


「……むしろこちらからよろしくお願いします」


 新米の分際でしゃしゃり出てすいませんでした。


 アウリスへはだいたい一週間ちょっと。補給はこの村で済ませて行く予定だから、途中で補給をするとかはない。


「あ、はい! やはり一人より大勢の方が楽ですから! あ、自分はカイト・ユリウスです」


 旅の道中出会うであろう、厄介事や魔物を全部こいつに押し付けてしまおうと俺は内心でほくそ笑んでいた。


 ……その油断が、あんな事態を巻き起こすなんてこの時の俺は想像すらしていなかった。というか想像できていたら全力で断っていただろう。






「はぁっ!」


「この程度か!?」


「……がんばれー」


 今日も今日とて盗賊に絡まれる日々。一日に平均して三回も出くわすのは正直、俺の運の悪さを疑わざるを得ない。


『疑う必要もないじゃろうて。誰がどう見てもお主の不運が原因じゃ』


 俺が絶対に認めたくない現実をメイが容赦なく突き付けてくる。


 そんな今、盗賊退治をカイトとフィアに任せて俺は後ろで応援してる最中だ。


 いや、こいつら強いんだよ。フィアが強いのは知ってたけど、カイトも予想以上に戦える。


 レイピアを使った突き主体の攻撃。だが、その一撃が恐ろしく鋭く、俺もまともに対峙したら一撃も防げないレベルだ。


 魔法に関しては才能がないのか、使えないらしいがそれでも驚異的な力量だ。これで身体能力上昇の気を使ってないというのだから、おかしいとしか言いようがない。


 そしてフィアに限っては言うに及ばず。その華奢な体に似合わないゴツイ軍用剣を振り回し、屍の山を築いている。


「ふぅ……終わりましたよ。静さん」


「この程度では物足りぬな。カイト、少し付き合え」


「助かったカイト。それとフィアはいい加減狂戦士モードから戻れ」


 全員で武器を収めてから、盗賊の死体をあさる。どうせ大した物は持ってないが、一応念のためだ。


 あさってからは、死体を埋める。最初は大真面目に道具を使って掘っていたが、途中から魔法で埋めればいいんじゃね? という事に気付いた。


「《土よ 彼の者たちを安らかな眠りへ》」


 やや長めの詠唱で盗賊たちを埋葬してやる。さすがに墓は立てない。そこまでしてやるほどの義理はない。


「……さて、行くか」


「そうですね。フィアさん、お手はいりますか?」


「あ、ありがとうございます」


 カイトがさりげなくフィアに手を差し伸べ、フィアもそれを受け取る。


 まさかカイトの奴……フィアが好きなのか?


 ここしばらく、カイトのフィアを見る目がやけに熱っぽかった。そしてフィアと一緒にいる俺に対し、少しだけ険しい目を向けていたような気が……。


 いや、俺のパーティーで恋愛禁止令なんて出すつもりないから、好き合ってるならどうぞご勝手に、って感じだけど。


 そんな俺の懸念は当たっており、その日の夜、俺はカイトに呼び出された。


「……何の用だ?」


「いえ、あなたとフィアさんの関係を聞いておきたくて」


 ――来た。


 内心でそう思いながら、俺は口を開く。


「あいつと俺は友人だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 向こうも俺の事は良い友人、ぐらいにしか思ってないだろうしな。


 前の世界での『良い友人にはなれるけど、そこから先は無理』と言われた男だ。自信がある。


 ……自分で言ってて死ぬほど悲しい。


「そうですか……それなら安心です」


 コクるのか!? まさか生の告白が見られるのか!?


 妙にハイテンションになる俺に対し、カイトはその口を開き――




「僕は……あなたが好きです!」




「……………………………………………………………………………………」


 まずは耳をほじる。ちょっと幻聴が聞こえたかもしれない。耳から赤い液体が流れてもほじる。


「…………悪い。もう一回言ってくれ。聞き間違えた」


「ですから、僕はあなたが好きなんです!」


 ……………………ホワイ?


「僕は……もうこの気持ちを抑えきれない!」


 ゾクゥッ! と全身に寒気が走った。


 ヤバい。こいつは俺の常識とはかけ離れた存在だ。文字通り生きている世界が違う。


「さあ! 僕の腕の中に飛び込んで――」


「――死にさらせえええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 鋼糸で瞬時に相手の体を拘束し、放り投げる。


「これが、あなたの、愛の形! あああああああぁぁぁぁぁっ!!」


 恍惚の表情を受けて俺の攻撃を受けるカイト。


「…………」


 俺は無言で宙に浮いたそいつの体を頭から落としてやった。


 ドチャッ、という人体から出るはずのない水っぽい音が響く。だが、カイトの体はピクピクと動いており、まだ生きていた。


 ……拝啓。お父様、お母様、私は生まれて初めて告白を受けました。




 ――男からの。




「冗、談じゃねええええええええぇぇぇぇっっ!!」


 天を仰いで咆哮する。なぜだ!? 何が悲しくて男に求愛されにゃならんのや!


 あまりにあり得ない事態に胃がギリギリと締め上げるような痛みを訴える。


 フィアの戦闘狂だけで手一杯だっていうのに、まだ厄介事を抱えなければならないのか……!


「…………もうヤダ」


『主……今後は命と貞操を守らねばならんの』


「言うなあああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 メイの言葉に俺は泣き崩れた。


 ……………………………………………………………………………………誰か殺して。

新キャラの登場です。

こうして静の休まる時は消えて行く。

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