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十九話

 カシャル王国を取り巻く魔族の陰謀劇が終焉を見せて、一週間が経過した。


 フィアの親父さんを始めとする魔族に囚われていた方たちは、ちょっと衰弱していたものの、三日経った頃には誰もが全快していた。


 そして薫がやたらと勇者様として称賛を受けていた。


 今も薫が国を救ったパーティーに出ているところである。


 ……どうも俺が安全策として張っていた鋼糸で体を傷つけた人がいるらしく、俺は書置きで注意していたにも関わらず、妙に嫌われる羽目になった。


 納得がいくわけじゃないが、目立つのは嫌いだからこれでよかったとも思う。


 そんな俺も一応、この国を救った一因にはなっているので、パーティー会場の隅で壁の花になっていた。


 ただ、俺が勇者の一味とは思われておらず、服装も旅している時と変わらないため「何だこいつ」的な視線をそこかしこからぶつけられる。


 ……チクショウ。やっぱ理不尽だ。あんな頑張ったのに……。


『それが主じゃよ。ほれ、何か食べたらどうじゃ?』


 メイの言葉にも苦笑しか出ない。事実しか言われないから、慣れてしまった。


「すまん。胃がまだ痛い」


 魔王軍に狙われているというストレスは結構大きかった。一週間経った今でも時々、思い出したように胃が痛むのだ。


 薫には真っ先に話した。俺魔王軍に顔覚えられちまったよ! と。


「私も覚えられているはずだ。これでお相子だな」


 返事はなぜか喜ばれてしまう始末。こいつはダメだと思った瞬間だった。


『主も災難じゃのう……魔王と関わる気はなかったのじゃろ?』


「俺の今までの行動見れば分かるだろ。魔王とも厄介事とも関わる気はなかった」


 そうなるように動いたはずなのだが、気付くと国一つを救ってしまった。


 もちろん、俺はちょっと知恵を貸しただけで大半は薫たちがやった事だが。


「静さん」


 壁の花に徹し、薫たちが色々な人に囲まれるのをいい気味だ、とか思いながら見ていたら隣から声をかけられた。


「――フィアか」


 そこには、パーティー用のドレスを纏ったフィアがいた。


 改めて見るが、やはりこいつは綺麗だ。純白のドレスが彼女の空のように青い髪によく似合う。


 胸元にワンポイントして付けられているアクセサリーには宝石が……アクアマリンか?


「よく似合ってるぞ」


 苦笑しながら手に持ったジュースのような飲み物を掲げる。アルコールっぽくもないんだけど、ジュースのようにも感じられない不思議な飲み物だった。


「ふふ、ありがとうございます」


 俺の賛辞をフィアは口元に手を当てた上品な笑い方で受け流す。


 やはり俺のような言葉は聞かされ慣れているのだろう。照れてくれないからちょっと悲しい。


「それより、いいのか? 俺みたいな奴相手にするより、お前は他にやるべき事があるんじゃないのか?」


 フィアは曲がりなりにもこの国の第三王女。こういうパーティー会場では色々と大変なはずだ。


「ええ。でもそれはお兄様たちに任せてきちゃいました」


 そういや、第一と第二は男だったか。よく見ていなかったけど。


 ペロッと舌を出し、俺の隣に寄りかかる。


 俺が周囲からの注目をなるべく浴びないために、選んだ場所だ。王女様がいても特に気付かれない。


 ……だけど、誰もここに来ないなんていうのは正直どうかと思う。


「でも、本当に勝手です。お父様もお兄様も、実際に助けたのは静さんなのに……」


 頬を膨らませて怒りを表現するフィア。素直に可愛らしいと思った。癒される。


「気にすんな。そもそもこんな場に出ること自体、俺には向いてない」


 肩をすくめる。本当につくづくそう思う。こんな格式ばった場所、肩が凝って仕方がない。


「それでもいいんですか? 報酬、もらえませんよ?」


「それは困る」


 何だかんだでこの国に二週間近く滞在してしまった。そろそろ宿賃がヤバい。


「……だけど、それも適当にギルドで依頼こなせば手に入るしなあ。王族の心証を良くしたって良い事あんまりないんだよ」


 魔王と正面から戦おうとする薫には、何人もの後ろ盾が必要だ。ゲームのようにたった数人で挑んで勝てるほど甘くはない。


 勝つためには、魔王軍を正面から押さえこめる物量と魔王を倒せる少数精鋭の二つが必要になる。


「あれ? 静さんも狙われているんじゃないですか?」


「今度魔族に会ったら土下座して謝る」


 だってそもそもが誤解だし。誠心誠意謝ればなんとかなるかもしれない。


 ……なんとかならなければ倒すしかないのだが。


 自分でもドつぼにハマっている気がしてならないが、思いつくのがこれしかない以上仕方ない。


「こうして静さんはどんどん魔王に名前を覚えられるんですね」


「すでに覚えられてる気がしてならない」


 冗談じゃねえ。何で俺ばっかりがこんな理不尽な目に……。


「それはそうと静さん」


「何だ?」


 急に佇まいを正したフィアにこちらも釣られて背筋を伸ばしてしまう。


「色々と、ありがとうございました」


 フィアは頭を深々と下げ、俺に感謝の意を表してきた。


「周りの人は薫さんを称えます。ですが、あの時私を助けてくれた静さんがいなければ、薫さんがこの国を救う事も出来なかったはずです」


 いやあ……あんな言い方で助けを求められたら普通断れないと思うんだ。断ったら国一つ敵に回すと同義だし。


「ですから、本当にこの国を救ってくれたのは静さんです。本当に、ありがとう」


 何度もお礼を言ってくるフィアに急にむずがゆさを感じる。


「……気にしなさんな。確かに最初の方は巻き込まれて渋々だったけど、この国に着いてからは全部自分で決めた事だ。それに――」


 いったん言葉を切って適切な言葉を探す。何か言いたい事はある。それは――




「――友達が困っていたんだ。助けるのは当然だろう?」




「えっ?」


 フィアは顔を上げて目を見開いている。そんなフィアの様子をおかしいと思いながら、軽く飲み物をあおる。


「確かに俺は見ず知らずの人に金を貸してくれと言われれば断るし、まったく知りもしない人たちのために戦うなんてできない」


 ここら辺は薫の分野だ。俺にはどうしてもできそうにない。


 よく知りもしない誰かのために俺に苦しい思いをしろ、なんて言われりゃお断りだ、と返す自信がある。


「けど、見知った奴が困っているのを見捨てられるほど腐ってもいないつもりだ」


「あ……」


 フィアはいまだに惚けている。やれやれ、そんなにおかしい事を言ったのか?


「いえ……静さん、もしかして優しいです?」


「さあね。薫のように目に見えない全てを救う事が優しいって言うのなら、俺のはほど遠い偽善だ」


 俺は勇者じゃない。目に見えるものも、見えないものも救えるほど俺の手は大きくない。


 それに俺は自分自身の事で手がいっぱいだ。他の事にも積極的に関われるほど余裕があるわけじゃない。


 それでも、そんな俺が関わった人が困っているのなら、俺にできる最大限で救ってやりたいと思う。


「やっぱり静さんは優しいです」


「……そうかい」


 改めて言われると照れるので、照れ隠しに料理を口に運ぶ。


 味など分かるはずもない。そして胃から何かが込み上げて――


「ぐはっ!?」


 しまった。胃が悲鳴を上げていたの忘れてた。


 なぜか摂取した食物は吐き出さなかったが、血を吐き出すという器用な事態が起こった。


「し、静さん!?」


 フィアが即座に俺の背中をさすってくれる。


「ごほっ……いつも済まないねえ、おばあさん……」


 血を吐きながらもネタを振れる俺ってすごいと思うんだ。


「なにを言ってるんですか静さん?」


 やはり異世界の壁は厚かった。


「……ごめん。生きててごめん」


 フィアは真剣に心配してくれたというのに、ネタを振った俺に対して猛烈に自己嫌悪の感情が襲ってきた。


 もう、何というかこのまま死にたい。


「ど、どうしたんですか!? いきなりそんな事言って!」


 フィアは先ほどから焦りっぱなしだ。それもそうだろう。いきなり血を吐いたかと思えば、世を儚むような事を言い出しているのだ。


「……すまん。ちょっと頭がおかしくなってた」


 我ながらついさっきの自分の心が信じられない。気にしたら負けだと思うから気にしないけど。


「それよりビックリさせたな。最近、腹の調子が悪くてさ」


「悪いなんてものじゃありませんよ! 食べ物を口に入れただけで血を吐くんですから! ちゃんとした医者に見せてもらわないと……!」


 俺の体を引っ張り、医者へ見せようとするフィア。だが、この程度の胃痛、何度も体験しているからどのくらいヤバいのかも理解できる。


「心配すんな。どうも俺は生まれつき胃が弱くてな。時々こうなるから慣れてんだよ」


 主にストレスで。俺の胃は万年荒野状態だ。つまり荒れている。いつ穴が開いてもおかしくない。


「そ、そうなんですか……無茶はしないでくださいね」


「ああ、善処するよ」


 その原因に心配されてもあまり嬉しくなかった。


 その時、ホールに音楽が響いた。


「これは……」


「ダンスです。パーティーなんですから、ダンスも有りますよ」


 フィアが説明してくれる。あれ? 今横文字入ったよな?


『どうやらこちらの世界でも存在する横文字は相互で通じるようじゃな』


 すぐさまメイが推測を話してくれる。俺もそう思ったので、うなずく。


 見ると、薫が大勢の男どもに寄られ、ダンスのお誘いを受けている。


 珍しく狼狽した薫の表情を見て、もう一度いい気味だ、と内心でつぶやく。


 そんな俺にス、と横から手が差し出される。




「一曲踊っていただけませんか? ジェントルマン」




「……あいにくと、宮廷の踊りなんて初めてだからな。不作法は許せよ」


 フィアの手を取る直前、チラリと薫の方を一瞥する。


 ……普通に踊っていた。あいつも俺と同じで作法なんて知らないはずなんだけどなあ……?


「ふふ、分かってます」


「いや、そこ分かってるって言われるのも複雑なんだけど……」


 男心も複雑なのだよ。女心よりは簡単だろうがな。


 フィアにいざなわれ、ホールの中央まで進む。


「さあ、私についてきてください」


「分かり切った事だから言うけど、無理だ」


 フィアの素早いステップに俺の凡人反射神経が反応し切れるわけなかろう。


 実際、何度もバランスを崩した。隣の人にぶつかって剣呑な目で見られる事も一度や二度じゃない。


 いつもの俺ならとっとと放り出して壁の花に戻っていただろう。


 だが、この時だけはそれをしなかった。


 フィアの心から楽しそうな笑顔に苦笑と、もう少しだけ付き合ってやるかという気持ちが胸から湧き上がってきた。


 そうして俺たちはクルクルと踊り続けた。


 技巧は大した事ない。周りの人を見れば上手い人がごまんといる。それでも俺たちが周囲の注目を集める事ができたのは――






 俺たちが、この上なく楽しげに満面の笑顔で踊っていたからだろうと思う。






「……うっし! それじゃ、行きますか」


「うむ、新たな旅の始まりじゃのう」


 城の一室で俺は旅の支度を整える。今日は旅立ちの日だ。


 フィアには薫たちの見送りに行くよう伝えてある。あいつらはこのまま北へ向かうらしい。


 俺は薫たちと一緒にいるとロクな事がないと分かっているため、南へ向かう予定だ。


 旅立つ最初に決めた方向は何だったのか、と自分でも思うのだが、それでも薫と同じ旅路は嫌だった。


 荷物を抱え、まだ朝も早い時間の靄がかかった街並みを歩く。


 たった二週間ちょっとしか滞在しなかった街だが、それでもわずかな寂寥感がある。


 それは故郷とかそういうのではなくて、ただ、ここ二週間で見慣れた風景がしばらく見られなくなる事からだろうか。それとも、俺は自分でも気付かぬ間にここを帰ってくる場所と認識してしまったのか、答えは分からない。


「……アホらし」


 我ながら恥ずかしい事を考えたもんだ、と自嘲する。今の思考が誰かに読まれてたら悶絶ものだな。


『ほほ、主もなかなか青春臭いものを考えるのじゃな』


「しまったお前がいたか!」


 癒し系のくせにいたずら好きで、さらに鋭い突っ込み技術という様々な属性を持つコイツには知られたくなかった……!


『妾は主の相棒じゃ。じゃから主の不具合になるような事は他言せぬよ。……もちろん、妾は心に刻みつけておくがの』


 俺の癒しは遥か遠くへ消え去ってしまったようだ。


 南――つまり俺が入国する際に使った門が見えてきた。


「……ようやくお別れか」


 フィアはこの国の第三王女。おまけに戦闘狂。一緒にいて胃に悪いこと甚だしい。


 それでもちょっと、ほんの少しだけ寂しいと感じるのは、俺もあいつに感化されたからか。


「……はいはい、行くぞ」


 感傷なんていう下らないものを振り払い、とっとと出てしまおうと門を開ける。




「遅かったですね。静さん」




「……………………………………………………………………………………………………は?」


 門を開けた先には、旅支度を済ませてある水色の少女の姿があった。


「もう遅かったから、待ち構える門を間違えたのかと思いましたよ」


 ダメじゃないですか、とほざく目の前の少女が誰か認識できない。


「静さん?」


 キョトンとした顔でこちらを見つめてくる少女。


 スーハースーハーと深呼吸を繰り返し、目を現実に向ける。


「…………フィア!? おまっ、何でここにいるんだよ!?」


 薫たちの見送り行ったんじゃないの!?


「私も静さんの旅に同行します。あ、もう決めましたから拒否権はありませんよ?」


「いやいやいやいや、お前曲がりなりにも第三王女だろ!? だったら国から離れられないだろうが! というか門番はどうした!」


「それでしたらあちらに」


 フィアの指差す先には鎧がベコベコにへこんだ二人の門番が倒れ伏していた。ピクピク動くところを見ると、死んではいない模様。


「お前何やってんの!? バカか!? バカだろ!」


「ええ、バカです。そして――そんな私を連れて行かざるを得ないあなたは大バカです」


 あ、なんか嫌な予感がする。こう……むずむずと言い知れない何かが腹に溜まっていく感じだ。




「キャーーーーッ!! 誰かーーーー!! 静さんにさらわれるーーーー!」




 フィアはそんな金切り声を上げた。もう国中に響きそうな大声だった。


「はっ……? バッ……!」


 一瞬だけ、何をされたのか分からずに惚けてしまったが、すぐにこいつのしでかした事に気付く。


 こいつ……俺が連れて行かざるを得ない状況を作りやがった!


「さあ、どうします? 私を連れて行かないと私、ここで全力で静さんを阻みますよ? モタモタしてたらやってきた衛兵たちに捕まって……私をさらおうとした罪と、門番を傷つけた罪で……やはり打ち首ですね」


「満面の笑顔でそんな事言うんじゃねえーーーー!!」


 門番をわざわざ実力行使で退けたのにはそんな理由があったのか!


 くっ……これはヤバい。立ち止っていれば捕まって打ち首。だけどこいつを連れて行っても、俺はこの国に二度と入れなくなる。


 取るべき選択肢は決まってる。というかそれしか選べない。


「……ああもう! どうしてこんな二者択一ばかりあるんだ! チクショウが!」


 鋼糸も何も用意せず、フィアの隣を駆け抜けようとする。




「――フィア、行くぞ!」




「はい!」


 俺とフィアはカシャルを脱出した。出国したじゃない。脱出した。ここ重要。


 ……魔王軍に顔覚えられたと思ったら、今度は指名手配犯かあ……、国際指名手配とかじゃないといいなあ……。


「冗談じゃねえよ……」


 そんな俺のつぶやきは空に吸い込まれて消えた。

これにてこの国の一大事は終了です。

次回は新キャラを出す予定です。

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