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閑話その一

今回は三人称です。

 静と別れた後、薫たちは闘技場に向かっていた。


「では、行ってくる」


「はい、頑張ってください!」


 薫が手を振って待合室に向かい、残りの面々は観戦用の席へ向かう。


 まずは本戦を終わらせること。それが静からの指示でもあった。


 そして優勝は何が何でも薫である必要があった。


 静も普段はさんざん憎まれ口を叩いて接触を極力避けているが、薫を信頼しているのは間違いない。


 現に彼はもし薫が途中で負けた場合の作戦を話していないし、考えてもいない。


 本人も自覚していない薫への信頼が見え隠れするものだ。


 目敏くそれに気付いたリーゼとキースは顔をしかめているが、彼らも薫の旅のパートナーとして、何より一個人として彼女に無上の信頼を抱いている以上、彼女を疑うような真似はしなかった。


「静さん、大丈夫でしょうか……」


 フィアが心配しているようにこの場にいない静を思う。


 しかし忘れてはいけない。彼に危険な役回りを押し付けたのは彼女たちである事を。


「大丈夫ですよ。薫さまが信頼してらっしゃる方です。何が起こっても無事に帰ってきますよ」


 静の事は薫と一緒にいるコンチクショウというのがリーゼの評価だが、彼の能力まで疑っているわけじゃない。少なくとも、この作戦を思いついた頭脳は称賛されるべきだと考えていた。


 何より、薫が信頼している。それがリーゼが静を信用する一番のウェイトを占めている。


 もし静が今リーゼの考えている事を理解したら、その場で泣き崩れていただろう。


「そう……ですね。あの人は強いですから大丈夫ですよね!」


 リーゼの言葉でフィアも顔を上げる。ちなみに戦闘能力の観点で考えると、静はフィアに劣る。


 フィアは彼を強いと評するが、それは補助と対人戦に限られる。フィアが前に出てくれているからこそ静も弦操曲を使う事ができ、的確なフォローもできるのだ。


 つまるところ、静は誰かのサポートがないと本来の力を発揮しづらいのだ。


 というわけで今、静の戦闘能力はダダ下がりにあるのだが、フィアたちは当然気付かない。


「そうだ。彼は私たちを信頼してこの作戦を話してくれたのだ。まずは私たちのすべき事をしよう」


 フィアとリーゼの会話をキースがそう言って締めくくる。


 キースの静への評価はそう悪いものではない。勘違いで斬りかかってしまった負い目も働いてか、そこそこ好意的に彼を見ている。


 そしてその好意が静を不幸にしていた。勝手に彼を好意的に解釈して、それを真実だと思い込んでしまうのだ。静は「漢の中の漢」と評されるほど綺麗な存在ではない。むしろ外道。


 ちなみにキースも本戦出場はしていたのだが、静の作戦を聞いて棄権の表明をしている。よって、今日は観戦側に回っている。


「それよりフィアさん。あの作戦だと、ひょっとしたら薫さま以上に大変ですけど……大丈夫ですか?」


「……正直、怖いです」


 静が聞いたら戦闘狂が何を、とほざくであろうセリフだった。


「でも、これは私にしかできなくて、静さんは私を信頼してこの役を任せてくれました。絶対にやり遂げて見せます!」


 言い切ったフィアの瞳に恐怖はなかった。






 薫が闘技場のステージに立ち、その手に持った剣を構える。


 本戦も最終日。今日行われるのは準決勝と決勝戦のみである。


(こうして私が注目を集める事も静の作戦の内か……相変わらずだよ)


 薫は内心で静の事を評価するが、勇者が闘技場に参戦して注目を浴びないはずがない。静はその程度なら誰でも知っているだろうから、説明するまでもないと判断していた。


 しかし、一同はフィアを除いてそれに気付かなかった。どこまでも自分たちの評価に無頓着なパーティーである。


 目の前の大男と対峙し、薫は剣を正眼に構える。正当な流派を修めているわけではないが、初見の相手にはこれが一番隙が少ないのだ。


『さぁ! ついにここまでやってきました決勝戦! 片や勇者! しかも女性! 冬月薫選手!』


 周囲からの歓声が沸き起こる。中には女性の声すら混ざっている。どうやらこの大会で薫の人気はウナギ上りのようだ。


『片や遠路はるばるここまでやってきた大男! フットマン選手!』


 今度はブーイングの嵐が降り注ぐ。観客は内容もそうだが、やはり一番は見た目らしい。


 筋骨隆々の大男よりも、見目麗しい女性を応援したいのは男として当然の感情のはずだ。


 静が見ていたら、フットマンと呼ばれた大男に果てしなく同情しているだろう。


『この大会! 冬月選手は圧倒的な技術で! フットマン選手は圧倒的な力で駒をここまで進めてきました!』


 薫は思う。この司会、盛り上げるの上手いな。


 特に拡声器などないのに、全観客に聞こえ、なおかつ近い人にも適度に聞こえる音量を保つ技術には尊敬すらしたくなる。


 薫と相対するフットマンは巨大な斧を構えている。その大きさは薫の持つ剣のおよそ二倍近い。


『ここまで来たら無粋な話はなしだ! 試合……始めっ!』


「グオオオオオオオオオォォォォォッ!!」


 フットマンが凄まじい気合の声とともに薫へ向かって走る。


 見た目から予想される速度よりもそれは速く、薫の目を見開かせるには十分だった。


「チッ!」


 振り下ろされる斧の一撃を剣で防ぐには困難だと判断した薫はその場から後ろに下がる。


 外れると分かってもフットマンはその勢いを緩めず、斧は地面に激突した。


 その異常と言ってもいい膂力によって石舞台が砕かれる。


「くっ、静じゃないがなんて馬鹿力だ!」


 静は薫と戦う時にいつもそのセリフを言っているのだ。薫もそれを使って悪態をつく。


 容赦なく降り注ぐ石の破片を剣を使って打ち払う薫。フットマンは追撃の手として斧を腰だめに構える。薙ぎ払いの姿勢だ。


(気で対抗するか? いや、あれは使いどころが極めて難しい。やはり魔法で対抗するしか……ない!)


 流れるような思考で薫は気で戦う選択肢を破棄する。


 静の予想通り、薫の気を操る術は不完全だ。元は敵から奪った技なのだが、敵も中途半端にしか鍛練をしていなかったようで、気を集められるのが右足のみなのだ。


 攻撃力は薫の持っている手札の中でも高い方なのでトドメには使うが、普段は使わない。そして今回のような懐に潜り込む事が難しい相手には使う機会すらない。


「《風よ 荒れ狂え》」


 薫の魔法は小規模な竜巻を巻き起こすものだった。フットマンはそれに直撃した。


 しかし、耐えて見せた。体には細かい切り傷が無数についているが、決定打になりそうな傷は一切ない。


 私とは全然違うな、と薫は常軌を逸した耐久力のフットマンを少しだけうらやましく思う。あの防御の固さは女性である薫には手に入れられないものだった。


 ……男性である静も持っていないが。あいつは基本的に薫より打たれ弱い。


 そして薫と静の決定的に違う点、それは――


「正々堂々、勝負だっ!」


 卑怯な手段を取らない事である。


 静なら、試合が始まる前に罠を張るくらい平気でする。それをしなくても、相手を精神的にも肉体的にも追い詰めた上で勝ちに行く。正々堂々? ナニソレ食えんの? という感じだ。


「行くぞっ!」


 先ほどまで考えていた魔法による遠距離戦の案を薫は破棄。真っ向からの剣と斧による勝負に出た。


「ぬうううううんっ!!」


 下から抉り込むように振り上げられる斧を薫は軽やかな身のこなしで避ける。そして手に持った剣を振りかぶる。


「豪剣!」


 静から見ればただ振り下ろしただけじゃん、と突っ込むであろう技だった。


 しかし、実はインパクトの瞬間に方向性のない魔力を収束させて爆発による威力増大を見込んだ高等技術がそこにはあった。


 さらに扱いの未熟な気を刃に集めるという右足にしか集められなかった状態からは信じられない離れ業をやってのける。彼女は自分を追いつめて伸びるタイプだった。そして才能は勇者と呼ばれるだけはあった。


 銃でも撃ったような轟音と、爆発音と閃光が周囲に撒き散らされる。


 薫の豪剣をフットマンは斧で受け切ったが、斧が豪剣の衝撃に耐え切れず自壊してしまった。そして武器を破壊してなお残る衝撃がフットマンを壁際まで吹き飛ばした。


『勝負あり! 優勝は! 冬月薫選手だああああああああぁぁぁぁぁっっ!!』


 薫は全力を尽くして掴み取った勝利に片手を上げて歓喜を表す。


 そして、周囲から送られる割れるような拍手と惜しみない称賛の声。


 ほんのわずかな勝利への陶酔感を味わいながら、薫は口を開いた。


「みんな! 少しの間、私の話を聞いてほしい!」


 ――ここからだ。私たちの本当の戦いは。


 そんな漫画とかアニメとかの最終話のオチ的な事を思いながら、薫は静の作戦を始めた。






 薫が勝った瞬間、フィアは移動を始めた。


 この闘技場はすり鉢状の形をしており、中心が闘士たちの戦う場所。そして外側が観客席となっていた。


 フィアが向かうのは観客席で最も目立つ場所――すなわち王様たちが観戦のために座っている場所に近いところに行った。


「彼女はここ数日行方不明とされていたカシャルの第三王女、フィア・グランティス・カシャルにあらせられる!」


 薫の声とともにフィアが目的地に着き、そこに凛とした佇まいで立つ。


 観客たちに困惑の声が広がる。それもそのはず。フィアは賊に囚われたと城の者からは告げられており、勇者と行動を共にしているなど聞いてないからだ。


「彼女は、城の中で謀殺されそうになっていたところを私の仲間が助け出した! 私たちは魔王を倒すために旅をしている。そしてその中で得た情報は――」


 薫が王族たちの座る場所を指差す。一つ一つの動作が大振りで役者じみているのも静の指示だ。意外にハマっているあたり、彼女には役者の才能があるかもしれない。


「彼らは魔族と繋がっている! その証拠をご覧に入れよう!」


 フィアが静かに口を開く。その手に己の意志を貫く剣を持って。


「アルバ! 父上を亡き者にしようとした罪は重いぞ!」


 フィアは裂帛の気合を持って大臣アルバに剣を突き付ける。


 まるでよくできたお芝居を見ているようだった。そして、その感覚は当たっている。


 静の作戦。それは民衆を味方につけ、敵をあぶり出すというものだった。


 わざわざアルバを名指ししたのも、確信を持って偽物だと言い切れるのが彼しかいないため。


 だが、その正体を確実に分かっているように演技をさせ、実際に攻撃の姿勢を見せる。


 すると他の人間に入れ替わっている魔族はこう思うはずだ。


 ――まさか、彼女たちは自分の事も分かっているのではないか?


 つまり、この作戦は魔族の自爆を狙って国一つを対象にした壮大なお芝居なのである。


 仮に取りもらしが出たとしても、この一件で疑いのかかった者たちの評判は地に落ちる。


 そうすれば魔族の目的を達することなど不可能となってしまい、この場合も国を救うという目的は達成される事になる。


 二段重ね。成功すれば魔族を一網打尽にでき、失敗しても少なくとも国を救う事はできる。


「これはこれは……フィア様、いったい何を……」


 アルバはその顔を動揺を表す事なく落ち着いた対応をしたが、彼に限っては確信のある薫一同は揺らがない。


「黙れ! お前が魔族と入れ替わっている事はすでに知っている! 大人しく父上たちを返せ!」


 ――こういう時はちょっと不安でも断言しろ。例え間違っていても、周りの人が信じてくれる。


 静からの指示であり、その方が状況を掴めていない民衆の心を掴みやすい。


 どこで学んだのか聞きたくなるくらい、静は集団の心理誘導に長けていた。


 ……薫との騒動に巻き込まれるうちに、勝手に覚えただけであり、静も真面目に学んだわけではない。真実はいつも彼の不幸な人生にある。


 そして、フィアは大きく啖呵を切ってから、何を思ったのかアルバに斬りかかった。薫たちも驚かず、その光景を見守る。


 これも静の指示だった。彼が魔族であることを確信して斬りかかった、という事実が欲しかったのである。


 魔族がいる王族など誰も信じず、民衆の心はフィアに傾き、敵にとってみれば次は自分では? という恐怖を与える事ができる。一石二鳥の行動だ。


「チッ!」


 アルバは身を翻してフィアの斬撃を避ける。しかし、そこらの戦士じゃ相手にならないほど研ぎ澄まされたフィアの斬撃はアルバの腹をばっさり斬り裂いた。


 斬られた腹から流れる血は――緑色だった。


「見ろ! この血を! 人の熱き心のない緑! これこそが、彼が魔族である証明だ!」


 フィアが民衆に向かって声を張り上げ、緑色の血がべっとり付いた剣を掲げる。


 民衆はまだざわついていた。目まぐるしく動く状況についていけないのだ。


 そして、最後のダメ押しが発動する。




「王女様! 魔族なんてぶっ倒してください!」




 どこからか聞こえた声。その声が闘技場の中に響き渡り、浸透する。


 本来、これこそが静の役割だった。だが、静はこの時地下牢で激戦をしていた。そのため、この役割はキースに譲っていた。


 この一言がきっかけとなり、民衆の声の質が変わっていく。動揺や困惑の声ではなく、フィアを賛美する声に。


 一つ一つの声が重なり合ってもはや訳が分からない。しかし、これだけは分かる。




 今、民衆の心は静の思惑通り、フィアに傾いていた。




「は、ははははは……ここまで上手くいっていたのだがな……小娘がぁ!」


 アルバは正体を隠す事を諦め、その姿を現した。醜い魔族の体へと。


 それに同調するように王族の中から魔族の体へ変わる者が出て、兵士の中からも一部が魔物に変わっていた。


 静が城の中でした推測は間違っていないが、闘技場の方には人間“しか”いないという部分が違っていた。


 昨日まで一緒に働いていた仲間が魔物だと分かって動揺しない人はいない。その隙を突けば、魔物など人間たちの四割弱混ぜておけば充分だった。


 しかし、その思惑は薫たちによって阻まれる。


「ここからは私たちの仕事です!」


 民衆の中に紛れていたリーゼとキースが慌てふためく兵士たちを抑え、魔物たちを蹴散らしながら指示を飛ばす。


 フィアは薫のもとまで下がり、並んで剣を構える。


「……ここまで上手くいくと怖くなりますね」


「それが静だよ。あいつの頭の回転には私も時々驚かされる」


 静本人は小賢しい浅知恵程度にしか思ってないが、民衆の反応まで予測してどちらに転んでもこちらが得になる作戦を立てるなど、普通の人にはできない。


「まあ、ここからは私たちに頼まれた事だ。あいつの信頼に応えようか」


 自分以上に無鉄砲で、一度助けたいと思った人間にはどこまでも助けようとするお人よしのためにな……、と薫は内心でそうつぶやいてから魔族たちに向かって突進した。






「お前で最後だな」


 薫の剣が元アルバに突き付けられる。


『ぐぅぅぅぅっ! おのれぇぇぇっ!!』


 周りにいた魔族はすでに倒され、魔物も散らされている。そして自分一人で彼女たち四人を相手にする事は無謀に過ぎた。


 破れかぶれで突撃する元アルバ。それに対し薫は剣を振りかぶり、魔力を収束する。


「吹き飛べ! 豪剣!」


 インパクトと同時に衝撃が解放され、すさまじい威力となる。


 元アルバはそれを受け、自分から大きく後ろに跳んだ。


「なに!?」


 自分一人で突撃するのは無謀。ならばわざと攻撃を受けて吹き飛べばいい。


 一か八かの賭けであったが、元アルバはそれに勝った。


 大きく吹き飛ぶ彼の体の後ろには闘技場の入り口があり、着地したらそこから逃げられる。


「おーい。薫、無事かー……ってうおおおおぉぉぉぉっ!?」


 このタイミングでやってきた静がいなければ、だが。


 そして静が氷柱でトドメを刺した事によりカシャル王国を取り巻いていた陰謀は終息する。全ては彼の手のひらの上で終わった。


 ……こうして静はさらなる不幸に巻き込まれていく。

閑話と称しましたが、静と同時刻に戦っていた薫たちの視点です。

彼女たちだけだと、基本シリアスになります。

次回、ようやくカシャルから旅立ちます。

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