十五話
「まさか俺が薫を助けに行く羽目になるとはな……」
人生塞翁が馬とはよく言ったものであるとつくづく感心せざるを得ない。
「あの……そう言えば聞いてませんでしたよね。薫さんと静さんの細かい間柄」
確かに。俺も説明では同じ故郷から一緒に召喚された奴、としか話してない。
「そうだな……いわゆる幼馴染ってやつだ。あいつとは昔からの知り合いでな。それこそあいつと一緒に風呂に入った事だってある」
「え……ええぇっ!?」
「今じゃねえぞ。俺もあいつも四歳ぐらいの時だ」
何を勘違いしてるんだか。俺とあいつがそんな関係になるなんて真夏に雪が降ってもあり得ないっての。
「そ、そうなんですか」
「何を想像してんだか……。ってそんな事はどうでもいいんだよ。俺とあいつの関係なんてそれこそ決まってる」
「な、何ですか……?」
フィアがゴクリと固唾を飲んだ。
「腐れ縁に決まってんだろボケ」
「……………………………………………………………………………………ゑ?」
「なに鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してんだよ」
あいつと一緒に居てロクな目にあったためしがないぞ。あいつと一緒に居たら、普通に命がけの修羅場の方が多かった。
今の俺はちょっとした修羅場なら驚かずに対処できるだろう。
「え、えっと……薫さんと一緒に居て光栄、とかは……」
「何言ってんだか。それこそガキの頃から一緒だったんだ。ありがたみなんてあるわけないだろ」
居ても居なくても厄介事を運んでくる。それでも居た方がまだマシなので一緒に居る、それだけだ。
「はぁ……まったく、こういうのは薫の信頼している仲間がやる場面だろうが……一般人の俺にそんなのやらせんじゃねえよ」
『一般人……』
メイ、何笑いを堪えてやがる。俺が一般人なのはそんなにおかしいですか。
「でも、薫さんはあなたを信頼しているんじゃないですか? だからこんな状況になったんでしょう」
……否定できなかった。あいつはなぜか知らないが、俺に無上の信頼を抱いている。
「だが荷が勝ち過ぎてる。俺にはこういった役割は向かないっての」
城の兵士相手に大立ち回りなど、柄じゃない。裏でセコセコやってる方が性に合っている。
「それじゃ、どういう段取りで行きます?」
「そうだな……とりあえずフィアは居残りね」
「えーっ! どうしてですか! 私だって戦えますよ!」
むしろ戦え過ぎて扱いに困る。
「わざわざ安全な場所まで引っ張ってきたのに、自分から危険に首突っ込まれちゃたまらん。それに俺一人の方が動く分には身軽だ」
フィアに正面で時間稼ぎというのも考えたが却下した。あいつ一人で脱出ができるかどうかを考えると不安が果てしなく高まったからだ。
「一応、俺は糸で窓から見て回る。いいか? 絶対に部屋から出るなよ! 今回は敵に見つからなければ穏便に済ませられる内容だからな」
「……はい」
超不承不承だが、確かにフィアはうなずいた。
約束を反故にするような真似はしないはずだ。……………………きっと。
「んじゃ、すぐ戻るからな」
フィアが剣から手を放すのを見てから、俺は窓から身を投げ出した。
三度やってきた城の前。
一度目は下見。二度目はフィアを連れて脱出だった。そして今は薫たちの救出。
……穏便に来れたのが最初だけというのはどういうことだろうか。
『主、ああは言ったが、周囲の警戒は朝とは比べ物にならんぞ。どうするつもりじゃ?』
メイがこちらに作戦を聞いてくる。まあ、メイの危惧ももっともだ。
「まあ、ああいうのって意外と上は見ないんだよ」
それに人数が増えただけで練度が上がっているようには思えないし。
裏口の方に回り込み、そこにいた兵士を絹糸であっさり意識を落とす。
「弱い、弱過ぎるぞお前ら」
あまりの手ごたえのなさにいささか拍子抜けする。こんなんで兵士なんてやっていけるのか?
その疑問が頭をもたげ、怪しくなったので兵士の姿をじっくり観察してみる。もしかしたら魔物が変わっているのかもしれない。
……ないな。
五分ほど観察を続けたが、変化はなかった。本物の人間らしい。
この世界の人間の未来はこんなので大丈夫なのか不安でならない。
「まあ、関係ないか……」
『安心せい。主なら気が付いたら魔王の前で啖呵を切っているはずじゃ』
それって俺が薫の代わりに魔王討伐に行ってないかねメイさん。
『いやいや。いつの間にか薫たちを追い抜いてあれよあれよと言う間に……の』
「不吉な未来予想やめてくれない!? しかもなんかあり得そうで怖いんだけど!」
ここに来てから、俺に降りかかる不幸の度合いがどんどんひどくなっている気がする。狂戦士お姫様然り、魔王然り……。
『大丈夫じゃ。主は悪運が強いからどんな敵が相手でも生き残るじゃろう。……きっと』
「メイさんもうやめて! 俺のライフはとっくにゼロよ!」
オーバーキルだからすでに!
『ほれ行くぞ。助け出すのじゃろう?』
どっちかと言うと助けられる立場になりそうな気がする。いや、ただの勘だけど。
糸を使い、スルスルと体が上に上がる。何度もやっているから慣れたもんだ。
一つ一つの窓の中を調べる。気の遠くなるような作業だ。しかし――
「……ラッキー」
なんと、俺は一発で薫たちの部屋を当てて見せたのだ!
『あ、あり得ん! 主にこのような幸運、あってはならぬ!』
メイが戦慄したようにそう言っている。テメェ言って良い事と悪い事があるぞ? いくら温厚な俺でも怒っちゃいますよ?
「俺にだって、このくらいの幸運はあっていいんだよ……っと」
外側から鍵を開け、中に入る。
「よう薫! ちょっとした用事で迎えに来た……ぞ……」
だんだん尻詰まりになる。なぜなら、
そこにはなぜかリーゼと金髪の男しかいなかったのだ!
「……っ、曲者!」
しかも金髪の男は俺の声に気付いて、剣を抜いてこっちを見据える。
や、ヤバいヤバいヤバい! チクショウ、やっぱこうなる運命なのか!
『やはり主はこうでなくてはな。上げて落とす……完璧じゃ!』
何が完璧だよ。こっちはライブでライフの大ピンチだぞ。
「り、リーゼ! 俺だ、静だ! いい加減目を覚まして薫呼んで来い!」
「……にゃぁ? どちらさまですかぁ~?」
どうやら寝起きのリーゼは若干頭が弱くなるようだ。
「リーゼ様も知らない。ならばお前は曲者だ! 覚悟ぉ!」
「いやいやいやいや、薫と一緒に居ただろ俺!?」
忘れられるほど影薄いか!?
「黙れ! 薫さまの障害はこの手で切り捨てる!」
「その障害が今まさに向かってきてうおおおおおぉぉぉぉっ!?」
俺の説得をガン無視した男がこちらに斬りかかってくる。慌てて下がる事で避けるが、あっという間に後がなくなる。
糸で外に逃げてもいいのだが、そうしたらもう中には戻れない。
「くっ……」
「もう逃げられないな。曲者!」
男が剣の先から裂帛の気合が吐き出される。その気をまともに食らい、胃がキリキリ痛み始める。
『あれだけの気を受けて胃が痛むだけで済む主もすごいがの……』
怖い、というよりも何たる不運、と己の不幸を嘆く割合の方が強いからです。
……仕方ない。これは使いたくなかったのだが……。
今までの構えを解き、急に自然体に戻った俺を男はいぶかしむ。
「……フ、切り札を使わせてもらおう」
「……っ!」
男が距離を取って、防御の構えを取る。わざわざ宣言してやったんだから、発動される前に潰せばいいじゃん、と思わなくもない。
俺は両手をゆっくりと広げ、大きく息を吸って――
「あいつは実はおねしょを――」
「それは絶対に秘密だと言わなかったか? 静」
神速で駆けつけた薫が俺の首筋に剣を突き付けていた。
フ、こいつの誰にも知られたくない事実を俺は大量に知っているのさ!
……薫も俺の知られたくない恥部を知ってるけどな。
「ったく、こちとらテメェを助けに来たのに部屋間違えちまったよ」
「ははっ、それがいつもの静だろう?」
薫がからからと笑い、俺もニヤリと笑みを浮かべる。やはりこいつとのやり取りはこんな感じがちょうどいい。
憎まれ口を叩く俺とさらりと流す薫。その二人のやり取りを男は唖然として見ていた。リーゼはまだ寝ている。
……彼女、寝てる家で火事が起きたら死ぬんじゃないか?
「るっせ、とにかく、ここから出るぞ。この城はヤバい」
「分かった。で、どうやって?」
俺の言葉に一も二もなくうなずいた薫が方法を聞いてくる。
「決まってる。こうするん……だよっ!」
薫、リーゼ、男の三人を絹糸で一緒くたにグルグル巻きにする。
「うわっ! な、何をするキサマ!」
「安心しろキース。こいつは素直じゃないだけだ」
「違う。お前ら三人をいっぺんに運ぶにはこれしかないんだ」
俺の行動はある意味素直なのかもしれない。
「《炎よ 我が力を強化せよ》」
筋力強化で三人分の重さを軽々と受け止める。左手で三人を巻いている糸を掴み、右手で壁に引っ掛ける。
「じゃあちょっと飛ぶぞ……! 舌噛まないようにな!」
返事も聞かずに俺は跳躍した。
「……はぇ? ふわふわ飛んでいる……っ! キャアアアアアアアァァァァァァァァッ!!」
地面に向かう途中でリーゼが起き、大声を上げていた。もちろん、あらかじめ消音魔法は唱えてある。
フフフ、自分の不運に慣れているから考えうる最悪への対策を取るのは当然なのだよ。
……はぁ、結局薫に助けを求める事になるのか。
薫が関わる以上、絶対に事は大きくなる。
そして俺はこの後、どうやってリーゼをなだめようかを必死に考えるのであった。
寝坊して投稿が遅れましたorz
ちなみに静の幸運は大抵上げて落とすタイプです。