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十四話

 再びフィアの部屋前まで駆け戻る。


 この城は結構広く、しかもそれの対角線を一往復半しているので足に疲労がたまってきている。おまけに戻る時は全力で走っていた。


「ハァ……ハァ……間に合ってるだろうな……」


 膝に手をつき、荒くなった息を整える。


 未だに倒れている兵士の懐から迷わず鍵を抜き取る。


「フィア!」


 ドアを開くや否や、俺はフィアの安否を確かめた。


「ひゃっ! し、静さん? どうしたんですかいきなり! びっくりしましたよ!」


「悪い! 急いで脱出するぞ! ここは危険過ぎる!」


 事情を説明する時間はなかった。一刻も早く出るべきだという思考が俺の中を占めていた。


「え? え? どういう事ですか?」


「後で説明する! とにかく……悪い!」


 フィアの腰に手を回して片手に抱える。俗に言う盗賊の持ち方。


 お姫様抱っこ? 両手が塞がったら糸が使えなくなるだろ。


「え? あの、静さん!?」


 窓を開け放ち、勢いよく身を投げる。


「《風よ 音を消せ》」


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッ!!」


 とフィアの口が言っていたが、あらかじめ消音しておいたので無問題。だって叫ばれて見つかったら困るし。


 フィアを左手で抱え、もう片方の手で糸を操りながら下へ降りる。


 フィアが何かを喚いているが、消音の効果はまだ発動しているので何を言っているのか分からない。


 着地してから、フィアの体を離す。地面に手をついて四つん這いになってぜーはーぜーはー言っていた。


「もう魔法解除したから、言いたい事言っていいぞ」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 荒い息しか聞こえない。


「お前……欲情してるのか?」


 そんなに荒い息を吐くなんて……誰に欲情しているんだろう。


「してませんっ!」


 ボケたらすぐに突っ込まれた。どうやら聞こえてはいるみたい。


「まったく……ちょっと息が切れていただけです。というか本当に死ぬかと思いましたよ!」


 息が整ったとたん、フィアが俺に対して鬼のような剣幕で迫ってきた。狂戦士モードが脳裏にちらついて怖すぎる。


「すまん。事情を話すから落ち着いてほしい」


「本当でしょうね? ……もし適当な事を言ってると判断したら……分かりますね?」


「もちろんです」


 ド迫力だった。これが王家の迫力か……! と内心で冷や汗をかいた。






「――とまあ、俺が聞いたのは以上だ」


「そんな……! ウソ、ウソです!」


「どう受け取るかはお前の自由だ。けど、少なくとも上の方はほとんど魔族に入れ替わってる」


 俺がいる事に気付いていた様子もないし、あれは真実だろう。


 俺に偽の情報を掴ませるべく動いた、という可能性も頭に浮かぶが、そこまで考えたらやってられない。


「じゃあ……お父様は……」


「……言いたくはないが、すでに亡くなっている可能性が高い」


 少なくとも、俺が魔族だったら殺している。


「そんな……」


 フィアの顔が絶望に染まり、膝をつく。


 ……こんなに絶望が深いのは俺のせいだ。あの時、安易な事を言って希望を持たせてしまった。


「すまない……」


 謝る資格などないのに、それでもそう言ってしまう。


「……いえ、お父様が乱心したと聞いたのは半年前。つまりお父様はその時すでに亡くなっていたはずです……静さんが悔やむ必要はありません」


 そうは言っても、どうしても俺の浅慮な言葉が頭をよぎる。何であんな言葉を言った、俺。


 王様の乱心があまりにわざとらし過ぎるから、そこで偽物を疑ったからか? 何で根拠もないただの憶測をフィアに話した。




 ――わざとらし過ぎる?




 どういう意味だ? あんな事をしていればすぐにバレかねない。


 いや、そんな事じゃない。あの王様を討とうとする奴は出てくるはずだ。たとえば薫たち一行のような。


 じゃあどうしてそんな役を魔族がやっている? そんな一歩間違えば死のリスクもある危険極まりない役を。


 死なない自信がある? いや、そんな慢心を持つような魔族の格が高いわけ……あるかもしれない。なんせ向こうの事は全く分からない未知だ。


 死なない種族? ……魔族の事を考えるのはやめよう。どうせ知らない事だらけなんだ。


 なら、人間である場合を考えよう。


 ……操られている。それしか考えられない。だが、魔族の奴と対等に話せる理由がない。操り人形相手に話し込むような魔族もいないだろう。


 では、操られていても多少毛色が違う? たとえば――




 ――特定の人物の言う事は全て正しいと思い込ませる、とか。




 それが可能かどうかは後でメイに聞けばいい。あいつの造詣の深さは筋金入りだ。


 ……くそっ。結局、何も分からないって事じゃないか。


 いつも以上に頭を使い過ぎたせいか、ちょっとボーっとする。


 頭の中にかかったもやを払うように頭を振り、フィアの顔を見る。


 すでに涙は止まり、これからすべき事を見据えている目だった。


「……とにかく、あそこに居るとお前の身がヤバいって事だ。しばらくは俺と一緒にいろ」


「そうですね。……それで、誰が黒幕なのでしょう?」


「……分からない。中に入って調べてみたものの、それっぽい証拠はなかった。ただ、少なくとも大臣が魔族である事は確定だと思う」


 今のところ分かっているのはこれだけ、か……。後は上の連中が魔族になっているとかだが……魔族の話だけあって信憑性が薄い。


 いや、そこまで考えたら何も信じられない。少なくとも、上の連中は魔族と考えた方がいい。


「よし、これからすべき事は決まった」


「どうするんです?」


「薫に協力を仰ぐ。もうここまで来たら俺たちの手に余る」


 最初は国家レベルの陰謀だと思っていたが、ここまで来たら世界レベルだ。この国が落ちたらきっと人間は負ける。


「あの……薫って勇者様じゃないですか?」


「あ……」


 そういや俺と薫の関係を話してなかったな。






「ということは薫さまと静さんって知り合いだったんですかーーーー!?」


「バカ、声がでかい!」


 俺の説明を聞いて驚きのあまり叫び声を上げるフィアの口を塞ぐ。


 フィアがむーむー言ってじたばたしているが、しばらく放置しようと心に決める。


「いいか? あいつと俺が同じ境遇の人間だって事は絶対誰にも言うなよ! 俺は平穏がほしいんだ!」


『無理だと思うがのう』


 メイが要所要所で放ってくる突っ込みがマジキツイ。


「……ん? フィア?」


 フィアの顔がぐったりして顔が真っ青になっていた。


 まさかと思って口を塞いでいた手を見ると、鼻まで塞いでいた。


「わ、悪い!」


 慌てて手を放すと、フィアが金魚のように口をパクパクさせて酸素を取り入れていた。


「はぁ……お花畑と綺麗な川が見えましたよ」


 この世界に三途の川という概念はあるのだろうか。あったらそれはそれで嫌だなあ、と思った。なんかファンタジー壊れそうだから。


「そうかい。とにかく、これは他言するなよ?」


「はい。静さんは無駄と分かっていても努力する方なのですね」


 フィアの言葉に棘があり過ぎて泣きそうになった。


「んじゃ、勇者探しと行くか」


 あいつなら少なくとも話は聞いてくれる。それに地力見てもあいつの方が遥かに上だし、安心だ。


「あ、勇者様って今日は闘技場で予選に出ているのではないですか?」






 フィアと闘技場に向かう。フィアの事がバレると困るので、フードをかぶせておいた。


 中に入ろうとすると、外から大勢の人が出てきた。


 あれ? 入っていくのは分かるけど、何で出て行くの?


「もしかして、もう今日の予選は終わったんじゃ……?」


 フィアの言葉で目の前が真っ暗になった。


『さすが主じゃの。ある意味妾の期待を裏切らん』


 最近、メイの言葉に癒しを感じなくなってきました。もうちょっと遠まわしに言ってくれてもいいんじゃないだろうか。


「どうします?」


「……そうだ! あいつの泊まっている場所を俺は知っている!」


 なんせ俺の部屋の両隣りにいたんだからな! 間違いない!


「俺が泊まった宿だ! 急ぐぞ!」


「あ、待ってください!」






「ん? 勇者様かい? あの人たちならお城の人に呼ばれてそっちに泊まるって言ってたよ」


 再び目の前が真っ暗――絶望色に染まった。真っ暗なんてチャチなレベルじゃない。


「どうしてこう……会いたい時には会えないんだ!」


 膝から崩れ落ち、木の床を拳で叩く。


『その……さっきは期待を裏切らないなどと言って悪かった』


「静さん……」


「やめて! そんな憐れみ切った視線でこっちを見ないでーっ!」


 今ちょっと涙腺緩くなってるから、マジ泣きしちゃうよ?


 一しきり世を儚んでから、再起動を果たす。不幸なのは変わらないが、悲しい事に慣れてしまっている。だからすぐに再起動もできるのだ。


 ……いや、威張れないけどね。むしろこんな事でしか自分を誇れないのが果てしなくみじめに感じる。


「城か……」


 普通に街をうろついているだけなら見つける事もできたはず。だが、城は別だ。


 フィアは今現在誘拐されている真っ最中で、俺は誘拐している最中。


 俺が戻っても問答無用で追い返されるだろう。一応、顔はまだ見られていないはずだから打ち首はないはず。


 フィアは戻るのが危険過ぎる。どこに敵がいるかも分からない状態だ。


「……フィア。お前、城の中に信頼できる部下はいるか? なるべく上の階級じゃない奴」


 上の階級は軒並み魔族に変わっていて、当てにはできない。


 フィアは俺の質問に力なく首を振った。


「……すみません。信頼できる部下はあの時……」


 盗賊に襲われた際に殺されてしまった、か。


 今思えば、あの盗賊すら魔族の息がかかった連中ではないかと疑ってしまう。まあ、もう死んでいる連中だから考えても意味はないが。


「明日に持ち越すしかないな……」


 どうせ明日になったらまた予選で出てくるだろうし。


「あの……今日の寝込みを襲われたりしませんか?」


「まさかあいつは俺より強いぞ。それこそありえ……な……い……」


 おかしい、だんだん否定できなくなってきた。


 あいつ、人を疑うという事をあまりしないからな……王様の事を信頼し切って寝込みを襲われるとか……あり得そうで怖い。


「それに、毒とか……」


「んー……毒はないと思うぞ。城の中で勇者が死ねばそれこそ民衆大騒ぎだし。下手すると暴動起こるぞ」


 そう考えると寝込みを襲われる心配もないんじゃないか、と思えてくる不思議。


「……あいつなら大丈夫じゃね? きっと勇者補正で生き残れるって」


「な、何ですかその補正!? あ、それを言うなら静さんは不幸補正ですね」


 フィアの切り返しがキツ過ぎてちょっと涙が出た。


「そして不幸補正がある静さんはお城に乗り込みますね。絶対に」


「断言しないでくれない!?」


『いや、妾もそう思う』


 俺の味方はどこに居るのだろう。


「じゃあ、勇者様救出と行きましょう!」


「……本気なの?」


「もちろん! それに安全というのは静さんの推測でしょう? “もしも”があったらどうするんですか?」


「む……」


 そう言われると弱い。


 どうも俺は頭でっかちの気がある。一人で考えて出した結論を真実だと思い込んでしまうのだ。


 気を付けよう、と心に刻んでおく。


「……はぁ、仕方ないか。分かった、行くよ」


「じゃあ、いつ出ます?」


「深夜だ。俺たちが城に入るにはそれしか方法がない。静かに入り込んで静かに助けるぞ」


 一日に二回もお城に侵入する羽目になるとは……というか、今日はもう疲れているんだけど……。


「分かりました。それまでは休みましょう」


 そう言ったフィアはさっさと部屋を取って行ってしまった。お金もちゃっかり俺の懐から出している。


『主、きっとこれは運命じゃよ』


 メイが悟り切った声でそう言ってきたのが印象的だった。メイ、君が何を言ってるのか分かんないよ。


 ……泣かないぞ。俺の不運がこんな事態を招いたとしても、泣かないんだ。


 目の奥が熱くなる感覚を抑えながら、俺もフィアと同じように部屋を取ってベッドに倒れ込んだ。


「少しでも英気を養っておくか……」


 目をつむるとやはり疲れていたのだろう。すぐに意識のブレーカーが落ちた。

静の不幸は留まるところを知りません。

そして静自身は自分の目で見た物を信じるくせに、頭でっかちという困った性質を持ってます。


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