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十三話

お知らせでも言いましたが、続けさせていただきます。

厚顔無恥と思われる方もいるかもしれませんが、読んでくれる人がいる限り、完結まで持っていく所存ですので、よろしくお願いします。

 意外に整備の整った道を静かに歩き続ける。


 ……意外と言うのも失礼な話か。ここは王様が通るんだ。綺麗でないとおかしいな。


 特に明後日に控えてある本戦には王様も直々に見るから、特に気合入れて清掃されている。


「……なかなか終わらないな」


 もう十分は歩いている。俺は普通の人よりも歩幅が大きい方だから、一キロぐらいならもう歩いているはずだ。


「んー……全然向こうが見えない――っ!?」


 見えないんじゃない。同じ景色がずっと続いていた。目を凝らしてようやく気付いた。


『主! これは幻術じゃ! 嵌められたぞ!』


 メイが緊張感に満ちた声で警告してくれる。


 俺も鋼糸を両手に付け、何が起こっても即座に対応できるようにする。


 ……ん? 幻術?


「なあメイ。幻術って何だ? 魔法にそんな分類なかったはずだぞ」


 光の屈折を利用した残像や透明化はできるが、そんなもの、光の仕組みを知っている俺や薫ぐらいしかできないはずだ。


『魔族特有の術じゃ。魔族というのは簡単に言えば魔王の手下じゃな』


 ………………………………………………………………………………マジ?


「なんでさ!? そういうのは薫の仕事だろ!?」


 魔王軍と笑いあり、涙ありのバトルストーリーなどあいつだけで充分だ。


『何を言う……今回の厄介事に首を突っ込んだのはお主だろうに……これぐらいは諦めろ』


「嫌だ! 俺は裏でこそこそやってる方が良いんだーーーーっ!!」


 秋月 静。十七歳。魂の絶叫。


『ホウ……ずいぶんと威勢のいい餌じゃないか』


 神様、そんなに俺が苦しんでいる姿を見るのが好きなのか?


 何かほざいてくる肌の色が青白い――というか青い人型っぽい奴を放っておいて、俺は神様への呪詛を吐き続ける。


「くそっ、チクショウ、何でだよ……何で俺ばっかり!」


『……我を無視するとはいい度胸ではないか』


 四つん這いになって地面を叩いていると、魔族の人が苛立った声を上げてきた。完璧スルーはやり過ぎたかもしれない。


「無視したのは謝るから、ここから出してくれないかね」


 立ち上がり、肩を大仰にすくめる。


『冗談も休み休み言え。我の腹がよじれてしまう』


 ウソつけ。笑ってねえじゃねえかよ。腹筋ピクリとも動いてねえし。


「じゃあここは……魔族らしく、俺を殺すのか?」


 少しだけ中腰になり、いつでも突っ込める体勢に。


『そうなるな。人間』


「命乞いするから、見逃してくれない?」


 両手を合わせ、懇願するような姿勢に。


『それで見逃すと思っているのか?』


「やれやれ、ずいぶんと狭量な魔族だこって」


 手のひらを天井に向け、肘を外側に開いて肩をすくめる。


『そういうことだ。……覚悟はいいな?』


「ああ。もういいさ。お前を倒す手筈は整った」


 これで準備完了っと。


『……何だと?』


「さあ、いつでもかかってきな。その時がお前の死ぬ時だ」


 ちょいちょいと挑発してみる。


 どうやらこいつはあまり気が長い方ではないのだろう。爪を伸ばして、襲いかかってきた。妙な聞き取れないうめき声付きだった。


『ほほ、主の行動の意図も読めなんだ下郎じゃ。この程度が妥当じゃて』


 頭の中でメイが同調するように笑い声を上げる。


「けど、念のため……《風よ 我が歩みを助けよ》」


 移動力強化を使って、次善の策をとる。


 魔族の男はこちらに突っ込んで――




 ――俺の張り巡らせた糸に体を食い込ませた。




『こ、これは!?』


 驚愕に顔を染める魔族に対し、さらに糸を動かす事でみの虫状態にしてやる。


「何で俺が会話をしていたと思う? まあ、見逃してもらえればいいかなー、なんて思いもゼロじゃなかったんだが、こっちは置いておこう」


『言われない方が格好いいしの』


 メイの突っ込みがキツイ。戦いたくないでござる。


 タネ明かしすると簡単だ。わざと会話を行い、体を動かす。


 その動きで糸を張り巡らせてしまい、後は挑発して戦闘に持ち込むだけだ。


 ポイントは手の動きだ。わざと大振りにした方が糸を仕掛けやすい。


「しかし予想外なのはこいつだな。まさか鋼糸で作った壁にまともに突っ込んだのに、皮膚も切れてないとは。正直侮ってた」


 念のために柔軟性が高めの糸にしておいてよかった。突破されていたらこっちは結構ヤバい。


『ぐぐぐ……っ! 人間ごときがぁぁぁっ!』


「人間を舐めるなって事さ。さて――報いの時間だ」


 こいつが黒幕だとは思っちゃいない。黒幕がこんな場所で見張りなんてするはずないからだ。


 一応、こいつから情報を聞き出す手段もあるのだが、ここに長居ができない以上時間をかけるつもりはない。


「――死ね」


 みの虫の真上に糸で球体を作る。密度は大きく、大きさは小さく。


「《炎よ 焼き尽くせ》」


 糸でできた球体に炎がまとわりつく。これは糸に伝わらせるだけに範囲をとどめているため、魔力の消費が普通に糸の球体と同じ大きさの球体を作るよりはるかに楽だ。




 ――弦操曲我流アレンジ、落日。




「ま、神様に会えたら俺にこれ以上の厄介事は来ないようにしてくれや」


 そう言い残し、俺は落日を魔族に叩き付けた。


『――――――――っ!!』


 魔族の矜持か、最期まで悲鳴は上げなかった。


 白い灰になったその姿を見て、何とも言えない寂寥感のようなものを感じる。


『……主、これからどうするのじゃ?』


 そんな俺の心中を察したメイが質問をしてくる。


「――先に進もう。ここで引いたら、たぶんこの道をガチガチに固められて潜入どころじゃなくなると思う」


 すでに幻術も解け、道の向こうに見える光があった。後はその方向に向かって歩き続けるだけだ。






「しっかし、結構簡単に内部まで入れるものだなあ」


『そうでもなかろう。何度兵士たちとすれ違ったと思っておる』


 城の一角、言ってしまうと武器庫の中で俺とメイは一息ついていた。


 意外でもあったが、内部に俺の侵入はバレていなかった。


 きっとあの魔族は単独先行して俺を倒そうとしたのだろう。協調性のない奴だ。


 だが、それがこちらに対してプラスに働いている。おかげで誰にも見つからずにここまでこれた。


 実際、メイの言うとおり何度かすれ違った。そのたびに光学迷彩を光の魔法で行い、ごまかしてきたのだが。


「それにしても広いなこの城。俺とメイがいた城もここまで広くはなかったぞ」


 一応地図を頭に描き込みながら動いているのだが、全然目当ての場所が見つからない。


 予想ではもう三分の二近く脳内地図は埋まっているのだが、何でだろう……。


『お主の運が悪いだけじゃろ』


 バッサリぶった切ったメイ。もう少し言い方ってものがあるのではないかと思う。


「いったんフィアの部屋寄っていこうかな。あいつならこの城の間取り詳しいだろうし」


『じゃが軟禁状態なのじゃろ? 見張りも何人かいると思うぞ』


「それはそうなんだけど。このまま俺一人で探すよりは効率が良い気がしてさ」


『確かにな。主の場合、地図を埋め尽くしてここで最後、ってところが目当ての部屋だったりしそうじゃからのう』


 メイの突っ込みが辛辣です。でも自覚があるから文句が言えない。


「とにかく……向かうぞ」


 立ち上がり、軽く周囲を見回して走り出した。






「やっぱフィアの部屋は分かりやすいな」


 部屋の前に見張りが二人ほどいる。しかもやたらと上の方にあったと記憶しているので、すぐに見つかった。


 ……あの時いた場所から一番遠くにあったけどな。俺が左下の場所にいたとするなら、この部屋は右上にあった。


「さて……眠っててもらいますか」


 絹糸を作り、首に巻き付ける。そのままキュッと締めてやり、意識を優しく落とす。


「よし、鍵、鍵、と……」


 気絶した兵士の持ち物をあさり、鍵を探す。


「お、あったあった」


『そう言いながらもあさる手は止まらないのじゃが……』


「金目の物でもないかなーと思って」


 兵士の一人が薬指に指輪をしていた。それも結構高級そうだと素人目でも分かる。


「……さすがに結婚指輪は取れないわ」


 そのせいで夫婦間が不和になったとか、目も当てられないから。


「フィア、元気してたー?」


「え、どちらさま――静さん!?」


 まさか正面のドアから堂々とやってくるとは思わなかったようで、かなり驚いていた。


「その通り、みんなの心の中に一人ずついる静です」


「気持ち悪いですね」


 ギャグで言ったのだから突っ込んでくれたのは嬉しいが、突っ込みがキツ過ぎて泣けた。


「……それで、今日は何の用ですか? 私を助けにでも来ましたか?」


「ううん。王様の部屋と大臣の部屋の位置聞きに来ただけ」


 フィアの期待をぶった切る俺。だが、フィアも予想していたのか、そう落胆はしていなかった。


「えっと……言いづらいんですけど、ここはお父様の部屋から最も離れてますよ?」


「なん……だと……?」


 そこは、俺がついさっきまで休憩していた武器庫の近くではないか?


「あと、アルバの部屋はお父様の部屋の近くにありますから……」


「……………………冗談じゃねえよ」


 思わず天井を仰いでしまう。どうしてこう、やる事なす事が全部裏目に出るのだろう。


『さすが主。期待を裏切らんのう』


 メイ、君が俺に何の期待をしているのか分からないよ。後泣いていいですか?


「……時間取って悪かった」


「あ、静さん!?」


 もう何言ってもみじめなだけなので、言葉少なにその場を後にした。


 鍵を締め直し、持っていた兵士に返してやる。


 こいつらが起きたらたぶん侵入がバレるだろうが、こうしておけばもしかしたら気付かないかもしれない。万に一つぐらいの確率だが、何もしないよりはマシだ。


「はぁ……また来た道を戻るのか……」


 嫌になってきた。早く帰り……たくはない。別の宿でゆっくり休みたい。


『主じゃからな。諦めて行くぞ』


 メイの俺への評価がかなり不本意なものである気がする今日この頃。






「ここだよな……」


 見るからに豪奢そうなドア。明らかに王様の部屋であると主張している。


 これを見て真っ先に税金の無駄遣いだ、とか思う俺は庶民じみているのだろうか。


「入りますか……」


『入るのか? 危険だとか言ってなかったか?』


「俺の考えはしょせん推測止まりだからね。実際に見て判断した方がいい」


 それに今の時間帯で部屋に戻っているとは思えない。普通なら仕事をしているはずだ。


『しかし鍵がかかっておるぞ。どうやって開けるつもりじゃ?』


 メイの指摘に対し、俺は懐から細い針金を取り出す。


「ふっふっふ。この鍵開けの名人である秋月静にお任せあれ、ってね」


 針金を差し込み、カチャカチャといじくる。


 しばらくいじっていると、カチャリ、という音がしてドアが静かに開いた。


『ほう……見事なものじゃな』


「ちょっと手先が器用なら誰でもできるって」


 ちなみにこの技術は薫と一緒に居るうちに自然と身に着いた。あいつがいつものように不遇な女の子を助けに行く時に覚えてしまった。自分の将来は泥棒になっているんじゃないかと危惧した瞬間だった。


「さて、証拠物件は……」


 部屋の中は簡素極まりなかった。ベッドと服を入れるタンスと執務を行う机ぐらいしか物がない。


 そのどれもがやたらと高級そうなのはやはり王たる所以か。


「………………何もない」


 それも当然かもしれない。もし本物が死んでいたとしても、俺が魔族だったら死体を燃やしている。隠すなんて誰かに見つかりかねない真似はしない。


 そして証拠を残すようなヘマもしないつもりだ。


 やっぱ現実は都合よくいかないか……。


 全く手がかりなしの王様の部屋から離れ、大臣の部屋を探る事に。


 さっきまであった期待は奥に引っ込んでしまっている。ここでも見つからないんじゃないだろうか……というネガティブな考えで頭がいっぱいだ。


 ピッキングで再びドアを開け、中に入る。


「……政治家って無駄な物置かないのかな?」


 思わずそんな言葉が口から出てしまうくらい、物がなかった。今まで政治家に抱いていたイメージが崩れそう。


 例によって調べてみるが、決定的な証拠までは至らなかった。


「ふぅ……敵は誰なのやら」


 あの通路を魔族が守っていたことから、城の中に魔族が入り込んでいる事は間違いない。


 しかし、特定できない。そもそも魔族が一体しかいないというルールもない。


「はぁ……キツイなあ」


 ちょっと俺の手には余るかもしれない。


 けど、一度引き受けたんだ。最後まで関わり抜いてみせる。


 そう考えて無理やり自分を奮い立たせ、もう一度調べ直そうと思った時だった。


 廊下の方からコツンコツンと音がしたのだ。具体的には長靴で地面を叩くような。


「ヤバッ……! 《光よ 偏光迷彩》」


 姿を隠し、ドアの後ろに隠れる。


 ヤバい、ヤバ過ぎる。部屋が狭過ぎて罠を仕掛けるどころじゃないし、そもそも俺は接近戦ダメな人間だ。見つかったら一巻の終わりだ。


 ダラダラと汗を流しながら、この部屋に入ってこないように全力で念を送る。今の俺ならテレパシーに目覚めそうだ。


 だが、現実は無情過ぎた。


 ガチャリ、という音とともに二人の男性が入ってくる。


 ――何でだよチクショウがあああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!


 己の不運をとことん呪いまくった後、二人の姿をまじまじと見てみる。


 ……あれ、こいつら王様とその大臣じゃね?


「ふぅ、人間のふりをし続けるのも存外に疲れるものだ」


 王様が心底疲れたようにそう言う。




「そう言うな。どうせ上の人間はみなすでに我々の仲間に変わっている」




 大臣が王様を労うようにそんな事を言う。


 ………………………………冗談じゃねえぞ。


 俺の推測は最初っから違っていた。


 王様と大臣だけだと思ってた。疑うべきなのは。


 だけど、違う。これは犯人探しなんてレベルじゃない。


 おそらく政治に関われる全ての人間が魔族に入れ替わっている。


『主……これはまずいぞ』


 分かっている。どこまで状況は俺の予想を超えていけば気が済むんだ。


「それで、あの小娘はどうする? 私を止めようと必死なようだが」


「放っておけ。頃合いを見計らって殺す。なに、また別の魔族が小娘の代わりをしっかり果たすだろう」


 小娘と聞いて思い浮かぶのはフィアしかいない。


 全身の血が凍った。ヤバいなんてレベルじゃねえ。あいつの命はすでに崖っぷちだ。


「そうか。これで安心だな。ここを魔王軍の人間侵略の拠点とし、足がけとする、か……」


「ああ、ずいぶんと策を張り巡らせる魔王様だ。だが、堅実かつ完璧だ」


 二人の魔族が魔王を称賛する声を上げる。


 魔王というのは知謀タイプの奴みたいだ。おまけに無益な戦はしないタイプだと思う。いや、後者は勘だけど。


 政治に関わる者を全員魔族に入れ替わらせ、少しずつ国の方向を変え、魔族を受け入れるようにする、と言ったところか。


 ……なんて気の長い策だ。だが、成功した時には誰にも気付かれる事なく国一つ落とした事になる。


 とりあえず、これは薫に何らかの手段で伝える事にしよう。


 そして、今の俺がすべき事は待つ事。


 より安全かつ迅速に、フィアを脱出させる。


 昨日の夜、あいつをここに残した自分を殴り殺したくなる。それほど自分の浅慮を悔いる。


「おっと、そろそろ会議の時間だ。形ばかりだがな」


「ははっ、違いない」


 大臣と王様が部屋を出て行く。好都合!


「フィア、待ってろ……!」


 十分に足音が遠ざかるのを確認してから、俺は駆け出した。

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